西日本豪雨災害から6カ月 広島県内5人行方不明 265世帯710人減少

18年、200人以上が犠牲となった西日本豪雨で、1月6日で半年を迎えた。広島県では、未だ5人の行方が分かっていないという。広島県警は1月6日朝から160人を動員し、行方不明者の一斉捜索が行われた。県内全域で河川などを捜索している。

広島県では西日本豪雨で113人が亡くなり、今も5人の行方が分かっていない。去年9月を最後に行方不明者の発見が途絶えている。12人が犠牲となった安芸郡熊野町の住宅団地には献花台が設けられ、朝から住民などが集まった。県内では避難指示解除後も自宅に帰らない住民が多く、砂防ダムの整備など安心を取り戻すための対策が急がれる。(NNN)



西日本豪雨 広島


西日本豪雨 広島 梅河団地



各地で追悼行事が行われる

広島市安芸区の梅河団地では、土砂に住宅が押し流された跡地に献花台が設けられ、視察に訪れた広島市の松井市長に続いて、住民など数十人も花を手向け、犠牲者の冥福を祈った。梅河団地では当時、砂防ダムを大量の土砂や流木などが乗り越えて住宅を襲い、5人が亡くなった。現地では被災住宅の跡地は整地されたものの、住民の中には正月を祝う気にもなれないという人も多く、安全な通学路の復旧や山水の水路の整備もこれからだという。(TSS)


11歳と6歳の姉妹が行方不明

安芸郡海田町の瀬野川では、上流で11歳と6歳の姉妹が車ごと流されいて、今も行方が分かっていない。1月6日午前10時から行われた捜索では、警察官約30人が川や茂みの中に入り、棒などを使いながら行方不明者の手がかりを探していた。県警機動隊の広瀬辰也中隊長は「この時期は草も枯れて見やすい状態になっている。今まで以上に綿密に捜索していきたい」と話した。(HOME)


坂町小屋浦地区 ボランティアの復旧作業続く

広島県内の被災地では今もボランティア活動が続いている。大規模な土石流の被害を受けた坂町の小屋浦地区では、災害発生直後に有志によって開設された「小屋浦サテライト」が、被災者のニーズを把握して全国各地から来るボランティアとの仲介にあたっている。

地元では、今も、土砂の撤去や家の片付けなどで、助けを必要としている人は多いという。1月6日は、広島県内だけでなく、栃木県や福岡県から参加した人を含めて、およそ40人のボランティアが、墓地や畑に流れ込んだ土砂や流木の撤去作業をした。

定期的に参加している男性は「1人だけだと微力だが、人が集まれば…きょうも成果が出ると思うが、それを繰り返していくだけ」

小屋浦サテライト・山田さんは「半年たったら住民とも仲良くなったり、温かい声をかけてもらったりする。小屋浦家族という思いで来ている」(RCC)



被災地265世帯710人減 広島県34地区

2018年7月の西日本豪雨で被災し、住民に犠牲者が出た広島県内12市町34地区の人口が18年11月末までの5カ月間で計265世帯710人(2.7%)減ったことが分かった。住民が二次災害を恐れて転居したり、自宅再建のめどが立たず避難生活を送ったりしている影響とみられ、約2割減った地区もある。1月6日で豪雨から半年。復旧が遅れれば、被災地からの人口流出が続く可能性がある。

丁目や町、大字の地区別に豪雨前(18年6月末)と最新(18年11月末)の住民基本台帳を比較したところ、自宅やその近辺で犠牲者が出たのは34地区あり、人口が最も減ったのは三原市本郷町船木で33世帯104人減。6月末時点では1845人いた。同地区では大規模な浸水被害があり、3人が犠牲になった。

広島市南区丹那町、坂町坂西1丁目の2地区が続き、いずれも34世帯57人減。この2地区ではそれぞれ1人が死亡した。5人が亡くなった坂町小屋浦3丁目で24世帯55人、7人が亡くなった呉市天応西条3丁目で26世帯51人がそれぞれ減少した。

減少率の最大は呉市安浦町下垣内の19.0%。8人減って34人になった。同市安浦町中畑11.1%、坂町小屋浦3丁目10.1%、同4丁目9.0%、と続いた。(中国)


坂町方面
坂町方面画像


馬木町(2013年→2018年)
馬木町 2013年-2018年


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