【日の丸・君が代の呪縛再考シリーズ5】自由と我がままを履き違える埼玉県立所沢高校問題

いろいろと調べていくうちに、広島だけではなく、全国の多くの学校で、「日の丸・君が代」問題があったことがわかる。その中で、埼玉県立所沢高校という間抜けな学校について多くの記事が書かれていたので、1998年から1999年までの動きを取り上げてみたい。以下はすべて朝日新聞からの引用である。


1998年4月5日
「祝う会」計画の所沢高校「式出ないと入学ダメ」埼玉県教委
生徒の大半が卒業式をボイコットした埼玉県立所沢高校(内田達雄校長)で、在校生が4月9日の入学式のかわりに「入学を祝う会」を計画、県教育委員会が入学予定者の父母に「式に出なければ入学を許可しない」という通知を送っていたことがわかった。PTAなどは「信頼関係を破壊する行為」と反発している。

関係者によると、文書は3月31日付で、「所沢高校入学許可候補者の保護者の皆様へ」とあり、校長名による「入学式に向けて」という文書と一緒に、入学予定者宅に郵送された。県教委の文書は「学校教育法施行規則では、校長は入学式において、入学の許可を行う必要がある」としたうえで、「お子さまが所沢高校の生徒となるためには入学式に出席し、校長による入学許可を受けなければなりません」としていた。

桐川卓雄・県教育長は「正当な理由なく入学式を欠席すれば、入学は認められない。ボイコットは『正当な理由』にはあたらない。」と説明している。

教職員や在校生の父母らは反発。沼尾孝平・所沢高校PTA会長は「県教委からの手紙、というだけで威圧感があり、新入生に圧迫感を与える」として、弁護士らに相談を始めた。

林量叔・埼玉大学教育学部教授(教育学)は「学校教育法施行規則では、高校への入学は内申書や学力検査で選抜して校長が認めるとされている。合格通知が出た時点で入学が許可されたと考えるべきだ」と指摘している。

同校では3月、卒業生約400人が卒業式をボイコット。入学式についても、在校生や教職員は「生徒会主催の入学を祝う会を開きたい」と主張。教職員側は3月26日、内田校長の罷免を求める決議をした。

1998年4月11日
「所沢高校は共産支配」自民役員連絡会で村上氏ら
「所沢高校は共産党支配だ」-入学式のあり方をめぐって校長と生徒会が対立している埼玉県立所沢高校(内田達雄校長)の問題について、10日の自民党役員連絡会で「共産党攻撃」が相次いだ。口火を切ったのは村上正邦参院幹事長。「所沢高校は共産党、日教組が強く、PTA、職員にしても問題があるとされてきた。党としても、しっかり対応しないといけない」。続いて、「共産党の戦略で、破壊工作の一つだ。注意が必要だ」(玉沢徳一郎組織本部長)、「この高校は、札付きの共産党支配の強いところ。今の校長が赴任して改革を始めた」(森善朗総務会長)。

1998年4月27日
きょういく98 所沢高校にみる「生徒って」
生徒っていったい何だろう―。卒業・入学式をめぐり混乱した埼玉県立所沢高校(内田達雄校長)問題には、2つの「生徒観・学校観」の対立がのぞいている。「生徒も参加した話し合いで、学校運営を」と求める高校生と、「生徒は話し合いの相手ではなく、指導される立場」との姿勢を貫く校長。それぞれの主張の背景を見る。

「これが私たちのイベント。学校行事の主役は生徒です」。「入学を祝う会」で、司会の生徒は呼びかけた。前日、約100人の生徒がこの日の分刻みの行動予定を話し合った。8時10分からビラ配り。8時50分から9時10分まで、入学行事についての説明会・・・。
「新入生を無理やり連れていくような言い方はしない」「スマイルが大切」と確認し合い、20人ほどは終電ぎりぎりまで学校に残った。この間、教師らは職員会議を続けていた。

生徒たちが校長に求めたのは「対等な話し合い」だった。同校では1982年以来、生徒総会と職員会議の結論が違うときに代表10人ずつが話し合う「協議会」制度を続けていた。「日の丸・君が代」も、生徒と校長が何年も議論してきた。栗田憲昭・前校長は、法律で国旗・国歌を定めている外国の例をプリントで紹介し、「国旗・国歌を尊重する気持ちは大切だ」と論陣を張った。1997年3月、卒業式前日の話し合いで、「質問のある人は」と校長が尋ねると、生徒が20人以上も並び、論戦は2時間に及んだ。生徒は納得せず、結局、卒業式は日の丸・君が代抜きだった。

昨春赴任した内田校長は入学式で、マラソンの沿道で振られるような日の丸の小旗を壇上に立て、カセットデッキで君が代を流した。内田校長はその後、「学習指導要領の通りに式をした」「生徒は指導される立場」という説明を繰り返した。

