【日の丸・君が代の呪縛再考シリーズ11】全国の声

全国的には、どのような声があったのか。教育現場や作家、識者、市民運動家、世羅高校教諭、被爆教職員、原水禁・原水協、文化人などの批判的な考えを見てみたい。朝日新聞からの報道内容であるため偏りもあるが、ズラッと見ていくと「日の丸・君が代」反対論者は「高熱でうなされた被害妄想病」と言っても良いだろう。この被害妄想の人たちの寝床の天井に「日の丸」を描いてあげたい。以下、同紙からの引用。


1999年3月2日
君が代」法制化発言、教育現場に波紋「まず議論が必要」
学校教育の現場で長く対立の焦点となり、思想・信条の自由の問題や「戦争」の記憶と重なって論議を呼んできた「日の丸」と「君が代」。「内閣として法制化を含めて検討する」とした2日朝の野中広務官房長官の発言に、さまざまな波紋が広がった。

教育現場
校長が昨年、卒業式を強行しようとして生徒が反発した埼玉県立所沢高校の生徒弁護団の津田玄児弁護士は「思想信条の問題として考えたい。日の丸・君が代が嫌だという気持ちの生徒は一人でもいれば、強制するべきではない。法制化で、教育現場にさらに大きな強制力がかかるとすれば問題だ」と話す。一方、全国高等学校校長協会の岡本裕之会長(都立三田高校校長)は、「現実問題として定着している。法制化していないため、板挟みになって苦労している校長も少なからずいる。法制化で国民の合意を得ることが大切だ」と話す。

沖縄
沖縄在住の作家、灰谷健次郎さんは「困ったものですな」と言って、しばらく絶句した。「たとえ国家権力であろうと、教育は特定の勢力や権力が操ることは間違いだということを、あの戦争で学んだはずだ」「戦争責任についてきちんと謝罪と反省をした上で考えるならまだしも、何の議論もない。一方では、ピースボードなど若者たちは自分たちで戦争責任を考えようと試行錯誤をしている。そうした人々に対する挑戦ではないか。怒りがこみあげてきた」

在日韓国人
在日韓国人で、日韓関係に関する著作も多い金両基・静岡県立大教授は、「国歌が歴然とあるのに、国旗と国歌はあってないようなあいまいな状態が戦後54年も続いたのが不思議だ。きちんと議論し国民のコンセンサスができるなら、日本人の選択として尊重する」という。「ただ、そのあいまいさは、日本人が戦後の自己点検をしてこなかったことに起因することを忘れてほしくない」

市民運動
自民党内で法案づくりが長く検討されていた国旗・国歌法案に反対する市民運動を続けている東京都練馬区の竹見智恵子さんは「いよいよ来たな、という感じです」と話した。国旗・国歌法案は、祝日の国旗掲揚を条文化しているほか、「国旗は厳粛に取り扱うものとし、その尊厳を汚してはならない」といった表現まで含まれており、「個人の態度や姿勢まで法律で求める内容になっているだけにとても怖い感じがする」と話す。

識者
沖縄の日の丸焼き捨て事件や所沢高校の問題などを取材してきたノンフィクション作家の下嶋哲朗氏は「議論のないまま、日の丸・君が代が五輪などのスポーツを通じてファッション的に若者にも浸透しつつある現状に危ぐを抱く」という。「無責任な大人が引き起こす嵐に子どもが巻き込まれている」と指摘する。


1999年3月16日
自殺した校長「君が代は問題」広島、高校教諭語る
広島県教委が職務命令で「日の丸・君が代」の完全実施を求めた卒業式の前日、世羅高校の校長(58)が命を絶ったことに関連して、同校の教諭が14日、広島市内で開かれた「日の丸・君が代強制問題を考える市民集会」に参加し、校長との話し合いの様子として、「校長先生は、君が代は問題があると語っていた」などと説明した。

教諭は職務命令(2月23日)後にあった25日の職員会議の校長の言葉について、「身分差別につながるもの(君が代)を生徒におろせるか悩んでいる。みなさんの合意が得られないということになれば従来通り(君が代斉唱なし)でお願いしたい、と言われた」と報告した。


1999年4月8日
日の丸・君が代これでいいの?
「日の丸・君が代」をそのまま国旗・国歌として法制化しようとする動きに対し、戦争体験のある文化人らが中心になって、新しい旗と歌をつくろうと呼びかけている。

旗のデザインと歌詞を募集しているのは、東京都葛飾区に住む画家の田中弥須子さんたちだ。1925年生まれの田中さんは、クマザサに付けた日の丸の小旗を手に出征兵士を見送った。「君が代」は天皇を賛美する歌として教えられた。

