広島・長崎の平和大会が原発を巡り分裂

連合と原水爆禁止日本国民会議(原水禁)、核兵器禁止平和建設国民会議(核禁会議)が2005年から毎年8月に広島、長崎両市で主催してきた平和大会が今年は分裂するという。東京電力福島第1原発事故を機に、脱原発を掲げる原水禁と、「原子力の平和利用推進」を訴える核禁会議の溝が広がったのが主な原因。連合による単独主催になる見通しだという。平和大会は15年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議を見据え、連合の呼びかけで3団体が主催。広島、長崎両市に原爆が投下された8月6、9日の直前に開かれ、原発へのスタンスは違ったが、「核兵器廃絶」と「被爆者援護」を柱に共闘関係を続けてきた。しかし、11年3月の原発事故後、路線の違いが鮮明化した。原水禁は脱原発を主張。一方、核禁会議には原子力の平和利用推進を掲げる電力総連などが加盟する。連合は原発事故後、原発推進から中長期的な「脱原発依存」の立場に転換した。2012年8月の大会前には「核と人類は共存できない」という文言などを巡り原水禁と核禁会議が対立。結局、この文言は原水禁のあいさつに盛り込まれたが、平和大会に先立ち原水禁と核禁会議はそれぞれ独自に集会を開くなど、関係は冷え込む一方だった。核禁会議は2012年10月、連合に対し、「大会で原水禁が原水禁議長のあいさつ内容を最終確認させず、原子力政策に関わる考え方を一方的に述べ、大会趣旨から逸脱した」などとして、「今後3団体で平和大会を開催するのは困難」と申し入れていた。連合や原水禁は3団体主催で続ける可能性を探ったが、最終的に断念。今年は連合が単独で主催し、他の2団体は「共催」に。平和大会は昨年、広島、長崎両市で計約1万1000人が参加した。原水禁の藤本泰成事務局長は「国民全体の議論の中で原発をゼロにしようという考えが生まれており、それをくみ取って運動を作らなければならない。一緒にできないのは残念だ」と話した。一方、核禁会議の鎌滝博雄専務理事は「世界に核兵器廃絶を主張する集会を連合が中心となって開くように求めてきた。原発について原水禁との立場が明確に違い、これまでの平和大会はいい形ではなかった」と説明しているという。(毎日)

広島の平和団体は、昔から核分裂の如く、よく分裂を繰り返す。人間のエゴと利権のかたまりそのものである。被爆者の心が一つではないことが良く分かる。

原水禁分裂
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