現役広島ヤクザ最高幹部が河井案里事件の闇関与を激白

広島県は一昨年の19年ごろから選挙買収に加え、地元を代表する企業の違法献金など、政治とカネで揺れてきた。その舞台裏を知る地元ヤクザ組織の最高幹部がついに「実名告発」に踏み切ったという。以下、アサヒ芸能が報じた。


「河井事件の根本にあるのは、安倍の溝手嫌い。単なる人間の好き嫌いです。そこに自民党の派閥争いが加わり、この広島に持ち込まれた。日本政治の恥部であり、広島県民の私からすればいい迷惑。こんな策謀ができること自体が、政治には裏側があることの証拠で・・・」

河井克行被告(58)と妻の案里元議員(47)による公職選挙法違反(買収)事件についてこう語り出したのは、三代目俠道会(池澤望総裁)の弘田時秀相談役だ。

河井事件の舞台となった広島県。その南東部に位置する尾道市に、俠道会は本部を置く。

弘田相談役は三代目体制で、理事長など要職を歴任した最高幹部の1人である。映画「仁義なき戦い」のモデルになった広島抗争で長期服役した経験を持ち、すでに跡目を譲っているが、三原市で弘田組を率いてきた。広島ヤクザの中でも実力者に数えられる親分だ。

そんな弘田相談役が自身も関わる地元政財界との「三位一体」の闇を告発することはタブーであった。それがなぜ、激白するに至ったのか。

「私の生き様として、メディアの力を借りるのはいまだに本意ではない。だが、袂を分かった地元財界人があまりに仁義に外れたことをするので、お灸を据えようと。ワルにはワルなりのルールがある。それを外したらいかんということです」

その地元財界人の名を明かす前に、冒頭に記した河井事件にどう関与したのか。まずは語ってもらおう。

「あれは河井案里が参院選挙(19年7月)に出る前のことでした。その財界人が『溝手顕正参院議員(当時。案里被告の当選で失脚)のスキャンダルを探してほしい。何かないか』と聞いてきたんです。それで、あるよと。溝手は国政に出る前に三原市長を2期務めたが、再選を目指す市長選(91年)の時、ある右翼が対抗馬として名乗り出た。西日本では名の知れた、かなり組織力がある右翼でした。溝手の選対本部に私の知り合いがいて、その右翼を下ろしてほしいと依頼があったのです。なので、右翼を呼びつけて『ワシの地元から出馬するのに、挨拶がないのとはどういうことや』『許さんぞ、命懸けで市長になるか!』とやったわけです」

結果、溝手氏は無投票で当選。弘田相談役から右翼には「お引き取り賃」を払うことで出馬を断念させたという。

その後に届いた右翼からの令状は今も手元に保管しているというが、「令状のことを財界人に話したら、乗り気だった。ただ、それを出したらワシの名も出ると言うたら、結局は依頼元が『現役(ヤクザ)の名前が出るのは・・・』と二の足を踏んで、使われなかったんですがね」

河井事件の舞台となった参院選は、広島選挙区に案里元議員(当時は二階派)と溝手氏(岸田派)の2人が出馬。全国で自民党から2人の候補者が出たのはこの広島選挙区だけだ。しかも案里元議員側には夫の克行被告とともに、自民党から1億5000万円もの選挙資金が出ていた。これを地方議員にバラ撒き、夫妻は票集めを依頼したとされる。

対して溝手氏に自民党が拠出した選挙資金は1500万円だけ。かねてから溝手氏は安倍晋三前総理(66)に批判的で、参院選前から追い落としの策が練られていたとも言われる。

「もちろん、その財界人は誰に溝手のスキャンダル探しを頼まれたか言いません。だが、ワシは広島の県会議員あたりじゃないかと。その先には二階(俊博・自民党幹事長)がいたんじゃないかと思っとります。案里は二階派でしょう。そして二階は幹事長として自民党の選挙の実権とカネを握っているわけだから」

弘田相談役がこう推測するのも無理はない。事件で案里元議員は執行猶予付きの有罪判決が確定。夫の克行被告は議員辞職の意向を示している。

衆院選勝利で料亭に呼ばれて

俠道会の源流である高橋組(尾道市)の高橋徳次郎親分は、のちに市議会議員や県会議員を務めている。戦後の一時期、ヤクザと政界は身近な存在だった。広島のような地方では長らくヤクザとカタギが共存し、それゆえ、選挙時にはヤクザが集票の役目を担っていた。

「亀井(静香)さんは中選挙区(広島3区)時代、いつも宮沢喜一元総理に次ぐ2位当選でした。それが、私らが選挙協力した結果、1位になったことがあるんです。すると、いたく喜んで、東京・神楽坂の料亭に呼ばれたことがあります。

当時、森田和雄二代目会長は体調を崩していたので、幹事長だった私以下5人で出向いたんですが、こちらは気を遣いますよ。『指がないものは手を握っていろ』なんて言っていたんだが、亀井さんは料亭の玄関で待っていてくれた。女将に対しても、『こちらはボクの選挙区の任俠の方々なんだよ』と。これには負けたと思ったですね。肝の据わり方が違う」

この弁からもわかるように、弘田相談役は地域密着型の親分として、地元の政界や財界に通じていたことがわかる。ただし、ヤクザとしての分をわきまえて、その関係は秘匿してきた。

だが前述のように、禁忌を破らねばならないほど、許せないことがあった。ここで、先ほどの地元財界人の名を明かそう。眞田惣行氏だ。広島県福山市に本社を置く「一心グループ」の名誉会長である。

