【日の丸・君が代の呪縛再考シリーズ14】千葉県・旭市に日の丸が増えた 

「国旗掲揚・国歌斉唱」強制反対という長く、薄暗いトンネルから、やっと抜け出たような明るい記事があった。以下、朝日新聞からの引用。


1999年10月19日
「日の丸」が街に増えた、自民党支部が党員に「旗セット」無料配布
日の丸の旗と、さお、さおの先につける金色の玉。630セットで、しめて約200万円。緑の化粧箱には、年に14日ある祝日の日付が書かれている。

自民党千葉県連旭支部は9月中旬、支部の全党員の自宅に「日の丸セット」を配った。志部長の越川正夫・旭市議(75)が発案した。「祝日には、みんなが国旗を掲げてほしい。『無料配布』は全国の支部でも例がないはずだ」

越川氏の提案は、約80人が集まった役員会で、満場の拍手で決まった。費用は、積み立てていた党費の一部をあてた。旭市は、選挙をすれば自民党系が圧倒的に強い土地柄だ。しかし、これまでは祝日に日の丸を掲げる家や商店は数えるほどだった。越川氏も旗を持っておらず、一度も掲げたことがなかった。「無料配布」は法制化のニュースを聞いて、思い立ったという。「国会見学や講演会に党費を使うよりも、よほど有意義。私もこれからは生きている限り掲げていく」と話す。

配布した後、最初の祝日となった9月23日、越川氏は掲揚のぐあいを確かめるため自家用車で市内を巡回した。真新しい旗が一番目立ったのはJR旭駅近くの商店街だった。体育の日の10月10日も、商店街はほぼ同じ光景だった。

旭市の世帯数は約1万3千。配布したのはその5%程度だが、商店街には、自民党千葉県連幹事長を務める建議が営む洋品店をはじめ、党員が集中している。旗を出していないと、「忘れていませんか」と周囲の店から電話が入ることもある。数十年来掲げているという店の主人は「法制化は今さらという感じだが、商工会や専門店会の集まりなどで、祝日には日の丸を掲揚するよう、私からも提案したい」と話す。

国会で法制化論議が続いていた6月、市議会で自民党員の市議が質問した。「法制化されたら、祝祭日には市民に国旗の掲揚を奨励する考えがあるか」「反対の人がいるということは日本人として恥ずかしくないでしょうか」

市長は「(掲揚の)号令をかけるつもりはない」としながらも、「旭市に行けば祝祭日にはどこの家にも国旗が立っているということであれば、やはり法制化の意味があるのだろうと思う」と答弁した。質問した市議は、農村地域に住む。「この辺りに日の丸に反対の人はいない。となり近所が旗を掲げれば、自分だけ掲げないのは恥ずかしいと思うのが日本民族。最初は党員630世帯でも、いつか日本国中に広がってほしい」と語る。

自民党は法が制定された後、国旗掲揚を呼びかけるポスターを十数万枚作作製、全国の党掲示板に張った。10月からは、党本部の売店で旗の販売を始めた。電話での注文も受け付け、党を挙げて日の丸普及活動にとり組んでいる。

旗の売れ行き「西高東低」
首都圏の旗業者でつくる東京旗商工業協同組合によると、国旗・国歌法制定後の旗の販売実績は、昨年比で微増程度。官公庁などの注文増がやや目立つ。だが、昭和天皇死去後の一時期に比べると、動きは少ないという。ただ、大阪市内の大手業者によると、四国・中国・九州地方の保守色の強い地域では、昨年より3割前後伸びているところもあり、法制化の影響は「西高東低」の傾向があるようだ。

【日の丸・君が代の呪縛再考シリーズ13】作曲家・中田喜直さんがクレーム

中田喜直さんは、社団法人日本童謡協会の会長を務め、代表作に「夏の思い出」「雪のふるまちを」「めだかの学校」「ちいさい秋みつけた」などがあるが、「君が代」について批判していたので、当時の記事を朝日新聞から引用してみた。


1999年7月2日
歌詞と旋律が会わず欠陥、作曲家・中田喜直さん
40年も前になりますが、カラヤンがベルリン・フィルを率いて初めて来日したときです。カラヤンがステージにさっそうと現れると、オーケストラ全員が立ち上がって君が代を演奏し始めたんです。これが素晴らしい。その後、ベートーベンの5番を演奏したんですが、あまり記憶にないくらいでしたね。もちろん、そんなことはプログラムにもありません。日本に敬意を表したんですね。

ところが、君が代は歌詞が付くと変わるんです。自然に聞いていて、日本語が日本語らしく聞こえない。

小学校2年のときでした。「君が代を書きなさい」と言われて、こんなふうに書きました。〈きみがあよーわ、ちよにいいやちよにさざれ、いしのいわおとなりて・・・〉

何のことか、意味がわかりませんよ。例えば「さざれ石」が「さざれ」で切れるから、大人になって聞いても、やぱりわかりにくい。

歌詞は歌詞で悪くかいけれど、旋律とまったく会っていない。だから、歌曲としては欠陥ですね。ぼくは演奏には敬意を表すが、気持ち悪くて歌わない。

君が代の問題は、日の丸と分けて考えるべきだと思いますよ。日の丸は象徴的なもので、戦争の罪を背負っているとしても、最後は一種のデザインの問題になるのではないでしょうか。

でも、国歌というのは歌でしょ。ちゃんと主張がある。
強制化にはあんまりこだわりません。みんなが納得する国旗、国歌だったらどっちでもいい。ただ、いまなぜ急ぐのかはよくわかりません。

君が代のメロディーは浸透していると思います。でも、もし法律で決めるのだったら、旋律だけを先に定めて歌詞を改めて考えたらどうでしょう。歌詞は、みんなが平和に、民主主義で、今の時代にふさわしいのをつくればいい。10人くらいで、歌詞を考える委員会みたいなものをつくってやればいいと思います。

歌なのに政治的なことばかり議論していて、歌としてふさわしいか、音楽家の意見をちっとも聞かないのは残念です。繰り返しになるけれど、自然に聞いて、日本語としてわからない。それを国歌として決めてしまうのは、音楽に理解がないとしか言いようがないですね。今、法制化に賛成した国会議員は将来、恥ずかしい思いをすると思いますよ。

【日の丸・君が代の呪縛再考シリーズ12】朝日新聞の論調

国旗・国歌法に対してヒステリックなまでに反論する朝日新聞は、ある意味面白い。自虐史観、つまり自虐ネタが好きな報道機関といえる。まるで、広島県民がつくった新聞社みたいだ。以下、1999年の記事を同新聞から引用。


1999年3月1日
君が代斉唱の強制は流に反する
・・・入学式・卒業式での「日の丸・君が代」は、1989年の学校指導要領の改訂で事実上義務化された。背景には自民党文教族などの強い後押しがあったといわれる。以来、掲揚率、斉唱率は上昇し、昨年の文部省調査では、全国の公立学校の98パーセント以上が「日の丸」を、80パーセント以上が「君が代」を実施した。実施率は都道府県による差が大きい。

広島県は「君が代」の実施率が低い。教職員組合などが平和教育、人権・同和教育に熱心で、その歌詞が国民主権や平等の理念と矛盾するのではないかとの反発も強い。昨年の同県での高校卒業式での斉唱率は、18.6パーセントと、全国平均の80.1パーセントを大きく下回った。文部省は昨年5月に是正を指導した。これを受けた広島県教育委員会は今年2月に「職務命令」を県立学校長に出して、完全実施を強く求めた。職務命令は全国的にも異例な措置だった。

校長が自殺した高校でも1日の卒業式を控えて、教職員の会議や、校長と教職員組合側との話し合いが連日のように続けられていた。

日の丸・君が代問題は、戦争や歴史への見方とも絡んで、大人の世界でも意見が分かれる。それを一律に学校に持ち込み、子どもたちへの指導を強制することには反対だ、と私たちは主張してきた。この問題で教育の現場が混乱するのは不幸なことだ、とも考えている。

おりしも文部省は、89年改訂以来の新しい高校学習指導要領案を公表した。その眼目は生徒の学習選択の幅を広げ、一人ひとりが個性に応じ主体的に学ぶことを重視する、つまり「自ら学び自ら考える」力をはぐくもう、というものだ。

各学校の創意工夫も強調した。教科書のない「総合的な学習の時間」の新設のほか、各高校が独自に教科・科目を設定することも可能になる。


昨秋の中央教育審議会答申は「文部省などの『口出し』はできるだけ減らし、各学校の裁量の幅を広げ、自主的・自律的な学校づくりをめざすべきだ」と、上意下達の見直しをうたった。学校や生徒の自主性を大事にする、というのは教育行政の大きな流れといえる。

それなのに、日の丸掲揚と君が代斉唱だけは、上から形式的に強制する。そこだけ逆流しているような違和感がある。文部省は「国旗・国歌」を義務化する理由を、「国際社会の中で主体的に生きていく上での日本人としての自覚を培う」と説明する。

しかし、文部省や県教委が職務命令を振りかざして押しつけることから、主体性や自覚が培われるだろうか。「強制」と「自ら学び自ら考える」ことは、どうみても矛盾するのではないか。

卒業式や入学式をどういう形で持つかは、各学校で話し合い、それぞれの形をつくればよいことだと思う。「日の丸・君が代」の義務化は、指導要領からはずすべきだ。


1999年3月20日
法制化に追い風吹かず、徹底は大正、元は黒田節風
卒業式を前に広島県立高校の校長が自殺した事件をきっかけに、日の丸・君が代の法制化問題が政治の表舞台に出てきた。戦後教育のなかで意見が二分されてきた古くて新しい問題だけに、政府・自民党の中ですら今なぜ法制化なのか戸惑いがある。そこで歴史的経緯も振り返り、法制化の行方を考えてみた。

政府は今国会で日の丸・君が代を法制化する理由として、①日の丸、君が代は国旗、国歌として国民各層に定着している②それを文部省の学習指導要領だけで根拠づけるのは無理がある、ことを挙げている。

しかし、1990年の最高裁判決で学習指導要領の法的拘束力が認められ、全体としては学校現場で日の丸・君が代は定着しつつある、といわれている。このため、教育関係者や野党議員からは「なぜ、いま慌てて法制化する必要があるのか」という声が出ている。それだけではない。自民党の文相経験者は最近、文部省幹部に「すでに慣習として定着している。法制化はなじまない」と注意した。法制化議論が高まれば、逆に「法案の成立までは法的根拠がない」という空気生むと心配したためだ。

別の閣僚経験者は「安易な法制化議論は日の丸・君が代意外の国旗・国歌制定を求める運動につながる」と警戒する。

自民党と連立を組んだ自由党は法制化に賛成しているが、野党は慎重な対応をとっている。参院でキャスティングボードを握り、法案成立のカギを握る公明党も「法制化が必要かどうかはもっと議論した方がいい。君が代は『君』が主権者をさすのか、象徴天皇をさすのか議論がある」(冬柴鉄三幹事長)と政府の動きにブレーキをかけている。それでなくても後半国会ではガイドライン法案や中央省庁改革関連法案など重要法案の処理が残っており、日の丸・君が代の法制化は難しそうだ。


国旗・国歌法案「審議」12日間、きょう成立、指導・処分、問題残す
日の丸・君が代を国旗・国歌とする法案は9日、参院の国旗・国歌特別委員会で可決されたあと、参院本会議で自民、自由、公明三党と民主党の一部議員の賛成多数で可決され、成立する。6月29日に参院本会議で審議入りして以来、衆参両院の委員会の実質審議は地方・中央の公聴会を含めて計12日間のスピード成立となる。しかし、学校での日の丸掲揚や君が代斉唱をめぐり、法制化をきっかけに教職員への職務命令や生徒・児童への指導が強化されるのかどうかなど、国会論戦で詰め切れていない課題は多い。

参院特別委は9日、有識者から意見を聴く中央公聴会と小渕恵三首相が首席する締めくくりの総括質疑をしたあと採択。法案は参院本会議に緊急上程され、可決、成立の運びだ。民主党は参院での採決と同様、日の丸を国旗とすることに限定した修正案を提出するが、否決される見通し。そのあと採決する政府提出法案に同党は党議拘束をかけず、自主投票で臨む。

野党側が早期成立に反対する理由に挙げたのは①政府は教育委員会・校長と教職員組合の対立を解消することが法制化の目的としており、学校現場での指導は強化されるはずだ②戦前の軍国主義と関係の深い「君が代」は、憲法が定める国民主権や平和主義の理念にそぐわない③法制化について国民世論が二分されているのだから慎重な審議が必要だ―という点だった。

政府側の説明にあいまいな点が多い。野中広務官房長官らは「生徒・児童の内心に立ち入って強制はしない」と説明する一方で、教職員に法順守を迫る姿勢も示しており、職務命令や処分が強化される可能性は消えていない。歴史認識をめぐっても、野中氏らは、日の丸・君が代の法制化と戦前の軍国主義の評価は分けて考えるべきだと強調し、共産党などが提起した天皇の戦争責任や歴史教育の強化などの問題は議論が深まらなかった。

このため、法が施行されたあとも、来春の入学・卒業式などに向けて文部省や都道府県教委など行政側の圧力が強まらないか、などをめぐる論議が続きそうだ。


1999年8月10日
法案通して連立グラリ「強制」巡る結論示せず、国旗・国歌法成立
9日、成立した日の丸・君が代を国旗・国歌とする法律を巡る国会審議で、最大の焦点は、学校現場にどんな影響が出るのかだった。政府は「学校現場への強制はしない」という建前を繰り返した。その一方で、立法目的で、「教育現場での対立の解消」を挙げ、教職員にに対する職務命令や処分といった強制的な措置の可能性を示唆した。つまり、強制については明確な結論を示せなかったのだ。そもそも、こうした教育への管理強化だけで、子どもたちが愛国心をはぐくむことができるのだろうか。戦争責任を含めた日本の「負の歴史」を教える必要性については、与野党を問わず提起された。法成立は論議の終結ではなく、歴史教育や愛国心を考える出発点とみるべきだ。


反対運度、再燃も「歴史教育」に課題
もともと、この法律についての野中広務官房長官の説明は矛盾をはらんでいた。広島県で起きた校長自殺をきっかけとした「教育現場での対立の解消」が立法目的であることを明言しながら、同時に「学校現場への強制はしない」としていたからだ。

実際には、教職員による日の丸・君が代反対運動が一部の地域で根強く続いている以上、文部省が都道府県教委への指導を強め、校長が教職員に職務命令を出し、それに違反した教職員に対し教委が処分を行うという管理強化抜きには、野中長官の言う「目的」は達成されないだろう。審議が進むにつれ、野中長官も、公立学校の教職員に「法順守」を迫るなど、管理強化を認めるしかなくなり、国会審議がかえって現場の不安を広げることになった。

文部省は「法律ができても、学習指導要領に基づく学校での指導は変わらない」との建て前を掲げ、強制への懸念に対しては「児童・生徒の内心にまで立ち入っての強制はしない」との1994年の政府見解を繰り返してかわそうとした。それでも「すべての学校で掲揚・斉唱が実施されるためには職務命令もありうる」との姿勢に疑問をもった議員から、「教員の立場からすれば、生徒になんらかの強制を与えないと自分が処分される、ということになる」という質問も出たが、はっきりした答弁はなかった。

野中長官が法制化のきっかけと強調した広島の自殺事件の背景には、君が代斉唱などに対する強い組織的な反対運動があった。同時に、文部官僚出身の県教育庁が県立学校に職務命令を出し、卒業式などで君が代斉唱を実施しなかった校長を処分するなど強硬姿勢で臨んでいた。法制化によってこうした対立がすぐにおさまりそうにはない。

