【日の丸・君が代の呪縛再考シリーズ9】広島県内の動きと校長の日誌

「日の丸・君が代」校長自殺問題で、最も核心部分でもある広島県内の1999年1月から4月までの動きを見てみたい。広島県立世羅高校長が自殺した2月28日の前後であるだけに、事件の真相を知るには非常に興味深いものがある。「日の丸・君が代」に反対した広島県内の校長たちの「進退伺」という行動もそうだが、世羅高校長が自殺直前まで書いていた日誌とメモには、当時の苦悩に満ちた心境と焦りがみえてくる。以下、朝日新聞からの引用。


1999年1月19日
「日の丸」指導に反発、広島・3割の校長会議を欠席
「日の丸」「君が代」の教育現場での徹底が不十分だなどとして、文部省から是正指導を受けている広島県教委の福山教育事務所が18日開いた小中学校長会議を、管内の対象学校の3割にあたる校長が欠席した。県教委は昨年末、臨時県立学校長会議を開き、入学・卒業式での掲揚と斉唱の徹底を要請、年が明けてからも県内6ヶ所の教育事務所で順次、会議を開き、指導を強めていた。

欠席したのは対象校149校のうち40校。欠席した校長らは「病気で休んでいる」「出張中だった」などとしているが、県教委によると、3割もの校長が校長会議を欠席するのは前代未聞という。県教委指導課では「文部省の指導を徹底すべき時に非常に遺憾だ。事実関係を調査していき、厳正に対処したい」と話している。


1999年2月24日
「卒業式に国歌・国旗」広島県教委が高校に職務命令
3月1日に予定されている県立高校の卒業式を前に広島県教委は23日、式場での「国旗掲揚」と「国歌斉唱」を完全実施するよう求める職務命令を県立学校長に出した。1989年に改定された学習指導要領で入学・卒業式での「国旗掲揚」と「国歌斉唱」の指導が義務付けられたが、職務命令が出されるのは異例。県教組などは辰野裕一・県教育長の不信任署名を求めるなど波紋が広がっている。県教委はこの日、県庁で臨時県立学校長会議を開催。辰野教育長が105校の校長に、さらに「国旗・国歌実施状況報告書」の提出を義務付け、国旗を掲揚した場所と方法、掲揚しなかった場合の理由、国歌の演奏方法や斉唱の状況、式当日の生徒児童の状況、妨害行為の詳細―などを報告するよう求めた。


1999年3月1日
日の丸・君が代、苦悩?
1日の卒業式を目前に控えた28日、広島県立世羅高校の石川敏浩校長(58)が、広島県御調町の自宅の物置小屋で首をつって死亡しているのを家族が見つけた。

広島県教委は文部省の指導に沿って今春の卒業式での「日の丸・君が代」の完全実施を異例の職務命令の形で各学校長に命じていた。学校では「強制」に反対する教師らとの話し合いが連日続けられており、石川校長もその板挟みで悩んでいたらしい。

尾道署は、遺書はなかったが自殺とみている。

調べでは、28日午前10時10分ころ、石川校長の家族から119番通報があった。すぐに病院に運ばれたが、すでに死亡していた。

県教委によると、世羅高校では職務命令が出た2月23日以降、「日の丸・君が代」の掲揚・斉唱について連日話し合いが続いていた。27日夕方、石川校長が疲れている、と同僚校長から連絡を受けた県教委は、28日午前9時ころ、職員を自宅に派遣して話をしたばかりだった。

この日、緊急会見をした辰野裕一教育長は、「衝撃を受けている。卒業式を前に最悪に事態になってしまい、大変残念だ」「学校長が板挟みにならないよう、県教委が前面に出て『職務命令』を出した。広島県の教育のためにやった」と語った。


1999年3月1日
「君が代」対応割れる
県教委が「日の丸」掲揚と「君が代」斉唱を求め、県立世羅高校の石川敏浩校長(58)が自殺する事態となった広島県で1日、ほとんどの公立高校で卒業式があった。県教委は文部省の指導に沿って、異例の職務命令によって、すべての県立学校長に完全実施を求めており、各校長は反発する教職員との間で苦悩する中での式となった。

君が代については、メロディーの演奏だけにとどめる学校や、斉唱しなかった学校もあった。

世羅高校では式の前に全校集会を開いて、校長自殺の事実を報告、生徒や保護者らは深く衝撃を受けていた。同校の卒業式では君が代は流れなかった。世羅高校(生徒639人)では、この日、午前9時10分から体育館で全校集会が開かれた。卒業生213人を含む全校生徒と約60人の教職員が集まり、1分間の黙とうをした。

