仕事の関係者は知っていた~全聾である事を設定した佐村河内守

2月12日、佐村河内守から、マスコミ宛てに出された謝罪文によると、「三年前くらいから、耳元で、はっきり、ゆっくりしゃべってもらうと、こもってゆがむ感じはありますが言葉が聞き取れる時もあるまでに回復していました・・・」「全然聞こえなくなって聴覚障害の認定を受けていたことと、3年前くらいまでは、聞こえていなかったことは、真実です・・・」という内容だったのだが、週刊文春によると、また違った内容が書かれていた。

以下、記事内容の一部によると、

佐村河内の自伝によると、左耳の聴力を失ったのは30歳で、全聾になったのは、「鬼武者」の音楽の依頼を受けた直後の99年で、35歳の時だった。

2000年頃から佐村河内のマネージャー的存在だった映画監督の栗村実の証言によると、2001年9月13日、栗村の元に佐村河内から「聴力も少しずつ戻り、補聴器使用も効果を表し始めております」などとメールが入ったという。

だが、全聾であることを証明する障害者手帳が横浜市から交付されたのは、それからたった4ヵ月後の02年1月21日である。

さらに当時を知る「鬼武者」の販売元・カプコンの関係者は、「佐村河内が『全聾になった』と宣言して以降も、彼の耳が聞こえていることは、社内では皆が知っている暗黙の了解事項でした。佐村河内は99年4月の『鬼武者』の製作発表の日を境に、「全聾である設定」にしたのですが、製作発表の後も、打ち合わせで音を聞き、『この音が高い、低い』とか言って指示をしていました。スタッフに背後から『佐村河内さ~ん』と呼びかけられた時も、普通に振り向いていました」と語った。

この記事が本当なら、謝罪文も嘘ということになる。従って、「もうこれ以上、噓に噓を重ねるのはやめると決めました」というセリフも嘘になる。
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