政府の法制化の動きに危機感を強めた日教組はこの6月、5年ぶりに「強制反対」を運動方針に盛り込んだ。国旗・国歌法が圧倒的多数の賛成で成立したことを背景に、広島県のように反対運動が根強い地域で教育委員会が管理強化を進めれば、文部省と日教組との協調路線で鎮静化していた反対運動が再燃しかねない。学校現場の対立は収まるどころか、かえって深刻になる恐れがある。

国会審議で自民・自由両党の議員は、学級崩壊や少年犯罪の増加などの問題解決のため、日の丸・君が代をはじめとする愛国心教育の必要性を強調した。一方で、野党側が問いかけたのは「日の丸・君が代がアジアへの侵略戦争のシンボルになった歴史を教えないままでは、真の愛国心ははぐくまれない」という点だった。野中長官も「負の歴史」を含めて日本の近現代史をきちんと教える必要性を認めた。法律に賛成した公明党にも「職務命令や処分で校長と教員の信頼関係が引き裂かれたら、子どもたちにちゃんとした教育ができるのか」と文部省にただした議員がいた。

法律の審議は不十分だったとか言いようがないが、重要な疑問も提起されている。国旗掲揚・国歌斉唱の強制の有無をどうチャックしていくのか。長い目で見た歴史教育をどう進めていくのか。法案審議が政治に突き付けた課題は重い。


中国、遠回しに懸念、軍などに危ぐの声
中国外務省は9日、日本の国旗・国歌法成立について、「成立を注視している。歴史的原因から(日本国内に)依然として異なった見方があることも承知しており、日本が平和発展の道を引き続き歩むことに役立つよう、この問題が解決されることを希望する」との談話を発表し、遠回しに中国の懸念を示した。しかし同日付の人民解放軍機関紙「解放軍報」がより直接的に懸念を表明するなど、軍など一部では再び日本の右傾化を危ぐする声が高まりつつある。

中国政府はこれまで、日本への内政干渉と受け取られないよう「日本国民が決めることで、中国が口出しするはずはない」(唐家璇外相)との態度を示してきた。外務省談話はこうした点を考慮しつつ、中国国内の懸念も間接的に伝えるよう配慮したものと言える。


韓国メディア強い警戒感
日本の国旗・国歌法成立に関連して、韓国政府は事態の今後の推移を慎重に見守る姿勢だ。しかし、韓国メディアは総じて、新しい日米防衛協力のための指針(ガイドライン)策定や、靖国神社のあり方の見直しの動きなどと合わせ、「一連の戦後清算作業象徴的事件」と位置づけ、日本の右傾化・保守回帰として周辺国を刺激する、などと警戒感を強く出している。

有力紙・東亜日報は「日本は右傾化していく」と題する連載企画を始め、「敗戦以降ほぼタブー視されてきた論議や立法がせきを切ったように行われている」とし、「有事法制の整備や平和憲法の改定など宿題解決を急いでいるように見える」と指摘した。

「日本の若者に独自の愛国心」比の研究者は歓迎
日比関係の中立的な研究で知られるデラサール大学東アジア・ユチェンコセンター長のウィルフリド・ビリアコルタ教授(国際関係)は、国旗・国歌法制定について、「いいことだと思う」と、歓迎の意を示した。「戦後50年以上がすぎており、日本の若い世代の中には独自の愛国心が芽生えている。合法的にそれを表現させまいとすれば、平和や安定とは逆の方向へ向きかねない」と話す。

同教授はまた、「日本は同時にアジアの隣人を常に意識すべきだ。健全な愛国心以上のものであってはならない」とくぎを刺した。

【日の丸・君が代の呪縛再考シリーズ11】全国の声

全国的には、どのような声があったのか。教育現場や作家、識者、市民運動家、世羅高校教諭、被爆教職員、原水禁・原水協、文化人などの批判的な考えを見てみたい。朝日新聞からの報道内容であるため偏りもあるが、ズラッと見ていくと「日の丸・君が代」反対論者は「高熱でうなされた被害妄想病」と言っても良いだろう。この被害妄想の人たちの寝床の天井に「日の丸」を描いてあげたい。以下、同紙からの引用。


1999年3月2日
君が代」法制化発言、教育現場に波紋「まず議論が必要」
学校教育の現場で長く対立の焦点となり、思想・信条の自由の問題や「戦争」の記憶と重なって論議を呼んできた「日の丸」と「君が代」。「内閣として法制化を含めて検討する」とした2日朝の野中広務官房長官の発言に、さまざまな波紋が広がった。

教育現場
校長が昨年、卒業式を強行しようとして生徒が反発した埼玉県立所沢高校の生徒弁護団の津田玄児弁護士は「思想信条の問題として考えたい。日の丸・君が代が嫌だという気持ちの生徒は一人でもいれば、強制するべきではない。法制化で、教育現場にさらに大きな強制力がかかるとすれば問題だ」と話す。一方、全国高等学校校長協会の岡本裕之会長(都立三田高校校長)は、「現実問題として定着している。法制化していないため、板挟みになって苦労している校長も少なからずいる。法制化で国民の合意を得ることが大切だ」と話す。

沖縄
沖縄在住の作家、灰谷健次郎さんは「困ったものですな」と言って、しばらく絶句した。「たとえ国家権力であろうと、教育は特定の勢力や権力が操ることは間違いだということを、あの戦争で学んだはずだ」「戦争責任についてきちんと謝罪と反省をした上で考えるならまだしも、何の議論もない。一方では、ピースボードなど若者たちは自分たちで戦争責任を考えようと試行錯誤をしている。そうした人々に対する挑戦ではないか。怒りがこみあげてきた」

在日韓国人
在日韓国人で、日韓関係に関する著作も多い金両基・静岡県立大教授は、「国歌が歴然とあるのに、国旗と国歌はあってないようなあいまいな状態が戦後54年も続いたのが不思議だ。きちんと議論し国民のコンセンサスができるなら、日本人の選択として尊重する」という。「ただ、そのあいまいさは、日本人が戦後の自己点検をしてこなかったことに起因することを忘れてほしくない」

市民運動
自民党内で法案づくりが長く検討されていた国旗・国歌法案に反対する市民運動を続けている東京都練馬区の竹見智恵子さんは「いよいよ来たな、という感じです」と話した。国旗・国歌法案は、祝日の国旗掲揚を条文化しているほか、「国旗は厳粛に取り扱うものとし、その尊厳を汚してはならない」といった表現まで含まれており、「個人の態度や姿勢まで法律で求める内容になっているだけにとても怖い感じがする」と話す。

識者
沖縄の日の丸焼き捨て事件や所沢高校の問題などを取材してきたノンフィクション作家の下嶋哲朗氏は「議論のないまま、日の丸・君が代が五輪などのスポーツを通じてファッション的に若者にも浸透しつつある現状に危ぐを抱く」という。「無責任な大人が引き起こす嵐に子どもが巻き込まれている」と指摘する。


1999年3月16日
自殺した校長「君が代は問題」広島、高校教諭語る
広島県教委が職務命令で「日の丸・君が代」の完全実施を求めた卒業式の前日、世羅高校の校長(58)が命を絶ったことに関連して、同校の教諭が14日、広島市内で開かれた「日の丸・君が代強制問題を考える市民集会」に参加し、校長との話し合いの様子として、「校長先生は、君が代は問題があると語っていた」などと説明した。

教諭は職務命令(2月23日)後にあった25日の職員会議の校長の言葉について、「身分差別につながるもの(君が代)を生徒におろせるか悩んでいる。みなさんの合意が得られないということになれば従来通り(君が代斉唱なし)でお願いしたい、と言われた」と報告した。


1999年4月8日
日の丸・君が代これでいいの?
「日の丸・君が代」をそのまま国旗・国歌として法制化しようとする動きに対し、戦争体験のある文化人らが中心になって、新しい旗と歌をつくろうと呼びかけている。

旗のデザインと歌詞を募集しているのは、東京都葛飾区に住む画家の田中弥須子さんたちだ。1925年生まれの田中さんは、クマザサに付けた日の丸の小旗を手に出征兵士を見送った。「君が代」は天皇を賛美する歌として教えられた。

「50年たち、とっくに忘れた人もいるかもしれない。でもずっと忘れられない人もいる。私は、モノ言えぬ戦争犠牲者の代弁者でいたい」

こうした動きに対し、「雪のふるまちを」や「ちいさい秋みつけた」を作曲した中田喜直さんは「せめて君が代の詞は変えた方がいい」と提案する。「問題は歌詞。メロディーと合っていない。思想の問題というより、芸術歌曲として拙劣です」

また、放送タレントの永六輔さんは「なぜ、いままで法制化されなかったかを明らかにして欲しい」と論議の深まりを期待する。

「徳川家・薩摩藩の船印だった日の丸を、なぜ日本の旗にするのか。薩摩に支配された琉球の人が日の丸とどう闘ったか。そういう歴史を踏まえて議論すべきじゃないですか」

そのうえで、「国の旗、国の歌を決めるというなら、デザイナーと音楽家をまじえ、色、音階をどうするかも決めたらいい。やるのなら、徹底的に議論してからにしてください」と話している。


1999年7月2日
元公立校長ら国旗・国歌法案「法制化に反対」
日の丸・君が代を国旗・国歌とする法案をめぐり、公立校の元校長や現役の私立校長ら46人が1日、「国民的合意のない中で法制化は認められない」と反対する声明を発表した。声明は「教師と子どもが心を通わせて学べる学校をつくるためにも、法制化と学校への押しつけは絶対にやめさせなくてはならない」と訴えている。


1999年年8月9日
「原爆教育を否定」長崎の教諭らに危機感
「日の丸・君が代」の突然の法制化の動きに、長崎で原爆教育に携わってきた教師の間で困惑が広がっている。被爆教職員の会の教師らは、「これまでの原爆教育を否定することになる」と危機感を強めるものの、被爆地・長崎でも関心を持たない層が目立ち、反対運動はなお盛り上がりを欠いている。

長崎県被爆2世教職員の会は7月12日、県教委に、「日の丸・君が代」法制化について、「被爆体験や侵略戦争の反省から、教育現場での強制には反対する」と申し入れた。会は、原爆教育の先頭に立ち、「原爆を平和教育の原点としない」としている長崎市教委の平和教育の指針を改めるよう求め続けてきた。会長で小学校教諭の平野伸人さん(52)は「加害の歴史に結びつく日の丸・君が代を法制化するのに反対するのは当然」と言い切る。

申し入れには会の中にも慎重な意見もあった。会員は200人以上いるが、活動に参加しているのは10人ほど。平和教育の活性化や若い教師への原爆教育の継承といった懸案が山積みで、「日の丸・君が代を第一に取り上げて活動するゆとりがないのが実情」と平野さんが打ち明ける。

県教委によると、県内では卒業式の「君が代」斉唱と「日の丸」掲揚は、1980年代前半にほとんどの学校で実施され、89年には100%に達した。この問題で処分を受けた教師はいない。「若い人が特に関心がない」と、平野さんはぼやく。「日の丸・君が代なんて、学校の中でも、社会人の友達と話していても話題になりません」。

長崎市内の中学校で働く20代後半の女性教諭は、そう話す。中、高校生のころは「なんとなく調子の悪い歌」と思っていたが、簡単な旋律なのでオルガンで弾いたこともある。

初任校で、原爆や日本の加害責任のことを先輩教師から学び、「こんな問題があったんだ」と知った。それから、卒業式で起立しても、こっそりと口をつぐむようになった。同じ年ごろでも、堂々と歌い上げる人は少ないが、議論にはならない。「直接、痛みがないから無関心でいられるんだと思う」と感じている。

元小学校教諭で県被爆教職員の会の山川剛副会長(62)は、「法制化されれば、いろんな場面で強制される。そのことにもっと危機感をもってほしい」。2年前に定年退職するまで、教壇で自身の被爆体験を語り継ぐ一方、「日の丸・君が代」にもこだわり続けた。校長の職務命令で斉唱を求められても、拒否した。「この問題に口をつぐんでは、これまでの原爆教育も否定することになる」と山川さんは、講演や執筆依頼を積極的に引き受けている。


1999年8月8日
平和運動覆う危機感、被爆者「国旗・国歌法案強行、異常な事態」
被爆54年の原水禁・原水協「核軍縮に逆風」懸念
今夏も広島と長崎に、国内外から、核兵器の廃絶を願う人々が集まった。7日には、原水爆禁止日本協議会(原水協、共産党系)と原水爆禁止日本国民会議(原水禁、旧社会党・総評系)の世界大会・長崎大会が開幕。9日まで核禁会議(旧同盟系)や連合、日本生協連など市民団体の催しも相次ぐ。各団体は核拡散に危機感を募らせ、「核兵器のない21世紀」を模索して政府との対話を進める一方、他団体との新たな連帯を探る動きも目立ち始めた。

「核軍縮に逆風」懸念
長崎市で7日に始まった原水協系の世界大会の開会総会。日本原水爆被害者団体協議会代表委員の山口仙二さんは語気を強めた。「ガイドライン(新しい日米防衛協力のための指針)関連法、盗聴法案、日の丸・君が代法案、などの強行という異常な事態が進行している。日本が米国とともに核兵器加害国にされかねない」

今夏の大会は主催団体を問わず、いずれも「平和への脅威」に対する大きな危機感に覆われている。国内では自自公路線が、国外では北大西洋条約機構(NATO)によるユーゴスラビア空爆が、非難の的だ。

2日に開かれた原水禁系の国際会議で、黒沢満・大阪大学学院教授は「核軍縮に逆風が吹いている」と警鐘を鳴らした。


1999年8月10日

札幌
「今は雇用と年金の安定が最優先だ」。札幌市中央区にあるハローワーク札幌の2階。パソコンが並ぶ求人情報検索コーナーで、順番を待っていた男性(44)が、そう話した。妻、高校一年生の娘と3人暮らし。運送会社の子会社の経理担当課長だったが、今春、子会社の再編で「自主退職」させられた。失業手当は9月で切れる。男性は「国旗・国歌なんて50年前に白黒つけておくべき問題。こっちはすぐに何とかしなきゃ、生きていけないんだよ」と言った。

東京
東京・新宿の歌舞伎町でゲームセンターやカラオケ店に遊びに来た東京都立高校三年生の女子生徒2人は、日の丸と君が代が国旗・国歌として法制化されることについて「実感がわかない」と話す。学校では君が代を歌う機会がほとんどない。「一、二年生は卒業式に出ないから、入学式で君が代の曲を聞いて以来、聞いてないし歌っていない。日の丸も飾ってあっただけ」と記憶もかすか。「日の丸は日本の旗かなって感じがするけど、君が代はどーでもいいって感じ。曲はいいけど歌詞はダサい」

名古屋
名古屋市港区のプールを訪れたOL3人組。3年前に市内の県立高校を卒業した同級生だ。「入学式でも卒業式でも当たり前のように君が代歌ってたよね」とうなずきあった。「なんで急に法律になんてするんだろう。いままでのままでいいじゃない」

国旗・国歌法案も通信傍受法案も、もう、とっくに成立したと思っていた。「知らないうちにいろいろ決まる。小渕さんて人は良さそうだけど、それでいいんか、って感じ」「周りの人に流されているみたい」。簡単に法案は通るなら「税金を安くする法を通してほしい」が一致した意見だ。

長崎
長崎市松山町の平和公園。被爆者女性(72)は「日の丸はやむを得ない。でも、君が代には抵抗を感じる」。極東の小国・日本の存在を、旗だけでも知ってもらって主張したいという気持ちからだ。国際スポーツの舞台などでも国旗は必要、と理解を示す。被爆で全身に浴びたガラスの破片が今も体内に残る。天皇の名の下に行われた戦争に、今なお苦しめられ続けているだけに、「君が代、と聞くと頭に来る。だが、被爆当時ほどではない。歳月は世の中を変え、怒りを風化させる。法制化されたら従うつもり」。