一心グループは電気通信工事業を主体とし、飲食店やホテルまで経営する地元の大企業。19年6月、携帯電話の基地局工事を行う中核企業「メディアテック一心」がソフトバンクと業務資本提携し、数年前から株式上場も視野に入れているとされる。

この企業群を束ねてきたのが、創業者の眞田氏。16年秋の叙勲では、瑞宝双光章を受けるなど、広島県の大物財界人である。

「田中信一という県会議員がいました。もう仏さんになってしまったけど、この人の応援を私がさせてもらっていた。その人の紹介で眞田と知り合った。15年前ぐらいのことです。その時、天満祥典(当時は県会議員)を将来的に三原市長にしたいと。私の力を借りたいという依頼でした」

天満氏は13年4月に初当選し、三原市長に就任。しかし、市長二期目に河井事件が起き、150万円の現金を克行被告から受け取っていたことが発覚。20年6月に辞職している。そんな天満氏と眞田氏は高校の同級生だった。

「東京の人には理解できないかもしれないが、地方にはしがらみがあって、人間のつながりがあるんです。そこに選挙協力を依頼する。我々のようなアウトサイドの人間は選挙に行かん輩がおるじゃない。そういう者に行くように声をかける。高齢者に足がないなら、若い者が車を出す。その際、『天満をよろしく』と必ず伝えます。こうして票を稼いでいく。一方で眞田は『あれ(天満)にはカネがないから、俺が出してやらないと市長になれん』と言うてました。金額についても2000万円までは聞いています」

初当選から約2カ月後、福山市内の中華料理店で天満氏、弘田相談役、眞田氏の3人での会食の場が設けられ、天満氏は眞田氏に「ありがとうございます」と頭を下げたという。

弘田相談役によれば、こうした関係から、天満市政の約7年間に、三原駅前再開発事業(市の出費は16億7000万円)など、5件の公共工事に自分の息のかかった業者を入れ、その見返りにバックマージンを受け取っていた。

むろん、眞田氏も「同様のことをしていた」と弘田相談役は証言する。そのための打ち合わせは一心グループの会長室に、別々に天満氏、弘田相談役を呼びつける形で行われていたといい、「多い時は月に2回、間が空いても2カ月に1回は一心本社に行っていました。最初は気を遣って偽名を名乗ったが、『総務の人間も、秘書も知っているから』ということで、3年ぐらい前からは本名のまま行くようになった」

ヤクザ以上の悪党がいる!

いわば、3人は一蓮托生の「共犯関係」にあった。それだけに、弘田相談役は眞田氏を守ってきた。

「右翼団体が5~6年前、『一心を攻めていいですか』と聞いてきた。何を理由に攻めるのかは聞かなかったが、長男坊のことだろうと思った。だから『ワシの顔を潰すようなことは許さん!』と押さえた。それから2~3年後、同じ右翼から再度、街宣をかけたいときたが、これも押さえた。2度とも眞田に報告すると『ありがとう』と喜んでいた」

証言にある「長男坊のこと」とは、眞田氏の長男が傷害致死と死体遺棄で逮捕され、11年10月に一審で懲役13年の実刑判決を受けたことを指す。右翼から再度、街宣をかけられそうになったのは、福山市内にある「内海フィッシャリーナ」の水深工事に関する醜聞だと弘田相談役はみている。

その港は「アキタフーズ」(福山市)所有の大型クルーザーを停泊させるために水深を深くする工事を実施したが、これに市が出費したことで公私混同疑惑がささやかれていた。

アキタフーズは大手鶏卵生産会社で、河井事件に関連して家宅捜索を受け、そこから吉川貴盛元農水相(70)の収賄事件に発展したことで知られる。

この事件を契機に、農水行政に影響力を持つ国会議員、官僚への接待問題が浮上。西川公也内閣官房参与が辞任したが、その接待にはまさにクルーザーが使われていた。

「眞田とアキタフーズの秋田会長は懇意にしていた。2人ともクルーザーが趣味だから。眞田は福山市政にも食い込んでいて、当時の市長にお願いして工事してもらったと言っていました。右翼を押さえたお礼のつもりだったのか、その頃に眞田から秋田会長を私に紹介することになったんです。もっとも、秋田会長が体調を崩されてお流れになりましたがね」

ところが、眞田氏との緊密な関係にヒビが入ることにー

「我々、3人の関係は真ん中に眞田がいて、行政の長の天満と裏社会の私は直には会わない。会ったのは会食を含め、3回だけ。だから公共工事の割り振りにしても、眞田が天満へのメッセンジャーでした。だが、眞田が天満を市長に祭り上げてから、少なくとも1億3000万円は儲けていると本人が言っていると、私の耳に入ってきた。しかも、眞田が拠出したと言っていた選挙資金も別人に出させていた。ワシはヤクザではあるけど、ワシなりに三原市の発展に寄与したいという思いから協力してきた。眞田は自分のソロバン勘定しか頭にないから・・・。ワシが業者から受け取った謝礼の半分なり3分の1は『市長に渡してくれ』と眞田のところに持っていってた。市の観光客誘致の提案も、眞田を通じて行ってきた。ところが、メッセンジャーの立場をいいことに、カネはほとんど天満には渡していないし、私の提案もないがしろにされていたと聞いた。天満が河井側から150万円を受け取ったことを知った眞田は、同級生なのに『所詮、貧乏人じゃからのう』と吐き捨てた。ワシに言わせれば、ヤクザ以上の悪党だ」

一心グループの眞田氏は、闘病中の末、死去している。

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