徳洲会のギャンブル好きの金庫番が内紛

この徳洲会については思い出がある。昔、徳田虎雄氏に会ったことがある。この徳洲会に新規事業を持ちかけに、虎雄氏の事務所に社長と数人で訪れた。ALSを発症する前の虎雄氏には威光があったのを覚えている。

徳田氏よりも先に事務所内に入ることになり、少し時間を持て余していたため、しばらく辺りを見渡した。徳田氏の机の横の壁に日本地図が貼ってあるのが目に付いた。地図には赤い丸印が散りばめられていた。たぶん病院の建設地だと思った。広島地区には赤印がなかったが、これから全国的に増やしていく計画なんだろうと思った。

会社も内紛で揺れ動いていたせいか、当時の幹部数人を引き取ってもらい、徳洲会で新規事業を起こそうという考えだった。結論は、徳洲会としては、というより徳田虎雄氏としては、その事業は必要ないという結果になった。(なぜ会えたのかは割愛する)

今回は、徳洲会の金庫番の記事が目についたので、週刊文春より引用記載した。

金庫番とは能宗克行氏だ。能宗氏は広島県出身、79年に関西学院大学を卒業後、徳洲会大阪本部に就職。翌年東京本部に配属されると、総務畑で頭角を現し、96年に理事長室長になり、虎雄氏の秘書となった。

02年に虎雄理事長がALSを発症後、能宗氏が虎雄理事長の指示、命令のほとんどを代行していた。その後、医療機器販売や不動産賃貸などを手がける関連企業2社の社長に就任。09年には医療法人徳洲会の専務理事に就任した。

また、虎雄氏が、90年に設立、94年に政党化した自由連合の会計責任者として、ライバル・保岡代議士との激しい選挙戦の最前線に立った。

能宗氏は、かつては虎雄理事長から家族以上に信頼され、医師や職員からの信望も厚かったと言われるが、実は密かに虎雄氏を裏切っていたのである。

虎雄理事長がALS罹患後、能宗氏は自由連合を私物化して巨額の横領をした。自由連合は10年に未払い利息も含めて約100億円の負債を抱えて解散したが、このうち、約27億円は能宗氏が勝手に引き出し、全く使途不明である。

毅氏が二期目に臨んだ09年総選挙では、当時能宗氏が社長を務めていた関連会社インターナショナル・ホスピタル・サービス(IHS)が出したカネで直接選挙費用を賄った。ところがIHSから能宗氏が引き出した仮払金7億5千5百万円も使途不明。

能宗氏は病的なギャンブル好きで、ブルガリアに出張に行くと、朝までホテルのカジノに入り浸っていた。競馬にも多額のカネを突っ込んでいて、「万馬券が当たった」と職員数十人を連れて屋台船を貸し切って豪遊した。

能宗氏は、政界への巨額の資金を提供した疑いもある。

能宗氏が懇意にしていたのは、亀井静香代議士で、「いつも亀井の後に映っている男」と揶揄されるほど関係が近かった。

能宗氏は自由連合の負債100億円を、虎雄理事長が100パーセント株主のグループ中核企業「株式会社徳洲会」の株式で代物弁済させようとした・・。
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