沖縄
沖縄県読谷村の米軍基地「トリイステーション」の近くで水道工事業を営む佐久川政一さん(64)。基地のフェンス越しに星条旗と日の丸が並んでたなびいているのが見える。法制化については「ちょっと決め方が早すぎるんじゃないかな」ともらした。同村は沖縄戦で米軍の上陸地点にもなった。佐久川さんも幼少のころ、戦争を体験した世代だ。「沖縄のことを十分考えてくれたのだろうか。国会で決まると、仕方がないという気もしてくる。ほかの法案でも、沖縄の特殊な事情に配慮してほしいというのが率直な気持ちだ」


1999年11月13日
日の丸・君が代「強制」反対の市民らが集会
国立劇場と皇居のすぐ近くにある社会文化会館では、12日午後2時から「日の丸・君が代の強制に反対する市民集会」が開かれた。石田英敬東大教授らが講演し、式典について「国歌の枠組みを強化し、人々に現実を忘れさせるために作り出された祝祭で、非常に危険だ」と批判した。午後6時半から東京・水道橋で開かれた集会では、姜尚中東大教授が日の丸や君が代の押しつけなどについて「各地で何が起きているのか知り合える横断的なネットワークを作ることが大切だ」と述べた。都内では銀座や市ヶ谷などでも式典に反対する100人規模の集会が開かれた。JR横浜駅近くでの集会では、天皇制問題に詳しいジャーナリスト田中伸尚氏が「(祭典に若手歌手らを参加させたのは)そこまでやっても国民とのつながりを求めようとしている」と語った。


1999年8月10日
「黙っていられない」国旗・国歌法案きょう成立、私と日の丸・君が代~投書から
日の丸・君が代を国旗・国歌とする法案は9日の参院特別委員会で可決し、同本会議で成立する見通しだが、この問題で読者から投書が絶えない。大半が反対の立場で、「教員は法律に忠実であるべきだ」と政府が説明したことに、学校での掲揚や斉唱の強制を危ぶむ声が多い。新しい日米防衛協力のための指針、通信傍受法案などと続く政治の流れに、戦前を思い出し、「いてもたってもいられない」と訴える手紙も。72歳の男性の投書はこう結んでいた。「私たち老人はあと何年かで静かになります。法制化は急がず、ゆっくり勉強してからにして下さい」

<娘の入学式で君が代が流れた時、私は下を向き、歌いませんでした。でも、皆と一緒に立っていたのです。「人間は一人ひとり違う。だからこそいいんだよ」と、いつも娘たちに言いながら、大勢の中で違う行動をとることは大人でも勇気がいるのです>

東京都世田谷区の主婦(36)は、今年4月の入学式の様子を書いた。駆け足で審議を終えようとしている国会議員に、こう質問を投げかける。

<あなたが6歳の子供だったとします。友達が皆立ち上がって歌っている中、一人座り、口を開かず、大好きな先生たちに「立って歌いなさい」と声をかけられ、皆に目を向けられ、それでも心穏やかにいられますか。人間は皆平等なはずです。一人の人間を神様として歌っていた歌を、見解をかえて、小さな娘に歌わせてほしくありません>

政府は、法制化すれば、掲揚や斉唱をめぐる学校の混乱が治まると説明する。だが、横浜市に住む公立校の男性教師(37)は、政府答弁の矛盾を指摘する。

<「生徒の内面に立ち入って強制はしない」と政府は答弁しましたが、それをだれが教えるのでしょう。学校では斉唱に際して、「これは強制ではないんだよ」「歌わなくても内申には影響しないよ」と教員が言ってあげなければ、生徒に思想信条の自由を保障したことにはなりません。ただ、この行為は「指導する」教員の立場と矛盾します。法案が思想信条の自由を侵していることの表われです>

愛知県の公立高の男性教師(37)もこう言う。<国民全体の利益への奉仕こそが公務員の責任である。日の丸・君が代は国民の間で賛否が二分される代物。それを掲げ、歌わせる指導が国民全体の奉仕者の務めだろうか>

法制化されれば、強制が学校以外に社会にも広がる可能性もある。長崎県大村市の主婦、平美智子さん(55)は、小学校入学前に昭和天皇の行幸を出迎えた思い出を書いた。
<子供たちは白い画用紙にクレヨンで赤い丸を描いて竹に張り付け、間近で天皇を見ました。旗を振りながら、私はなぜ大人たちはこのおじさんのためにこんなに大騒ぎをするのだろう、という思いがしました。同じ人間ではないか。もし法案が通ったら、注意されたり罰せられたりするのでしょうか。もしそうなら私はそんな場所に行けなくなります>

茨城県藤代町の元小学校教諭、京坂恒馬さん(72)は、「定着した」という日の丸を、自宅に持っている人がどれほどいるのかといぶかる。

<小学生の時、先生が日清戦争の話をされた。「敵の死体から首を切り取り、白い布にこすりつけて日の丸を作り、占領地に掲げた」。この話を聞いて私たちは、ただ呆然と腰掛けに座っていました。昭和20年、兄が戦死しました。歴史を好み、植物を愛した兄でした。私は日の丸を振り、万歳を唱えて送り出したことを後悔しています。戦いの旗、日の丸。暗い暗い、君が代。この二つをあがめることは兄や戦争で亡くなった方々に申し訳ないと思います>

こうした反対の立場が多い中で、明確に賛成する声もある。東京都北区の主婦(81)は、率直な思いを書いた。

<何の罪もない日の丸、君が代にどうして反対のか分かりません。嫌いな人は別の国に行けばよいと思います>

【日の丸・君が代の呪縛再考シリーズ10】広島県教委Vs部落解放同盟・日教組

当時の「ひろしま」の教育現場を知るには、広島県教育委員会のホームページを開くと、広島県教委と部落同和団体との関係が分かりやすく書いてある。特に「八者合意」文章は、他府県ではお目にかかれないものだろう。以下、一部引用。


「・・・校長権限が歪められた職員会議の運営、職員団体の学校分会による校内人事への介入、校長と職員団体の学校分会との間で交わされた不適正な勤務時間管理などに関する確認書などにより、多種多様な形で校長権限が制約され、法令等を逸脱する状況がつくりだされた。教育内容面においても、学習指導要領を逸脱し、教育の中立性が侵されるなど、多くの課題を生み出した。中でもその背景には同和教育がすべての教育活動の基底にあるとした、いわゆる「同和教育基底論」により、一部の地域や学校において同和教育にさえ取り組んでいればよいといった風潮や、『総括』などの名の下に同和教育の視点から、学校教育の全体を点検・評価するなどの状況があった。昭和60年9月17日(1985年)に当時の広島県知事、広島県議会議長、広島県教育委員会教育長、部落解放同盟広島県連合会、広島県教職員組合、広島県高等学校教職員組合、広島県同和教育研究協議会、広島県高等学校同和教育推進協議会によって作成された、いわゆる「八者合意」文書は、「連携」の名の下に職員団体、同和教育研究団体及び運動団体が学校内外で運動論に基づいた主張を展開することを正当化するような状況をつくった。これらのことが、学校における校長権限を著しく制約するとともに、法令等に逸脱した実態を生み出すこととなった。平成4年2月28日(1992年)、県教育委員会が職員団体及び運動団体に対して、国旗・国歌の実施を事実上制約する見解を示した、いわゆる「2・28文書」は、その後の本県における学習指導要領に基づいた『国旗・国歌』の適正な実施を阻害してきた」


また、広島県教委と部落解放同盟・日教組の対立には、どのようなものがあったのか見てみたい。以下、朝日新聞から引用。

「部落解放運動に責任転嫁の意図」解放同盟広島県連
宮沢喜一蔵相の発言に対し、時本悟・部落解放同盟広島県連書記長は「部落問題をめぐって幅広く多くの人々が解決に向け努力しているときに、具体的事実を示すことなく、なぜ部落解放運動を誹謗・中傷するのか理解に苦しむ。県教委が君が代を強制しようとして起きた今回の事件の責任を組合や運動側に転嫁する意図を強く感じる」とのコメントを発表した。

広島は反対堅持
高校長自殺事件が起きた広島県では、日教組加盟の高教組、県教組とともに、「日の丸・君が代反対」を堅持している。広島県教育長が卒業式で日の丸・君が代を完全実施するよう職務命令を出したため県と組合の対立が激しくなりそうになった2月末、日教組本部は加盟組織に「広島の組織への激拗」を指示した。反対運動を棚上げしたため組織を挙げての支援はできないが、広島の両組織の運動に理解を示した。

というのも、日教組は95年の棚上げの際、左派の反発をかわすため、「君が代の歌詞は憲法の主権在民を否定するものだ。日の丸・君が代の法制化や学習指導要領による学校教育への押しつけには反対する」などとする75年当時の統一見解は変えない、という姿勢をとった。左派系組織は、これを根拠に反対運動を続けている。


1999年3月12日
日教組委員長「日の丸・君が代問題」性急な法制化反対姿勢示す
日教組の川上祐司委員長は、12日の中央委員会であいさつし、日の丸・君が代を国旗・国歌とする法制化問題について「性急に法制化できる問題ではない」として、今国会での法制化に反対する姿勢を明らかにした。学習指導要領による卒業式・入学式の日の丸掲揚・君が代斉唱についても「強制は改めるべきだ」と、従来より反対姿勢を明確にした。


1999年3月13日
日教組が反対決議
日教組は12日の中央委員会で、「国民的合意なき国旗・国歌の法制化に反対する決議」を採択し、同じ趣旨を6月の定期大会までの運動方針に盛り込んだ。


1999年4月30日
広島・校長自殺、県教委調査「背景に組合の運動」~高教組は「責任回避だ」
今春の卒業式で「日の丸」「君が代」の完全実施を求めて職務命令を出した広島県教委は30日、式の前日に自殺した県立世羅高校長(58)が自殺に至るまでの経緯について「校長権限が大きく制約され、高教組(県高校教職員組合)を中心とする組織的な反対運動にあって深い孤立感と無力感に陥っていた」などとする調査結果を発表した。高教組などは「責任回避だ」と反発している。

報告書は、1998年4月1日、校長が同校に着任して以降、教職員団体や運動団体と校長の交渉などを時系列的に記述している。校長は着任早々、高教組分会から「着任交渉」を受け、「反省文書」を書かされた。問題になったひとつは「教員として最初に赴任した学校であるが、このたびは違う立場で来たので・・・」というあいさつだった。

教職員らが反発し、5月まで抗議を続けたという。

「日の丸・君が代」についてはその取り扱いをめぐって、校長と教職員の間で長い対立があったことを指摘。特に「君が代」実施率の低さが昨年5月の文部省の是正指導の中で問題となった。

県教委は今春の卒業式での「日の丸・君が代完全実施」を目指して2月23日、臨時県立学校長会議で「君が代不実施」の方針が決まったという。が、以降も校長は毎日、「審議継続」と県教委に報告していた。自殺の前夜、校長は教員に会い「もう一度実施させてほしい」と頼んだが断られた、という。

以上の経過から報告書は自殺の主な背景について
①世羅高では実質的に職員会議が最高議決機関として機能し、校長の権限が大きく制約されていた
②国旗・国歌の実施については最終的に校長一人が孤立していた
③高教組に加え、国旗、国歌の実施については、部落解放同盟県連の組織的な反対運動があり、厳しい状況になっていたなどを指摘。

こうした実態を県教委が十分に把握できなかったことなどを反省点にあげている。


1999年7月2日
職務命令が追いつめ、校長自殺で教組側見解
今春での卒業式での「日の丸・君が代」の扱いをめぐって広島県立世羅高校長が自殺した問題で、同県教職員組合協議会(安保英賢議長)は、1日、「日の丸・君が代実施を命じる職務命令の下、校長は追い詰められていった」との見解を発表した。同協議会は「校長と教職員の関係は良かった。県教委の主張する組合と対立していたというのは事実と異なる」「校長は教職員生活を通じて、君が代の歌詞には問題があると感じていた」としている。安保議長は「県教委は、責任を押し付けている」と批判した。


1999年8月10日
「国旗・国歌」列島に不信感、早すぎる、首相は周りに流された
日教組書記長「極めて遺憾」
国旗・国歌法案の成立を受け、日本教職員組合(日教組)の戸田恒美書記長は9日、「論議は不十分であり、多くの問題を残したまま法制化が強行されたのはきわめて遺憾」「職務命令・処分体制による画一的な行政指導で、学校現場での対立と混乱を増幅させないよう強く求める」などとする談話を発表した。

【日の丸・君が代の呪縛再考シリーズ9】広島県内の動きと校長の日誌

「日の丸・君が代」校長自殺問題で、最も核心部分でもある広島県内の1999年1月から4月までの動きを見てみたい。広島県立世羅高校長が自殺した2月28日の前後であるだけに、事件の真相を知るには非常に興味深いものがある。「日の丸・君が代」に反対した広島県内の校長たちの「進退伺」という行動もそうだが、世羅高校長が自殺直前まで書いていた日誌とメモには、当時の苦悩に満ちた心境と焦りがみえてくる。以下、朝日新聞からの引用。


1999年1月19日
「日の丸」指導に反発、広島・3割の校長会議を欠席
「日の丸」「君が代」の教育現場での徹底が不十分だなどとして、文部省から是正指導を受けている広島県教委の福山教育事務所が18日開いた小中学校長会議を、管内の対象学校の3割にあたる校長が欠席した。県教委は昨年末、臨時県立学校長会議を開き、入学・卒業式での掲揚と斉唱の徹底を要請、年が明けてからも県内6ヶ所の教育事務所で順次、会議を開き、指導を強めていた。

欠席したのは対象校149校のうち40校。欠席した校長らは「病気で休んでいる」「出張中だった」などとしているが、県教委によると、3割もの校長が校長会議を欠席するのは前代未聞という。県教委指導課では「文部省の指導を徹底すべき時に非常に遺憾だ。事実関係を調査していき、厳正に対処したい」と話している。


1999年2月24日
「卒業式に国歌・国旗」広島県教委が高校に職務命令
3月1日に予定されている県立高校の卒業式を前に広島県教委は23日、式場での「国旗掲揚」と「国歌斉唱」を完全実施するよう求める職務命令を県立学校長に出した。1989年に改定された学習指導要領で入学・卒業式での「国旗掲揚」と「国歌斉唱」の指導が義務付けられたが、職務命令が出されるのは異例。県教組などは辰野裕一・県教育長の不信任署名を求めるなど波紋が広がっている。県教委はこの日、県庁で臨時県立学校長会議を開催。辰野教育長が105校の校長に、さらに「国旗・国歌実施状況報告書」の提出を義務付け、国旗を掲揚した場所と方法、掲揚しなかった場合の理由、国歌の演奏方法や斉唱の状況、式当日の生徒児童の状況、妨害行為の詳細―などを報告するよう求めた。


1999年3月1日
日の丸・君が代、苦悩?
1日の卒業式を目前に控えた28日、広島県立世羅高校の石川敏浩校長(58)が、広島県御調町の自宅の物置小屋で首をつって死亡しているのを家族が見つけた。

広島県教委は文部省の指導に沿って今春の卒業式での「日の丸・君が代」の完全実施を異例の職務命令の形で各学校長に命じていた。学校では「強制」に反対する教師らとの話し合いが連日続けられており、石川校長もその板挟みで悩んでいたらしい。

