広島のブラック企業~競争社会はブラックを生む

若者を酷使して捨てる「ブラック企業」の被害を防ごうと、厚生労働省は、夜間や休日でも相談を受けつける常設電話窓口をつくる方針を決めたという。2014年度予算の概算要求に関連経費を含めて18億円を盛り込んだ。長時間のノルマや残業に追われ、平日の日中は電話できない若者の声を拾うという。相談内容は労働基準監督署などとも共有し、賃金不払いや違法残業などが疑われるケースでは、企業の立ち入り調査もする。窓口は外部委託にするという。また、厚生労働省は9月を集中月間にし、約4千事業所に立ち入り調査をすると発表した。違法な残業や賃金不払いなどが疑われるケースに加え、「離職率」が極端に高い企業も初めて対象にし、調査するとしている。(朝日)


ブラック企業の定義については線引きが難しい。人によって感じ方が違うからである。特に競争の激しい営業の世界では、社員は昔からボロ雑巾扱いで、売上が上がらないと簡単に切り捨てるものである。競争に勝つために馬車馬のごとく働き、時には社内抗争で人を踏み倒し、倒されていく。営業は仕事の中で多くの人に嫌われ、何度も断られていくが、それに耐えていかなければならないし、生きていく上で仕方のない事だと教えられてきた。平和でみんな仲良く仕事が出来て売上げが上がるなら、何も言うことはないのだが、社会というものはそう甘くない。

そんな経験から、広島市内の会社で実際にあった出来事を取り上げてみたい。どこの会社でもありそうな話かも知れないし、これらの企業はブラックかどうかの判断も難しいが、共通して言えることは、人の出入りが激しく、働き易い会社ではなかった。会社名や業種は、なるべく伏せるようにした。


会社(A)に自称中区出身の上司がいた。この男は家族が居たが、社内ではあまり評判が良くなかった。理由は性格が粘着気質で暗い風貌をしており、会社が休みでも、パフォーマンスのためか、せっせと出社し、度々、社員もそれに付き合わされることがあったからである。休みの日は特に仕事もないから、普通は家族サービスでもすればいいのだが、家に居られない事情でもあるのだろうと、社員たちは言っていた。

この男の口癖であるが、「1つの事を言ったら10の事を理解せえや、毎度、説明させんな」と面倒そうに言っていた。また、業績が上がらない社員に対して、「お前、性格変えーや!」と言っていた。つまり、今の性格では売上が上がらないから性格を変えろと言うのである。

もうひとつ、この男に反論すると「お前、頭、かち割っちゃろーか?」と、丸めがねの奥からニヤけた目をして言っていた。自分に意見する奴は、頭を割ることで解決しようとするのである。

風邪をこじらせて熱が出て休むと、執拗に説教というか、文句を言っていた。「風邪ぐらいで休むなやぁ!お前!」と。また、気に入らない社員の足をよく蹴飛ばしていた。それも社員が仕事の電話をしている最中である。

ある社員が言っていたが、この自称中区の男は「人の話に対しては絶対に、『うん、そうだね』、と同調しない天の邪鬼だ」と言っていた。つまり世間一般的に言うと、ひねくれ者だったのだ。この男には、他にもいろいろ特徴があった。

営業部長は九州の人間だったが、朝から長い説教が得意だった。社員たちは早く仕事に就きたいのだが、この説教でその日の気力・体力の半分を失うのである。あるとき、成績の悪い社員を目掛け、その社員の机の上に置いてある缶コーヒーを逆さにした。「おう?入っとったんか?」と言い、立ち去った。机の上がコーヒーで汚れていた。

新潟出身の男からは、面白いアドバイスをされた。「人を踏み台にしてでも数字を上げんとやっていけんぞ?」「タバコぐらい吸えんと仕事できんぞ?」。つまり、自分がそのやり方で業績を伸ばしてきたから同じようにやれば、営業成績が上がるというのである。しかし、この男は風俗遊びが好きで、出社したとき、よく鼻の下を赤く腫らしていて、注意されていた。

新潟出身の男では、気味の悪い会社役員が居たことを思い出した。この役員はカメラが趣味で、手にはライカを持っていた。会社が休みの日に、写真撮影に付き合わされた。ある場所に来たとき、「ちょっと、そこに座れ」と言い、ポーズを取らされた。この時はさすがに遠慮したのだが、どうしても撮りたいと言うから応じた。それ以来、新潟県民に対して警戒するようになった。

