広島市医師会の前事務局長が3800万円横領か

広島市医師会で、およそ3800万円の使途不明金が判明尾した。広島市医師会では、関与が疑われる前事務局長に対し、賠償を求める提訴の準備に入っているという。医師会関係者の話によると、「簿外の口座がある」との情報から去年9月弁護士らを交えた経理検討委員会を立ち上げ調べたところ、隠し預金とみられる口座が10口見つかった。このうち3つの口座から、2004年から6年間であわせておよそ3800万円が引き出されていた。医師会では、おととし100万円を着服したとして諭旨免職になった前事務局長の男性が関わった疑いがあると見ているが、前事務局長は事情聴取に応じないという。医師会では、委員会の提言を受けておととい理事会を開き、前事務局長に対し損害賠償を求め提訴することを決定。訴訟の準備に入っている。(RCC)

広島には徳洲会病院がない。広島の医師会が、徳洲会病院の参入に猛反対したことが想像できる。しかし、今回の横領問題は、徳洲会の前事務総長の能宗氏と似たような構造だろう。金のあるところに犯罪あり。人間の欲望を抑えることはできない。

広島医師会

広島県が福山市から購入した土地から300トンのがれきが発見された問題は売買契約取引不備

広島県が福山市から購入した土地の一部から、コンクリート片など300トン以上のがれきが見つかった。処分費用は少なくとも200万円ほどかかるという。コンクリート片や石が見つかったのは、県が福山市水呑町に移転する障害者施設「福山若草園」の建設予定地。3月はじめ建物の基礎工事中に、深さおよそ1mの地中からおよそ330トンのがれきが出てきたという。この土地は、おととし福山市が県に5億7100万円で売却していたもので、がれきについて福山市は、把握していなかったという。がれきの処分費用には200~300万円かかり、今後さらに費用が膨らむ可能性もあるという。湯崎知事は「事前の情報にはなかったので驚いている。今後どう対応するのか福山市と相談しながらよく考えていきたい」と話した。(HOME)


これは明らかに初歩的な問題だ。

一般的に、売買契約を締結する時に、「がれき」などの地中埋設物(瑕疵担保責任)の有無について、一定の線引きがある。

購入した土地に、何も問題がなければいいのだが、もし地中埋設物などが発見されたとき、どうするか。

なぜ、地中埋設物が問題になるかというと、新たに建物を建てるときに障害になることが多く、その撤去時に相当の費用が掛かるからである。

もし、建物建築に障害になるような埋設物が発見された場合、売主が責任をもって撤去するのか、買主の費用負担で撤去するのか、売買契約書に明記しておくのが普通だ。いわゆる特約というものだ。

仮にこの特約が売買契約書に明記されていなかったとすると、買主がそれでも問題にしないという意思表示となり、買主である県の費用負担で撤去しなければならない。今さら文句を言っても、県のチェックミスということになるだけだ。

しかし、一般的には売主である福山市に道義的責任がある。福山市は、事前に地中埋設物の有無を調査して、県に引き渡さなければならない。100%の調査は不可能だとしても、最低10ヶ所くらいポイントを決めて、地中2mから3mほど簡易的なボーリング調査を行い、その報告書を県に提出しておくものだ。それが信義誠実に基づく取引というものだ。

だから、このような土地取引を行う場合、地中埋設物が発見された場合の責任の所在(瑕疵担保責任)を明記しておく必要がある。税金も使われるわけだから、県は今回の取引内容を公開すべきだろう。

福山若草園2

「はだしのゲン」の歌を卒業式で歌ったなどということを絶対に人にしゃべるな

3月20日、広島県内の多くの公立小学校で卒業式が行われ、漫画家の中沢啓治さんと生前に交流があった広島市の小学校では、「はだしのゲン」をもとに作られた歌を子どもたちが歌って、平和への思いを新たにしたという。20日は、県内の公立小学校のおよそ7割にあたる337校で卒業式が行われ、このうち、広島市中区の基町小学校では卒業生18人が出席した。この学校では、中沢さんから被爆体験を聞く授業を行うなど、生前にさまざまな交流があった。式では二宮孝司校長が、漫画「はだしのゲン」で父親がゲンに「麦のようにたくましく生きるよう」語った場面を引き合いに出し、「くじけそうになっても、あの麦のようにまっすぐ生きてください」とはなむけの言葉を贈った。このあと、卒業生が「はだしのゲン」の前向きに生きることを忘れない姿勢にならって作られた歌をみんなで歌い、平和への思いを新たにした。県教育委員会によると、県内に495校ある公立小学校ではこの春、2万6401人の子どもたちが卒業するという。(NHK広島)