尾道署は、遺書はなかったが自殺とみている。

調べでは、28日午前10時10分ころ、石川校長の家族から119番通報があった。すぐに病院に運ばれたが、すでに死亡していた。

県教委によると、世羅高校では職務命令が出た2月23日以降、「日の丸・君が代」の掲揚・斉唱について連日話し合いが続いていた。27日夕方、石川校長が疲れている、と同僚校長から連絡を受けた県教委は、28日午前9時ころ、職員を自宅に派遣して話をしたばかりだった。

この日、緊急会見をした辰野裕一教育長は、「衝撃を受けている。卒業式を前に最悪に事態になってしまい、大変残念だ」「学校長が板挟みにならないよう、県教委が前面に出て『職務命令』を出した。広島県の教育のためにやった」と語った。


1999年3月1日
「君が代」対応割れる
県教委が「日の丸」掲揚と「君が代」斉唱を求め、県立世羅高校の石川敏浩校長(58)が自殺する事態となった広島県で1日、ほとんどの公立高校で卒業式があった。県教委は文部省の指導に沿って、異例の職務命令によって、すべての県立学校長に完全実施を求めており、各校長は反発する教職員との間で苦悩する中での式となった。

君が代については、メロディーの演奏だけにとどめる学校や、斉唱しなかった学校もあった。

世羅高校では式の前に全校集会を開いて、校長自殺の事実を報告、生徒や保護者らは深く衝撃を受けていた。同校の卒業式では君が代は流れなかった。世羅高校(生徒639人)では、この日、午前9時10分から体育館で全校集会が開かれた。卒業生213人を含む全校生徒と約60人の教職員が集まり、1分間の黙とうをした。

校長代行の実井晃久教頭(52)が、「残念な知らせがあります。石川校長先生が亡くなられました」と切りだした。喪章をつけた教職員や女子生徒らはうつむき、涙を浮かべる姿も。約10分で終え、各教室でのホームルームに移った。

登校してきた卒業生たちは、「日の丸」「君が代」問題で暗転した卒業式に悔しさを口にした。

木船久美さん(18)は、「校長先生が亡くなられたことは、すごくショックです。球技大会でけがをした時には、見舞に来てくださった。日の丸、君が代をめぐってこんなにもめるなら、卒業式はない方がいい。卒業式は生徒のためのものだと思う」と話した。

また、保護者の主婦(44)も、「国旗掲揚、国家斉唱よりも人の命の方が大切。校長の裁量にゆだねていれば、こんなことにはならなかったはずです」と、県教委の職務命令に疑問を投げかけた。

午前10時10分から始まった卒業式では、日の丸は正面ステージの端の三脚に立てられていたが、式の途中でステージの幕が下ろされ、生徒や保護者からは見えない形になっていた。

一方で、昨年、君が代については斉唱も演奏もなかった本郷町の県立本郷工業高校の式では、君が代のメロディーだけが流された。新谷孝雄校長は、式次第の内容について、「朝まで悩んで決めた」と疲れた様子で話した。


1999年3月2日
「君が代」斉唱88パーセント・広島公立高校卒業式
広島県教委が「日の丸」掲揚と「君が代」斉唱の完全実施を求める中、広島県で1日にあった公立高校の卒業式は、県教委によると、式をした100校のうち88校で君が代が斉唱された。全国で44位の18.6パーセント(102校中19校)だった昨年に比べ、4倍の実施率になった。日の丸は全校で掲揚されたという。


1999年3月3日
中学校長にも職務命令、広島の2市「君が代・日の丸」実施で
公立高校の卒業式での「君が代」「日の丸」の実施問題をめぐって混乱が続く広島県で、竹原市と三原市の教育委員会が新たに中学校長に対して、卒業・入学式での「日の丸」掲揚と「君が代」斉唱の実施を求める異例の職務命令を出していたことが2日、わかった。

三原市教育委員会は1日、市内の8校の校長を集め、口頭で「学習指導要領に準じ卒業・入学式で校長の責任で日の丸・君が代を実施して下さい」と職務命令を出した。竹原市教委も同日、管内4校の校長を呼んで、同様の職務命令を出した。三原、竹原両市の中学校では、昨年の卒業式では日の丸は全校が掲揚したが、君が代を斉唱した学校はなかった。


「君が代」斉唱せぬ高校、校長が進退伺提出する動き
広島県教委の職務命令で「君が代」と「日の丸」の完全実施を求められたものの、1日の卒業式で「君が代」の斉唱をしなかった12校の高校校長のうち、複数の校長が県教委に「進退伺」を提出する意向を持っていることが2日、分かった。式が終わった直後に県教委を訪れたが、教育長が不在で渡せなかった校長もいた。この職務命令をめぐっては県高校教職員組合との板挟みになった県立世羅高校(世羅町)の校長が式前日に自殺しており波紋が広がっている。


1999年3月8日
「日の丸・君が代」卒業式に強制・広島、自殺の混乱、拡大「不実施の校長、進退伺」
広島県教委から出された卒業式での「日の丸掲揚」「君が代斉唱」の完全実施を求める異例の職務命令が、大きな波紋を広げている。「強制」に反対する教職員らとの板挟みになった県立世羅高校(世羅町)の校長(58)が自殺し、これをきっかけに、政府が「国旗・国歌」の法制化に向けて動き出した。地元では式後、県教委が「君が代」を実施しなかった高校の調査に乗り出す一方、一部の校校長が「進退伺」提出の意向を示している。また、県教委の指導のもとで市町村教委も、小中学校長に「日の丸」「君が代」の完全実施の職務命令を発令し始めており、混乱はさらに広がっている。(広島・福山支局)

職員との交渉過程、県教委に毎日報告、実施率4倍に
卒業式を翌日に控えた2月28日。職務命令後、24時間態勢で校長から状況報告や相談を受けていた県教委に県東部の尾道教育事務所職員から電話が入った。「世羅校長の様子がおかしい。憔悴しきっている」

一報を受けた指導課長は、県教委幹部に校長宅に行ってもらうことにした。しかし、幹部が到着する直前、自宅離れの物置小屋で自ら命を絶っていた。遺書は見つかっていない。職務命令は卒業式をほぼ1週間後に控えた2月23日に開かれた臨時県立学校長会議で、辰野裕一・県教育長から発令された。以降、ほとんどの高校で、校長と、「強制」に反対する教職員組合との話し合いが続いた。県教委は、各校長から毎日、職員との交渉が終わった時点で会議時間や審議経過などを細かく報告させていた。

世羅高校の校長は板挟みになって悩んだらしく、「校内では、わし一人がやっているという感じだ」「生徒からも歌わんでほしいと言われとる」などと漏らしていたという。

1日、全日制高校百校の卒業式があった。校長の生前から決まっていた通り「君が代」を斉唱しなかった世羅高校を含む12校で「君が代」のない式となったが、全体では88校が斉唱し、昨年に比べ実施率は約4倍の88%に跳ね上がった。

92年に確認書
学習指導要領に「入学式や卒業式などで国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする」と盛り込まれたのは1989年の改定。しかし、平和教育や解放教育が盛んな広島県では、教職員組合や部落解放同盟県連合会などが、特に「君が代」について「軍国主義のシンボルで、絶対天皇を賛美したもの」として「強制」に反対してきた。

1992年の卒業式前に、大きな問題になり、混乱回避を目的に、県教育長が県高等学校教職員組合(県高教組)、部落解放同盟県連合会などと確認書を交わした。その文章は「指導要領の原則からすれば日の丸・君が代ともに、掲揚・斉唱するのが筋であるが、日の丸は天皇制の補強や侵略、植民地支配に援用されたことなどの歴史的経緯を補完して教える必要がある。君が代については歌詞が主権在民という憲法になじまないという解釈もあり、身分差別につながるおそれもあり・・・」などとして、「日の丸は三脚で立て、君が代は斉唱しない」ということが了解された。こうした経緯から斉唱率は上がらず、昨春の高校での卒業式は全国平均が80.1%に対して、広島県は18.6%だった。

自民が後押し
「日の丸・君が代」問題が再燃したのは、昨年4月の参院予算委員会がきっかけだった。自民党議員から「広島県の教育は学習指導要領から逸脱している」「現場調査を」という指摘があった。当時の町村信孝・文相は「個々の学校について文部省が出張していって、どうだこうだというべきではない、と考えている」と答えていた。ところが約1ヵ月後、文部省は広島県で異例の現地調査をし、その結果、9項目にわたって県教委に是正を指導した。一部の中学校で授業時間が5分短い、福山市の中学校の大半で生徒指導要録が未記入・・などの内容だったが、その最初の項目に「国旗・国歌の適正指導」が盛り込まれていた。

「校長に代わって、県教委が前面にでるため」(辰野委員長)に出したといわれる職務命令だが、当初から政党を巻き込んで激しい賛否の動きがあった。

自民党は卒業式での「日の丸・君が代」の扱いを調査するために、県議らが卒業式に出席する方針を打ち出すなど「職務命令」を出した県教委を後方支援した。しかし、共産、社民、新社会の各党や、市民団体が相次いで県教委を訪れ、「強制は教育になじまない」「『歴史』のある問題なので、強制すると大混乱する」などと撤回を申し入れた。教職員組合も、教職員1万2563人の「教育長不信任署名」を集めた。

高校の卒業式後、「君が代」の斉唱を見送った校長らは、「一生に一度の卒業式。生徒たち一人ひとりの思いを考えて決断した。一方で、職務命令に違反したのは事実だ」「何らかのけじめをつけなければならないと考えている」などと語り、一部の校長は県教委に「進退伺」を郵送した。


命令、小中にも
小、中学校の卒業式はこれからピークを迎えるが、すでに中学校の卒業式があった三原、竹原、因島の各市では市教委から中学校長に完全実施を求める職務命令が出されるなど、県教委の影響が色濃く反映されていた。今月下旬には小学校の卒業式が、来月には小、中、高校で入学式が続く。


【日の丸・君が代をめぐる広島の主な動き】
1989年 学習指導要領が改定され、「入学卒業式での国旗掲揚と国歌斉唱」が盛り込まれる
1992年2月 卒業式を前に学校現場が混乱、県教委が県高教組、部落解放同盟県連合会などと確認書を交わす
1998年4月 文部省、調査団を派遣
1998年5月 文部省が県教委に是正指導。「国旗」「国歌」の適正実施を指示
1998年12月17日 県教委が臨時県立学校長会議の席で「国旗・国歌」の実施を求める通達を出す。各市町村教委にも同様の通知をする
1999年1月11日 県教委、学校長会議で再度要請
1999年2月23日 県教委が職務命令を発令
1999年2月28日 県立世羅高校の校長が自殺
1999年3月1日 公立高校卒業式。「君が代」の斉唱は88%と昨年の4倍に上昇
1999年3月2日 小渕首相が日の丸・君が代の「法制化」検討を指示


1999年3月24日
広島県教委、公立校長21人を処分、卒業式「君が代斉唱」せず
卒業式での「日の丸掲揚」「君が代斉唱」の完全実施を求める異例の職務命令を出した広島県教委は23日、「君が代斉唱」をしなかった21公立校長に対する処分を発表した。17人は昇級が一定期間とまる「戒告」、4人は「文書訓告」となった。処分理由について、県教委は「君が代斉唱を適正に取り扱わなかった」と職務命令違反を挙げている。

戒告を決めた基準について、県教委は文部省から是正指導を受けていることを考慮して厳しい処分にしたことを明らかにした。

4人については、定時制や分校などの校長を兼ねる校長が、一方の学校の卒業式で君が代を斉唱しなかったとしている。校長が自殺した県立世羅高校は処分を見送った。


1999年4月20日
「日の丸・君が代」自殺から50日、世羅高校長が日誌
「道がない」苦悩つづる、八方ふさがり、10時まで協議、もうだめじゃ
石川校長が2月28日朝に自殺する直前までつけていた日誌と、走り書きとみられるメモが残っている。

2月17日、日の丸・君が代の取り扱い八方ふさがり、全く希望なし
石川校長 「県教委からの回答を待っている状態だ。君が代斉唱については保留してほしい」
教職員 「納得のいく回答が得られなければ、君が代を実施しないということですか」

校長は無言でうなずいたという。

世羅高校のある県東部の地区校長会はこの日、部落解放同盟県連などの求めに応じて、「身分差別につながるおそれのある君が代の歌詞と、同和教育の整合性についての見解を求める」という要望書を県教委に出していた。


2月23日、県教委の指示(略)厳しい一日
臨時県立学校長会議がこの日、県庁で開かれ、辰野祐一・県教育長が卒業式・入学式での日の丸・君が代実施について、職務命令を出した。君が代について県教委の見解は「国民統合の象徴である天皇をもつわが国が繁栄するように、との願いを込めた歌」だ。県教委は「現場では厳しい交渉が続く」とみて、校長には毎日、組合との交渉終了時刻、職員会議の内容、職員の発言の趣旨、決定内容、などの報告を求めた。県教委の明かりは以後、連日午前2時頃まで消えなかった。

2月26日、卒業式の情報が入り悩み深まる。10時まで教頭と協議、疲れが増す
日記の記述とは裏腹に、世羅高校は県教委にとっては「ノーマーク校」だった。解放同盟県連の影響が強いとされる県東部の福山地区では、午前0時を過ぎても交渉が続く高校が複数あったが、世羅高校は隣の地区にあり、毎晩9時には校長から「交渉終了」の連絡が入っていたからだ。

2月27日、○○校長より新情報、早速学校へ行き、教頭と△△に相談。式辞を作り、11時過ぎ帰宅
「情報収集したが、実施しないと決めているのはうちしかいない。県教委の処分が教頭にも及ぶかもしれないと聞いている」「もう一度、職員会議で形だけでも実施を提案させてほしい」

高校の組合分会長ら2人と教頭の計4人で、夜9時ごろから話し合った石川校長はそう訴えた。分会長らが「処分はみんなで受けましょう。県教委への報告には、ここにいる職員が反対したって書いたらいいじゃないですか」と言うと、小さくうなづいたという。

「もうだめじゃ。校内ではわし1人がやっている」28日朝、同じ地区の校長からの要請で自宅を訪ねた県教委職員にパジャマ姿のままの石川校長はそうつぶやいた。

「そんなに1人で悩まずに・・。私も来ますし、(県教委)指導課も連携させてもらいますから」。

20分ほど話した後、職員がそう肩をたたくと表情はいくぶん和らいだという。

その1時間後、校長は自宅で遺体で見つかった。

日付のないメモには「何が正しいのかわからない 管理能力はないことかも知れないが、自分の選ぶ道がどこにもない」とあった。

広島県高教組の組織率は95%に達し、現職の教頭や校長の多くが組合出身だ。石川校長も、因島高校定時制の教頭になる7年前までは組合員だった。

安保英賢・県高教組委員長は「石川校長は同和教育に熱心な方だった」、世羅高校の教員は「敵をつくらない、人の意見をよく聴く人でした」と振り返る。

卒業式のあった3月1日付で発行された「世羅高PTA新聞」に、「卒業生のみなさんへ」と題した石川校長の寄稿文が載った。その最後に、「好きな詩を紹介し、はなむけといたします」とある。

人生は長い道なり
平らだといいのに登りもあればくだりもある
広いところもあればせまいところもある
ただひたすらに己の道をいく

【日の丸・君が代の呪縛再考シリーズ8】政府・国会の動き

政府・国会では、当時の野中広務官房長官が法制化に向けて素早く動いたことが分かる。1998年5月から1999年8月に国旗・国歌法が成立するまでの動きを見てみたい。以下は朝日新聞からの引用。