高知出身の男がいたが、この男は女ぐせが悪く、消費者金融などで1000万円の借金をした後、会社を辞めて、取り立てから逃げ帰った。

長崎出身の男も同じく、社内の女や保険で営業に来た女に手を出していたが、数年で会社を辞めた。

愛媛出身の中間管理職は、ソファーで横になり、女子社員に度々肩や腰を揉ませていた。場所は営業部のフロアー奥に仕切られた小さな部屋でやっていた。

この会社は支店も含めて300人ほどの規模で、労働時間は朝8時30分から夜9時30分までで、週1日休みだった。夜9時30分までというのは営業部としての暗黙の了解で決めていた。だから9時30分より早く帰社することは出来ない。たまに、クレームで客が事務所まで来て怒鳴り散らしていた。営業系の会社は残業手当などなく、数字が全てであるから、これはごく当たり前だと思っていた。平均給料は同業界の中では低いほうだった。

自称中区の上司は、社員に対する管理能力が無かったため、後にクビになった。それから数年の後、会社内部で不祥事が何度かあったため、社長が2回代わっていた。


会社(B)に勤めていたある日、調査員と名乗るおばさんが会社を訪ねてきた。「社長居ますか?」と尋ねられたので、社長を呼び、応対してもらった。この調査員と社長のやりとりが、少し聞こえた。聞き耳をたてると、「申告してない!」「問題です!」等と調査員が騒いでいた。社長も忙しかったためか、この調査員と言い合いになり、怒鳴って追い返した。

この会社は、社員の社会保険について面接時の話では3ヵ月間はないと言われたが、結局、1年以上もの間、社会保険を付けてもらえなかったという思い出のある会社だった。この問題で数人の社員が辞めて行った。十数人程度の規模のためか、資金繰りも厳しいだろうから仕方ないと思っていた。


会社(C)では、広○銀行や、もみ○銀行、大○建設等をリストラされた連中が、うごめいていた。ある時、元広○銀行の人間が社内パソコンを使って不倫メールをしていたのを、偶然にも、元もみ○銀行の人間が見つけ、社長に報告したのだ。やがて元広○銀行の人間はクビになり、女性従業員も居づらくなったためか、退職していった。この元もみ○銀行の男は市内に住んでいるのだが、部署を超えて声高らか文句を言う男だった。社内のある人間がこの件について言っていた。「本来は、注意して終わる程度のことなんだが、あの男は、そういう事をして仲間を吊るしあげることで社長から評価されようと考える人間だから、注意しときんさいよ」と言っていた。元広○銀行の人間も脇が甘いとしか言いようがないが、元もみ○銀行の人間は、「してやったり」と喜んだに違いない。

元大○建設の人間は、役員のコネで管理職として入ってきた。社員に対しては生意気そうにゲキを飛ばすが、退職するまでの数年の間、ついに自分で成績を上げることが出来なかった。社員の商談中の顧客も次々と潰していった。早い話が仕事を知らなかったのだ。社内の人間が言っていたが「その人間が居るから良い話が行かないんだぞ、そんな人間を雇っているようでは会社は評価されんぞ」と、市内の別会社の人間から耳打ちされたという。思うに、つくづく社長業というのは裸の王様なんだと認識した時だった。

ある日、東広島で仕事をしていた中年男が、管理職として入ってきた。いつも顔がほのかに赤いため、隠れて酒でも飲んでいるのかと思うほどだった。この男は部下に対してとにかくねちっこく、またしつこく説教するのが得意だった。話がもう終わると思って仕事に就こうとする社員に対して、また小言のように話しかける。話が終わったかと思って振り返って背を向けると、また話しかけて説教を延々とするのである。これに参った若手の役職者が辞めていった。


全国展開する会社(D)に居た時には、社員が営業成績の不振で上司から詰められ、会社のビルから飛び降りたと聞かされた。この会社も数字が全てだから労働時間は関係ない。顧客商売だから、朝5時と言われれば、その時間に行くし、深夜2時と言われれば、その時間に商談をする。当然フレックスなどない。なぜそれでも頑張るのか?成績を上げれば会社から評価され、昇格して給料も上がる。20歳代後半の係長で年収800万円。30歳代の営業課長で900万円、40歳代の営業部長で1100万円だった。しかし、既得権益のある企業ではないため、競争激化のなかで衰退し、銀行管理にもなり、社長も数人代わっていったのである。

