「ルナハイツ」入居者8人全員死亡の怪

フジテレビ「とくダネ」に続いて「新報道2001」でも紹介された広島市安佐南区八木地区の旧名称「蛇落地悪谷」。先人の教訓に学ぶのもいいが、もはや風評被害レベルか。広島市で起きた大規模な土砂災害は30日で10日が経過したが、これまでに72人が死亡、2人が行方不明になっている。

気になるのが、建物ごと土石流に押し流された安佐南区八木3丁目のアパート「ルナハイツ」。2014年4月に建てられたばかりの新築アパートに、4世帯8人が暮らしていた。部屋割りは、101号、102号、201号、202号とあり、2LDKに2人ずつ入居していた。災害直後、1人、2人くらいは生き残っていると思ったが、4世帯8人は全員死亡が確認された。恐らく、逃げる余裕などまったく無かったと思われるが、建物の構造は鉄骨造となっているが問題はなかったのだろうか。

このアパートが、なぜかあの斜面にポツンと建てられ、入居者が集まり、運命の日を迎えることになった。新しい土地に暮らすとき、近隣住民などから、過去の災害情報などの知恵を知り得ることはできるものなのだろうか。

実務的には部屋を借りるときに、不動産会社から契約書に「土砂災害危険区域」などと記載される程度で、説明も簡単なものだ。特にアパートを借りるときには、急がないと部屋が無くなってしまうことがあるから、契約前に過去の地暦など調べる余裕もない。地元に長く住んでいる人でも、ここ何十年も災害が起きていなかったから、まさかここで土砂災害に遭うなど思わなかったという声が多い。しかし、一部の近隣住民は知っていた。

緑井上組町内会長の石橋さんの話では、大雨が降ったときに上流部の石垣から水が1メートルくらい飛ぶという住民からの通報があったため、砂防ダムの設置のために取り組んでいた。

八木の平野さん(77)の話では、今は八木3丁目であるが、昔の地名では「蛇落地悪谷」といい、字が悪かったから「八木上楽地芦谷」とし、今の「八木」にしてしまった。

130年の歴史をもつ浄楽寺の住職の話では、竜がおってその竜の首をはねてその首が飛んで落ちた所が「蛇落地」。竜というのが水の神様だから、そういう災害を収めたという。昔の地主さんは「山より川の方が怖い」といって川を非常に警戒していた。だから川を避けて開発した。

山本地区に住む村越さん(90)の話では、山本地区の住民は、1926年にも豪雨による山からの土石流で死者24人を出すなど、昭和初期までは土砂災害の頻発地帯だった。河川の改修工事などが進み、もう被害に遭うことはないと思っていた。

これらの話は、もはや言い伝えの域に属するものもあり、日常生活においては気にしていられないというのが本音だろう。一部の地域住民は認識していても、なかなか全員には伝わらない。当然、賃貸アパートには、自治会も関与しにくい面があるから入居者にも伝わるはずもない。


昔、台風による豪雨被害で川が氾濫して、川のすぐ横の道路が約30メートルに渡り崩れたことがある。修復工事はされたのだが、その数年後にまた川の氾濫で、同じように崩れた。気になるのが、その近くで住宅地が造成され始めたことだ。その崩れた現場からは数十メートル離れているが、河川からの距離は10メートルもない。護岸工事も完了しているから直接の影響はないと思うが、大雨で川が氾濫して崩れたとき、宅地はどうなるのだろうか。

この新居に越してくる人たちに、昔、近くで起きた災害事故の事を伝える行為は、妥当な行為なのか。自治会などの働き掛けがあればいいが、集会は頻繁に行われないし、それまでに災害が起きるかもしれない。不動産業者は、そんな過去の災害の事は知らないから、入居者に伝えるはずもない。

過去の災害を、新しく越してくる見ず知らずの家族に伝えることは難しい行為だ。今回の災害と同じく、近くの住民は、過去に起きた災害の危険性を少なからず認識していたとしても、新しく移り住んでくる人たちに、迅速に注意喚起はできない。

