【日の丸・君が代の呪縛再考シリーズ13】作曲家・中田喜直さんがクレーム

中田喜直さんは、社団法人日本童謡協会の会長を務め、代表作に「夏の思い出」「雪のふるまちを」「めだかの学校」「ちいさい秋みつけた」などがあるが、「君が代」について批判していたので、当時の記事を朝日新聞から引用してみた。


1999年7月2日
歌詞と旋律が会わず欠陥、作曲家・中田喜直さん
40年も前になりますが、カラヤンがベルリン・フィルを率いて初めて来日したときです。カラヤンがステージにさっそうと現れると、オーケストラ全員が立ち上がって君が代を演奏し始めたんです。これが素晴らしい。その後、ベートーベンの5番を演奏したんですが、あまり記憶にないくらいでしたね。もちろん、そんなことはプログラムにもありません。日本に敬意を表したんですね。

ところが、君が代は歌詞が付くと変わるんです。自然に聞いていて、日本語が日本語らしく聞こえない。

小学校2年のときでした。「君が代を書きなさい」と言われて、こんなふうに書きました。〈きみがあよーわ、ちよにいいやちよにさざれ、いしのいわおとなりて・・・〉

何のことか、意味がわかりませんよ。例えば「さざれ石」が「さざれ」で切れるから、大人になって聞いても、やぱりわかりにくい。

歌詞は歌詞で悪くかいけれど、旋律とまったく会っていない。だから、歌曲としては欠陥ですね。ぼくは演奏には敬意を表すが、気持ち悪くて歌わない。

君が代の問題は、日の丸と分けて考えるべきだと思いますよ。日の丸は象徴的なもので、戦争の罪を背負っているとしても、最後は一種のデザインの問題になるのではないでしょうか。

でも、国歌というのは歌でしょ。ちゃんと主張がある。
強制化にはあんまりこだわりません。みんなが納得する国旗、国歌だったらどっちでもいい。ただ、いまなぜ急ぐのかはよくわかりません。

君が代のメロディーは浸透していると思います。でも、もし法律で決めるのだったら、旋律だけを先に定めて歌詞を改めて考えたらどうでしょう。歌詞は、みんなが平和に、民主主義で、今の時代にふさわしいのをつくればいい。10人くらいで、歌詞を考える委員会みたいなものをつくってやればいいと思います。

歌なのに政治的なことばかり議論していて、歌としてふさわしいか、音楽家の意見をちっとも聞かないのは残念です。繰り返しになるけれど、自然に聞いて、日本語としてわからない。それを国歌として決めてしまうのは、音楽に理解がないとしか言いようがないですね。今、法制化に賛成した国会議員は将来、恥ずかしい思いをすると思いますよ。
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私はそうは思いません。
2014年06月11日(Wed) 04:43












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