「ICAN」ノーベル平和賞受賞は人間の政治的な活動、平和記念公園は静寂

北朝鮮の核ミサイルによる挑発が最終段階に入った2017年、極めて政治色の強い「ノーベル平和賞」を国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」の「ICAN」が授賞した。7月7日に国連の場で122カ国の賛成で採択された初の「核兵器禁止条約」づくりへの貢献が評価されたからだという。また、記念講演した被爆者で活動家のサーロー節子さん(85)が盛んにテレビや新聞に取り上げられていた。そして、その度に広島に目が向けられる。



広島市 相生橋 01



その広島の本丸である平和記念公園では、相変わらず全国から平和学習のために何台ものバスが出入りしている。さらに外国人の姿もいつものように目立つ。夕方になると人もまばらだが、実は夕方から夜にかけての平和記念公園は、昼間の顏とはかなり様相が違う。ライトアップされた相生橋や原爆ドームが奇妙に映る。辺りは静寂そのものだ。「もう何も考えるな」「何も言うな」と言っているようだ。



原爆ドーム 夕暮れ 01



ところで、この極めて政治色の強い「ノーベル平和賞」については、どうもしっくりと来ない。その理由は、まず他のノーベル賞は、結果について評価するが、平和賞は、その過程や取組についてのみ評価する。とても抽象的だ。


最近の出来事で言えば、2009年にバラク・オバマ元米大統領がノーベル平和賞を受賞した。受賞理由は、オバマ氏が核なき世界のために、国際的な外交に尽力したとされる。しかし現実の世界は違っていた。


2016年5月にオバマ大統領が広島訪問を果たした後、その意味を検証するシンポジウムが、広島市内で開かれた。核廃絶を求める国際NGOの川崎哲氏は、「広島で被爆者と向き合ったことは評価できるが、演説は核兵器を使うことが非人道的で国際法上の犯罪に当たる事を認めず逃げたものだ」と批判した。


つまり、ノーベル平和賞受賞者がノーベル平和賞受賞者を批判しているという不可解な状況を作り出している。


サーロー節子さんが言う「人類と核兵器は共存できない」とか「核による絶滅の恐怖から抜け出しましょう」「核の傘なるものの下で共犯者となっている国々の政府のみなさん」と被爆者ならではの視点で声をあげているが、果たして“核”が無くなれば、それでいいのかという問題もある。


ノーベル賞は、物理学、化学、生理・医学、文学、平和の5部門あり、選考権限をスウェーデンに置いているが、平和賞だけはノルウェーに与えており、それもリベラル派が多数を占める国会が選考権限を持っていると言われている。


もし核兵器廃絶を掲げてノーベル平和賞を授与するなら、地球上から核兵器が存在しなくなった事を確認した後にしたらどうか。ICANが核保有国に対して本当に核廃絶を実現させたいなら、北朝鮮制裁みたいに、各保有国に対して貿易の制裁とか、渡航禁止ぐらいやったらどうか。ただ言ってパフォーマンスして願っているだけではどうにもならない。




原爆ドーム 夜景ライトアップ 01

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