3年生は新しい行事を提案した。全学級で討議し、11月の生徒総会で、卒業式に代わる「入学を祝う会」を開くことを決議。職員会議も承認した。一方、内田校長は、12月の終業式で「日の丸・君が代のある卒業式をし、卒業記念祭は第2部とする」と発表した。3年生は「校長先生の一言で変えられるなら、何のために討議を重ねてきたのか」と訴えた。生徒会本部ら中心メンバーは、この経緯をビラで全校に知らせ続けた。50種類以上になったビラには、1人でも多くの人に読んでもらおうと、美術部員がマンガを入れた。

「何でも議論しよう」が所沢高の文化だと、生徒らは言う。昨秋の修学旅行。行き先は生徒全員の投票で決めた。いくつかのコースを候補に挙げ、旅行委員がPR合戦。北海道に14票差をつけて、初めて沖縄旅行が決まった。

体育祭の競技もクラスで討論する。今年は「玉入れ競技の存続論争」が白熱した。「つまらない」「走るのが苦手な人は救われる」。9割のクラスが賛成して競技から外した。文化祭の「ミス・ミスター所高」に、教師が「人権問題では」と疑問を投げかけたことがある。これも話し合ってやめた。

「生徒には、自分の意見が尊重されるという先生への信頼感がある」と、生徒会副会長の下代希さん(17)は言う。そのよりどころが「生徒会権利章典」だ。「人間は人間らしく自由に生きる権利を生まれながらにして持っている」という書き出しで、生徒の自治的で民主的な活動の自由をうたっている。90年秋に生徒総会で採択された。

この年、学習指導要領改定を受け、総会は「日の丸・君が代強制反対」を決議した。「自分は君が代に賛成だ」といった意見も出たが、話し合って結論を出した。「自由に話し合う校風を大切にしたい」と、当時の生徒会長泉谷さん(25)が明文化を思いついた。

章典は96年から生徒手帳にも載せられている。いまの生徒会長A君(17)は「章典の掲げる校風を守りたい。そんな思いから、ぼくたちは『祝う会』を開いた」。

生徒会担当教師の一人も「生徒の危機感は、教職員も同じ」と言う。約60人のうち、教職員組合員は半数弱。この教師も組合に入っていないが、「『話し合ってもむだ』という無力感が生徒や教師に広がれば、学校はばらばらになる。組合員も非組合員も関係ない」と言った。


「対等でない」県教委
入学式後の記者会見で内田校長は「『入学を祝う会』も重要な行事だ。生徒を中心に新入生を歓迎したいという気持ちがあったと思う」と話した。しかし「『祝う会』では入学許可ができないので、学習指導要領にのっとった入学式に代わるものではない」と強調。この1年間、「生徒と私の気持ちは一致しないこともあるが、コミュニケーションはとった」と説明した。校長は「個別の取材は一切受けない」としている。

取材に応じた桐川卓雄・埼玉県教育長は生徒会活動について、「学習指導要領に定める教育活動の範囲内で認められるもの」と、限界を指摘。所沢高の場合も「校長が式の重要性を強調していることを生徒は知っていたはず。卒業・入学式を認めない決議は、教育活動の枠や社会のルールからも逸脱している。顧問の教師や校長の責任で指導しなければならない」という見解だ。

生徒が主張する「対等な話し合い」については、「生徒と教師とは対等ではない。生徒を学校の中心として、その考えを優先的に教育活動に反映させるのはいかがなものか。生徒の意見を参考にすることは必要だが、教育活動について、最終的な権限は校長にある」としている。

1998年10月16日
所沢高生ら「式強行は人権侵害」日弁連へ救済申し立て
卒業式・入学式のあり方をめぐって生徒と校長が対立し、「2つの卒業・入学行事」に分裂した埼玉県立所沢高校の生徒や卒業生が15日、日本弁護士連合会に人権救済の申し立てをした。「生徒の意見が反映されず、子どもの権利条約に違反する」と主張している。

人権救済を訴えたのは、在校生128人とこの春の卒業生約60人。訴えによると、同校では学校の運営を生徒と教職員が話し合ってきたが、昨年4月に赴任した内田達雄校長は、生徒の訴えに反して、日の丸、君が代を入学式に導入、式が混乱した。さらに生徒主催の「卒業記念祭」「入学を祝う会」の実施を生徒総会で決め、職員会議でも了承されたが、内田校長は、卒業式と入学式を行い、卒業生の大半と新入生の4割が式を欠席する混乱がおきた。こうした方針は「子どもの権条約にあたる『意見表明権』を侵害する」と主要している。また、県教委や町村信孝・前文相からも人権侵害を受けた、としている。

生徒代表の淡路智典・前生徒会長は記者会見で、「生徒が自由に議論できる校風を守りたい」と話した。桐川卓雄・県教育長は「学習指導要領に基づいた入学式や卒業式で、生徒の人権侵害には当たらない」との談話を発表した。

