広島パチンコ店経営者甥っ子誘拐事件(1986年)

昭和61年(1986年)、資産家の兄たちを逆恨みし、あげくに自分の甥を誘拐して身代金を要求した事件

8月6日夕方、広島市西区草津東一丁目、パチンコ店経営・大時観光専務の大湊孝治さん(45)宅で、留守番をしていた次男・孝之君(10)を、叔父の一弘が「ファミコンを買ってやるから一緒に来い」といって強引に連れ出した。

一弘は、午後7時過ぎ、孝治さんの兄で大時観光社長の忠治(48)のところに、「財産分けと思って二億円ほど都合せえ。明日16時19分発の新幹線で大阪のホテルに行け。自分の代わりが行くから金を渡してやってくれ。警察に言うたら一緒に飛び降りるぞ」と、脅迫電話を2回かけた。

連絡をすでに受けていた広島県警は、身代金目的誘拐事件として捜査本部をつくったが、「犯人は叔父とわかっていたし、資産家一族の財産にからんだいざこざが動機」と、事件の概要をつかんでいた。

大湊家は、8月7日午前中に取引銀行を呼んですぐに5千万円を用意した。忠治さんの妻・長子さん(46)と、一弘のすぐ上の兄の同社常務、実さん(37)が金を持って指定の「ひかり10号」に乗り込んだ。岡山駅を過ぎたあたりで長子さんを呼び出す電話が列車にかかった。電話の主は宮下(一弘の愛人)で、「新幹線を降りたらホームの右の階段を下りたところにある喫茶店トヨサキに行ってくれ」と告げた。「トヨサキ」とは、宮下が待っていた「セイコ」のすぐ隣の店だ。

一弘は孝之君を連れて泊っていた岡山駅前のホテルから、電話でこと細かく指示していた。長子さんが「トヨサキ」に入ると一弘から、「すぐ近くのトイレの前にいる女に金を渡せ。子どもはタクシーで一時間以内に広島に返す」と電話があった。

6時半過ぎ、長子さんは同行の捜査員の制止を振り切るようにしてトイレの前に立っていた宮下に現金の入った袋を渡した。宮下は捜査員が尾行して数分後には、とらわれの身となってしまった。

少したってから、一弘から、金を受け取ったかどうか、確認するための電話がかかってきた。宮下は、捜査員の言われたとおり、「成功よ、受け取ったわ」と言った。一弘は、「金を持って店を出ろ」とだけ言って電話を切ると、すぐに岡山駅から孝之君を下りの新幹線に乗せて広島に帰した。こうして孝之君が広島駅北口のあたりで保護されたのは誘拐から28時間後である。

一弘は、宮下と合流するために上り新幹線に乗ったが、「もしかすると警察に通報されているかもしれない」と、心配になって、新神戸駅で降りた。そして宮下と連絡をとるために飛び込んだ喫茶店のテレビで、自分が指名手配されていることを知って愕然とした。

一弘は、しばらく町を歩いたが、人通りが少なくなると寂しくなり、派出所に出頭し捕まった。
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