1998年5月8日
教育課程審委が答申案「徹底を図る」と明記
2002年度に実施される完全学校週5日制での教育内容を話し合っている教育課程審議会(文相の諮問機関)の特別活動委員会は、日の丸・君が代について「指導の徹底を図る」とする答申案をまとめた。現行の学習指導要領では「指導するものとする」という表現で義務づけているが、さらに踏み込んだ表現になる。現在、卒業式や入学式の日の丸掲揚・君が代斉唱の実施状況が、地域的にばらつきが大きいため、文部省に指導強化を求める趣旨だ。そのまま審議会の答申となる可能性が強く、文部省はこれを新学習指導要領に反映させて指導を徹底させるとみられる。

卒業式などは学習指導要領上、ホームルームなどとともに特別活動に位置付けられている。特別活動委員会の答申案は「国際社会の中で生きていくうえで必要な日本人としての自覚や国際協調の精神を培い、国旗及び国歌の指導の徹底を図る」と記述。総会の下にある小、中、高校ごとの分科審議会に示され始めており、6日の中学校分科審議会では、賛成意見が相次いだという。

従来は「望ましい」との表現にとどまっていた日の丸掲揚・君が代斉唱は、1989年に告示された現行の学習指導要領で「指導するものとする」との表現に改められた。前回の教育課程審議会が、教育委員会と教員の板挟みにあっていた校長の要望にこたえて、指導の明確化を求めた結果だった。

文部省は90年度に義務化を導入し、95年春まで毎年実施状況を調べてきた。95年春の調査では、日の丸は9割台、君が代は7、8割台の実施率。しかし、23県が完全実施だった一方で、3都県の公立高校は入学式の君が代斉唱率が10%未満など、ばらつきが多かった。

また、体育館わきに日の丸を掲げたり、校長室で君が代を流したりした場合でも「実施」と回答するなど、実施は様々だ。このため、文部省は今春の実施状況を3年ぶりに調査している。

日の丸・君が代に対して、日教組は75年度の定期大会で、学校行事などでの強制に反対する統一見解を決定。文部省と和解した95年以降は運動方針に強制反対の記述は掲げていないが、統一見解は変えていないとの立場だ。全日本教職員組合(全教)は、運動方針で「押しつけに反対」と明記している。96年度中には君が代斉唱時の不起立などを理由に11人の教員が懲戒処分や訓告を受けた。

また、埼玉県立所沢高校では、学習指導要領にのっとった式をしようとした校長と、生徒とが対立。卒業式には卒業生のほとんどが出席せず、入学式には新入生の4割が欠席。学校現場では意見が対立していることをあらためて示した。

1998年5月13日
君が代指導・中高「音楽」に拡大
2002年度からの完全学校週5日制の教育内容を話し合っている教育課程審議会(文相の諮問機関)の芸術委員会は、小・中・高校の音楽の改善方針として「国歌『君が代』の指導の一層の充実を図る」とする答申案をまとめた。特に、小学校については、全学年で指導することを一層明確に示す方針を打ち出した。音楽の時間の君が代の扱いについて、現行の学習指導要領は小学校で触れているだけで、「各学年を通じ、児童の発達段階に即して指導する」と記述。その趣旨を開設した指導書で、入学式や卒業式などでいつでも歌えるようにする必要があるとしている。今回の答申案は、これを中学校、高校にも広げることになる。現在、中高では君が代を扱っておらず、答申案の内容が新指導要領に盛り込まれれば現場で混乱も予想される。

1999年3月2日
「日の丸・君が代」法制化検討・学校での混乱受け首相指示
政府は2日、日の丸、君が代の法制化を検討する方針を固めた。野中広務官房長官が記者会見で「内閣として法制化を含めて検討する時期にきているのではないか」と述べ、検討作業に入ることを明らかにした。野中官房長官は、同日朝、こうした考えを小淵恵三首相に伝え、首相が指示した。これを受けて野中氏は、古川貞二郎官房副長官に日の丸、君が代の問題を具体的に検討するよう伝えた。内閣官房が中心となって法制化を検討し、早ければ年内にも結論を得たい考えだ。

総理府によると、日の丸、君が代を国旗、国歌とする法律上の根拠はない。「長年の慣行で国民に定着している」との判断から国旗、国歌として扱っているとしている。文部省は学習指導要領で「入学式や卒業式などにおいては、その意義をふまえ、国旗を掲揚するとともに、国家を斉唱するよう指導するものとする」と明記し、これを根拠に教育現場に日の丸掲揚と君が代斉唱を求めている。

野中氏は会見で、卒業式を目前に控えて自殺した広島県立世羅高校の校長が、卒業式での日の丸、君が代の扱いをめぐって県教育委員会と教師らの間で板挟みになっていた問題を聞かれて答えた。

野中氏は「日の丸、君が代は国民各層に定着しているということや、学習指導要領にのせられているというだけで、国旗、国歌としての取り扱いをしてきた」と指摘。そのうえで「指導要領の扱いには広島など(教育現場によっては)問題があることを考えると、指導要領だけで対応させるのがいいか、長く定着したという位置づけだけでいいか、根本的な検討をしなければならない」と語った。

野中氏は、会見に先立ち首相にこうした考えを伝えた。首相は国会答弁では「国旗、国歌としての認識が確立、国民に定着しており、現時点での法制化は考えていない」と繰り返してきたことを指摘したうえで、これでいいかどうか官房長官のもとで検討してほしいと指示。これを受け、野中氏はただちに古川副長官に事務的に検討するよう要請した。

有識者による懇談会などは新たに設けず、古川副長官をトップとする政府内の組織を早急に発足させる方向だ。

日の丸、君が代の扱いをめぐっては、国旗、国歌として扱うことに「絶対反対」してきた共産党が従来の主張を転換し、「法律によって国旗、国歌の根拠を定めること」を呼びかける新見解をまとめている。野中氏が法制化に向けた考えを表明したのは、こうした動きもにらんでのことともられる。

「法的根拠を含めて検討」首相
小淵恵三首相は2日午後、日の丸、君が代の法制化検討について「よくよく考えてみて、法的根拠を与える必要を含めて検討したらということだ」と述べた。広島県立世羅高校の校長の自殺がきっかけか、この記者団の質問には「そればかりでなく、諸般の情勢を考えて検討することもありうるのではないか。学習指導要領だけでよろしいかも含めて検討してみたらどうか」と語った。

1999年3月3日
「国民に定着」論に共産党見解など弾み・政府、「日の丸・君が代」法制化検討・広島事件で急展開
日の丸と君が代の法制化問題が急浮上した。小渕恵三首相が2日、日の丸、君が代を国旗、国歌に位置づけるための法案を検討するよう指示したのは、「日の丸、君が代は国民に定着した」(野中広務官房長官)という認識や、法的根拠がないことから学校行事などをめぐって教育現場で混乱が起きているとみられているためだ。しかし法制化が現実味を帯びれば、政治の場だけでなく国民的な議論も再燃しそうだ。

「日の丸、君が代国旗、国歌との認識が確立し、国民に定着しており、現時点での法制化は考えていない」。先月25日の参院予算案で、小渕恵三首相は答弁していた。一週間足らずに政府は法制化に向け大きくハンドルを切った。中心になっているのが野中官房長官。野中氏は2日朝、有馬朗人文相に話かけた。卒業式を目前に自殺した広島県立高校の校長が、卒業式で日の丸、君が代の扱いをめぐって県教育委員会と教師らの板挟みになって悩んでいたという問題に触れた。「文部省の指導要領だけを根拠に、学校現場に日の丸掲揚や君が代斉唱を求めるのは難しいのではないか」

有馬氏の同意を取り付けた野中氏は、すぐに首相に法制化してはどうかと話した。首相のお墨付きを得た後の動きは素早かった。直ちに古川貞二郎官房副長官に検討を要請し、大森政輔内閣法制局長官にも官邸の考えを伝えた。

日の丸、君が代の法制化は古くて新しいデーマだが、政府が法制化も含めて本格的な検討をするのは初めてだ。昭和30年代、総理府総務長官や首席内閣参事官らでつくる、国旗や国歌などの問題を検討するための公式制度連絡調査会議で取り上げたことはあったが、法制化の具体的検討は見送られた。自民、社会両党中心の1955年体制のもとでのこの問題が具体化すれば、両党が激しく対立することが避けられなかったという背景もある。

93年には野党に転落した自民党の一部議員の間で法制化を探る動きが出たこともあった。「自民党らしさ」を全面に出したいという思惑と、保守系と社会党の議員が混在する連立与党の対する揺さぶりの狙いがあった。ただ、自民党が社会党と組んで、村山政権を発足させると、こうした動きも立ち消えになった。
当時の村山富市首相は、94年7月の衆院本会議で、「日の丸が国旗、君が代が国歌であるという認識は国民に定着しており、私も尊重したい」と表明し、社会党の委員長として基本政策を大きく転換もしていた。

今回はすでに内閣法制局や文部省、内閣政策審議室に「議論のたたき台をつくってほしい」との指示も出している。野中長官は2日、記者団に「今年か来年中にでも(法制化)できればよい」と明言するなど、かけ声だけでない本格的な検討になりそうだ。

意見分かれる民・公・社・共
政府が2日、日の丸、君が代の法制化を検討する方針を固めたことについて、与党には支持する意見が強い。野党側は「日の丸、君が代は国民に定着している」とみる民主、公明両党が前向きに受けとめる一方で、社民党は「法律による強制」を疑問視。共産党は日の丸、君が代の国旗、国歌化にあくまで反対する立場を改めて表明するなど対応が分かれている。自民党の森善朗幹事長は「子どもたちに国旗や国歌 を持ってはいけないというような印象を与えている  変えなければならない」・・・

日の丸法制化 法律で強制は野中氏否定的
野中広務官房長官は3日の記者会見で、法律で日の丸や君が代斉唱を義務づける意見が出ていることについて「強制できると法の中で位置づけるものではなく、国民の今日的理解を法律的に担保することが新世紀へのスタートになるのではないか」と述べた。法律で強制するのではなく、国旗は日の丸、国歌は君が代と法的に定義づけることが望ましいとの考え示したものだ。

参院の村上正邦前幹事長を中心とする自民党参院議員の勉強会が3日朝開かれ、「運用を学校現場に任せるのでは意味がない。法律にする以上、義務化するのは当然だ」という意見が相次いで出された。

教育審会長も法制化を支持
日経連の根本二郎会長(中央教育審議会会長)は3日の定例会見で、政府が日の丸、君が代法制化の検討に入ったことについて「学習指導要領での規定だけでは、国民に対する意思表示として、やや足りない」と指摘し、「論議するなかで世論が是とするなら、法制化してもいいのではないか」と法制化を支持する考えを示した。


1999年3月5日
「国旗・国歌法」を制定・政府方針・義務規定は盛らず
「日の丸」を国旗とし、「君が代」を国歌として法律に定めるための検討を始めた政府は4日、その基本的な方針を固めた。新しいひとつの法律を儲けたうえで、日の丸と君が代を国旗、国歌とする内容を盛り込んだ。また、教育現場での日の丸掲揚や君が代斉唱を義務づける規定は盛り込まないこととした。今後は国旗・国歌を尊重する内容を盛り込むかどうかなどについて、外国の例や国民の意識などを探りつつ具体化する方針だ。

野中広務官房長官は記者会見で、法制化について「『強要できる』と法の中で位置付けるものではない」「国旗・国歌の根拠を明確に位置づけようというもの」などと述べ、学校で義務づけるための規定は法案に盛り込まない考えを強調している。

法律の形式は、海外では憲法に明記しているケースもあるが、政府としては憲法には触れない方針。自衛隊法など国旗の掲揚を定めた関連法はあるが、日本には国旗と国歌そのものを扱う法律がないため、現行法の改正とはせず、新規の単独立法とする方針だ。

法案の内容は、これから本格的な検討に入るが、最も簡素な形にする場合は「国旗は日の丸、国歌は君が代と定め、漠然と尊重義務をうたう。全体で3条程度のもの」(文部省筋)が考えられるという。この場合でも、尊重義務をどのような表現にするかが議論になるとみられる。また、日の丸・君が代を国旗・国歌とする歴史的根拠などは法案に盛り込まず、法案の趣旨説明や国会審議などの中で示す方向だ。


1999年3月5日
「強制」根強い慎重論・与党も「まだら模様」
広島県の県立高校校長の自殺をきっかけに政府が検討を始めた日の丸・君が代の法制化問題が各党内に波紋を広げている。自民党や民主、公明両党前向きに受け止める一方で、時間をかけた慎重な議論をすべきだとの意見も出てきた。今後、検討が本格化すれば、①慣習として定着しているものをあえて法制化する必要があるか②法律に義務規定を盛り込まなくても事実上、強制力を持つことになるのではないか、といった点をめぐり議論が起きることになりそうだ。

●与党
自民党は文教族の幹部でもある森善朗幹事長が「いつまでも解釈論でやっていては教育現場が混乱するだけ。20世紀も最後になって、きちんとしておく必要がある」と推進論に立っている。ただ、党三役の中でも池田行彦政調会長は「法制化されればそれでいいし、されなくても国旗・国歌をおろそかに考えていいということはない」と中立的な立場をとる。

同党は今後、文教制度調査会などで検討するが、「そう急ぐ話ではない。しばらく議論をすればいい」(党幹部)と慎重な構えだ。というのも、党内の意見には、ばらつきがあるためだ。一方、自由党も方針は固まっていない。2日の党常任幹事会では、扇千景参院議員会長らが推進の立場をとったが、藤井裕久幹事長は「慣習法として育ったことに重きをおくべきだ」と慎重論を展開した。

●野党
法制化が教育現場などでの強制につながることはないのか―法制化自体には異を唱えていない民主党や公明党にも、時間をかけて議論すべきだという慎重論が広がりつつある。民主党は4日の政調審議会で「国旗・国歌プロジェクトチーム」の設置を決めた。法制化の是非や義務化条項を盛り込むかどうか―などについて早急に詰める構えだ。管直人代表は記者会見などで法制化に一定の理解を示す一方で、教育現場の裁量権を否定することには反対する考えを表明。「政治問題にしないで、識者や専門家が検討すべきだ」と強調している。

特に旧社会党出身議員には警戒感が強く、横路孝弘総務会長は「学校指導要領で義務づけてから反対運動ができた」として、「学校に強制するためなら、いかがなものか」と話す。公明党は4日の常任役員会でこの問題を話し合ったが、「ただちに法制化するのではなく、国民的合意の土壌をつくることが大事」といった慎重な意見も出た。国旗・国歌の定着は認めながらも、「国歌の権力で掲揚・斉唱を強制することはなじまないのではないか」(冬柴鉄三幹事長)などと、十分な議論が必要だとする空気が強い。君が代には、歌詞の内容などに違和感を訴える議員もいる。一方、社民党も日の丸と君が代は定着しているという認識だが、「法律で決めれば強制を生むことになるのではないか」(渕上貞雄幹事長)と慎重だ。共産党は「日の丸・君が代は国民的な合意も法的根拠もなく、国旗・国歌として使うことには反対だ」(志位和夫書記局長)とした上で、十分に議論したうえで国旗・国歌の根拠を法律で定める必要性を主張している。


日の丸・君が代法制化 各党の考え
自民党
わが国及び諸外国の国旗・国歌を尊重する心を養う(今年の統一地方選挙から)。
「子どもたちに国旗や国歌を持ってはいけないというような印象を与えている現実は、変えなければならない。法制化するのも一案ではないか。(森善朗幹事長、2日、記者団に)

民主党
「いろんな意見を国民から出せる機会をつくって、国民の大多数が納得できる形で決めていくのが望ましい。日の丸・君が代は国民に定着しているが、法制化イコール強制ではない。国民的合意を形成し、確認することだ。期限を厳しく切る問題ではない。(管直人代表、3日、記者会見で)

