広島県出身者が犯したペテン師騒動にゴーストライターが実名で謝罪会見

2月6日、ゴーストライターであることを謝罪会見で告白した新垣隆氏(43)は、佐村河内守(50)と出会った日から18年に渡り、彼の代わりに曲を書き続けてきた、耳は聞こえていた、楽譜は書けない、障害者手帳も見せらた・・・と語った。

怪しい黒装束とサングラスを身にまとったロックバンド崩れの佐村河内守。この男を最初に見た人は、誰もが少し引っ掛かっていたに違いない。いわゆる「その業界の、においがしない」というものだ。しかし、クラシック業界の専門家でも、まんまと騙された。

一般的な犯罪ならば、加害者、被害者あわせても数えるほどだが、今回の「平成のペテン師騒動」は、広島市という自治体からNHKというマスコミ、音楽業界と影響の範囲が広すぎる。まさに、佐村河内守はヒロシマから全国にペテンという核のゴミを拡散させたと言える。

※広島では、地名、人名などで「河内」(カワチと呼ばず、コウチと呼ぶことが多い)という名前が出てくることが多い。

週刊文春によると、佐村河内は夫婦ともに広島出身。メディアに登場するときは黒装束、強い光が当たると耳鳴りが酷くなるという理由で常にサングラス姿。さらに、障害を理由に杖をつき、かつてピアノのレッスンで腱鞘炎になったという理由で左手にはサポーターをつけている。全聾故に取材の際などは手話通訳者をつける。だが、中途失聴者なので発音は健常者と変わらず、簡単な会話であれば唇の動きでわかるのだという。

「打ち合わせをしても、最初は手話や読唇術を使ったふりをしても、熱がこもってくると、普通の会話になる。彼自身も全聾のふりをするのに、ずっと苦労したんだと思います。最近では、自宅で私と会う時は最初から普通の会話です。そういう時は、奥さんはスッと席を外して、外出してしまう」(新垣氏)

昨年7月、「もしこのことが明らかになると私たち夫婦は死にます」というメールが新垣氏に来た。

佐村河内は5年程前にテレビで義手のバイオリニスト、「みっくん」の姿を見て自ら接触してきた。その後の2人の関わりは、昨年3月の「NHKスペシャル」と、やはり佐村河内を特集した「中居正広の金曜日のスマたちへ」で紹介された。ところがこの放送後、佐村河内から「お宅は私のお蔭で娘がテレビに出られたにもかかわらず、私への感謝の気持ちがなさすぎる」というメールがいきなり届いた。そして絶縁状態になった・・・。


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