【広島・昭和の事件史~中国新聞社関連】

中国新聞社会部長がやくざに襲われる
昭和24年10月11日、広島市の自称広島観音高校水泳コーチの寺田武実(当時30)が、水泳選手の兄がやくざと関係があるとして検挙されたとの新聞報道に抗議するとして中国新聞本社を訪問、応対に出た芥川寿夫社会部長(当時38)に暴言を吐いた。その後、芥川が会社からの帰途に流川町の紀之国屋食堂に寄ったところ、寺田はなおも付きまといコーヒーを芥川の顔に浴びせて10日間の火傷を負わせて逮捕された。

中国新聞社長宅に銃弾
昭和60年1月27日、広島市中区平野町1丁目の中国新聞社の山本朗社長(当時65)宅2階窓ガラスに25cmの穴が開いており、弾丸1つ分の破片が発見された。午前0時と午前4時50分に山本宅では2回、発砲音のようなものを聞いており、やくざによって銃弾が撃ち込まれたものと思われた。中国新聞では暴力追放キャンペーン(当時)をやっており、1月8日未明には広島市安佐南区の報道部長宅の壁と玄関にコールタールが撒かれる騒ぎがあった。
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支那に対するする深い愛情を綴った投稿をしていた大学生が、なんとそのまま中国新聞に入社していたという嘘のようなホントの話
http://nanashiotoko.blog75.fc2.com/blog-entry-844.html
2014年06月11日(Wed) 04:42












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