公明党
「日の丸は国旗にふさわしい。君が代も国民に定着している。軍国主義に利用された側面はあるが、教育現場でも日の丸・君が代の意味とか歴史的沿革を含めて議論するのは大事じゃないかと考えている」(神埼武法代表、2日、記者会見で)

自由党
「法制化の適否について政府が検討する様子を見ながら党としての意見をまとめる。党内には賛成する人もいるが、慣習法として育ってきたことに重きを置く人もいる」(藤井裕久幹事長、2日、記者会見で)

共産党
「国民的合意も法的根拠もないまま日の丸・君が代を国旗・国歌として国民に押し付けている現状を打開し、法律で根拠を定めることが必要。日の丸・君が代えお国旗・国歌とすることには反対を貫く」(志位和夫書記局長、2日、記者会見で)

社民党
「日の丸は国旗で君が代は国歌との議論に立つが、強制することは問題。法制化しなければならないかどうかを含めて慎重に議論を進めたい。改めて法律で位置づけなければならない状況かというと問題だ」(渕上貞雄幹事長、2日、記者会見で)

改革クラブ
「教育現場の混乱を回避するために法制化すべきだ。法制化は一般的に義務・強制を伴うのではないか」(石田勝之幹事長、4日、朝日新聞取材に)


日の丸・君が代法制化、近隣国の理解に努力、官房長が官見解示す
野中広務官房長官は5日の参院予算委員会で、日の丸・君が代の法制化に関連して「私たちは過去のすべてを点検しながら、憲法を踏まえて平和国家として歩んでいく道筋を、国旗・国歌(の法制化)を通じて明確にする意思表示として国際的にアピールしなければならない」と述べた。法制化にあたって中国や韓国などの理解を得ながら検討を進めるとの考えを示したものだ。民主党・新緑風会の円より子氏の質問に答えた。

学校現場での根拠が明確化、有馬文相
有馬朗人文相は5日の記者会見で、日の丸・君が代の法制化について「学習指導要領を根拠に卒業式、入学式での掲揚・斉唱を指導してきたが、成文法の規定がないということで学校現場の一部に反対があった。法制化されれば、よりしっかりした根拠が与えられ、国旗、国歌への正しい理解が促進される」と述べた。

1999年3月8日
「尊重規定」の扱い焦点、日の丸・君が代法制化
「日の丸」を国旗、「君が代」を国歌とすることをひとつの法律で定める方針を固めた政府は、法律に盛り込むそれ以外の内容の検討も始めた。最大の焦点は「国旗と国歌を尊重する」というような「尊重規定」の扱いだ。国旗の掲揚などの義務化や、燃やすなどした場合の罰則は盛り込まない方針だが、規定の表現によっては、学校や公的な行事などでの日の丸掲揚、君が代斉唱の強制化につながる側面をもっている。法案の内容について政府は、「各党や国民の意見も聴く」(野中広務官房長官)として慎重に作業を進める構えだ。法制化までにはいくつかの問題がありそうだ。


強制化なお懸念も・罰則設けす政府が方針
主要国の国旗と国歌の定め方
世界の国国旗国家
米国国旗法国歌法
英国王室が宣告慣習による
フランス憲法憲法
ドイツ憲法首相と大統領の書簡交換で確認
イタリア憲法閣議で決定
ロシア大統領令大統領令
オーストラリア国旗法総督による公布
中国憲法全国人民代表大会(国会)で決定


海外の主要国の例を見ると、国旗については法律で定めている国が多い。国歌は憲法や個別の法律で定めている国は少なく、慣習によるものや閣議で決めるなど対応は様々だ。

日本政府は日の丸、君が代を国旗、国歌とするひとつの新しい法律をつくる方針でいる。しかし、日の丸を国旗とすることに比べて、君が代に対しては歌詞の内容に違和感を訴える野党議員は少なくない。政府内からも「日の丸に比べて、君が代を国歌とする方が法制化に向けたハードルは高い」(政府高官)との声が出ている。

日の丸と君が代を別の法律にしたのでは、同時に法制化することが難しくなる可能性もあることから、一つの法律とする方針を打ち出したものとみられる。「君が代」を、新憲法のもとでの国歌として位置づけるための説得力のある根拠をどう示すかが課題になりそうだ。

「こころの問題」
どのような法律となるかを予測するうえで参考になりそうなのが、自民党が野党に転落した1993年、同党の中山 正暉代議士らがまとめた「国旗法案」だ。4つの条文からなるこの法律は第三条で国旗掲揚を義務づける。これに対して政府は義務規定は盛らない方針だが、自民党内には教育現場での義務規定を法案に盛り込むべきだとの声は根強い。

米国などでは国旗を焼いたり汚したりする行為を国歌に対する侮辱罪と定め、刑事罰を科している。日本では刑法で、外国の国旗の損壊などに刑事罰を規定している(92条)。しかし、今度の法案に罰則規定盛り込むような動きは政府内にはみられない。義務規定と同じく、「個人の『こころ』の問題であり、法律で規制する事柄ではない」(政府高官)との態度だ。

激しい論議も
中山代議士らの自民党案は国旗について「尊厳を汚してはならない」と定めた。政府も何らかの表現で国旗や国歌を尊重する規定は設けることを検討している。しかし、教育現場や有識者からは「法制化で、日の丸掲揚や君が代斉唱にさらに大きな強制力がかかる」との懸念も出ている。この問題をめぐり激しい論議が交わされることになりそうだ。

1999年3月10日
自殺の校長は教組の犠牲者、広島県高校長協会長、参委員
広島県高等学校長協会長の岸元学・広島国泰寺高校長が10日の参院予算委員会に参考人として出席し、「自殺した世羅高校の石川敏浩校長は、広島県高教組などでつくる五社協の戦略の犠牲者」などと、君が代斉唱の実施に反対した教職員組合などを批判した。岸元校長は「県教委からの職務命令が校長を追いつめたというより、職務命令を出してもらえば、教職員を説得する材料になるので、出してもらえないかという気持ちが校長の間にはあった」と述べた。

1999年3月10日
「日の丸・君が代」法案、今国会に提出、 野中官房長官が意向
野中広務官房長官は9日の参院総務委員会で、日の丸を国旗とし、君が代を国歌として定める法案について「できれば今国会中にでも提示するような運びにしたい」と述べ、開会中の通常国会への提出を目指す考えを表明した。提出時期について、野中氏はこれまで「早ければ年内にも」との考えを示していた。また、「日の丸・君が代」を尊重することを定める規定について政府首脳は同日、学校で日の丸掲揚、君が代斉唱の指導をやりやすくするためにも、何らかの尊重規定は必要との考えを示した。

野中氏は9日夕の会見で今国会提出を目指す理由について「可能な限り早い時期に国会で審議頂くのがよいのではないか、という気持ちを率直に披れき(注)した」と説明。この問題をめぐり、国会審議が長期化する可能性などを見越した判断であることをうかがわせた。

政府は先月末の広島県立世羅高校長の自殺をきっかけに、野中氏が中心となって「日の丸・君が代」の法制化を検討する方針を決め、古川貞二郎官房副長官を中心に法案の内容などを詰めている。政府関係者によると、各党の検討を重視し、大方の政党が支持できる内容を目指すという。野中氏は、こうした作業が順調に進むことを前提に6月中旬までが会期の今国会に提出する考えを示した。

法制化に関連して政府首脳は、日の丸掲揚や君が代斉唱を義務化する「順守規定」を入れることには否定的な考えを示した。ただ、学校での指導を徹底させるためには、何らかの尊重規定が必要との考えを示した。


1999年3月10日
日の丸・君が代法制化、今国会中提案、首相が強調
参院予算委員会は10日午前、「教育・環境・福祉」について集中審議をした。このなかで、日の丸、君が代の法制化問題が取り上げられ、小渕恵三首相は「できれば今通常国会で法案提出の運びになるのが望ましい」と述べ、通常国会中の法案提出を目指す方針を強調した。また、野中広務官房長官は「学校現場のためだけでなく、国歌の尊厳をかけていいことだと考え、検討を指示した。学校現場で法制化して義務づけるのは選ぶ道ではないと今も思っている」とし、その法案には日の丸掲揚や君が代斉唱を義務化する規定は盛り込まない考えを改めて示した。自民党の矢野哲朗氏らの質問に答えた。

政府を突き上げ野党との溝拡大
「官房長官、もっと踏み込んだ見解を」。この日の論戦はまず、矢野哲朗氏ら自民党が政府を追及する異例の展開となった。矢野氏らは、法制化検討のきっかけとなった広島県立世羅高校校長の自殺について、参考人に呼んだ同県高等学校長協会の会長に質問。「卒業式で君が代を斉唱させるなら日の丸を引きずり降ろすという(教組や部落解放同盟側の)戦略の犠牲になった」などの発言を引き出したうえで、学校現場で指導を徹底させるための法的根拠として「尊重規定が必要」とたたみかけた。

自民党内では、参院の村上正邦前幹事長を中心とする勉強会で強制力の強い順守規定を求める声も出始めており、論議をリードしようとする自民党強硬派の動きが国会論戦の前面に出てきた形だ。

一方で、野党側では社民党が「アジア諸国には『右傾化が始まった』など敏感な受け止めがある」(清水澄子氏)と法制化に慎重な意見。民主、公明、共産など他党はほとんど本格的な質問はなかったが、各党とも慎重な検討を求める点では一致している。民主党の管直人代表は10日の記者会見で「法律化したから教育の場で義務化につなげる話ではない。中身の議論なしでは少し早すぎる」。

今国会で自民党との協調が目立つ公明党も、君が代の歌詞などに違和感を持つ若手議員が少なくなく、「今国会で急いでやろうとするとゴチャゴチャになる」(幹部)とけん制する。

こうした状況は小渕恵三首相ら政府側には頭の痛い問題だ。「国民的合意」が条件となる微妙な問題だけに、法案審議が紛糾する展開は避けたい。「一度にツパッと結論を出すためには、前もって各党のコンセンサスが必要」(首相周辺)だからだ。このため、与党の突き上げにも野党の反発にもこの日は「学校現場での義務化はなじまない」(野中広務官房長官)などほぼ同じ内容の答弁を繰り返した。


1999年3月11日
部落問題に蔵相が言及
宮沢喜一蔵相は10日の参院予算委員会で、広島県立世羅高校の校長が、卒業式での日の丸・君が代の扱いに悩んで自殺した問題に関して、同県内の教育界の状況に触れ「たくさんの人がいわばリンチにあい、職を失い、あるいは失望して職をやめる。なぜその戦いに勝てなかったのというと、基本的には部落という問題に関係がある。これについて報道することが差別発言になるということを報道機関は恐れていて、このことを口にすることができない」と述べた。

自民党の矢野哲朗氏が、広島7区選出の宮沢蔵相に「地元の問題としてどうとらえるか」と質問したのに答えた。蔵相が直接は所管していない問題でこうした答弁をするのは異例だ。蔵相の答弁に先立って参考人の岸元学・広島県高等学校長協会会長が、広島県内の卒業式での日の丸・君が代の扱いを説明した。

部落解放同盟広島県連合会から卒業式での君が代斉唱は同和教育と矛盾するという要望書を県教育委員会に提出すべきだ、と求められたことなどを指摘。「教育介入だ」と批判した。

宮沢蔵相は「共産党だけが実に勇敢に発言してきた。私自信も今日までこの事態の解決に寄与できなかったのを恥ずかしいと思っている。痛ましい校長の死によって、この問題を公に議論できるようになったというのが私の郷里の雰囲気だ」とも述べた。


1999年3月11日
協調路線に批判
一方、文部省は日教組との関係改善をうけて、90年から続けてきた全国の公立小中高校が対象の卒業式・入学式での日の丸・君が代実施率調査を96、97年の両年、中断した。だが、98年3月に埼玉県立所沢高校で卒業生の9割以上が卒業式をボイコットした事件をきっかけに自民党内で文部省の協調路線への批判が強まったため、98年から調査を復活させた。

こうした経緯から、左派系の組織の間では、法制化が日の丸・君が代の強制化につながりかねないという警戒感が強い。戸田恒美書記長が2日、「法制化の議論自体には反対しない」と述べたのに対し、日教組本部には各地の組織から「なぜ法制化反対を明言しないのか」との声が相次いで寄せられているという。


中央委は難航か
日教組の執行部は、君が代の歌詞に対する違和感を指摘しつつ、「性急に法制化することは反対」など、一定の条件をつけたうえで反対の姿勢を示す特別決議を中央委員会で提起するなどの案で収拾を図ろうとしているが、左派系の反発は必至だ。「日教組の運動の歴史からして法制化反対は当然だが、さりとて文部省との全面対決は避けたい。法制化論議がさたやみになってくれればいちばんいいのだが」(幹部)というのが執行部の本音のようだ。


1999年3月11日
日の丸・君が代の法制化、日教組、対応に苦慮
政府が「日の丸」を国旗、「君が代」を国歌とする法律について通常国会に提出し、成立を目指す方針を固めた問題で日教組が対応に苦慮している。1995年に文部省との関係を改善した際、それまで運動方針に掲げていた「日の丸・君が代の教育現場への押しつけ反対」を棚上げした。しかし、日教組内の左派系組織はその後も強制反対の方針を堅持しており、簡単に法制化支持は打ち出せない。反対を明確にすれば、文部省との協調路線が振り出しに戻りかねない。12日に予定されている中央委員会に向けての組織内の討議が難航しそうだ。


1999年3月13日
国旗・国歌尊重、精神的規定に、法案巡り官房長官
野中広務官房長官は12日の参院総務委員会で、日の丸を国旗とし君が代を国歌として定める法案について「掲揚や斉唱を義務づけるべきだとか、尊重責務を盛り込むべきだとの議論があるが、基本的には思想と良心の自由など憲法との関係も十分踏まえて対処していかなくてはいけない問題だ。尊重規定を精神的な規定として盛り込むことについては十分検討したい」と述べ、義務規定ではなく尊重規定を検討する考えを示した。海老原義彦氏(自民)の質問に答えた。


1999年3月16日
学校教育への外部圧力問題、文相
有馬朗人文相は15日の参院文教科学委員会で、日の丸、君が代の扱いをめぐって県立高校長が自殺した広島県での学校教育に関連して、「広島県の学校教育で外部の団体からの圧力がかなりみられることは問題だ。政治運動や社会運動との関係を明確に区分して教育の中立性が守られなければならない」と述べた。10日の参院予算委員会で参考人の岸元学・広島県高等学校長協会長が卒業式での君が代の扱いをめぐる部落解放同盟広島県連合会などの動きを「教育介入だ」と批判したことに、文相としても賛同する考えを示す発言だ。

文相はまた、広島県知事、県議会議長、県教育長、部落解放同盟県連、県高教組、県教組などでつくる「八者懇談会」が1985年に結んだ合意文書について、「運用によって教育の中立性がゆがめられる実態があると聞いており、そのような文書は問題があると考える」と述べた。合意文書は「差別事件の解決にあたっては関連団体とも連携し、学校および教育行政において誠意をもって主体的に取り組む」などの内容。


1999年3月20日
慎重論に配慮、野中氏が見解、「国旗・国歌法案」
野中広務官房長官は19日午後の記者会見で、公明党の冬柴鉄三幹事長が日の丸・君が代を国旗・国歌とする法案は成立を急ぐ必要がないとの考えを示したことについて、「可能な限り、今国会で成立させることが良いと考えているが、できるだけ多くの政党会派のご理解をいただいて決めるのがあるべき姿だと思う。より理解を得るための努力や、ご意見を賜らなくてはならないと思う」と述べ、野党の慎重論にも配慮する考えを示した。