災害があったことを積極的に周知させることは、一歩間違えると、住民を追い出してしまうことになる。第三者は、それでも命が大事だというが、良かれと思って伝えたことで、もし引っ越されたりしたら「あいつが余計なことを言ったからあの家族は出ていったんだ」などと言う奴いて、近所の悪い噂になるだけだ。自治会による上手な協力が欠かせない。

ルナハイツ

八木・ルナハイツ位置


【広島県内の土砂災害の歴史】(死者・行方不明者が出た事案のみ)
1926年9月11日 山津波(広島市) 97人 
1945年9月17日 枕崎台風(県内全域) 2012人
1951年10月14日 ルース台風(県内全域) 166人 
1967年7月8日 豪雨災害(呉市) 159人   
1972年7月11日 豪雨災害(三次市) 39人     
1988年7月20日 豪雨災害(安芸太田町) 14人   
1991年9月27日 台風19号 6人        
1999年6月29日 6.29災害(広島市・呉市) 32人     
2001年3月24日 芸予地震(呉市) 1人        
2004年9月7日 台風第18号(県西部) 5人   
2006年9月 河川被害(県北西部) 2人 
2010年7月11日 豪雨(庄原市) 5人  
2013年6月 豪雨(廿日市市) 1人   
2014年8月20日 土砂災害(広島市北部) 74人              

広島県内の土砂災害危険箇所は整備完了まで333年

広島県内の土砂災害対策について、広島の議員はどう考えていたのだろうか。日本共産党の県議が、この問題を指摘していた記事が目についたので、同党のしんぶん赤旗から引用してみたい。

「以前から土砂災害対策の必要性を主張していました。災害発生前日の19日の広島県議会では、辻恒雄党県議が土砂災害対策予算の拡充を求めたばかりでした。同日の県議会の特別委員会で、辻県議は同県の土砂災害危険箇所数が全国最多の3万1987カ所で、約6千カ所が未整備であることを示し、『現在のペースでいったら整備完了までに何年かかるのか』と質問。砂防課長は『333年』と答弁していました。同県議は昨年11月11日の同委員会でも、危険箇所整備の予算が10年前は140億円、5年前は99億円、2013年度は73億円と、年々減少していることを指摘し、抜本的な予算増を主張しました」、とある。

整備完了まで333年とは、とても現実的ではない。予算も人員もない広島。場合によっては予想もしない場所から土砂崩れが起きるかもしれない。行政の避難指示の遅れが指摘されているが、避難勧告や避難指示で初めて動くのではなく、大雨洪水警報が発令されたときには身の危険を感じて行動し始めることだろう。行政だけに頼らず、自分の身は自分で守るしかない。

広島市北部土砂災害・消防に通報殺到3時間で600件

広島市の土砂災害で、行政による避難勧告の遅れが指摘されている。あの時いったい何が起きたのだろうか。事態が急変した6時間を追うという記事を、以下、朝日から引用してみた。

8月20日午前1時30分すぎ、自宅で寝ていた広島市消防局の水落勝・警防課長(57)は、「災害警戒本部が設置されました」との自動音声を携帯電話で聞いた。雨の中、消防局に着いたのは午前2時ごろ。被害が出た安佐南区と安佐北区には、各区の消防車も出動していたが、足りなかった。「市消防だけでは対応できない異常事態だ」。この日、消防局には3時間で600件もの通報が殺到した。

安佐北区の観測所では、午前3時に避難勧告の検討基準を超えた。午前4時すぎ、児玉尚志福区長(59)は覚悟をきめた。「市長に避難勧告を要請しよう」。内線電話で市の災害対策本部を呼び出した。呼び出し音が1回、2回、誰も出ない。市の災害対策本部は混乱を極めていた。「もういい。こっちで出そう!」。午前4時15分、区長の代理として避難勧告を発令した。

午前6時28分、自衛隊への災害派遣要請を依頼する電話が、市職員から広島県庁に入った。県の担当課長は「正式要請ですか」と確認し、湯崎英彦知事の了解をもらい、県庁詰めの自衛官に派遣を要請した。市の地域防災計画では、自衛隊の派遣要請は市長が依頼すると定めている。だが、松井一実市長は市役所にいなかった。

