【広島・昭和の事件史~広島カープ野球関連】

広島球場に乱入するカープファン
昭和39年6月30日、広島球場の広島-阪神15回戦ナイターの2回裏、稲田主審の判定をめぐりトリプルプレーになるのかどうか言い争いになり、2時間29分中断し、午後9時52分、試合はノーゲームとなった。審判のミスジャッジで試合が遅くなり続行が不可能になったというもので、観客1万人のうち千数百人がグラウンドに乱入して放火したため警察180人が出動し、さらに50人出動し、午後10時30分に騒ぎは収まった。なおもファン500人がいたが、1人が逮捕された。

暴徒化した広島カープファン
昭和50年9月10日、広島市民球場の広島-中日25回戦、9回裏の広島の攻撃で、中日の新宅洋志捕手のタッチに三村が抗議したことに興奮した広島ファン100人がグラウンドに乱入して次々に中日の選手を襲い始めた。この騒ぎでローンが右手に負傷したのをはじめ中日の選手9人がけがを負い、機動隊250人が出動したものの、暴れる広島ファン数千人が中日選手の乗るバスを取り囲み投石するなどした。中日の与那嶺要監督は「この球場では観衆の動向が審判のジャッジにも影響する傾向がある。こうした騒ぎが続くと広島では野球をやりたくない気持ちになる」と苦言を呈した。翌9月11日の中日戦のナイターが中止となった。理由は広島の球団サイドが「万全な試合管理の自信が持てない」ためだった。広島の重松良典球団代表は記者会見で泣きながら「情けない」とファンに自制を求めた。広島ファンが異様な盛り上がりを見せるのには理由があった。球団創立から26年(当時)、一度も優勝した事がなかったのである。2位になった事もない。辛うじて3位に1度なっただけである。

読売巨人軍の張本に殴られた広島カープファン
昭和51年4月16日、広島市基町の広島市民球場で広島-巨人の4回戦の終了後、巨人ナインがバスに乗ろうとしたところ広島ファン500人に絡まれた。張本勲選手(広島出身、当時35)は広島ファンの食品販売業の男(当時30)に胸倉を掴まれそうになったので男の腹を蹴ったところ、男がなおも絡んでくるので左手のバットで男を殴って1週間のけがを負わせ、5月18日になって傷害で書類送検された。さらに会社員の男(当時31)もバスの窓から巨人の選手が突き出した2、3本のバットが頭に当たって1週間のけがを負ったが、誰がバットを突き出したのかわからなかったので立件されなかった。これは4月16日の試合で9回表に巨人が2アウトで代打の山本功児選手(当時24)の中前打で2塁にいた土井正三選手(当時33)が本塁へ滑り込んだがアウトとなり、広島6-5巨人で広島の勝利となったが巨人ナインは審判に抗議、すると広島ファンがグラウンドに1人乱入してそれに張本らがつかみかかったが、その事を広島ファンが根に持って巨人のバスを取り囲んだ事が発端だった。巨人は悪いのは広島ファンだとして張本を処分しなかった。
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