1999年6月3日
君が代全学年に・総合学習、実施は来春から
小学校の音楽での「君が代」の扱いをめぐって、現行要領は「各学年を通じ、児童の発達段階に即して指導する」としてきた。これに対し新要領は「いずれの学年においても指導する」とより強い姿勢で臨むように求めており、今回の移行措置で来春からの先行実施が可能になった。文部省は「表現をより明確にした。意味するところに変更はない」としている。・・・


1999年8月10日
国旗・国歌法が成立
国旗・国歌法は9日午後の参院本会議で、賛成166票、反対71票で可決、成立した。自民、自由、公明三党などの賛成に加えて、衆院に続いて自主投票で臨んだ民主党・新緑風会も20人が賛成に回った。13日に公布・施行される。これを受けて文部省は、来春の卒業・入学式などに向けて小中高校での日の丸掲揚や君が代斉唱の指導を徹底するよう都道府県教育委員会などに指示する。教職員への職務命令が強化されれば生徒・児童への指導も強制的になるのではないか、といった国会審議で指摘された問題は明確になっておらず、「強制」をめぐる論議は続きそうだ。国旗・国歌法は「国旗は、日章旗とする」「国歌は、君が代とする」の二条からなり、尊重規定や罰則はない。参院本会議で民主党・新緑風会は、投票した51人のうち20人が賛成。衆院の採決でも、民主党のほぼ半数が賛成し、賛成403票、反対86票の大差となったが、参院も賛成が大きく過半数を超えた。共産、社民両党は衆院と同様、政府案と民主党の修正案ともに反対した。

文部省はいまのところ、通達やガイドラインなどの形で都道府県教委への指導を徹底する具体的な段取りは決めていないが、有馬朗人文相らは国会答弁で、教職員に法順守を求めるなど職務命令や処分を強める考えを示している。これに対して日教組は、今年の運動方針に5年ぶりに日の丸・君が代の「強制に反対する」方針を盛り込んでおり、学校現場での「強制反対」の運動を続けていく構えだ。

参院本会議の投票結果
賛成166票
反対71票
欠席・棄権13人
欠員1人

衆院本会議の投票結果
賛成403票
反対86票
欠席・棄権9人
欠員1人

【日の丸・君が代の呪縛再考シリーズ7】東京外語大学、一橋大学、下関市立大学問題

大学でも反対論争があったようだ。東京外大の文章では、当時の朝日の解説員が「とんち」と書いている。以下、朝日新聞からの引用。


1999年3月17日
下関市立大学長・教育の場に日の丸「ふさわしくない」
山口県下関市の下関市立大学の下山房雄学長は16日、市議会文教厚生委員会で、「日の丸は教育の場ではふさわしくない」などと約30分間、発言した。入学式や卒業式で日の丸を掲げるのはやめようと提案、25日の卒業式から中止することで教授会の承認を得たが、江島潔下関市長の要請などを受けて撤回した。同委員会の求めで経緯を説明した。


1999年11月10日
東京外語大の日の丸騒動・議論なく、帳じり合わせ  
まるで一休さんの「とんち」を見ているようだった。今月4日(11月4日)、東京・王子での東京外語大の独立100周年記念式典。壇上には諸外国の国旗約30本が所狭しと立てられていた。中央には日の丸。式典に日の丸を掲げるために大学側が考えた苦肉の策だった。

複数の教員によると、東京外大は戦後、式典で日の丸を掲揚してこなかった。教員側が今回の日の丸掲揚を知ったのは10月26日。大学側は教授会に事前に提案しなかった。教員らは27日の大学院前期課程委員会で討議。日の丸掲揚の中止と、掲揚された場合には式典や行事に一切協力しないことを決めた。同時に緊急教授会などの開催を求めたが、中嶋嶺雄学長から拒否されたという。

約20人の教員有志が反対集会を開いたのは、式典を2日後に控えた今月2日のことだ。集会では、記念式典会場で日の丸掲揚に反対するビラを配ることや、掲揚に反対する教員が式典の途中で一斉退席することを決めた。

一方、大学側は、26の専攻語を公用語とする国々の旗を集めようと奔走した。外務省に問い合わせ、10月末にようやく都内の会社からリースする、というあわてぶりだった。だが、教員側には式典当日まで掲揚の方法を知らせなかった。

結局、壇上の日の丸は約30本の旗の1本となり、ビラの配布や一斉退場は中止された。式が粛々と進む中、祝辞を述べた文部省の小比企八郎政務次官が、日の丸のある中央に向かって一礼したのが印象的だった。

式典は平穏に終わり、教員からは安どの声も出た。だが、今回の騒動は、「とんち」を笑うだけでは済まされない、と感じた。法制化だけを理由に、学内の議論もないまま大学が掲揚を決めるのは、「学問の府」であることを自ら否定するようなものだ。

また、東京外大は、戦時中には東京外事専門学校として国の侵略政策の一端を担ったという負の歴史も背負う。その100周年式典での日の丸掲揚に反対する声があがった意味は決して軽くないはずだ。

これまで、日の丸掲揚の是非について矢面に立たされたのは高校以下の学校だった。だが、今や国公立大学もこの問題を避けて通れなくなっている。事実、島根大や新潟大でも日の丸の掲揚をめぐる教職員側と大学側の対立が表面化している。3月には卒業式が控えている。その場しのぎにならないように、ほかの国公立大学も、学内で本格的な議論を始める必要があるのではないか。


1999年11月12日
一橋大学生ら・奉祝「日の丸」撤去
東京都国立市の一橋大学で12日午前8時半、天皇在位10年に合わせて大学側が日の丸を掲げた直後、「押し付けだ」と反対する学生たちによって旗が撤去された。寺西重郎・同大経済研究所長は約50人の学生らを前に「監督官庁(文部省)に逆らって国旗掲揚を拒否することは、大学の業務遂行に重大な障害をもたらすことが予想される」と述べ、「(国旗掲揚をしないと)予算にはねかえる」「国歌自体の右傾化が進んでいることは認める」などと板挟みになった苦しさをにじませた。大学側は「国旗・国歌法が成立した以上、掲揚についてこれまでと違う対応が求められるのは当然だと思う」と話している。

【日の丸・君が代の呪縛再考シリーズ6】その他全国の学校問題

埼玉県立所沢高校以外の学校の動きを取り上げてみた。以下の記事は1999年代の朝日新聞からの引用。


1999年3月4日
指導強化、他府県でも日の丸、君が代「式で徹底を」
卒業式や入学式での日の丸と君が代について、広島県教育委員会は職務命令を高校の校長あてに出したが、東京三重神奈川などでも、通知や口頭による指導で徹底するよう求めていた。いずれも昨年、文部省が3年ぶりに行った調査で実施率が低かった都県で、文部省の強い是正措置を受けていた。掲揚場所や式次第の形式にまで踏み込んで指示する例も出ている。

式次第、指示の例も
「(掲揚、斉唱に)妨害行為があれば、き然とした措置をとる。今までとは違います。ぜひ校長をサポートしてほしい」
神奈川県では、高校入試で忙しい2月19日、全県立高校の教頭が急きょ集められた教頭会の席で、県教委の幹部が力説した。高校の卒業式における去年(1998年)の君が代斉唱率は全国で3番目に低い6.0%だった。教頭会の1週間前に開かれた定例の校長会議でも、「改めて徹底をお願いしたい」とする教育長名の通知が配られ、実施率を示す資料が添付された。教委は、校長会の幹部に「通知は限りなく命令に近いと受け取って欲しい」とも伝えた。さらに、「君が代は生徒の聞こえる場所、聞こえる時間に」といった口頭での注意も繰り返してきた。

斉唱率が3.9%だった東京都では昨年11月(1998年)、「国旗掲揚及び国歌斉唱の徹底について」と題した通知を、都教育庁指導部長名で高校の校長あてに出した。翌月には、君が代の歌を録音したテープを全高校に配った。

通知には、「実施指針」が添付され、日の丸については「式典会場の正面に掲げる」「保護者、その他来校者に十分に認知できる場所に掲揚する」などと指示。また、君が代に関しても、「式次第に『国歌斉唱』を記載する」「式典の司会者が『国歌斉唱』と発声する」といった点まで細かく指導している。

同庁高等学校教育指導課の小林明主任指導主事は「学習指導要領に則して、国旗に対する尊敬の気持ちを育てる。その趣旨を生かせる形を具体的に示したまで」と話す。

三重県教委は今年初めて、日の丸、君が代について「適正な取り扱い」を求める・・・

これに先だって開かれた校長会で、教育次長が趣旨を説明している。

去年(1998年)の斉唱率は4.8%だった。同県学校教育課によると、これまで君が代斉唱を広く解釈して、ブラスバンド演奏やテープのBGMを流すだけでも「実施」と分類してきた。しかし、斉唱をきちんと調査した結果、実施率は前回の1995年調査より6.5ポイントも下がった。このため、文部省から説明を求められ、その際に指導要領に沿った指導を要請されたという。

文部省の通達背景
日の丸、君が代に関して、改めて指導が強められてきた背景の一つに、昨年7月に出された教育課程審議会(三浦朱門会長)の答申がある。このなかで「指導の徹底を図る」と明記された。さらに昨年、文部省は斉唱・掲揚の実施率を3年ぶりに調査。その結果を発表した10月、指導の徹底を求める通達を都道府県・政令指定都市の教育長あてに出した。実施率の低い県に対しては、文部省初等中等教育局などの幹部が機会あるごとに教育長らに是正を求めてきた。

昨年の文部省調査によると、高校の卒業式での君が代斉唱率は、低い順に東京都3.9%、三重県4.8%、神奈川県4.8%。校長が自殺した広島県は18.6%だった。一方で、100%実施が32県あった。


1999年3月6日
対立潜めじわり定着「日の丸・君が代」
広島県立高校の校長の死をきっかけに、日の丸・君が代問題が再燃している。朝日新聞社は、全国47都道府県の教育委員会の教育長と主要な高校教職員組合に対し、法律で国旗・国歌と定めることへの是非やこの春の卒業式の様子などを尋ねた。卒業式が成立しなくなるような対立は影を潜め、「国旗」「国歌」として定着させる指導がじわじわ強まっている実態が浮かびあがった。政府内では法制化への動きが急だが、教職員組合側は疑問視する意見が強く、教育委員会側も推進論、慎重論に意見が分かれている。

大阪のある府立高校では卒業式前日の2月23日、君が代を流そうとする校長を、実行委員会の約15人の3年生が2時間にわたって説得した。3年生へのアンケートでは過半数が「反対」。だが、校長は折れなかった。府教委や組合によると、テープ演奏が終わるまで入場しなかったり、「君が代を式にもちこまない」と職員会議で決め、経緯を記した文書を事前に保護者に郵送したりした例もあった。こうした表だったトラブルは少なくなっている。だが、納得した結果とは限らない。

宮城県教委は、「職員会議の結果を尊重し、強くは求めない」方針で、88の高校のうち12校の卒業式で君が代斉唱を見送ったが、県高教組は「日の丸・君が代の実施が、管理職の査定の条件のようにされているようだ」と懸念する。

北海道高校教職員組合によると、「校長が隣の学校がやっているのに、うちだけやらないわけにはいうかない」と、やろうとする例もあるという。

問題のとらえ方は、地域によってかなりばらつきがある。1991年度には小学校教諭ら13人を懲戒処分にするなど、厳しい態度で臨んでいた福岡県(福岡と北九州を除く)も今では完全実施。県教委幹部も「広島では今もこんな激しい議論が行われているのかと驚いた」という。

法制化の動きには、各地で意見が分かれた。熊本県の佐々木正典教育長は「国際社会の中で国旗に対する認識が薄いのは日本だけ。日の丸、君が代とも定着一般的には定着しており、根拠を明確にする意味でも法制化すべきだ」。

茨城県の川俣勝慶教育長も「強制はよくないが、国旗・国歌として考えるのはいいことだと考えている。今は『自分が日本人だ』という意識が薄く、国歌・国旗は国民意識を高める象徴になる」とする。

一方で愛知県の伊藤教育長は「法制化しないと全国の大人や子どもが敬意を表せないのだろうか。そもそも今回の事件も国旗・国歌として認められていないから起こったのだろうか」と疑問を抱く。

福井県の稲沢俊一教育長は「五輪や国体などでは抵抗が少ないようだが、学校現場に集中して論じられることに疑問がある」と話す。

奈良県では1987年に、小学校の入学式で親が日の丸を引き下ろした。県教委はこれをきっかけに管理職と教職員だけでなく、地域住民も含めて周知するよう努めてきた。天根俊治教育長は「心がこもっていなければ歌ってもだめだと思う。強要ではなく、理解に努めたい」と話している。

1999年3月6日
日の丸・君が代・都立工業高校・文書で職務命令
東京都立小石川工業高校(新宿区)の奥村裕司校長が6日の卒業式で日の丸掲揚・君が代斉唱を実施するために、教職員に文章で職務命令を出したことが分かった。都教委によると、日の丸・君が代問題で校長が職務命令を文書で出すのは聞いたことがないという。文書は「卒業証書授与式にかかわる職務遂行について」と題し、「国旗を掲揚するとともに国歌を斉唱するものとし、卒業式実施にかかわる担当業務を遂行すること」を命じている。

奥村校長は「今年度、都教委から国旗・国歌の取り扱いなど式のあり方について具体的な通知があった。その指導に沿って厳粛な生徒の心に残る式を行うため、それぞれの担当業務を果たしてほしい命令を出した」と話している。

東京都では、掲揚されていた日の丸を引き下ろした教員が1996年に減給処分になった例があるが、今回の場合、教職員が割り当てられた仕事をしなかったという「不作為」でも職務命令違反で処分することができる。この点について、奥村校長は「仮に斉唱しない教師がいたとしても、この命令をもって処分するという性質のものではない」としている。都教委によると、同校では昨春の全日制の入学式で日の丸を始めて掲揚した以外は、不実施が続いてきた。


1999年3月9日
都立大山高校卒業式・教職員の6割欠席・日の丸掲揚めぐり対立
東京都立大山高校(板橋区)(井平校長)で、6日行われた全日制の卒業式で、日の丸掲揚をめぐって管理職と教職員が対立、教職員の6割が欠席していたことがわかった。同高校によると、卒業式ではこれまで日の丸の掲揚も君が代の斉唱もしていなかった。昨年の都教委の指導を受け、校長が日の丸掲揚を教職員に提案。反発した教職員と前日夕方まで協議を重ねたが決裂した。

このため、校長と教頭ら管理職とPTAの数人だけで卒業式の準備を行った。卒業式の当日は、日の丸が正門前に掲げられたが、君が代斉唱はなかった。欠席した教職員は式の間、職員室などで待機していたという。卒業生の女子生徒は「先生の欠席がもっと早く分かっていれば、自分たちなりの思い出に残る卒業式が作れたのに・・・」

ある母親は、「日の丸・君が代に個々の意見があるのは分かるが、生徒への思いやりがあれば、別の対応があったのでは」と話していた。


1999年3月20日
国立市の中学卒業式で日の丸掲揚反対・市民動く
国立市内の3中学校で19日、卒業式が行われ、日の丸掲揚・君が代斉唱に反対する市民や生徒の父母らが各校を訪れて掲揚・斉唱の中止を申し入れた。同市ではこれまで小・中学校全校で式典での掲揚・斉唱が実施されておらず、市教委は、各校に職員を出したが、卒業式会場での掲揚と斉唱は見送った。しかし、市教委は「校内で一時日の丸を掲揚した」としている。

市教委によると、日の丸・君が代の義務化が実施された1990年以降、市内のすべての小、中学校の卒業式、入学式で掲揚、斉唱を実施していない。同市では90年、市議会が日の丸掲揚と君が代斉唱の強行取りやめを求める決議を可決。都教委によると昨年度の卒業式で日の丸掲揚実施率ゼロの自治体は都内で国立市だけだという。