「50年たち、とっくに忘れた人もいるかもしれない。でもずっと忘れられない人もいる。私は、モノ言えぬ戦争犠牲者の代弁者でいたい」

こうした動きに対し、「雪のふるまちを」や「ちいさい秋みつけた」を作曲した中田喜直さんは「せめて君が代の詞は変えた方がいい」と提案する。「問題は歌詞。メロディーと合っていない。思想の問題というより、芸術歌曲として拙劣です」

また、放送タレントの永六輔さんは「なぜ、いままで法制化されなかったかを明らかにして欲しい」と論議の深まりを期待する。

「徳川家・薩摩藩の船印だった日の丸を、なぜ日本の旗にするのか。薩摩に支配された琉球の人が日の丸とどう闘ったか。そういう歴史を踏まえて議論すべきじゃないですか」

そのうえで、「国の旗、国の歌を決めるというなら、デザイナーと音楽家をまじえ、色、音階をどうするかも決めたらいい。やるのなら、徹底的に議論してからにしてください」と話している。


1999年7月2日
元公立校長ら国旗・国歌法案「法制化に反対」
日の丸・君が代を国旗・国歌とする法案をめぐり、公立校の元校長や現役の私立校長ら46人が1日、「国民的合意のない中で法制化は認められない」と反対する声明を発表した。声明は「教師と子どもが心を通わせて学べる学校をつくるためにも、法制化と学校への押しつけは絶対にやめさせなくてはならない」と訴えている。


1999年年8月9日
「原爆教育を否定」長崎の教諭らに危機感
「日の丸・君が代」の突然の法制化の動きに、長崎で原爆教育に携わってきた教師の間で困惑が広がっている。被爆教職員の会の教師らは、「これまでの原爆教育を否定することになる」と危機感を強めるものの、被爆地・長崎でも関心を持たない層が目立ち、反対運動はなお盛り上がりを欠いている。

長崎県被爆2世教職員の会は7月12日、県教委に、「日の丸・君が代」法制化について、「被爆体験や侵略戦争の反省から、教育現場での強制には反対する」と申し入れた。会は、原爆教育の先頭に立ち、「原爆を平和教育の原点としない」としている長崎市教委の平和教育の指針を改めるよう求め続けてきた。会長で小学校教諭の平野伸人さん(52)は「加害の歴史に結びつく日の丸・君が代を法制化するのに反対するのは当然」と言い切る。

申し入れには会の中にも慎重な意見もあった。会員は200人以上いるが、活動に参加しているのは10人ほど。平和教育の活性化や若い教師への原爆教育の継承といった懸案が山積みで、「日の丸・君が代を第一に取り上げて活動するゆとりがないのが実情」と平野さんが打ち明ける。

県教委によると、県内では卒業式の「君が代」斉唱と「日の丸」掲揚は、1980年代前半にほとんどの学校で実施され、89年には100%に達した。この問題で処分を受けた教師はいない。「若い人が特に関心がない」と、平野さんはぼやく。「日の丸・君が代なんて、学校の中でも、社会人の友達と話していても話題になりません」。

長崎市内の中学校で働く20代後半の女性教諭は、そう話す。中、高校生のころは「なんとなく調子の悪い歌」と思っていたが、簡単な旋律なのでオルガンで弾いたこともある。

初任校で、原爆や日本の加害責任のことを先輩教師から学び、「こんな問題があったんだ」と知った。それから、卒業式で起立しても、こっそりと口をつぐむようになった。同じ年ごろでも、堂々と歌い上げる人は少ないが、議論にはならない。「直接、痛みがないから無関心でいられるんだと思う」と感じている。

元小学校教諭で県被爆教職員の会の山川剛副会長(62)は、「法制化されれば、いろんな場面で強制される。そのことにもっと危機感をもってほしい」。2年前に定年退職するまで、教壇で自身の被爆体験を語り継ぐ一方、「日の丸・君が代」にもこだわり続けた。校長の職務命令で斉唱を求められても、拒否した。「この問題に口をつぐんでは、これまでの原爆教育も否定することになる」と山川さんは、講演や執筆依頼を積極的に引き受けている。