校長代行の実井晃久教頭(52)が、「残念な知らせがあります。石川校長先生が亡くなられました」と切りだした。喪章をつけた教職員や女子生徒らはうつむき、涙を浮かべる姿も。約10分で終え、各教室でのホームルームに移った。

登校してきた卒業生たちは、「日の丸」「君が代」問題で暗転した卒業式に悔しさを口にした。

木船久美さん(18)は、「校長先生が亡くなられたことは、すごくショックです。球技大会でけがをした時には、見舞に来てくださった。日の丸、君が代をめぐってこんなにもめるなら、卒業式はない方がいい。卒業式は生徒のためのものだと思う」と話した。

また、保護者の主婦(44)も、「国旗掲揚、国家斉唱よりも人の命の方が大切。校長の裁量にゆだねていれば、こんなことにはならなかったはずです」と、県教委の職務命令に疑問を投げかけた。

午前10時10分から始まった卒業式では、日の丸は正面ステージの端の三脚に立てられていたが、式の途中でステージの幕が下ろされ、生徒や保護者からは見えない形になっていた。

一方で、昨年、君が代については斉唱も演奏もなかった本郷町の県立本郷工業高校の式では、君が代のメロディーだけが流された。新谷孝雄校長は、式次第の内容について、「朝まで悩んで決めた」と疲れた様子で話した。


1999年3月2日
「君が代」斉唱88パーセント・広島公立高校卒業式
広島県教委が「日の丸」掲揚と「君が代」斉唱の完全実施を求める中、広島県で1日にあった公立高校の卒業式は、県教委によると、式をした100校のうち88校で君が代が斉唱された。全国で44位の18.6パーセント(102校中19校)だった昨年に比べ、4倍の実施率になった。日の丸は全校で掲揚されたという。


1999年3月3日
中学校長にも職務命令、広島の2市「君が代・日の丸」実施で
公立高校の卒業式での「君が代」「日の丸」の実施問題をめぐって混乱が続く広島県で、竹原市と三原市の教育委員会が新たに中学校長に対して、卒業・入学式での「日の丸」掲揚と「君が代」斉唱の実施を求める異例の職務命令を出していたことが2日、わかった。

三原市教育委員会は1日、市内の8校の校長を集め、口頭で「学習指導要領に準じ卒業・入学式で校長の責任で日の丸・君が代を実施して下さい」と職務命令を出した。竹原市教委も同日、管内4校の校長を呼んで、同様の職務命令を出した。三原、竹原両市の中学校では、昨年の卒業式では日の丸は全校が掲揚したが、君が代を斉唱した学校はなかった。


「君が代」斉唱せぬ高校、校長が進退伺提出する動き
広島県教委の職務命令で「君が代」と「日の丸」の完全実施を求められたものの、1日の卒業式で「君が代」の斉唱をしなかった12校の高校校長のうち、複数の校長が県教委に「進退伺」を提出する意向を持っていることが2日、分かった。式が終わった直後に県教委を訪れたが、教育長が不在で渡せなかった校長もいた。この職務命令をめぐっては県高校教職員組合との板挟みになった県立世羅高校(世羅町)の校長が式前日に自殺しており波紋が広がっている。


1999年3月8日
「日の丸・君が代」卒業式に強制・広島、自殺の混乱、拡大「不実施の校長、進退伺」
広島県教委から出された卒業式での「日の丸掲揚」「君が代斉唱」の完全実施を求める異例の職務命令が、大きな波紋を広げている。「強制」に反対する教職員らとの板挟みになった県立世羅高校(世羅町)の校長(58)が自殺し、これをきっかけに、政府が「国旗・国歌」の法制化に向けて動き出した。地元では式後、県教委が「君が代」を実施しなかった高校の調査に乗り出す一方、一部の校校長が「進退伺」提出の意向を示している。また、県教委の指導のもとで市町村教委も、小中学校長に「日の丸」「君が代」の完全実施の職務命令を発令し始めており、混乱はさらに広がっている。(広島・福山支局)

職員との交渉過程、県教委に毎日報告、実施率4倍に
卒業式を翌日に控えた2月28日。職務命令後、24時間態勢で校長から状況報告や相談を受けていた県教委に県東部の尾道教育事務所職員から電話が入った。「世羅校長の様子がおかしい。憔悴しきっている」

一報を受けた指導課長は、県教委幹部に校長宅に行ってもらうことにした。しかし、幹部が到着する直前、自宅離れの物置小屋で自ら命を絶っていた。遺書は見つかっていない。職務命令は卒業式をほぼ1週間後に控えた2月23日に開かれた臨時県立学校長会議で、辰野裕一・県教育長から発令された。以降、ほとんどの高校で、校長と、「強制」に反対する教職員組合との話し合いが続いた。県教委は、各校長から毎日、職員との交渉が終わった時点で会議時間や審議経過などを細かく報告させていた。