広島基町小学校 卒業式


衝撃的な卒業式が、ここ広島市内にある。記事の通り、ここは広島でも特殊な学校と言える。卒業式の歌として本来は「蛍の光」「仰げば尊し」「君が代」という歴史のある歌にしないと、大人になって回想したとき、卒業の時の思い出と感動がないものだ。広島県内もそうだが、全国に散らばる広島出身者の事も考えて、大人になったとき、小学校の卒業式で「はだしのゲン」の歌を歌ったなどと人にしゃべってはいけない。絶対にだ。

差別的ないじめが好きな広島で尾道の中学校男子生徒が不登校になる

尾道市にある中学校の男子生徒が、長期間にわたっていじめを受け不登校になったとして、保護者から申し出があったことを受け、尾道市教育委員会は、いじめ防止対策推進法に基づく調査委員会を設置し事実関係を調べるという。

保護者によると、市内の公立中学校の3年生の男子生徒は、1年生の時から差別的な言葉を同級生から言われるなどのいじめを受け続け、去年9月からは不登校になったという。去年施行されたいじめ防止対策推進法では、いじめに関する重大な事態が起きた場合に調査委員会を設けることが盛り込まれていて、市教育委員会では、保護者からの申し出を受け、3月中にも調査委員会を設置することを決めた。調査委員会は、弁護士や医師など第三者で構成され、調査結果は市長に報告されるという。男子生徒の保護者は、「公平に調査していじめがあったことを明らかにしてほしい」と話している。 市教育委員会は、「調査委員会には客観的に事実を明らかにしてもらい、学校側の改善すべきところを指摘してほしい」と話している。(NHK広島)


尾道といえば、あの人がいるし、あの団体もあるはずだが、最近はどうしているのか。

【日の丸・君が代の呪縛再考シリーズ15】自殺校長が引率していた韓国への「謝罪」修学旅行

このシリーズは、これで終わりにするが、ところで世羅高校の韓国謝罪旅行というものが、以前に話題になった。恐らく、その場にいた生徒たちの様子が、そのように見えたのだと思うが、それにしても修学旅行に韓国を選ぶこと自体、センスが悪い。

生徒は座っていただけで、謝罪という動作をしていないにしても、その場で担任教師が日本を非難するような宣言文を読み上げると、その場は一転して強制的に謝罪という行為に見なされてしまう。

好きな言葉に、「りんごの木の下で、バンザイするな。りんご泥棒にされたくなかったら」というのがある。つまり、「紛らわしいことをするな」と言うことだ。

この問題はまさに平和教育にかぶれた教師が、生徒に謝罪させるために計画したものだと疑われても仕方がない。生徒たちは、その場での教師による強行的な命令に抵抗することが出来ない。

韓国の慰安婦像問題も、韓国流の平和教育と言える。

行き過ぎた平和教育は、一歩間違えば、自虐と敗者・貧困・負け犬ロードまっしぐらだ。

教育現場で「日の丸・君が代」強制反対!と言うなら、「平和教育・平和学習」強制反対!と言いたい。現実社会で何の役にも立たない。平和学習時間をもっと他の授業に割いてほしかった。時間を返せと言いたい。


1999年3月18日
自殺校長が引率していた韓国への「謝罪」修学旅行【週刊文春】

韓国旅行


【日の丸・君が代の呪縛再考シリーズ14】千葉県・旭市に日の丸が増えた 

「国旗掲揚・国歌斉唱」強制反対という長く、薄暗いトンネルから、やっと抜け出たような明るい記事があった。以下、朝日新聞からの引用。


1999年10月19日
「日の丸」が街に増えた、自民党支部が党員に「旗セット」無料配布
日の丸の旗と、さお、さおの先につける金色の玉。630セットで、しめて約200万円。緑の化粧箱には、年に14日ある祝日の日付が書かれている。

自民党千葉県連旭支部は9月中旬、支部の全党員の自宅に「日の丸セット」を配った。志部長の越川正夫・旭市議(75)が発案した。「祝日には、みんなが国旗を掲げてほしい。『無料配布』は全国の支部でも例がないはずだ」

