脇本警部補の司法解剖ができなかった理由

県警の捜査が続く中、脇本警部補は体調を崩して一時は入院していたという。死亡した当時は休職中で、実家で生活をしていた。関係者によると、この日は午前中にバイクで外出。午後になって家族が外出先から帰宅すると、脇本警部補は自室のベッドで横になっていた。家族が夕方に再び部屋に行くと、ベッドの上で動かなくなっていた。

外部からの侵入や物色の形跡はなかった。「自殺ではないか」「捜査の行き過ぎがあったのでは」などと憶測が飛び交ったが、遺体を検視した結果、死因は「不詳」とされた。

死因特定のため、司法解剖をする選択肢もあったが、関係者によると、内部で意見が割れながらも県警は最終的に事件性はないなどの判断から解剖はしない方針だったという。

しかし、警察庁に報告すると解剖すべきだとの意見が返ってきたため、県警は司法解剖の令状を取る手続きをした。

ただ、令状が下りたのは3日後の19日。既に火葬のさなかで、司法解剖はできなかった。

脇本警部補の血液などからは10種類近くの向精神薬や睡眠薬が検出された。県警が調査を依頼した専門家は、一度に多量の薬を飲んだ影響や嘔吐による窒息死の可能性も指摘したが、死因が明らかになることはなかった。

遺書はなかった。亡くなった当日は午前中、家族に「三原に行く」と告げていたが、実際には広島市内の場外馬券売り場に行き、部屋には外れ馬券があったという。

関係者によると、県警は自殺ではないとみている。ただ、不適切な捜査を受けて自殺したという疑念を残さないためにも、県警は速やかに司法解剖の手続きに入るべきだったと考える関係者は少なくない。

亡くなる前月の8月下旬に脇本警部補と会った関係者は「かなり憔悴した感じだった」と語っている。

脇本警部補は任意聴取が始まった5月15日から日誌をつけ、亡くなる前日も「やっていないものをやったとは言えない」とつづっていたという。(中国)

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