広島の中華料理店「万来軒」店主殺人未遂事件(昭和35年)

昭和35年、広島駅前の中華料理店「万来軒」の店主、丁老麿さん(41)が何者かによって殺害されそうになった。犯人は平塚町のテキ屋、徳田三郎(=朴明辰29)であるが、依頼主は店主の内妻である住吉幸子(34)だった。幸子は店主を殺害するために、朴の出所を5年間も待ったという。丁さんは台湾出身で戦前に広島大学工学部(市立高等工業=当時)へ入学した。当時はほとんどの人間が工科系に進んだ。丁さんはエンジニアとして新兵器の発明を夢見たが、純粋の内地の人間でないことが警戒され、軍需工場では歓迎されなかったという。仕方なく広島市立商業高校で物理を教えているときに幸子と出会った。幸子は背の高いスタイルの良い派手好きな美人だったという。終戦間もなく、丁さんは三文教師を廃業し、広島駅前に土地を購入し、中華料理店を始めた。(昭和27年に長男が生まれる)駅前という好立地であったため、商売は繁盛し、金まわりが良くなったせいか、丁さんは外遊が多くなり、幸子はさらに遊びが派手になった。次第に夫婦仲も悪くなっていった。丁さんの好色ぶりは止まらず、ついに幸子の母親(51)にまで及ぶことになる。この情事を偶然見た幸子は絶望し、遊び方も荒れる一方だった。ゆきずりに知り合う男たちと次々と関係を持つのである。時には若い愚連隊と知り合うこともあり、その中に殺しを請け負う人間がいることを知るのである。その一人に朴がいた。幸子は報酬を約束して夫殺しを依頼したのだが、別件で逮捕されてしまうことになる。しかし幸子は朴が出所するまで5年間辛抱して待ち続けた。出所後、朴は丁さんが、スクーターで竹屋町の住宅街に入ったとき、仲間と待ち伏せして盗んだ車ではねたが、丁さんは運よく軽傷で済んだ。殺しに失敗した朴らは次の機会を待つことになるが、金に困っていたので窃盗を繰り返した。しかし時を待たずして捕まってしまうのである。そして犯人たちの自供により、幸子も捕まる羽目になるのである。
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