1999年8月8日
平和運動覆う危機感、被爆者「国旗・国歌法案強行、異常な事態」
被爆54年の原水禁・原水協「核軍縮に逆風」懸念
今夏も広島と長崎に、国内外から、核兵器の廃絶を願う人々が集まった。7日には、原水爆禁止日本協議会(原水協、共産党系)と原水爆禁止日本国民会議(原水禁、旧社会党・総評系)の世界大会・長崎大会が開幕。9日まで核禁会議(旧同盟系)や連合、日本生協連など市民団体の催しも相次ぐ。各団体は核拡散に危機感を募らせ、「核兵器のない21世紀」を模索して政府との対話を進める一方、他団体との新たな連帯を探る動きも目立ち始めた。

「核軍縮に逆風」懸念
長崎市で7日に始まった原水協系の世界大会の開会総会。日本原水爆被害者団体協議会代表委員の山口仙二さんは語気を強めた。「ガイドライン(新しい日米防衛協力のための指針)関連法、盗聴法案、日の丸・君が代法案、などの強行という異常な事態が進行している。日本が米国とともに核兵器加害国にされかねない」

今夏の大会は主催団体を問わず、いずれも「平和への脅威」に対する大きな危機感に覆われている。国内では自自公路線が、国外では北大西洋条約機構(NATO)によるユーゴスラビア空爆が、非難の的だ。

2日に開かれた原水禁系の国際会議で、黒沢満・大阪大学学院教授は「核軍縮に逆風が吹いている」と警鐘を鳴らした。


1999年8月10日

札幌
「今は雇用と年金の安定が最優先だ」。札幌市中央区にあるハローワーク札幌の2階。パソコンが並ぶ求人情報検索コーナーで、順番を待っていた男性(44)が、そう話した。妻、高校一年生の娘と3人暮らし。運送会社の子会社の経理担当課長だったが、今春、子会社の再編で「自主退職」させられた。失業手当は9月で切れる。男性は「国旗・国歌なんて50年前に白黒つけておくべき問題。こっちはすぐに何とかしなきゃ、生きていけないんだよ」と言った。

東京
東京・新宿の歌舞伎町でゲームセンターやカラオケ店に遊びに来た東京都立高校三年生の女子生徒2人は、日の丸と君が代が国旗・国歌として法制化されることについて「実感がわかない」と話す。学校では君が代を歌う機会がほとんどない。「一、二年生は卒業式に出ないから、入学式で君が代の曲を聞いて以来、聞いてないし歌っていない。日の丸も飾ってあっただけ」と記憶もかすか。「日の丸は日本の旗かなって感じがするけど、君が代はどーでもいいって感じ。曲はいいけど歌詞はダサい」

名古屋
名古屋市港区のプールを訪れたOL3人組。3年前に市内の県立高校を卒業した同級生だ。「入学式でも卒業式でも当たり前のように君が代歌ってたよね」とうなずきあった。「なんで急に法律になんてするんだろう。いままでのままでいいじゃない」

国旗・国歌法案も通信傍受法案も、もう、とっくに成立したと思っていた。「知らないうちにいろいろ決まる。小渕さんて人は良さそうだけど、それでいいんか、って感じ」「周りの人に流されているみたい」。簡単に法案は通るなら「税金を安くする法を通してほしい」が一致した意見だ。

長崎
長崎市松山町の平和公園。被爆者女性(72)は「日の丸はやむを得ない。でも、君が代には抵抗を感じる」。極東の小国・日本の存在を、旗だけでも知ってもらって主張したいという気持ちからだ。国際スポーツの舞台などでも国旗は必要、と理解を示す。被爆で全身に浴びたガラスの破片が今も体内に残る。天皇の名の下に行われた戦争に、今なお苦しめられ続けているだけに、「君が代、と聞くと頭に来る。だが、被爆当時ほどではない。歳月は世の中を変え、怒りを風化させる。法制化されたら従うつもり」。

沖縄
沖縄県読谷村の米軍基地「トリイステーション」の近くで水道工事業を営む佐久川政一さん(64)。基地のフェンス越しに星条旗と日の丸が並んでたなびいているのが見える。法制化については「ちょっと決め方が早すぎるんじゃないかな」ともらした。同村は沖縄戦で米軍の上陸地点にもなった。佐久川さんも幼少のころ、戦争を体験した世代だ。「沖縄のことを十分考えてくれたのだろうか。国会で決まると、仕方がないという気もしてくる。ほかの法案でも、沖縄の特殊な事情に配慮してほしいというのが率直な気持ちだ」


