原爆実験場跡地「トリニティ・サイト」の公開でわかる米国人

1945年、人類史上初めて原爆実験が行われた米ニューメキシコ州の原爆実験場跡地「トリニティ・サイト」が4月4日、一般公開されたという。原爆投下の正当性を信じて疑わない参加者たちの声は、戦後70年を経てもなお日米間に横たわる認識の違いがあったようだ。ただ、広島平和記念公園を訪れる米国人も多いことから、米国内でも意見が分かれるところだろう。

トリニティサイト02


米国が第二次世界大戦時に進めた極秘の原爆開発計画「マンハッタンプロジェクト」の中核施設だった同州ロスアラモス研究所から南へ約250キロ。トリニティ・サイトは広大な米軍ホワイトサンズ・ミサイル実験場内の荒野の一角にある。4月と10月の年2回だけ一般公開をしているが、この日は過去最多の5534人が訪れたという。


トリニティサイト01


爆心地「グラウンド・ゼロ」には「1945年7月16日に世界で最初の核兵器が爆発した地点」と記された記念碑が建つ。インディアナ州から来たリチャード・ゴーキーさん(70)は、「何百万人の日本人の命を救い、米本土を守るために原爆投下が必要だったんだ」「原爆2発が投下されて、ようやく日本は降伏したんだ。これが我々の歴史だ」とまくし立てたという。そして「私の父も妻の父も太平洋で戦ったんだ」と付け加えた。

 「(本土)上陸作戦は双方に大きな犠牲が出ると知っていたから原爆を使ったんだ」「北海道をソ連に取られなくて良かったじゃないか」と言う人もいる。

「原爆投下が間違っていた」と語る人はいなかった。参加者向けのパンフレットには、原爆を広島、長崎に投下した事実は書かれているが、その後は「日本が降伏した」としている。被害の実態はどこにも記されていない。

一方、実験場につながる国道沿いなどでは、70年前の実験で被ばくしたとして健康被害などを訴える周辺住民が、メッセージを掲げて政府に対する抗議活動を行ったという。米国立がん研究所(NCI)の研究チームは昨年、周辺住民に対する被ばく状況の本格的な調査をようやく始めた。

トリニティ・サイト
1945年7月16日に、人類史上初の原爆実験が行われた米ニューメキシコ州にある実験場跡地。8月9日に長崎に投下されたものと同型のプルトニウム型の原爆を高さ約30メートルの鉄塔の頂上に据え、午前5時29分45秒(米山岳部夏時間)に爆発させ、「核の時代」の幕開けとされる。実験は極秘とされ、日本への原爆投下の後、初めて公表された。実験の高熱で周囲の砂漠の砂が一度溶けて緑色の人工鉱物「トリニタイト」が生成され、一部は今も周辺に散らばっている。現在も高いところで通常環境の10倍の放射線が検出されるという。(毎日)
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