越川氏の提案は、約80人が集まった役員会で、満場の拍手で決まった。費用は、積み立てていた党費の一部をあてた。旭市は、選挙をすれば自民党系が圧倒的に強い土地柄だ。しかし、これまでは祝日に日の丸を掲げる家や商店は数えるほどだった。越川氏も旗を持っておらず、一度も掲げたことがなかった。「無料配布」は法制化のニュースを聞いて、思い立ったという。「国会見学や講演会に党費を使うよりも、よほど有意義。私もこれからは生きている限り掲げていく」と話す。

配布した後、最初の祝日となった9月23日、越川氏は掲揚のぐあいを確かめるため自家用車で市内を巡回した。真新しい旗が一番目立ったのはJR旭駅近くの商店街だった。体育の日の10月10日も、商店街はほぼ同じ光景だった。

旭市の世帯数は約1万3千。配布したのはその5%程度だが、商店街には、自民党千葉県連幹事長を務める建議が営む洋品店をはじめ、党員が集中している。旗を出していないと、「忘れていませんか」と周囲の店から電話が入ることもある。数十年来掲げているという店の主人は「法制化は今さらという感じだが、商工会や専門店会の集まりなどで、祝日には日の丸を掲揚するよう、私からも提案したい」と話す。

国会で法制化論議が続いていた6月、市議会で自民党員の市議が質問した。「法制化されたら、祝祭日には市民に国旗の掲揚を奨励する考えがあるか」「反対の人がいるということは日本人として恥ずかしくないでしょうか」

市長は「(掲揚の)号令をかけるつもりはない」としながらも、「旭市に行けば祝祭日にはどこの家にも国旗が立っているということであれば、やはり法制化の意味があるのだろうと思う」と答弁した。質問した市議は、農村地域に住む。「この辺りに日の丸に反対の人はいない。となり近所が旗を掲げれば、自分だけ掲げないのは恥ずかしいと思うのが日本民族。最初は党員630世帯でも、いつか日本国中に広がってほしい」と語る。

自民党は法が制定された後、国旗掲揚を呼びかけるポスターを十数万枚作作製、全国の党掲示板に張った。10月からは、党本部の売店で旗の販売を始めた。電話での注文も受け付け、党を挙げて日の丸普及活動にとり組んでいる。

旗の売れ行き「西高東低」
首都圏の旗業者でつくる東京旗商工業協同組合によると、国旗・国歌法制定後の旗の販売実績は、昨年比で微増程度。官公庁などの注文増がやや目立つ。だが、昭和天皇死去後の一時期に比べると、動きは少ないという。ただ、大阪市内の大手業者によると、四国・中国・九州地方の保守色の強い地域では、昨年より3割前後伸びているところもあり、法制化の影響は「西高東低」の傾向があるようだ。

【日の丸・君が代の呪縛再考シリーズ13】作曲家・中田喜直さんがクレーム

中田喜直さんは、社団法人日本童謡協会の会長を務め、代表作に「夏の思い出」「雪のふるまちを」「めだかの学校」「ちいさい秋みつけた」などがあるが、「君が代」について批判していたので、当時の記事を朝日新聞から引用してみた。


1999年7月2日
歌詞と旋律が会わず欠陥、作曲家・中田喜直さん
40年も前になりますが、カラヤンがベルリン・フィルを率いて初めて来日したときです。カラヤンがステージにさっそうと現れると、オーケストラ全員が立ち上がって君が代を演奏し始めたんです。これが素晴らしい。その後、ベートーベンの5番を演奏したんですが、あまり記憶にないくらいでしたね。もちろん、そんなことはプログラムにもありません。日本に敬意を表したんですね。

ところが、君が代は歌詞が付くと変わるんです。自然に聞いていて、日本語が日本語らしく聞こえない。

小学校2年のときでした。「君が代を書きなさい」と言われて、こんなふうに書きました。〈きみがあよーわ、ちよにいいやちよにさざれ、いしのいわおとなりて・・・〉

何のことか、意味がわかりませんよ。例えば「さざれ石」が「さざれ」で切れるから、大人になって聞いても、やぱりわかりにくい。

歌詞は歌詞で悪くかいけれど、旋律とまったく会っていない。だから、歌曲としては欠陥ですね。ぼくは演奏には敬意を表すが、気持ち悪くて歌わない。

君が代の問題は、日の丸と分けて考えるべきだと思いますよ。日の丸は象徴的なもので、戦争の罪を背負っているとしても、最後は一種のデザインの問題になるのではないでしょうか。

