ロッキーフラッツ核兵器工場~核兵器を廃絶しないアメリカ

「私たちは核兵器を作った」と題して放送されたNHKスペシャル。そこでは核兵器工場の元労働者たちが語る悲惨な現実があった。「そこで起こったことは決して話してはならない」とアメリカ政府から口を封じ込められていたが、核兵器工場の解体を期に、そこで何をしてきたか話しても投獄されなくなったという。

オバマ政権は今、老朽化した核兵器工場の解体を進めているが、工場がなくなると厳しい守秘義務が解かれ、製造の実態が表にでてきでおり、そこには元工場労働者たちの被爆体験があった。ある老人は、「鼻の先にホクロができた、ガンでした」「さらに全身に9か所のガンが見つかった」と語る。

アメリカの核施設1

アメリカの核施設2

ロッキーフラッツ(Rocky Flats)核兵器工場は、コロラド州デンバーから車で30分の位置にある。ここでは核爆弾の心臓部といえる起爆装置を製造していた。最盛期では6500人が働いており、40年間で起爆装置を7万個製造してきた。いわゆるアメリカの核戦力を支えてきた所だ。

アメリカは300カ所以上で核製造施設を作ってきたが、そのうち老朽化した21カ所を選び、解体と放射能除去を進めている。ロッキーフラッツは1994年に解体されたが、総延長80キロメートルもある廃棄ダクトの中にプルトニウムがべっとりついていて作業が難航したといわれる。

ロッキーフラッツ核兵器工場の当時の事故データによると、1957年~1966年で負傷者1707人、事故件数462件。臨界事故一歩手前もあった。60年代、世界は本格的な核の時代に突入し、ソ連・中国に対抗するためにアメリカは核の量産が必要になった。

アメリカの核施設4

アメリカの核施設3.

ワシントン州ハンフォード核施設では、長崎へ投下されたファットマンを製造しているが、現在でも敷地周辺で放射能汚染が測定されるという。コロンビア川で放射能の測定を行うと通常の2倍測定され、当時、冷却水を川にたれ流していた。敷地内からも水素が発生しており、何かのショックで引火する恐れもあるという。また、危険な高レベル放射能廃棄物が177基のタンクに残されており、腐食して中身が漏れ出す恐れもあるが、完全な廃棄処理には時間とコストがかかりすぎて、目途がたっていない。

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アメリカの核施設6

アメリカの核施設7

元工場労働者の60代の女性は、国に医療保障を求めているが、国側は、「当時の給与明細を全て出せ」「放射能にかかったときは休んでいた」「勤務データは残っていない、紛失した」という対応のようだ。当時の彼らは愛国心に燃えて核兵器を作っていったが現在では、国からの保障もないまま何人も亡くなっていった。

ロスアラモス国立研究所(ニューメキシコ州)では、人類初の原子爆弾が開発され、広島・長崎に投下された。老朽化したロスアラモスでも解体が行われる一方で、なんと、ロスアラモスの人間が中心となってその隣で新たな核施設が建設されていた。2010年9月臨前核実験を実施した所だ。日本の官僚組織と同化してしまいそうであるが、これが現実だ。

ここで意見が分かれるのが、「だから核兵器廃絶を唱え続けなければならない」とする考え方と、「国力・国益を損なわないために核を含めた軍事力増強が必要だ」とする考え方だ。核を発見し、起爆装置を開発してしまった以上、人類は核と共存する運命にあると思う。しかし冷静に身の周りを見て考えると、核より恐ろしいものはたくさんある。


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アメリカの核施設9

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