「キャリアハイ」「見える化」は抽象的で下らない言葉

以前、勤めていた会社で、週1回の朝礼のときに、社長が必ず言う言葉があった。10ほどの営業所がある弱小の中堅企業だったが、その言葉の使い方や人間性に疑問を感じて3カ月で辞めたことがある。その理由は入社当日から高圧的な説教口調でパワハラ体質だったからだ。早い話が、いちいち大声で怒鳴る社長だったのだ。そして、必ず言う言葉とは「キャリアハイ」と「見える化」だった。

「キャリアハイ」とは、自分の過去最高の成績を出す、という意味だ。だからその会社で仕事をしている間は、常に自己最高の成績を出し続けていかなければならない。本当にこんなことが出来るのか疑問に思った。

「見える化」とは、会社内部における業務の透明性や財務の可視化だ。

この会社は親が創業し、後に息子が代表を務めている。親の社長による社員への説教パワハラで、組織内は入社当日からぎくしゃくしていた。社員の言動が気に入らないと、間髪入れずに大声で怒鳴っていた。

この言葉が社会活動の中でいつ頃から言われ出したのか分からないが、そんな経験からテレビなどでこの言葉を聞くと、あの時のパワハラ社長を思い出すので不快になる。

実際に、社内で「キャリアハイ」と、けしかけている会社は他にあるのだろうか。この言葉は抽象的であるため、あまり心に響かない。

「見える化」にしても抽象的だ。どこまでやるのかあまりに適当で、具体性に欠ける。

結論は、もう「キャリアハイ」とか「見える化」という下らないことを言うのは辞めよう。

あまりに無責任である。

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