でも、国歌というのは歌でしょ。ちゃんと主張がある。
強制化にはあんまりこだわりません。みんなが納得する国旗、国歌だったらどっちでもいい。ただ、いまなぜ急ぐのかはよくわかりません。

君が代のメロディーは浸透していると思います。でも、もし法律で決めるのだったら、旋律だけを先に定めて歌詞を改めて考えたらどうでしょう。歌詞は、みんなが平和に、民主主義で、今の時代にふさわしいのをつくればいい。10人くらいで、歌詞を考える委員会みたいなものをつくってやればいいと思います。

歌なのに政治的なことばかり議論していて、歌としてふさわしいか、音楽家の意見をちっとも聞かないのは残念です。繰り返しになるけれど、自然に聞いて、日本語としてわからない。それを国歌として決めてしまうのは、音楽に理解がないとしか言いようがないですね。今、法制化に賛成した国会議員は将来、恥ずかしい思いをすると思いますよ。

【日の丸・君が代の呪縛再考シリーズ12】朝日新聞の論調

国旗・国歌法に対してヒステリックなまでに反論する朝日新聞は、ある意味面白い。自虐史観、つまり自虐ネタが好きな報道機関といえる。まるで、広島県民がつくった新聞社みたいだ。以下、1999年の記事を同新聞から引用。


1999年3月1日
君が代斉唱の強制は流に反する
・・・入学式・卒業式での「日の丸・君が代」は、1989年の学校指導要領の改訂で事実上義務化された。背景には自民党文教族などの強い後押しがあったといわれる。以来、掲揚率、斉唱率は上昇し、昨年の文部省調査では、全国の公立学校の98パーセント以上が「日の丸」を、80パーセント以上が「君が代」を実施した。実施率は都道府県による差が大きい。

広島県は「君が代」の実施率が低い。教職員組合などが平和教育、人権・同和教育に熱心で、その歌詞が国民主権や平等の理念と矛盾するのではないかとの反発も強い。昨年の同県での高校卒業式での斉唱率は、18.6パーセントと、全国平均の80.1パーセントを大きく下回った。文部省は昨年5月に是正を指導した。これを受けた広島県教育委員会は今年2月に「職務命令」を県立学校長に出して、完全実施を強く求めた。職務命令は全国的にも異例な措置だった。

校長が自殺した高校でも1日の卒業式を控えて、教職員の会議や、校長と教職員組合側との話し合いが連日のように続けられていた。

日の丸・君が代問題は、戦争や歴史への見方とも絡んで、大人の世界でも意見が分かれる。それを一律に学校に持ち込み、子どもたちへの指導を強制することには反対だ、と私たちは主張してきた。この問題で教育の現場が混乱するのは不幸なことだ、とも考えている。

おりしも文部省は、89年改訂以来の新しい高校学習指導要領案を公表した。その眼目は生徒の学習選択の幅を広げ、一人ひとりが個性に応じ主体的に学ぶことを重視する、つまり「自ら学び自ら考える」力をはぐくもう、というものだ。

各学校の創意工夫も強調した。教科書のない「総合的な学習の時間」の新設のほか、各高校が独自に教科・科目を設定することも可能になる。


昨秋の中央教育審議会答申は「文部省などの『口出し』はできるだけ減らし、各学校の裁量の幅を広げ、自主的・自律的な学校づくりをめざすべきだ」と、上意下達の見直しをうたった。学校や生徒の自主性を大事にする、というのは教育行政の大きな流れといえる。

それなのに、日の丸掲揚と君が代斉唱だけは、上から形式的に強制する。そこだけ逆流しているような違和感がある。文部省は「国旗・国歌」を義務化する理由を、「国際社会の中で主体的に生きていく上での日本人としての自覚を培う」と説明する。

しかし、文部省や県教委が職務命令を振りかざして押しつけることから、主体性や自覚が培われるだろうか。「強制」と「自ら学び自ら考える」ことは、どうみても矛盾するのではないか。

