広島土砂災害・間に合わなかった陳情書

安佐南区八木地区では、すでに土砂災害の危険性を察知していたようだ。報道特集で、この問題を放送していた。緑井上組町内会長の石橋さんは、「陳情がちょっと遅すぎた」と悔しがる。陳情書には「鳥越川・植林川上流部の砂防堰堤建設に関する陳情書」とあり、1184名の署名がされていた。

この要望書なる陳情書を出そうとしたきっかけとなったのは、大雨が降ったときに上流部の石垣から水が1メートルくらい飛ぶからだそうだ。それを見た住民が危機感も持った。しかし、陳情書を提出したのが今年の1月ごろだから、とうてい間に合うはずがなかった。

今回の土砂災害で一番被害の大きかった八木地区の災害前の「山はだ」の様子をGoogleEarthで見ることができる。「山はだ」には、花崗岩が風化したのか岩や小石が散らばっている。これらの岩や石などが土石流として民家に流れ出たのだろう。

また、頂上付近に水の神様として貴船神社(龍王杜)が祀られているが、これは水の恵みに感謝し、水不足の時には雨乞いの神として里人に今も崇敬されていると言われている。天文時代の1532年から1555年ころに八木城の武勇にすぐれた香川勝雄という武士が、里人を悩ませていた大蛇を単身で山に入り、退治したと言われている。この大蛇とは、土砂災害のことを指していると思われるが、土砂が抜けた跡が、大蛇が通り抜けた跡のようにみえるからのようだ。つまり、大昔にこの地域で土砂災害があったという言い伝えが残っているのだろう。

山裾の入り口あたり。のどかな災害前の光景。
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登り始めでは、ごくありふれた登山道だ。
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石で積まれた火葬場跡か。
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岩や石がゴロゴロと目につく。
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さらに大きな岩が散乱。石切り場か。
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斜面にも岩が散乱。
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八木の別の場所にある砂防ダムだが今回は役に立たなかったのか。
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頂上付近にある水の神「貴船神社」
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