世羅高校の校長は板挟みになって悩んだらしく、「校内では、わし一人がやっているという感じだ」「生徒からも歌わんでほしいと言われとる」などと漏らしていたという。

1日、全日制高校百校の卒業式があった。校長の生前から決まっていた通り「君が代」を斉唱しなかった世羅高校を含む12校で「君が代」のない式となったが、全体では88校が斉唱し、昨年に比べ実施率は約4倍の88%に跳ね上がった。

92年に確認書
学習指導要領に「入学式や卒業式などで国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする」と盛り込まれたのは1989年の改定。しかし、平和教育や解放教育が盛んな広島県では、教職員組合や部落解放同盟県連合会などが、特に「君が代」について「軍国主義のシンボルで、絶対天皇を賛美したもの」として「強制」に反対してきた。

1992年の卒業式前に、大きな問題になり、混乱回避を目的に、県教育長が県高等学校教職員組合(県高教組)、部落解放同盟県連合会などと確認書を交わした。その文章は「指導要領の原則からすれば日の丸・君が代ともに、掲揚・斉唱するのが筋であるが、日の丸は天皇制の補強や侵略、植民地支配に援用されたことなどの歴史的経緯を補完して教える必要がある。君が代については歌詞が主権在民という憲法になじまないという解釈もあり、身分差別につながるおそれもあり・・・」などとして、「日の丸は三脚で立て、君が代は斉唱しない」ということが了解された。こうした経緯から斉唱率は上がらず、昨春の高校での卒業式は全国平均が80.1%に対して、広島県は18.6%だった。

自民が後押し
「日の丸・君が代」問題が再燃したのは、昨年4月の参院予算委員会がきっかけだった。自民党議員から「広島県の教育は学習指導要領から逸脱している」「現場調査を」という指摘があった。当時の町村信孝・文相は「個々の学校について文部省が出張していって、どうだこうだというべきではない、と考えている」と答えていた。ところが約1ヵ月後、文部省は広島県で異例の現地調査をし、その結果、9項目にわたって県教委に是正を指導した。一部の中学校で授業時間が5分短い、福山市の中学校の大半で生徒指導要録が未記入・・などの内容だったが、その最初の項目に「国旗・国歌の適正指導」が盛り込まれていた。

「校長に代わって、県教委が前面にでるため」(辰野委員長)に出したといわれる職務命令だが、当初から政党を巻き込んで激しい賛否の動きがあった。

自民党は卒業式での「日の丸・君が代」の扱いを調査するために、県議らが卒業式に出席する方針を打ち出すなど「職務命令」を出した県教委を後方支援した。しかし、共産、社民、新社会の各党や、市民団体が相次いで県教委を訪れ、「強制は教育になじまない」「『歴史』のある問題なので、強制すると大混乱する」などと撤回を申し入れた。教職員組合も、教職員1万2563人の「教育長不信任署名」を集めた。

高校の卒業式後、「君が代」の斉唱を見送った校長らは、「一生に一度の卒業式。生徒たち一人ひとりの思いを考えて決断した。一方で、職務命令に違反したのは事実だ」「何らかのけじめをつけなければならないと考えている」などと語り、一部の校長は県教委に「進退伺」を郵送した。


命令、小中にも
小、中学校の卒業式はこれからピークを迎えるが、すでに中学校の卒業式があった三原、竹原、因島の各市では市教委から中学校長に完全実施を求める職務命令が出されるなど、県教委の影響が色濃く反映されていた。今月下旬には小学校の卒業式が、来月には小、中、高校で入学式が続く。


【日の丸・君が代をめぐる広島の主な動き】
1989年 学習指導要領が改定され、「入学卒業式での国旗掲揚と国歌斉唱」が盛り込まれる
1992年2月 卒業式を前に学校現場が混乱、県教委が県高教組、部落解放同盟県連合会などと確認書を交わす
1998年4月 文部省、調査団を派遣
1998年5月 文部省が県教委に是正指導。「国旗」「国歌」の適正実施を指示
1998年12月17日 県教委が臨時県立学校長会議の席で「国旗・国歌」の実施を求める通達を出す。各市町村教委にも同様の通知をする
1999年1月11日 県教委、学校長会議で再度要請
1999年2月23日 県教委が職務命令を発令
1999年2月28日 県立世羅高校の校長が自殺
1999年3月1日 公立高校卒業式。「君が代」の斉唱は88%と昨年の4倍に上昇
1999年3月2日 小渕首相が日の丸・君が代の「法制化」検討を指示