卒業式や入学式をどういう形で持つかは、各学校で話し合い、それぞれの形をつくればよいことだと思う。「日の丸・君が代」の義務化は、指導要領からはずすべきだ。


1999年3月20日
法制化に追い風吹かず、徹底は大正、元は黒田節風
卒業式を前に広島県立高校の校長が自殺した事件をきっかけに、日の丸・君が代の法制化問題が政治の表舞台に出てきた。戦後教育のなかで意見が二分されてきた古くて新しい問題だけに、政府・自民党の中ですら今なぜ法制化なのか戸惑いがある。そこで歴史的経緯も振り返り、法制化の行方を考えてみた。

政府は今国会で日の丸・君が代を法制化する理由として、①日の丸、君が代は国旗、国歌として国民各層に定着している②それを文部省の学習指導要領だけで根拠づけるのは無理がある、ことを挙げている。

しかし、1990年の最高裁判決で学習指導要領の法的拘束力が認められ、全体としては学校現場で日の丸・君が代は定着しつつある、といわれている。このため、教育関係者や野党議員からは「なぜ、いま慌てて法制化する必要があるのか」という声が出ている。それだけではない。自民党の文相経験者は最近、文部省幹部に「すでに慣習として定着している。法制化はなじまない」と注意した。法制化議論が高まれば、逆に「法案の成立までは法的根拠がない」という空気生むと心配したためだ。

別の閣僚経験者は「安易な法制化議論は日の丸・君が代意外の国旗・国歌制定を求める運動につながる」と警戒する。

自民党と連立を組んだ自由党は法制化に賛成しているが、野党は慎重な対応をとっている。参院でキャスティングボードを握り、法案成立のカギを握る公明党も「法制化が必要かどうかはもっと議論した方がいい。君が代は『君』が主権者をさすのか、象徴天皇をさすのか議論がある」(冬柴鉄三幹事長)と政府の動きにブレーキをかけている。それでなくても後半国会ではガイドライン法案や中央省庁改革関連法案など重要法案の処理が残っており、日の丸・君が代の法制化は難しそうだ。


国旗・国歌法案「審議」12日間、きょう成立、指導・処分、問題残す
日の丸・君が代を国旗・国歌とする法案は9日、参院の国旗・国歌特別委員会で可決されたあと、参院本会議で自民、自由、公明三党と民主党の一部議員の賛成多数で可決され、成立する。6月29日に参院本会議で審議入りして以来、衆参両院の委員会の実質審議は地方・中央の公聴会を含めて計12日間のスピード成立となる。しかし、学校での日の丸掲揚や君が代斉唱をめぐり、法制化をきっかけに教職員への職務命令や生徒・児童への指導が強化されるのかどうかなど、国会論戦で詰め切れていない課題は多い。

参院特別委は9日、有識者から意見を聴く中央公聴会と小渕恵三首相が首席する締めくくりの総括質疑をしたあと採択。法案は参院本会議に緊急上程され、可決、成立の運びだ。民主党は参院での採決と同様、日の丸を国旗とすることに限定した修正案を提出するが、否決される見通し。そのあと採決する政府提出法案に同党は党議拘束をかけず、自主投票で臨む。

野党側が早期成立に反対する理由に挙げたのは①政府は教育委員会・校長と教職員組合の対立を解消することが法制化の目的としており、学校現場での指導は強化されるはずだ②戦前の軍国主義と関係の深い「君が代」は、憲法が定める国民主権や平和主義の理念にそぐわない③法制化について国民世論が二分されているのだから慎重な審議が必要だ―という点だった。

政府側の説明にあいまいな点が多い。野中広務官房長官らは「生徒・児童の内心に立ち入って強制はしない」と説明する一方で、教職員に法順守を迫る姿勢も示しており、職務命令や処分が強化される可能性は消えていない。歴史認識をめぐっても、野中氏らは、日の丸・君が代の法制化と戦前の軍国主義の評価は分けて考えるべきだと強調し、共産党などが提起した天皇の戦争責任や歴史教育の強化などの問題は議論が深まらなかった。

