【日の丸・君が代の呪縛再考シリーズ10】広島県教委Vs部落解放同盟・日教組

当時の「ひろしま」の教育現場を知るには、広島県教育委員会のホームページを開くと、広島県教委と部落同和団体との関係が分かりやすく書いてある。特に「八者合意」文章は、他府県ではお目にかかれないものだろう。以下、一部引用。


「・・・校長権限が歪められた職員会議の運営、職員団体の学校分会による校内人事への介入、校長と職員団体の学校分会との間で交わされた不適正な勤務時間管理などに関する確認書などにより、多種多様な形で校長権限が制約され、法令等を逸脱する状況がつくりだされた。教育内容面においても、学習指導要領を逸脱し、教育の中立性が侵されるなど、多くの課題を生み出した。中でもその背景には同和教育がすべての教育活動の基底にあるとした、いわゆる「同和教育基底論」により、一部の地域や学校において同和教育にさえ取り組んでいればよいといった風潮や、『総括』などの名の下に同和教育の視点から、学校教育の全体を点検・評価するなどの状況があった。昭和60年9月17日(1985年)に当時の広島県知事、広島県議会議長、広島県教育委員会教育長、部落解放同盟広島県連合会、広島県教職員組合、広島県高等学校教職員組合、広島県同和教育研究協議会、広島県高等学校同和教育推進協議会によって作成された、いわゆる「八者合意」文書は、「連携」の名の下に職員団体、同和教育研究団体及び運動団体が学校内外で運動論に基づいた主張を展開することを正当化するような状況をつくった。これらのことが、学校における校長権限を著しく制約するとともに、法令等に逸脱した実態を生み出すこととなった。平成4年2月28日(1992年)、県教育委員会が職員団体及び運動団体に対して、国旗・国歌の実施を事実上制約する見解を示した、いわゆる「2・28文書」は、その後の本県における学習指導要領に基づいた『国旗・国歌』の適正な実施を阻害してきた」


また、広島県教委と部落解放同盟・日教組の対立には、どのようなものがあったのか見てみたい。以下、朝日新聞から引用。

「部落解放運動に責任転嫁の意図」解放同盟広島県連
宮沢喜一蔵相の発言に対し、時本悟・部落解放同盟広島県連書記長は「部落問題をめぐって幅広く多くの人々が解決に向け努力しているときに、具体的事実を示すことなく、なぜ部落解放運動を誹謗・中傷するのか理解に苦しむ。県教委が君が代を強制しようとして起きた今回の事件の責任を組合や運動側に転嫁する意図を強く感じる」とのコメントを発表した。

広島は反対堅持
高校長自殺事件が起きた広島県では、日教組加盟の高教組、県教組とともに、「日の丸・君が代反対」を堅持している。広島県教育長が卒業式で日の丸・君が代を完全実施するよう職務命令を出したため県と組合の対立が激しくなりそうになった2月末、日教組本部は加盟組織に「広島の組織への激拗」を指示した。反対運動を棚上げしたため組織を挙げての支援はできないが、広島の両組織の運動に理解を示した。

というのも、日教組は95年の棚上げの際、左派の反発をかわすため、「君が代の歌詞は憲法の主権在民を否定するものだ。日の丸・君が代の法制化や学習指導要領による学校教育への押しつけには反対する」などとする75年当時の統一見解は変えない、という姿勢をとった。左派系組織は、これを根拠に反対運動を続けている。


1999年3月12日
日教組委員長「日の丸・君が代問題」性急な法制化反対姿勢示す
日教組の川上祐司委員長は、12日の中央委員会であいさつし、日の丸・君が代を国旗・国歌とする法制化問題について「性急に法制化できる問題ではない」として、今国会での法制化に反対する姿勢を明らかにした。学習指導要領による卒業式・入学式の日の丸掲揚・君が代斉唱についても「強制は改めるべきだ」と、従来より反対姿勢を明確にした。


1999年3月13日
日教組が反対決議
日教組は12日の中央委員会で、「国民的合意なき国旗・国歌の法制化に反対する決議」を採択し、同じ趣旨を6月の定期大会までの運動方針に盛り込んだ。


1999年4月30日
広島・校長自殺、県教委調査「背景に組合の運動」~高教組は「責任回避だ」
今春の卒業式で「日の丸」「君が代」の完全実施を求めて職務命令を出した広島県教委は30日、式の前日に自殺した県立世羅高校長(58)が自殺に至るまでの経緯について「校長権限が大きく制約され、高教組(県高校教職員組合)を中心とする組織的な反対運動にあって深い孤立感と無力感に陥っていた」などとする調査結果を発表した。高教組などは「責任回避だ」と反発している。

報告書は、1998年4月1日、校長が同校に着任して以降、教職員団体や運動団体と校長の交渉などを時系列的に記述している。校長は着任早々、高教組分会から「着任交渉」を受け、「反省文書」を書かされた。問題になったひとつは「教員として最初に赴任した学校であるが、このたびは違う立場で来たので・・・」というあいさつだった。

教職員らが反発し、5月まで抗議を続けたという。

「日の丸・君が代」についてはその取り扱いをめぐって、校長と教職員の間で長い対立があったことを指摘。特に「君が代」実施率の低さが昨年5月の文部省の是正指導の中で問題となった。

県教委は今春の卒業式での「日の丸・君が代完全実施」を目指して2月23日、臨時県立学校長会議で「君が代不実施」の方針が決まったという。が、以降も校長は毎日、「審議継続」と県教委に報告していた。自殺の前夜、校長は教員に会い「もう一度実施させてほしい」と頼んだが断られた、という。

以上の経過から報告書は自殺の主な背景について
①世羅高では実質的に職員会議が最高議決機関として機能し、校長の権限が大きく制約されていた
②国旗・国歌の実施については最終的に校長一人が孤立していた
③高教組に加え、国旗、国歌の実施については、部落解放同盟県連の組織的な反対運動があり、厳しい状況になっていたなどを指摘。

こうした実態を県教委が十分に把握できなかったことなどを反省点にあげている。


1999年7月2日
職務命令が追いつめ、校長自殺で教組側見解
今春での卒業式での「日の丸・君が代」の扱いをめぐって広島県立世羅高校長が自殺した問題で、同県教職員組合協議会(安保英賢議長)は、1日、「日の丸・君が代実施を命じる職務命令の下、校長は追い詰められていった」との見解を発表した。同協議会は「校長と教職員の関係は良かった。県教委の主張する組合と対立していたというのは事実と異なる」「校長は教職員生活を通じて、君が代の歌詞には問題があると感じていた」としている。安保議長は「県教委は、責任を押し付けている」と批判した。


1999年8月10日
「国旗・国歌」列島に不信感、早すぎる、首相は周りに流された
日教組書記長「極めて遺憾」
国旗・国歌法案の成立を受け、日本教職員組合(日教組)の戸田恒美書記長は9日、「論議は不十分であり、多くの問題を残したまま法制化が強行されたのはきわめて遺憾」「職務命令・処分体制による画一的な行政指導で、学校現場での対立と混乱を増幅させないよう強く求める」などとする談話を発表した。
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