午前3時すぎ、松井市長は市役所から車で10分ほどの公館で一報を聞いた。消防局長から秘書経由で連絡があった。対策本部設置の方向と説明を受け、「分かった」と答えたが、市役所には向かわなかった。

午前5時すぎ、再び電話が鳴った。秘書は人的被害が出ていることを伝えてきた。「対策本部の会議を午前7時半から開きたいのですが」。「やってくれ」と答えて電話を切った。

迎えの公用車で登庁したのは午前7時15分。「外はひどい土砂降りだった。自分の安全を管理しながら指示を出した」。登庁が遅かったのでは、との指摘に、記者会見でこう説明した。

公館に近い広島地方気象台の雨量計によると、被災地を豪雨が襲っていた午前3時~4時の市中心部の1時間雨量は、1ミリだった。

広島土砂災害・土石流75ヶ所で発生

広島市の土砂災害について、広島県や国土交通省が調査を進めた結果、75ヶ所で土石流が発生していたことが分った。広島県と国土交通省は今回の土砂災害を受けて発生直後に人的被害が大きい場所を中心に調査を行い、50ヶ所で土石流が発生していたとしていた。これについてその後、範囲を広げて調査を進めた結果、さらに25ヶ所で土石流が確認され、あわせて75ヶ所で発生したことが分かった。地区別では、安佐南区の八木で11ヶ所、緑井で2ヶ所、その他で4ヶ所。また、安佐北区の可部町で35ヶ所、可部東で3ヶ所、その他で19ヶ所。西区で1ヶ所となった。また、がけ崩れは、広島市内の安佐南区と安佐北区を中心に37ヶ所で確認された。(NHK広島)

広島土砂災害発生から1週間・66人死亡・21人行方不明

広島市の土砂災害は27日で発生から1週間になり、これまでに66人の死亡が確認され、21人が行方不明になっている。発生現場では警察と消防、自衛隊がおよそ3000人の態勢で捜索を続けることにしている。26日夜から27日朝にかけては被害が大きかった広島市安佐南区八木地区を中心に警察と消防、自衛隊のあわせておよそ1500人が、土砂が崩れ落ちた斜面を投光機で照らしながら、重機を使って大きな岩を取り除いたり、手作業で土砂をかき出したりして、行方不明者の捜索を行った。

死亡した人を被災地区別でみると、安佐南区では八木地区で43人、緑井地区で15人、山本地区で2人のあわせて60人。安佐北区では可部東地区で4人、可部町桐原地区で1人、三入南地区で1人のあわせて6人。

行方不明の人は、安佐南区の八木地区と緑井地区に集中していて、八木地区で20人、緑井地区で1人のあわせて21人となっている。 (NHK広島)

安倍首相を非難したヒロシマが今度は土砂災害復旧費用を陳情

8月25日、安倍晋三首相は広島市で20日未明に起きた大規模な土砂災害について、政府が激甚災害法に基づき復旧事業などを財政支援する「激甚災害」に指定する方針を表明した。被災地を視察後、記者団に語ったという。首相は「台風11号と12号ともあわせて、激甚災害の指定をする。そのための作業を急がせたい」と述べた。指定されれば、被害の出た河川や道路などの公共土木施設や、農地などで関係自治体が行う復旧事業への国の財政補助率がかさ上げされる。一方、首相は初動対応への批判についての質問には「初動対応も含めて、一丸となって全力を尽くしている」と述べた。首相は25日朝に広島入りし、県庁で湯崎英彦知事や松井一実・広島市長と面会。最も大きな被害が出ている安佐南区八木地区で避難所となっている小学校や、土石流の発生地点を訪問した。(朝日)

安倍総理大臣は、知事や市長と会談し、被災した人たちが一日も早く安心した生活に戻れるよう県や市と一層緊密に連携して支援などに万全を尽くす考えを強調した。安倍総理大臣は、25日午前、局地的な豪雨による土砂災害で大きな被害が出ている広島市を訪れ、広島県の湯崎知事や広島市の松井市長と会談した。この中で、湯崎知事が、被害状況や被災者への支援策などを報告したほか、松井市長は「被災した人たちが一日も早く安心に生活できるよう支援をお願いしたい」と述べ、道路や橋といったインフラの復旧、それに、住宅の確保などに対する国の支援を求めた。これに対し、安倍総理大臣は「残念ながら、いまだに多数の方々が行方不明という状況であり、県や市と一層緊密に連携して対策を推し進めていきたい。政府としては、被災者の方々が一日も早く安心した生活に戻れるように全力を尽くしていく」と述べた。このあと安倍総理大臣は、大きな被害が出ている広島市安佐南区の小学校に設けられた避難所を訪れて、被災した人たちを激励したほか、土砂災害が起きた現場を視察した。(NHK)