このため、法が施行されたあとも、来春の入学・卒業式などに向けて文部省や都道府県教委など行政側の圧力が強まらないか、などをめぐる論議が続きそうだ。


1999年8月10日
法案通して連立グラリ「強制」巡る結論示せず、国旗・国歌法成立
9日、成立した日の丸・君が代を国旗・国歌とする法律を巡る国会審議で、最大の焦点は、学校現場にどんな影響が出るのかだった。政府は「学校現場への強制はしない」という建前を繰り返した。その一方で、立法目的で、「教育現場での対立の解消」を挙げ、教職員にに対する職務命令や処分といった強制的な措置の可能性を示唆した。つまり、強制については明確な結論を示せなかったのだ。そもそも、こうした教育への管理強化だけで、子どもたちが愛国心をはぐくむことができるのだろうか。戦争責任を含めた日本の「負の歴史」を教える必要性については、与野党を問わず提起された。法成立は論議の終結ではなく、歴史教育や愛国心を考える出発点とみるべきだ。


反対運度、再燃も「歴史教育」に課題
もともと、この法律についての野中広務官房長官の説明は矛盾をはらんでいた。広島県で起きた校長自殺をきっかけとした「教育現場での対立の解消」が立法目的であることを明言しながら、同時に「学校現場への強制はしない」としていたからだ。

実際には、教職員による日の丸・君が代反対運動が一部の地域で根強く続いている以上、文部省が都道府県教委への指導を強め、校長が教職員に職務命令を出し、それに違反した教職員に対し教委が処分を行うという管理強化抜きには、野中長官の言う「目的」は達成されないだろう。審議が進むにつれ、野中長官も、公立学校の教職員に「法順守」を迫るなど、管理強化を認めるしかなくなり、国会審議がかえって現場の不安を広げることになった。

文部省は「法律ができても、学習指導要領に基づく学校での指導は変わらない」との建て前を掲げ、強制への懸念に対しては「児童・生徒の内心にまで立ち入っての強制はしない」との1994年の政府見解を繰り返してかわそうとした。それでも「すべての学校で掲揚・斉唱が実施されるためには職務命令もありうる」との姿勢に疑問をもった議員から、「教員の立場からすれば、生徒になんらかの強制を与えないと自分が処分される、ということになる」という質問も出たが、はっきりした答弁はなかった。

野中長官が法制化のきっかけと強調した広島の自殺事件の背景には、君が代斉唱などに対する強い組織的な反対運動があった。同時に、文部官僚出身の県教育庁が県立学校に職務命令を出し、卒業式などで君が代斉唱を実施しなかった校長を処分するなど強硬姿勢で臨んでいた。法制化によってこうした対立がすぐにおさまりそうにはない。

政府の法制化の動きに危機感を強めた日教組はこの6月、5年ぶりに「強制反対」を運動方針に盛り込んだ。国旗・国歌法が圧倒的多数の賛成で成立したことを背景に、広島県のように反対運動が根強い地域で教育委員会が管理強化を進めれば、文部省と日教組との協調路線で鎮静化していた反対運動が再燃しかねない。学校現場の対立は収まるどころか、かえって深刻になる恐れがある。

国会審議で自民・自由両党の議員は、学級崩壊や少年犯罪の増加などの問題解決のため、日の丸・君が代をはじめとする愛国心教育の必要性を強調した。一方で、野党側が問いかけたのは「日の丸・君が代がアジアへの侵略戦争のシンボルになった歴史を教えないままでは、真の愛国心ははぐくまれない」という点だった。野中長官も「負の歴史」を含めて日本の近現代史をきちんと教える必要性を認めた。法律に賛成した公明党にも「職務命令や処分で校長と教員の信頼関係が引き裂かれたら、子どもたちにちゃんとした教育ができるのか」と文部省にただした議員がいた。

法律の審議は不十分だったとか言いようがないが、重要な疑問も提起されている。国旗掲揚・国歌斉唱の強制の有無をどうチャックしていくのか。長い目で見た歴史教育をどう進めていくのか。法案審議が政治に突き付けた課題は重い。


中国、遠回しに懸念、軍などに危ぐの声
中国外務省は9日、日本の国旗・国歌法成立について、「成立を注視している。歴史的原因から(日本国内に)依然として異なった見方があることも承知しており、日本が平和発展の道を引き続き歩むことに役立つよう、この問題が解決されることを希望する」との談話を発表し、遠回しに中国の懸念を示した。しかし同日付の人民解放軍機関紙「解放軍報」がより直接的に懸念を表明するなど、軍など一部では再び日本の右傾化を危ぐする声が高まりつつある。

中国政府はこれまで、日本への内政干渉と受け取られないよう「日本国民が決めることで、中国が口出しするはずはない」(唐家璇外相)との態度を示してきた。外務省談話はこうした点を考慮しつつ、中国国内の懸念も間接的に伝えるよう配慮したものと言える。


