【日の丸・君が代の呪縛再考シリーズ7】東京外語大学、一橋大学、下関市立大学問題

大学でも反対論争があったようだ。東京外大の文章では、当時の朝日の解説員が「とんち」と書いている。以下、朝日新聞からの引用。


1999年3月17日
下関市立大学長・教育の場に日の丸「ふさわしくない」
山口県下関市の下関市立大学の下山房雄学長は16日、市議会文教厚生委員会で、「日の丸は教育の場ではふさわしくない」などと約30分間、発言した。入学式や卒業式で日の丸を掲げるのはやめようと提案、25日の卒業式から中止することで教授会の承認を得たが、江島潔下関市長の要請などを受けて撤回した。同委員会の求めで経緯を説明した。


1999年11月10日
東京外語大の日の丸騒動・議論なく、帳じり合わせ  
まるで一休さんの「とんち」を見ているようだった。今月4日(11月4日)、東京・王子での東京外語大の独立100周年記念式典。壇上には諸外国の国旗約30本が所狭しと立てられていた。中央には日の丸。式典に日の丸を掲げるために大学側が考えた苦肉の策だった。

複数の教員によると、東京外大は戦後、式典で日の丸を掲揚してこなかった。教員側が今回の日の丸掲揚を知ったのは10月26日。大学側は教授会に事前に提案しなかった。教員らは27日の大学院前期課程委員会で討議。日の丸掲揚の中止と、掲揚された場合には式典や行事に一切協力しないことを決めた。同時に緊急教授会などの開催を求めたが、中嶋嶺雄学長から拒否されたという。

約20人の教員有志が反対集会を開いたのは、式典を2日後に控えた今月2日のことだ。集会では、記念式典会場で日の丸掲揚に反対するビラを配ることや、掲揚に反対する教員が式典の途中で一斉退席することを決めた。

一方、大学側は、26の専攻語を公用語とする国々の旗を集めようと奔走した。外務省に問い合わせ、10月末にようやく都内の会社からリースする、というあわてぶりだった。だが、教員側には式典当日まで掲揚の方法を知らせなかった。

結局、壇上の日の丸は約30本の旗の1本となり、ビラの配布や一斉退場は中止された。式が粛々と進む中、祝辞を述べた文部省の小比企八郎政務次官が、日の丸のある中央に向かって一礼したのが印象的だった。

式典は平穏に終わり、教員からは安どの声も出た。だが、今回の騒動は、「とんち」を笑うだけでは済まされない、と感じた。法制化だけを理由に、学内の議論もないまま大学が掲揚を決めるのは、「学問の府」であることを自ら否定するようなものだ。

また、東京外大は、戦時中には東京外事専門学校として国の侵略政策の一端を担ったという負の歴史も背負う。その100周年式典での日の丸掲揚に反対する声があがった意味は決して軽くないはずだ。

これまで、日の丸掲揚の是非について矢面に立たされたのは高校以下の学校だった。だが、今や国公立大学もこの問題を避けて通れなくなっている。事実、島根大や新潟大でも日の丸の掲揚をめぐる教職員側と大学側の対立が表面化している。3月には卒業式が控えている。その場しのぎにならないように、ほかの国公立大学も、学内で本格的な議論を始める必要があるのではないか。


1999年11月12日
一橋大学生ら・奉祝「日の丸」撤去
東京都国立市の一橋大学で12日午前8時半、天皇在位10年に合わせて大学側が日の丸を掲げた直後、「押し付けだ」と反対する学生たちによって旗が撤去された。寺西重郎・同大経済研究所長は約50人の学生らを前に「監督官庁(文部省)に逆らって国旗掲揚を拒否することは、大学の業務遂行に重大な障害をもたらすことが予想される」と述べ、「(国旗掲揚をしないと)予算にはねかえる」「国歌自体の右傾化が進んでいることは認める」などと板挟みになった苦しさをにじませた。大学側は「国旗・国歌法が成立した以上、掲揚についてこれまでと違う対応が求められるのは当然だと思う」と話している。
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