【日の丸・君が代の呪縛再考シリーズ3】「君が代」の思い出

思えば子供の頃、「君が代」の印象は、重苦しく、カビ臭い歌だと思った。ゆっくりとスローな歌で、出だしの音程が低く、歌いづらかった。1オクターブ高く歌い出すと、「・・八千代に・・」で声が出ない。仕方ないからそこで1オクターブ低くしなければならない。歌っていてもしっくりこなかった。

当時、教師に「歌いにくいから、音程を変えてほしい・・」と言った記憶があるが、「それでもいい、声が出てればいいんだ」などと言われたと思う。

また、隣で起立して歌っている奴が音痴で、曲の初めから最後まで音程が同じだったため、吹き出しそうになるのをこらえながら歌った。教師に見つからないように我慢するのがつらかった。

こんな「重苦しいカビ臭い『君が代』」は、自分にとってはあまり面白くなかった。歌いたくても歌いにくい「君が代」だった。アメリカの国歌「星条旗よ永遠なれ: Stars and Stripes Forever」のようなカッコいい曲にならないものかと思った。

しかし、そんな「君が代」だったが、オリンピックなどの表彰台で日本国旗が掲げられ、「君が代」が流れる場面を見続けると次第に慣れてきて、やがて重厚感のある響きが心地良く聞こえ出した。

高校の時には高音も出るようになり、なんとか全部、歌えるようになった。式の予行演習と同時に、「君が代斉唱」の予行演習もしたと思う。講堂で「君が代」を歌うとき、生徒たちは、かなり声を張り上げていた。声が小さいと、「なんならぁ!お前ら!、その小さい声は!?・・」などと校長か教頭が壇上から激を飛ばしていたからだと記憶している。そんなことだから、「君が代斉唱」のときは自分の声が聞き取れないくらいだった。だから自分も思いっきり声を張り上げて歌った。講堂の中は「君が代斉唱」で地鳴りがしていた。

「君が代」の「君」の意味については、いろいろと論争はあるが、当時の学校教育では「天皇」を指すと教わったかもしれないが、もうはっきりと覚えていない。ならば、歌う時に、「天皇」を思い浮かべて歌ったかというと、そうでもない。ただ、正面の壇上あたりと、国旗を見て歌っただけだ。

そんな「君が代斉唱」をしてきたわけだが、ならば戦争に駆り立てられたのか?戦争をしたいのか?と聞かれれば、当然、戦争などしたいわけがない。「日の丸・君が代」「国旗掲揚・国歌斉唱」と戦争は、何の関係も脈略もない。

「君が代」は、数人で歌うよりも、講堂などで何百人という集団で歌うと迫力もあり、響きもいい。しかし、社会人になると、もう歌う機会はない。社内・社外で「君が代」の話が出ることもない。

今、君が代を大勢で歌える小中高生は幸せでうらやましい。
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