韓国メディア強い警戒感
日本の国旗・国歌法成立に関連して、韓国政府は事態の今後の推移を慎重に見守る姿勢だ。しかし、韓国メディアは総じて、新しい日米防衛協力のための指針(ガイドライン)策定や、靖国神社のあり方の見直しの動きなどと合わせ、「一連の戦後清算作業象徴的事件」と位置づけ、日本の右傾化・保守回帰として周辺国を刺激する、などと警戒感を強く出している。

有力紙・東亜日報は「日本は右傾化していく」と題する連載企画を始め、「敗戦以降ほぼタブー視されてきた論議や立法がせきを切ったように行われている」とし、「有事法制の整備や平和憲法の改定など宿題解決を急いでいるように見える」と指摘した。

「日本の若者に独自の愛国心」比の研究者は歓迎
日比関係の中立的な研究で知られるデラサール大学東アジア・ユチェンコセンター長のウィルフリド・ビリアコルタ教授(国際関係)は、国旗・国歌法制定について、「いいことだと思う」と、歓迎の意を示した。「戦後50年以上がすぎており、日本の若い世代の中には独自の愛国心が芽生えている。合法的にそれを表現させまいとすれば、平和や安定とは逆の方向へ向きかねない」と話す。

同教授はまた、「日本は同時にアジアの隣人を常に意識すべきだ。健全な愛国心以上のものであってはならない」とくぎを刺した。

【日の丸・君が代の呪縛再考シリーズ11】全国の声

全国的には、どのような声があったのか。教育現場や作家、識者、市民運動家、世羅高校教諭、被爆教職員、原水禁・原水協、文化人などの批判的な考えを見てみたい。朝日新聞からの報道内容であるため偏りもあるが、ズラッと見ていくと「日の丸・君が代」反対論者は「高熱でうなされた被害妄想病」と言っても良いだろう。この被害妄想の人たちの寝床の天井に「日の丸」を描いてあげたい。以下、同紙からの引用。


1999年3月2日
君が代」法制化発言、教育現場に波紋「まず議論が必要」
学校教育の現場で長く対立の焦点となり、思想・信条の自由の問題や「戦争」の記憶と重なって論議を呼んできた「日の丸」と「君が代」。「内閣として法制化を含めて検討する」とした2日朝の野中広務官房長官の発言に、さまざまな波紋が広がった。

教育現場
校長が昨年、卒業式を強行しようとして生徒が反発した埼玉県立所沢高校の生徒弁護団の津田玄児弁護士は「思想信条の問題として考えたい。日の丸・君が代が嫌だという気持ちの生徒は一人でもいれば、強制するべきではない。法制化で、教育現場にさらに大きな強制力がかかるとすれば問題だ」と話す。一方、全国高等学校校長協会の岡本裕之会長(都立三田高校校長)は、「現実問題として定着している。法制化していないため、板挟みになって苦労している校長も少なからずいる。法制化で国民の合意を得ることが大切だ」と話す。

沖縄
沖縄在住の作家、灰谷健次郎さんは「困ったものですな」と言って、しばらく絶句した。「たとえ国家権力であろうと、教育は特定の勢力や権力が操ることは間違いだということを、あの戦争で学んだはずだ」「戦争責任についてきちんと謝罪と反省をした上で考えるならまだしも、何の議論もない。一方では、ピースボードなど若者たちは自分たちで戦争責任を考えようと試行錯誤をしている。そうした人々に対する挑戦ではないか。怒りがこみあげてきた」

在日韓国人
在日韓国人で、日韓関係に関する著作も多い金両基・静岡県立大教授は、「国歌が歴然とあるのに、国旗と国歌はあってないようなあいまいな状態が戦後54年も続いたのが不思議だ。きちんと議論し国民のコンセンサスができるなら、日本人の選択として尊重する」という。「ただ、そのあいまいさは、日本人が戦後の自己点検をしてこなかったことに起因することを忘れてほしくない」

市民運動
自民党内で法案づくりが長く検討されていた国旗・国歌法案に反対する市民運動を続けている東京都練馬区の竹見智恵子さんは「いよいよ来たな、という感じです」と話した。国旗・国歌法案は、祝日の国旗掲揚を条文化しているほか、「国旗は厳粛に取り扱うものとし、その尊厳を汚してはならない」といった表現まで含まれており、「個人の態度や姿勢まで法律で求める内容になっているだけにとても怖い感じがする」と話す。