ついこの前の8月6日、広島平和記念式典で安倍晋三首相が行ったスピーチの冒頭部分が昨年とほぼ同じ内容だったことを、重箱の隅をつつくように批判した広島被爆者団体と一部マスコミ。今度は、広島が安倍首相に土砂災害の復旧費用の援助を陳情する始末。広島県民は、ひとつではないが、広島市民もひとつではないことが露呈され、ここに証明された。旧市内4区と安佐南・安佐北は一線を画すのか。(広島市郊外の人々は市内中心部を『チュウオウ』と呼ぶ)やはり、どうかしているヒロシマ。

広島県被団協の坪井直理事長はテレビのインタビューで、「もう広島に来るなとは言わないが、もう少し誠をもってほしい・・」などと言っていた。

広島県原爆被害者団体協議会の大越事務局長は「みんなが大事にしている厳粛な慰霊碑の前で前年と同じあいさつをするとは、広島や被爆者、平和を軽視している証左だ。それが底流にあるから集団的自衛権の行使容認を閣議決定したのではないか」と述べた。

そもそも、この問題は東京都世田谷区の上川あや区議が、テキスト比較ソフトを使って両者の冒頭4段落を並べた写真を8月7日未明、短文投稿サイトのツイッターに投稿したところ、5000人以上が転載したという。上川区議は「他にも似ていると指摘している人がいて、実際に調べて驚いた。あまりにも不誠実だ」と話したという。

テレビ朝日では報道ステーションで、安倍首相の前年と今年のスピーチを、動画で繰り返し流して比較、非難していた。あきれると言うか、ほかにネタが無いからなんだろうと思った。

平和記念式典での首相のスピーチの内容については、通り一辺倒にならざるを得ない。松井市長は、当時の地元のエピソードを織り交ぜるなどして、多彩なスピーチが可能な立場だが、国のトップである首相は、日本の国防問題や政治問題などを仕切る立場にあるため、この場での言及はふさわしくない。また、松井市長と同じような事を言うのも能がない。

安倍首相も広島市民から、くだらない非難を浴びせられるなら、被爆70年目の平和記念式典など、出席する必要はない。参加しなかったところで平和記念式典は、何事もなく予定通り開催される。


複雑な心境で土砂災害地区を視察する安倍総理
阿部首相 イン広島

広島土砂災害・間に合わなかった陳情書

安佐南区八木地区では、すでに土砂災害の危険性を察知していたようだ。報道特集で、この問題を放送していた。緑井上組町内会長の石橋さんは、「陳情がちょっと遅すぎた」と悔しがる。陳情書には「鳥越川・植林川上流部の砂防堰堤建設に関する陳情書」とあり、1184名の署名がされていた。

この要望書なる陳情書を出そうとしたきっかけとなったのは、大雨が降ったときに上流部の石垣から水が1メートルくらい飛ぶからだそうだ。それを見た住民が危機感も持った。しかし、陳情書を提出したのが今年の1月ごろだから、とうてい間に合うはずがなかった。

今回の土砂災害で一番被害の大きかった八木地区の災害前の「山はだ」の様子をGoogleEarthで見ることができる。「山はだ」には、花崗岩が風化したのか岩や小石が散らばっている。これらの岩や石などが土石流として民家に流れ出たのだろう。

また、頂上付近に水の神様として貴船神社(龍王杜)が祀られているが、これは水の恵みに感謝し、水不足の時には雨乞いの神として里人に今も崇敬されていると言われている。天文時代の1532年から1555年ころに八木城の武勇にすぐれた香川勝雄という武士が、里人を悩ませていた大蛇を単身で山に入り、退治したと言われている。この大蛇とは、土砂災害のことを指していると思われるが、土砂が抜けた跡が、大蛇が通り抜けた跡のようにみえるからのようだ。つまり、大昔にこの地域で土砂災害があったという言い伝えが残っているのだろう。