1999年11月13日
日の丸・君が代「強制」反対の市民らが集会
国立劇場と皇居のすぐ近くにある社会文化会館では、12日午後2時から「日の丸・君が代の強制に反対する市民集会」が開かれた。石田英敬東大教授らが講演し、式典について「国歌の枠組みを強化し、人々に現実を忘れさせるために作り出された祝祭で、非常に危険だ」と批判した。午後6時半から東京・水道橋で開かれた集会では、姜尚中東大教授が日の丸や君が代の押しつけなどについて「各地で何が起きているのか知り合える横断的なネットワークを作ることが大切だ」と述べた。都内では銀座や市ヶ谷などでも式典に反対する100人規模の集会が開かれた。JR横浜駅近くでの集会では、天皇制問題に詳しいジャーナリスト田中伸尚氏が「(祭典に若手歌手らを参加させたのは)そこまでやっても国民とのつながりを求めようとしている」と語った。


1999年8月10日
「黙っていられない」国旗・国歌法案きょう成立、私と日の丸・君が代~投書から
日の丸・君が代を国旗・国歌とする法案は9日の参院特別委員会で可決し、同本会議で成立する見通しだが、この問題で読者から投書が絶えない。大半が反対の立場で、「教員は法律に忠実であるべきだ」と政府が説明したことに、学校での掲揚や斉唱の強制を危ぶむ声が多い。新しい日米防衛協力のための指針、通信傍受法案などと続く政治の流れに、戦前を思い出し、「いてもたってもいられない」と訴える手紙も。72歳の男性の投書はこう結んでいた。「私たち老人はあと何年かで静かになります。法制化は急がず、ゆっくり勉強してからにして下さい」

<娘の入学式で君が代が流れた時、私は下を向き、歌いませんでした。でも、皆と一緒に立っていたのです。「人間は一人ひとり違う。だからこそいいんだよ」と、いつも娘たちに言いながら、大勢の中で違う行動をとることは大人でも勇気がいるのです>

東京都世田谷区の主婦(36)は、今年4月の入学式の様子を書いた。駆け足で審議を終えようとしている国会議員に、こう質問を投げかける。

<あなたが6歳の子供だったとします。友達が皆立ち上がって歌っている中、一人座り、口を開かず、大好きな先生たちに「立って歌いなさい」と声をかけられ、皆に目を向けられ、それでも心穏やかにいられますか。人間は皆平等なはずです。一人の人間を神様として歌っていた歌を、見解をかえて、小さな娘に歌わせてほしくありません>

政府は、法制化すれば、掲揚や斉唱をめぐる学校の混乱が治まると説明する。だが、横浜市に住む公立校の男性教師(37)は、政府答弁の矛盾を指摘する。

<「生徒の内面に立ち入って強制はしない」と政府は答弁しましたが、それをだれが教えるのでしょう。学校では斉唱に際して、「これは強制ではないんだよ」「歌わなくても内申には影響しないよ」と教員が言ってあげなければ、生徒に思想信条の自由を保障したことにはなりません。ただ、この行為は「指導する」教員の立場と矛盾します。法案が思想信条の自由を侵していることの表われです>

愛知県の公立高の男性教師(37)もこう言う。<国民全体の利益への奉仕こそが公務員の責任である。日の丸・君が代は国民の間で賛否が二分される代物。それを掲げ、歌わせる指導が国民全体の奉仕者の務めだろうか>

法制化されれば、強制が学校以外に社会にも広がる可能性もある。長崎県大村市の主婦、平美智子さん(55)は、小学校入学前に昭和天皇の行幸を出迎えた思い出を書いた。
<子供たちは白い画用紙にクレヨンで赤い丸を描いて竹に張り付け、間近で天皇を見ました。旗を振りながら、私はなぜ大人たちはこのおじさんのためにこんなに大騒ぎをするのだろう、という思いがしました。同じ人間ではないか。もし法案が通ったら、注意されたり罰せられたりするのでしょうか。もしそうなら私はそんな場所に行けなくなります>

茨城県藤代町の元小学校教諭、京坂恒馬さん(72)は、「定着した」という日の丸を、自宅に持っている人がどれほどいるのかといぶかる。

<小学生の時、先生が日清戦争の話をされた。「敵の死体から首を切り取り、白い布にこすりつけて日の丸を作り、占領地に掲げた」。この話を聞いて私たちは、ただ呆然と腰掛けに座っていました。昭和20年、兄が戦死しました。歴史を好み、植物を愛した兄でした。私は日の丸を振り、万歳を唱えて送り出したことを後悔しています。戦いの旗、日の丸。暗い暗い、君が代。この二つをあがめることは兄や戦争で亡くなった方々に申し訳ないと思います>

こうした反対の立場が多い中で、明確に賛成する声もある。東京都北区の主婦(81)は、率直な思いを書いた。

<何の罪もない日の丸、君が代にどうして反対のか分かりません。嫌いな人は別の国に行けばよいと思います>
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