今年1月、市教委は市内の小、中学校長に日の丸掲揚、君が代斉唱の実施を求める通知を出した。一方、反対する市民らの「子供が主体になる学校行事を求める会」は同日までに、「日の丸・君が代の強制は憲法上の思想及び良心の自由の侵害」として、中止を求める要望書を市教委に出していた。

市教委によると、各校の校長は掲揚・斉唱の意向示していた。これに対し、教職員組合や市民グループが、未明から各校で待機し、監視する形となった。市教委職員も朝から各校を訪れ、校舎や校長室への立ち入りをめぐって言い争う場面があったが、卒業式は予定通り行われた。

市教委によると、3校のうち2校で屋上に、1校で校長室とベランダに日の丸を一時出したという。市教委の杉山雅勇・学校指導課長は「これまでも学校指導要領の趣旨に基づき実施を求めてきたが、保護者や市民の反対もあって難しい状況だった。式場以外でも校内で掲揚したことは一歩前進」としている。

「求める会」側は「反対を押し切って掲揚を強行しようとする市教委の姿勢は認められない」としている。

【日の丸・君が代の呪縛再考シリーズ5】自由と我がままを履き違える埼玉県立所沢高校問題

いろいろと調べていくうちに、広島だけではなく、全国の多くの学校で、「日の丸・君が代」問題があったことがわかる。その中で、埼玉県立所沢高校という間抜けな学校について多くの記事が書かれていたので、1998年から1999年までの動きを取り上げてみたい。以下はすべて朝日新聞からの引用である。


1998年4月5日
「祝う会」計画の所沢高校「式出ないと入学ダメ」埼玉県教委
生徒の大半が卒業式をボイコットした埼玉県立所沢高校(内田達雄校長)で、在校生が4月9日の入学式のかわりに「入学を祝う会」を計画、県教育委員会が入学予定者の父母に「式に出なければ入学を許可しない」という通知を送っていたことがわかった。PTAなどは「信頼関係を破壊する行為」と反発している。

関係者によると、文書は3月31日付で、「所沢高校入学許可候補者の保護者の皆様へ」とあり、校長名による「入学式に向けて」という文書と一緒に、入学予定者宅に郵送された。県教委の文書は「学校教育法施行規則では、校長は入学式において、入学の許可を行う必要がある」としたうえで、「お子さまが所沢高校の生徒となるためには入学式に出席し、校長による入学許可を受けなければなりません」としていた。

桐川卓雄・県教育長は「正当な理由なく入学式を欠席すれば、入学は認められない。ボイコットは『正当な理由』にはあたらない。」と説明している。

教職員や在校生の父母らは反発。沼尾孝平・所沢高校PTA会長は「県教委からの手紙、というだけで威圧感があり、新入生に圧迫感を与える」として、弁護士らに相談を始めた。

林量叔・埼玉大学教育学部教授(教育学)は「学校教育法施行規則では、高校への入学は内申書や学力検査で選抜して校長が認めるとされている。合格通知が出た時点で入学が許可されたと考えるべきだ」と指摘している。

同校では3月、卒業生約400人が卒業式をボイコット。入学式についても、在校生や教職員は「生徒会主催の入学を祝う会を開きたい」と主張。教職員側は3月26日、内田校長の罷免を求める決議をした。

1998年4月11日
「所沢高校は共産支配」自民役員連絡会で村上氏ら
「所沢高校は共産党支配だ」-入学式のあり方をめぐって校長と生徒会が対立している埼玉県立所沢高校(内田達雄校長)の問題について、10日の自民党役員連絡会で「共産党攻撃」が相次いだ。口火を切ったのは村上正邦参院幹事長。「所沢高校は共産党、日教組が強く、PTA、職員にしても問題があるとされてきた。党としても、しっかり対応しないといけない」。続いて、「共産党の戦略で、破壊工作の一つだ。注意が必要だ」(玉沢徳一郎組織本部長)、「この高校は、札付きの共産党支配の強いところ。今の校長が赴任して改革を始めた」(森善朗総務会長)。

1998年4月27日
きょういく98 所沢高校にみる「生徒って」
生徒っていったい何だろう―。卒業・入学式をめぐり混乱した埼玉県立所沢高校(内田達雄校長)問題には、2つの「生徒観・学校観」の対立がのぞいている。「生徒も参加した話し合いで、学校運営を」と求める高校生と、「生徒は話し合いの相手ではなく、指導される立場」との姿勢を貫く校長。それぞれの主張の背景を見る。

「これが私たちのイベント。学校行事の主役は生徒です」。「入学を祝う会」で、司会の生徒は呼びかけた。前日、約100人の生徒がこの日の分刻みの行動予定を話し合った。8時10分からビラ配り。8時50分から9時10分まで、入学行事についての説明会・・・。
「新入生を無理やり連れていくような言い方はしない」「スマイルが大切」と確認し合い、20人ほどは終電ぎりぎりまで学校に残った。この間、教師らは職員会議を続けていた。

生徒たちが校長に求めたのは「対等な話し合い」だった。同校では1982年以来、生徒総会と職員会議の結論が違うときに代表10人ずつが話し合う「協議会」制度を続けていた。「日の丸・君が代」も、生徒と校長が何年も議論してきた。栗田憲昭・前校長は、法律で国旗・国歌を定めている外国の例をプリントで紹介し、「国旗・国歌を尊重する気持ちは大切だ」と論陣を張った。1997年3月、卒業式前日の話し合いで、「質問のある人は」と校長が尋ねると、生徒が20人以上も並び、論戦は2時間に及んだ。生徒は納得せず、結局、卒業式は日の丸・君が代抜きだった。

昨春赴任した内田校長は入学式で、マラソンの沿道で振られるような日の丸の小旗を壇上に立て、カセットデッキで君が代を流した。内田校長はその後、「学習指導要領の通りに式をした」「生徒は指導される立場」という説明を繰り返した。

3年生は新しい行事を提案した。全学級で討議し、11月の生徒総会で、卒業式に代わる「入学を祝う会」を開くことを決議。職員会議も承認した。一方、内田校長は、12月の終業式で「日の丸・君が代のある卒業式をし、卒業記念祭は第2部とする」と発表した。3年生は「校長先生の一言で変えられるなら、何のために討議を重ねてきたのか」と訴えた。生徒会本部ら中心メンバーは、この経緯をビラで全校に知らせ続けた。50種類以上になったビラには、1人でも多くの人に読んでもらおうと、美術部員がマンガを入れた。

「何でも議論しよう」が所沢高の文化だと、生徒らは言う。昨秋の修学旅行。行き先は生徒全員の投票で決めた。いくつかのコースを候補に挙げ、旅行委員がPR合戦。北海道に14票差をつけて、初めて沖縄旅行が決まった。

体育祭の競技もクラスで討論する。今年は「玉入れ競技の存続論争」が白熱した。「つまらない」「走るのが苦手な人は救われる」。9割のクラスが賛成して競技から外した。文化祭の「ミス・ミスター所高」に、教師が「人権問題では」と疑問を投げかけたことがある。これも話し合ってやめた。

「生徒には、自分の意見が尊重されるという先生への信頼感がある」と、生徒会副会長の下代希さん(17)は言う。そのよりどころが「生徒会権利章典」だ。「人間は人間らしく自由に生きる権利を生まれながらにして持っている」という書き出しで、生徒の自治的で民主的な活動の自由をうたっている。90年秋に生徒総会で採択された。

この年、学習指導要領改定を受け、総会は「日の丸・君が代強制反対」を決議した。「自分は君が代に賛成だ」といった意見も出たが、話し合って結論を出した。「自由に話し合う校風を大切にしたい」と、当時の生徒会長泉谷さん(25)が明文化を思いついた。

章典は96年から生徒手帳にも載せられている。いまの生徒会長A君(17)は「章典の掲げる校風を守りたい。そんな思いから、ぼくたちは『祝う会』を開いた」。

生徒会担当教師の一人も「生徒の危機感は、教職員も同じ」と言う。約60人のうち、教職員組合員は半数弱。この教師も組合に入っていないが、「『話し合ってもむだ』という無力感が生徒や教師に広がれば、学校はばらばらになる。組合員も非組合員も関係ない」と言った。


「対等でない」県教委
入学式後の記者会見で内田校長は「『入学を祝う会』も重要な行事だ。生徒を中心に新入生を歓迎したいという気持ちがあったと思う」と話した。しかし「『祝う会』では入学許可ができないので、学習指導要領にのっとった入学式に代わるものではない」と強調。この1年間、「生徒と私の気持ちは一致しないこともあるが、コミュニケーションはとった」と説明した。校長は「個別の取材は一切受けない」としている。

取材に応じた桐川卓雄・埼玉県教育長は生徒会活動について、「学習指導要領に定める教育活動の範囲内で認められるもの」と、限界を指摘。所沢高の場合も「校長が式の重要性を強調していることを生徒は知っていたはず。卒業・入学式を認めない決議は、教育活動の枠や社会のルールからも逸脱している。顧問の教師や校長の責任で指導しなければならない」という見解だ。

生徒が主張する「対等な話し合い」については、「生徒と教師とは対等ではない。生徒を学校の中心として、その考えを優先的に教育活動に反映させるのはいかがなものか。生徒の意見を参考にすることは必要だが、教育活動について、最終的な権限は校長にある」としている。

1998年10月16日
所沢高生ら「式強行は人権侵害」日弁連へ救済申し立て
卒業式・入学式のあり方をめぐって生徒と校長が対立し、「2つの卒業・入学行事」に分裂した埼玉県立所沢高校の生徒や卒業生が15日、日本弁護士連合会に人権救済の申し立てをした。「生徒の意見が反映されず、子どもの権利条約に違反する」と主張している。

人権救済を訴えたのは、在校生128人とこの春の卒業生約60人。訴えによると、同校では学校の運営を生徒と教職員が話し合ってきたが、昨年4月に赴任した内田達雄校長は、生徒の訴えに反して、日の丸、君が代を入学式に導入、式が混乱した。さらに生徒主催の「卒業記念祭」「入学を祝う会」の実施を生徒総会で決め、職員会議でも了承されたが、内田校長は、卒業式と入学式を行い、卒業生の大半と新入生の4割が式を欠席する混乱がおきた。こうした方針は「子どもの権条約にあたる『意見表明権』を侵害する」と主要している。また、県教委や町村信孝・前文相からも人権侵害を受けた、としている。

生徒代表の淡路智典・前生徒会長は記者会見で、「生徒が自由に議論できる校風を守りたい」と話した。桐川卓雄・県教育長は「学習指導要領に基づいた入学式や卒業式で、生徒の人権侵害には当たらない」との談話を発表した。

1999年3月8日
所沢高校「式」出席は3割
日の丸・君が代のある厳粛な卒業式を主張する校長と、手作りの卒業行事を主張する生徒との間で対立が続いてきた埼玉県立所沢高校(内田達雄校長)で8日、卒業式があり、卒業生406人のうち278人が欠席した。直後に開かれた生徒主催の卒業記念祭には、ほとんどの生徒が出席し、昨年同様、2つの卒業行事に分裂する形になった。日の丸・君が代法制化に向けた動きなど、卒業式を卒業式を取り巻く状況が慌ただしい中での式典。しかし、生徒からは「学校行事へ生徒の主体性が反映されるのを望んだだけなのに」と戸惑う声も出ている。

卒業式は午前9時15分から体育館で開かれ、30分足らずで終わった。県教委などによると、出席したのは、卒業生406人のうち、約3割にあたる128人。このほか、在校生210人と保護者110人が出席した。約20人の卒業生しか出席しなかった昨年に比べると、出席者数は大幅に増えた。また、教職員は卒業式に出席するよう職務命令を受けていた。

出席しない生徒は、教室など校舎内で待機した。昨年の「二つの卒業・入学行事」から1年。揺れ続けた卒業生が、それぞれに出した結論だった。体育館のステージ右手には、日の丸が校旗と並んで飾られた。式の冒頭、録音テープの君が代が流れると、出席した生徒の約8割が起立したという。

内田校長は「21世紀を担って生きるみなさんには、相手の話をきちんと聞ける人間になってほしい」などと式辞を述べたが、その瞬間、卒業生がざわめいた。同校PTA会長の君島和彦さんは式に欠席し、式が始まると、正門前で「校長が生徒総会や職員会議、所沢高校の話し合いのシステムを無視して『卒業式』を強行したことに、強く抗議する。生徒一人ひとりが自主的に判断して式に出席したかどうかこそ重要」などと見解を読み上げた。卒業式の後、同じ体育館で午前10時30分から生徒主催の卒業記念祭が開かれた。内田校長も出席した。

1999年3月8日
所沢高校の卒業行事、生徒ら「自由な校風守りたい」
8日午前8時ごろから、卒業生が姿を見せた。スーツや羽織・はかまと思い思いの服装で、屈託なく話す。「校長が開く卒業式には出ない」という男子生徒は「所沢高校の伝統をつぶしたくないし、校長のいいなりになりたくない」。女子生徒の母親は、「大人でも判断がつかない問題だ」と首をかしげた。

2月28日に、広島県立世羅高校校長が自殺して以来、日の丸・君が代の法制化の検討と、卒業式を取り巻く環境が急に慌ただしくなった。その最中に、卒業行事を迎えた。

「また余計に注目されちゃうね」。生徒の間で、戸惑いが広がっている。所沢高校は学校行事への生徒参加が盛んな学校として知られる。修学旅行の行き先や体育祭の種目・ルールまで、生徒が話し合って決める。卒業式・入学式は生徒や教職員の意見を尊重する形で行われ、「日の丸」「君が代」はなかった。

学校が揺れ始めたのは2年前。赴任したばかりの内田校長が、入学式での日の丸掲揚と君が代斉唱を管理職だけで決め、実施した。生徒や教職員が反発した。

生徒たちは昨年、卒業式に代わる行事として卒業記念祭を企画し、卒業式は大半の生徒が欠席した。入学式でも、独自に入学を祝う会を開いた。

生徒たちと校長との対立の発端は日の丸、君が代問題だったが、生徒たちの関心はむしろ、「自由、自主、自立」という校風が、守られるのかにあった。昨年4月の入学式以降、校長と生徒、教員と生徒、生徒間の話し合いは数十回に上った。

内田校長は「話があるなら校長室にどうぞ」とビラを校内に張り出したが、生徒との話し合いでは「意見は聞くが、最終決定権は校長にある」という姿勢を崩さなかった。昨年11月の生徒総会で、「日の丸・君が代の強制に反対する」「卒業式に代わる卒業記念祭、入学式に代わる入学を祝う会を行う」という2案をいったん決めたが、職員会議でこの案は否決された。生徒間の話し合いが不十分という理由だった。

生徒の間で議論が揺れ始めた。12月、生徒代表と職員代表10人ずつが話し合う協議会では、「校風が守れれば、日の丸・君が代が導入されても、やむを得ない」という意見も出た。しかし今年1月の生徒総会で、当初と同じ案が過半数の賛成を得た。賛成した女子生徒の一人は「行事の主人公は生徒。校長先生が一方的に決めるのはやっぱりおかしいと思った」と話す。職員会議は、生徒の議論を評価し、今度は決議を承認した。

在校生は4月に入学を祝う会を企画している。昨年同様、校長主導の入学式との分裂開催の可能性も高い。新入生は約400人。2月に行われた同高校の入試の競争率は、1.46倍で昨年度の1.14倍より大幅にアップした。生徒会の役員の一人は「イメージダウンで人気は下がると思ったが、自由な校風にこんなに共感してくれたとすれば、驚きだ」という。

スポンサーリンク

広告