山裾の入り口あたり。のどかな災害前の光景。
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登り始めでは、ごくありふれた登山道だ。
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石で積まれた火葬場跡か。
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岩や石がゴロゴロと目につく。
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さらに大きな岩が散乱。石切り場か。
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斜面にも岩が散乱。
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八木の別の場所にある砂防ダムだが今回は役に立たなかったのか。
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頂上付近にある水の神「貴船神社」
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広島市土砂災害は死者40人、行方不明者47人に増加

8月23日、広島市の土砂災害は、発生から丸3日がたつ中、現場で二次災害のおそれがあるため、捜索がたびたび中断するなど、思うように進んでいない。警察と消防、自衛隊は夜を徹しての捜索に続いて23日も2800人の態勢で捜索を始めた。

警察によると、広島市の土砂災害で、これまでに死者は40人、行方不明のおそれがあるのは47人となっている。警察や自衛隊などは22日、アパートが土砂で流されて多くの人の行方が分からなくなっている安佐南区八木3丁目など、被害が大きかった地区でおよそ2800人の態勢で行方不明者の捜索に当たった。しかし、現場では時折雨が降り、二次災害のおそれがあることから、捜索がたびたび中断するなど思うように進まなかった。

安佐南区の八木地区では、23日になっても道路の水は引かず、行方不明者の捜索活動にあたっている自衛隊の捜索隊は、ぬかるみに足を取られないように注意しながら現場に入っていった。 また大型の重機が被害の大きい地区に入るなど、23日も早くから捜索が行われている。一方、広島市の土砂災害で被害が出た安佐南区と安佐北区ではあわせて17ヶ所に避難所が設けられ、23日朝の時点でおよそ2200人が避難を続けている。(NHK広島)

土砂災害危険箇所全国最多の広島で暮らすということ

平野が少なく、山を切り開いて斜面を造成して家を構えるしかない広島市郊外の山間地。まさか阿武山で土砂災害が起こるとは思わなかっただろう。近くの毘沙門台は昭和40年代後半に宅地造成された新興住宅団地だが、山本、八木地区は古くからある住宅地も多い。国道から車で這い上がって行くと道の窮屈さに驚くが、このような光景は可部・亀山などにもあり、広島ではそれがごく自然な住まいとして定着している。

特に安佐南区は広島市内で最も人口が多く、近年の人口増加率も一番多い。この地域に住む人々の理由は、広島市中心まで約30分という至便な立地と閑静な住環境、高台では眺望の良さがあり、そして県北や島根に里がある人も多く住み、休日に帰省しやすい点などが挙げられる。この点て言えば、安佐北区派と安佐南区派に分かれる。

今回の土砂災害であらためて分かったことは、広島県内の半分は花崗岩が風化した真砂土(まさ土)に覆われた地層をしていて、もろくて土砂崩れが起きやすい地質にある。国土交通省によると、広島県内の土砂災害の危険箇所はおよそ3万2000箇所で、全国で最も多くなっている。さらに郊外の山間地に行くと、真砂土の山を採掘している現場などが数多くみられる。

過去の災害では、平成11年6月には、大雨で広島市や呉市を中心に325ヶ所で土石流や崖崩れが起き、31人が死亡し、1人が行方不明となったが、今回は対岸の火事としての教訓は、そこにはなかった。あまりに多い危険箇所に、財政難と人手不足の広島行政も手がまわらない。災害時における避難方法は、自分たちで考えておくことだった。

ならば、広島市中心部はどうか。広島市中心部の太田川河口デルタは、川が運んだ大量の土砂が積もって形成された三角州の上に位置する緩い地盤。大地震が起きれば液状化する可能性が高い。液状化すれば地盤沈下が起き、橋の多い広島市街地ではライフラインが寸断されていく。それに老朽化した小ぶりの商業ビルや住宅も多いため、倒壊やガス爆発などで火災も発生しやすい。天災は忘れた頃にやってくるものだ。


