少女を丸裸にして写真を撮ったABCCは県迷惑防止条例違反(わいせつ行為)か

段原国民学校(現、段原小)3年のとき、爆心地から約1.6キロの土手町(現、南区)の自宅で被爆した早志百合子さん(79)は、1951年に出版された手記集「原爆の子」に自らの体験談を寄せた。執筆者の親睦団体「原爆の子きょう竹会」の会長を務める。

手記は幟町中2年のとき、国語の宿題で嫌々書いた。当時は他人が読むのを全く想像していなかった。だから飾らない言葉で、淡々と残酷な体験をつづれたのだと思う。「死人がごろごろしていた」と。ただ、数年前まで自分の手記を読み返せなかった。あの日を思い出すのがつらかった。

今は世界中で翻訳されており、オバマ大統領にもぜひ読んでもらいたい。米国では、いまだに原爆投下を正当化する声があると聞く。手記を読めばそんな気持ちになれないはずた。私も米国が憎い時期があった。原爆が生んだ「地獄」は戦後も続いたから。

(米国が設けた)ABCC(原爆傷害調査委員会)の依頼で、高校生まで検査に通った。10代の少女が裸にふんどし姿で写真を撮られたり血液を抜かれたり。まるで実験のモルモットだった。悔しくて、家でわんわん泣いていた。(中国)

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