エノラ・ゲイ副操縦士の手記「おれたちゃ何をやったんだ」・被爆70年記念シリーズ第9弾

広島に原爆を投下したB29「エノラ・ゲイ」(Enola Gay)の乗員たちは、広島市街地の約7割を破壊し尽くす地獄の閃光を眼下に、思わず「おれたちゃ、いったい何をやらかしたんだ」と、機内で叫んでいたという手記の話。

この手記は、エノラ・ゲイの副操縦士、ロバート・ルイス大尉(Robert A. Lewis)が飛行中、ひざの上で書いたメモを、飛行後間もなく報告書をまとめる中でタイプし、まとめたものを広島市の被爆者の一人が、アイルランド在住の作家から買い取ったという。以下、その一部を紹介したい。


ルイス大尉はポール・チベッツ機長(Paul W. Tibbets, Jr.)と共に操縦桿を握った。乗員は12人。1945年8月6日午前2時45分(日本時間、同1時45分)、エノラ・ゲイ号は、 2機と一緒に飛び立った。

「4時20分(同、3時20分)、東の空に有明の月の影が見え始めた。我々の爆弾をジャップ共の上に落として、国に戻れば原爆作戦にかかわったみんなが、ほっとするだろうな」

「7時30分(同、6時30分)、最後のプラグを装てんした。原爆はいまやいつでも投下可能となった。それが、背中の真後ろにあるというのは、なんともいえない奇妙な気分だ」。

硫黄島を過ぎた頃に、広島爆撃の指示が入電する。

機内の動きが慌ただしくなる。レーダー手、航空士、爆撃手が所定の位置に就いた。

9時9分(同、8時9分)、広島が視界に入った。

「完全に無防備な目標に到達するまで4分間あった。フェアビー少佐・爆撃手(Thomas Ferebee)が、自動シンクロ装置(AP)をスタートさせた。投下。次の瞬間、何が一体起きるのか、だれ一人、知るよしもなかった。閃光を見た。その15秒後、機体は2回、極めてはっきりとした衝撃を受けた。私は結果が見て取れるように機の方向を広島へ変えた。そこには疑いもなく、人類が目撃した最大の爆発が起きていた。広島市の9割は煮えくり返る煙と巨大な白い雲の柱で覆われていた」

乗員たちも、機よりも、はるかに高く上る煙の柱を目の前にして、動揺した。「一体、何人のジャップを殺したのだろう。正直言って、説明する言葉さえ探せない。なんてことを、してしまったんだろう。もし私が百年生きるとしても、この数分間を忘れることはないだろう。パーソンズ大佐(原爆取扱責任者=William S.Parsons」を見ながら、なぜみんなと同じように困惑しているのか、と思った。彼は全てを知っていたはずだし、強烈な爆発が起きるのを期待していたはずだのに」

だが、乗員たちは、急速に戦う兵士の顔を取り戻していく。「正直言って、我々がテニアンに帰り着くまでに、ジャップたちは降参するかも知れない、と思った。何しろ投下後1時間半、640キロも離れた所から、高さ1万6千メートルにも達する奇妙な色をした煙のうねりがまだ見えた。たぶん、生き残ったジャップが、そう手間をかけさせずに、爆発の結果を知らせてくれるだろう。機の乗員はみな困惑しながらも、幸せそうだった。帰路、少し昼寝をした」
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