ある日、契約のため、上司と共に客宅に訪問したときのことだ。客は中年の夫婦だった。上司は、この契約を確実なものにするため、数日前に客と「今回の契約は、当社と行うことで間違いないですね、他とは絶対に契約はしないという事でよろしいですね」と、念を押し、客は「その通り間違いありません。他に契約するところはありません」と言ったという。

後日、契約書を準備し、客宅へ訪問したとき、「実は、他で契約することにしました、すいませんね・・」と客は言った。上司は仰転し、「あれほど他では契約しないと言ったじゃないですか」などと、客とやり取りをした。
 
問題はここからである。上司は結果を客宅から営業部長に報告しなければならない。上司が携帯電話で契約がキャンセルになったことを報告すると、「何い~?お前、契約できると言ったじゃないか!?」「絶対大丈夫だと言ったじゃないか!?」「どうするんだ?」などと、大声で怒鳴り始めた。携帯電話の声が大きいから、隣にいても良く聞こえた。10分位続いただろうか、ついに上司はこの営業部長の怒鳴り声に耐えきれなかったため、携帯電話から耳を離し、その携帯電話を客の方向へ向けた。

携帯電話からは、執拗に営業部長の怒鳴り声が室内に響いて聞こえる。「きさま~!」「おい!返事しろ!」「どうなってんだ?」等と怒鳴っていた。

上司は客に対して、「この通り私も大変なんですよ、何とか考え直してもらえませんか」と頼んだが、客は絶句し、「はぁ~、大変なんですね~・・・」とため息交じりに言っただけだった。

この上司は会社に戻った後、営業部長から呼び出され、さらに1時間以上も説教を食らっていた。数年後、この上司は退職していった。

この会社(D)での出来事でもうひとつ。ある日、営業部と事務で、社内で食事会をしようと社長が言った。社長の出身は九州の南あたりだ。弁当や飲み物を準備して30人位集まった。最初は和やかな雰囲気で雑談が始まったのだが、30分位経過した時、社長がある社員を名指しして言った。「お前、成績悪いんと違うか?」「何しとるんや?」「みんな頑張って成績を上げとる言うのに!」「お前、ええかげんにしろ!すぐ辞めろ!」などと言い出したため、皆、沈黙し、凍りついていた。名指しされた20歳代の社員は、黙ってうつむいていた。そして数日後、退職した。食事会と称して見せしめのリストラだったようだ。

この会社の社長(A)は、後に親会社から送り込まれた役員(B)と対立し、(A)と(B)は、社員を巻き込み内紛劇を起こすのである。内容は、社長として(A)が相応しいか、(B)が相応しいか、親会社の社長に認めてもらうために、社員全員、社長に推薦したい方に書面に記名・捺印しろと言うのだ。社員の間では、その記名・捺印する場所に行くべきか、行かざるべきか、随分悩んでいた者もいた。また、役職者の中には、将来的にはそちらに付かない方がいい、いや、現社長だからこっちに付いた方がいい、などと数日間、持論を展開していた。本来なら、役員総会、株主総会で決めるものだが、このような茶番劇を真剣に繰り広げていた。

結局、数年後、親会社の社長が交代した事を期に、この(A)と(B)は、会社を追われて行った。


ある日、遠戚の家に、物干し竿を売りに来た人間がいた。20歳位で、広島県内のY高校を卒業したという。今まで使っていた物干し竿も古くなっていたから、取り替えてもいいと思ったという。それで、いくらするのか値段を聞いたところ、片手を広げて、"5"だと言った。5ならいいだろうと思い、古い物干し竿を2本処分してもらい、新しい物干し竿を2本購入した。そして、財布から5千円を取り出して渡そうとしたとき、その男は、「5万円だ」と言ったそうだ。遠戚の人は、話が違うと怒って男に文句を言い、結局、5千円だけ支払って帰ってもらったという。

遠戚の人は、「高校を卒業しても、こんな仕事しかないんかのう」と嘆いていた。
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