【広島・昭和の事件史~砲弾・魚雷爆発事故関連】

北広島町の発電所工事で爆発し28人死亡
昭和9年8月4日、広島県山県郡中野村王泊(当時)の広島電気下山発電所の大堰堤工事場第2採石場で、ダイナマイトが爆発して作業員28人が谷に墜落し、うち日本人11人と朝鮮人14人が死亡した。

呉で魚雷解体中に爆発し8人爆死
昭和25年5月6日、広島県安芸郡下蒲刈島村下島区の男性(49)ら8人が倉橋島村の亀ヶ首海岸で不発魚雷3本を潜水して引き上げて解体中、うち1本が爆発して8人全員が爆死した。

廿日市市の海面で機雷が爆発し46人死亡
昭和25年7月27日、広島県佐伯郡東能美島南端から西方1kmの長島の北寄りの海面で大型磁気機雷が爆発して漁船4隻が大破、2隻が小破し、46人が死亡した。

江田島で砲弾が爆発し7人爆死
昭和26年4月2日、広島県佐伯郡三高村の大迫海岸近くで海底から砲弾や50kg爆弾を引き揚げて火薬を抜き取る作業をしていたところ、砲弾が爆発して7人が爆死し、民家2軒が全壊した。

呉で魚雷解体中爆発し5人爆死
昭和26年7月25日、広島県安芸郡倉橋村鹿島の室尾ノ浦海岸で5人が魚雷の解体作業中に爆発、跡形もなく爆死した。300m離れた民家16軒の窓ガラスも割れた。 

呉で魚雷解体中爆発し7人死亡
昭和27年9月3日、広島県呉市警固屋通り8丁目の海岸で前日夜に5、6人で佐伯郡飛渡瀬村の海岸から密引き揚げしてきた旧海軍の四一魚雷を男性4人が解体中に突然、爆発して全員爆死した。さらに100m離れた電柱で工事作業をしていた中国電力社員(当時20)も墜落死、現場から5mの家にいた母親(当時24)と男児(当時2)も死亡して計7人が犠牲となり、周辺の13戸は全壊した。

呉の南海岸で砲弾を解体中爆発し6人死亡
昭和31年5月22日、広島県安芸郡倉橋町横島の南海岸で、倉橋町本浦の20代の漁師5人と50代の漁師1人で砲弾を解体中に爆発して全員即死した。この砲弾は英豪軍が愛媛県温泉郡津和地島沖に投棄した25cm砲弾で、6人は密引き揚げをしていたもの。津和地島沖は砲弾密引き揚げの漁船が広島県、山口県、愛媛県から200隻集まり、昭和31年だけでもこの事故までに2人も爆死していた。
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