都道府県別土砂災害危険箇所の順位(国土交通省:平成14年公表)
順 位都道府県箇 所
広島31,987
2島根22,296
3山口22,248
4兵庫20,748
5大分19,640
6和歌山18,487
7高知18,112
8愛知17,783
9長崎16,231
10三重16,206
11鹿児島16,204
12長野16,021
13静岡15,193
14愛媛15,190
15岩手14,348
16熊本13,490
17福岡13,150
18岐阜13,083
19徳島13,001
20岡山11,999
21北海道11,898
22宮崎11,826
23千葉9,764
24佐賀9,534
25京都8,847
26新潟8,791
27福島8,689
28宮城8,482
29奈良8,186
30神奈川8,160
31秋田7,685
32群馬7,416
33香川6,972
34栃木6,924
35福井6,858
36鳥取6,168
37滋賀4,910
38山梨4,805
39富山4,459
40大阪4,361
41石川4,263
42埼玉4,219
43茨城4,079
44青森4,005
45東京3,786
46山形3,771
47沖縄1,032

広島土砂災害で死者39人・不明7人

広島市北部の安佐北区、安佐南区で8月20日未明、局地的に猛烈な雨が降り、10ヶ所以上の土砂崩れが発生し、多数の住宅に土砂が流れ込んだ豪雨災害で、8月21日午前0時現在、死者は39人、行方不明は7人になった。死者のうち、10人の身元が判明した。広島県警や市消防局、陸上自衛隊などが1000人を超える態勢で救助・捜索にあたり、夜に入っても活動が行われた。被害の全容はまだつかめておらず、市内では約400世帯900人が避難を続けている。

土砂崩れは8月20日、同市の安佐北、安佐南両区の山沿いの南北約15キロにわたる広い範囲で発生。多くの渓流や浅い谷状の場所で土石流が起きた。県砂防課によると、被災した両区の計7地区のうち、可部東を除く6地区は土砂災害防止法に基づく「特別警戒区域」「警戒区域」に指定されていなかった。

県の要請を受け、国土交通省の現地調査団が安佐南区八木の現場に入った。メンバーの国交省国土技術政策総合研究所の蒲原潤一室長によると、現場の傾斜は山の上部で16度以上、住宅のある下部でも10度前後。蒲原室長は「土石流がかなりのスピードを保ったまま下ったのではないか。斜面が深層から崩れたのではなく、水の力で土砂が流れたのだろう」と分析した。

市は8月20日午前3時半に災害対策本部を設置。同4時15分~8時20分に、安佐北、安佐南両区内の計21地区約6万7000世帯を対象に避難指示・勧告が出された。また、市は県を通じて自衛隊に派遣を要請。県警も広域緊急援助隊の派遣を求め、大阪、兵庫、山口、鳥取、島根、岡山の各府県警から約690人が順次、現地に入っている。

中国電力によると、広島県内では、配電設備の倒壊などで延べ約5万9100戸が停電した。8月20日午後6時現在、救助活動が行われている安佐南区八木、安佐北区可部東などの約1100戸で停電が続いている。作業車両が現地に入れず、復旧が困難な状況だという。

広島県内では、JRの可部線緑井―可部間と芸備線三次―広島間が終日運転を見合わせた。JR西日本によると、両区間では線路が土砂をかぶるなどしており、21日も終日運休する。

今回の豪雨災害では、広島市が8月20日午前4時15分に最初の避難勧告を出した時点で、すでに土石流などの被害が発生していた。金山健三・市消防局危機管理部長は同日午後、記者団に対し、「避難勧告というのは人的被害を回避するため、災害が起きる前に出し、安全な場所に避難してもらうのが本来の目的。今回は(雨量の)分析を誤り、勧告を出すのが遅かったことは間違いない」と語った。市は、災害発生の直前にメールや防災無線で住民らに注意を喚起していたが、金山部長は「勧告だったら違う結果もあったかもしれないという悔いはある」と述べた。松井一実市長も「(勧告が早く)出ていれば、住民が安全なところへ行けた可能性がある。判断の最終的な責任は私にある」と苦渋の表情で語った。(読売)