1999年3月24日
広島県教委、公立校長21人を処分、卒業式「君が代斉唱」せず
卒業式での「日の丸掲揚」「君が代斉唱」の完全実施を求める異例の職務命令を出した広島県教委は23日、「君が代斉唱」をしなかった21公立校長に対する処分を発表した。17人は昇級が一定期間とまる「戒告」、4人は「文書訓告」となった。処分理由について、県教委は「君が代斉唱を適正に取り扱わなかった」と職務命令違反を挙げている。

戒告を決めた基準について、県教委は文部省から是正指導を受けていることを考慮して厳しい処分にしたことを明らかにした。

4人については、定時制や分校などの校長を兼ねる校長が、一方の学校の卒業式で君が代を斉唱しなかったとしている。校長が自殺した県立世羅高校は処分を見送った。


1999年4月20日
「日の丸・君が代」自殺から50日、世羅高校長が日誌
「道がない」苦悩つづる、八方ふさがり、10時まで協議、もうだめじゃ
石川校長が2月28日朝に自殺する直前までつけていた日誌と、走り書きとみられるメモが残っている。

2月17日、日の丸・君が代の取り扱い八方ふさがり、全く希望なし
石川校長 「県教委からの回答を待っている状態だ。君が代斉唱については保留してほしい」
教職員 「納得のいく回答が得られなければ、君が代を実施しないということですか」

校長は無言でうなずいたという。

世羅高校のある県東部の地区校長会はこの日、部落解放同盟県連などの求めに応じて、「身分差別につながるおそれのある君が代の歌詞と、同和教育の整合性についての見解を求める」という要望書を県教委に出していた。


2月23日、県教委の指示(略)厳しい一日
臨時県立学校長会議がこの日、県庁で開かれ、辰野祐一・県教育長が卒業式・入学式での日の丸・君が代実施について、職務命令を出した。君が代について県教委の見解は「国民統合の象徴である天皇をもつわが国が繁栄するように、との願いを込めた歌」だ。県教委は「現場では厳しい交渉が続く」とみて、校長には毎日、組合との交渉終了時刻、職員会議の内容、職員の発言の趣旨、決定内容、などの報告を求めた。県教委の明かりは以後、連日午前2時頃まで消えなかった。

2月26日、卒業式の情報が入り悩み深まる。10時まで教頭と協議、疲れが増す
日記の記述とは裏腹に、世羅高校は県教委にとっては「ノーマーク校」だった。解放同盟県連の影響が強いとされる県東部の福山地区では、午前0時を過ぎても交渉が続く高校が複数あったが、世羅高校は隣の地区にあり、毎晩9時には校長から「交渉終了」の連絡が入っていたからだ。

2月27日、○○校長より新情報、早速学校へ行き、教頭と△△に相談。式辞を作り、11時過ぎ帰宅
「情報収集したが、実施しないと決めているのはうちしかいない。県教委の処分が教頭にも及ぶかもしれないと聞いている」「もう一度、職員会議で形だけでも実施を提案させてほしい」

高校の組合分会長ら2人と教頭の計4人で、夜9時ごろから話し合った石川校長はそう訴えた。分会長らが「処分はみんなで受けましょう。県教委への報告には、ここにいる職員が反対したって書いたらいいじゃないですか」と言うと、小さくうなづいたという。

「もうだめじゃ。校内ではわし1人がやっている」28日朝、同じ地区の校長からの要請で自宅を訪ねた県教委職員にパジャマ姿のままの石川校長はそうつぶやいた。

「そんなに1人で悩まずに・・。私も来ますし、(県教委)指導課も連携させてもらいますから」。

20分ほど話した後、職員がそう肩をたたくと表情はいくぶん和らいだという。

その1時間後、校長は自宅で遺体で見つかった。

日付のないメモには「何が正しいのかわからない 管理能力はないことかも知れないが、自分の選ぶ道がどこにもない」とあった。

広島県高教組の組織率は95%に達し、現職の教頭や校長の多くが組合出身だ。石川校長も、因島高校定時制の教頭になる7年前までは組合員だった。

安保英賢・県高教組委員長は「石川校長は同和教育に熱心な方だった」、世羅高校の教員は「敵をつくらない、人の意見をよく聴く人でした」と振り返る。

卒業式のあった3月1日付で発行された「世羅高PTA新聞」に、「卒業生のみなさんへ」と題した石川校長の寄稿文が載った。その最後に、「好きな詩を紹介し、はなむけといたします」とある。

人生は長い道なり
平らだといいのに登りもあればくだりもある
広いところもあればせまいところもある
ただひたすらに己の道をいく
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