1999年3月8日
所沢高校「式」出席は3割
日の丸・君が代のある厳粛な卒業式を主張する校長と、手作りの卒業行事を主張する生徒との間で対立が続いてきた埼玉県立所沢高校(内田達雄校長)で8日、卒業式があり、卒業生406人のうち278人が欠席した。直後に開かれた生徒主催の卒業記念祭には、ほとんどの生徒が出席し、昨年同様、2つの卒業行事に分裂する形になった。日の丸・君が代法制化に向けた動きなど、卒業式を卒業式を取り巻く状況が慌ただしい中での式典。しかし、生徒からは「学校行事へ生徒の主体性が反映されるのを望んだだけなのに」と戸惑う声も出ている。

卒業式は午前9時15分から体育館で開かれ、30分足らずで終わった。県教委などによると、出席したのは、卒業生406人のうち、約3割にあたる128人。このほか、在校生210人と保護者110人が出席した。約20人の卒業生しか出席しなかった昨年に比べると、出席者数は大幅に増えた。また、教職員は卒業式に出席するよう職務命令を受けていた。

出席しない生徒は、教室など校舎内で待機した。昨年の「二つの卒業・入学行事」から1年。揺れ続けた卒業生が、それぞれに出した結論だった。体育館のステージ右手には、日の丸が校旗と並んで飾られた。式の冒頭、録音テープの君が代が流れると、出席した生徒の約8割が起立したという。

内田校長は「21世紀を担って生きるみなさんには、相手の話をきちんと聞ける人間になってほしい」などと式辞を述べたが、その瞬間、卒業生がざわめいた。同校PTA会長の君島和彦さんは式に欠席し、式が始まると、正門前で「校長が生徒総会や職員会議、所沢高校の話し合いのシステムを無視して『卒業式』を強行したことに、強く抗議する。生徒一人ひとりが自主的に判断して式に出席したかどうかこそ重要」などと見解を読み上げた。卒業式の後、同じ体育館で午前10時30分から生徒主催の卒業記念祭が開かれた。内田校長も出席した。

1999年3月8日
所沢高校の卒業行事、生徒ら「自由な校風守りたい」
8日午前8時ごろから、卒業生が姿を見せた。スーツや羽織・はかまと思い思いの服装で、屈託なく話す。「校長が開く卒業式には出ない」という男子生徒は「所沢高校の伝統をつぶしたくないし、校長のいいなりになりたくない」。女子生徒の母親は、「大人でも判断がつかない問題だ」と首をかしげた。

2月28日に、広島県立世羅高校校長が自殺して以来、日の丸・君が代の法制化の検討と、卒業式を取り巻く環境が急に慌ただしくなった。その最中に、卒業行事を迎えた。

「また余計に注目されちゃうね」。生徒の間で、戸惑いが広がっている。所沢高校は学校行事への生徒参加が盛んな学校として知られる。修学旅行の行き先や体育祭の種目・ルールまで、生徒が話し合って決める。卒業式・入学式は生徒や教職員の意見を尊重する形で行われ、「日の丸」「君が代」はなかった。

学校が揺れ始めたのは2年前。赴任したばかりの内田校長が、入学式での日の丸掲揚と君が代斉唱を管理職だけで決め、実施した。生徒や教職員が反発した。

生徒たちは昨年、卒業式に代わる行事として卒業記念祭を企画し、卒業式は大半の生徒が欠席した。入学式でも、独自に入学を祝う会を開いた。

生徒たちと校長との対立の発端は日の丸、君が代問題だったが、生徒たちの関心はむしろ、「自由、自主、自立」という校風が、守られるのかにあった。昨年4月の入学式以降、校長と生徒、教員と生徒、生徒間の話し合いは数十回に上った。

内田校長は「話があるなら校長室にどうぞ」とビラを校内に張り出したが、生徒との話し合いでは「意見は聞くが、最終決定権は校長にある」という姿勢を崩さなかった。昨年11月の生徒総会で、「日の丸・君が代の強制に反対する」「卒業式に代わる卒業記念祭、入学式に代わる入学を祝う会を行う」という2案をいったん決めたが、職員会議でこの案は否決された。生徒間の話し合いが不十分という理由だった。

生徒の間で議論が揺れ始めた。12月、生徒代表と職員代表10人ずつが話し合う協議会では、「校風が守れれば、日の丸・君が代が導入されても、やむを得ない」という意見も出た。しかし今年1月の生徒総会で、当初と同じ案が過半数の賛成を得た。賛成した女子生徒の一人は「行事の主人公は生徒。校長先生が一方的に決めるのはやっぱりおかしいと思った」と話す。職員会議は、生徒の議論を評価し、今度は決議を承認した。

在校生は4月に入学を祝う会を企画している。昨年同様、校長主導の入学式との分裂開催の可能性も高い。新入生は約400人。2月に行われた同高校の入試の競争率は、1.46倍で昨年度の1.14倍より大幅にアップした。生徒会の役員の一人は「イメージダウンで人気は下がると思ったが、自由な校風にこんなに共感してくれたとすれば、驚きだ」という。
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