識者
沖縄の日の丸焼き捨て事件や所沢高校の問題などを取材してきたノンフィクション作家の下嶋哲朗氏は「議論のないまま、日の丸・君が代が五輪などのスポーツを通じてファッション的に若者にも浸透しつつある現状に危ぐを抱く」という。「無責任な大人が引き起こす嵐に子どもが巻き込まれている」と指摘する。


1999年3月16日
自殺した校長「君が代は問題」広島、高校教諭語る
広島県教委が職務命令で「日の丸・君が代」の完全実施を求めた卒業式の前日、世羅高校の校長(58)が命を絶ったことに関連して、同校の教諭が14日、広島市内で開かれた「日の丸・君が代強制問題を考える市民集会」に参加し、校長との話し合いの様子として、「校長先生は、君が代は問題があると語っていた」などと説明した。

教諭は職務命令(2月23日)後にあった25日の職員会議の校長の言葉について、「身分差別につながるもの(君が代)を生徒におろせるか悩んでいる。みなさんの合意が得られないということになれば従来通り(君が代斉唱なし)でお願いしたい、と言われた」と報告した。


1999年4月8日
日の丸・君が代これでいいの?
「日の丸・君が代」をそのまま国旗・国歌として法制化しようとする動きに対し、戦争体験のある文化人らが中心になって、新しい旗と歌をつくろうと呼びかけている。

旗のデザインと歌詞を募集しているのは、東京都葛飾区に住む画家の田中弥須子さんたちだ。1925年生まれの田中さんは、クマザサに付けた日の丸の小旗を手に出征兵士を見送った。「君が代」は天皇を賛美する歌として教えられた。

「50年たち、とっくに忘れた人もいるかもしれない。でもずっと忘れられない人もいる。私は、モノ言えぬ戦争犠牲者の代弁者でいたい」

こうした動きに対し、「雪のふるまちを」や「ちいさい秋みつけた」を作曲した中田喜直さんは「せめて君が代の詞は変えた方がいい」と提案する。「問題は歌詞。メロディーと合っていない。思想の問題というより、芸術歌曲として拙劣です」

また、放送タレントの永六輔さんは「なぜ、いままで法制化されなかったかを明らかにして欲しい」と論議の深まりを期待する。

「徳川家・薩摩藩の船印だった日の丸を、なぜ日本の旗にするのか。薩摩に支配された琉球の人が日の丸とどう闘ったか。そういう歴史を踏まえて議論すべきじゃないですか」

そのうえで、「国の旗、国の歌を決めるというなら、デザイナーと音楽家をまじえ、色、音階をどうするかも決めたらいい。やるのなら、徹底的に議論してからにしてください」と話している。


1999年7月2日
元公立校長ら国旗・国歌法案「法制化に反対」
日の丸・君が代を国旗・国歌とする法案をめぐり、公立校の元校長や現役の私立校長ら46人が1日、「国民的合意のない中で法制化は認められない」と反対する声明を発表した。声明は「教師と子どもが心を通わせて学べる学校をつくるためにも、法制化と学校への押しつけは絶対にやめさせなくてはならない」と訴えている。


1999年年8月9日
「原爆教育を否定」長崎の教諭らに危機感
「日の丸・君が代」の突然の法制化の動きに、長崎で原爆教育に携わってきた教師の間で困惑が広がっている。被爆教職員の会の教師らは、「これまでの原爆教育を否定することになる」と危機感を強めるものの、被爆地・長崎でも関心を持たない層が目立ち、反対運動はなお盛り上がりを欠いている。

長崎県被爆2世教職員の会は7月12日、県教委に、「日の丸・君が代」法制化について、「被爆体験や侵略戦争の反省から、教育現場での強制には反対する」と申し入れた。会は、原爆教育の先頭に立ち、「原爆を平和教育の原点としない」としている長崎市教委の平和教育の指針を改めるよう求め続けてきた。会長で小学校教諭の平野伸人さん(52)は「加害の歴史に結びつく日の丸・君が代を法制化するのに反対するのは当然」と言い切る。

申し入れには会の中にも慎重な意見もあった。会員は200人以上いるが、活動に参加しているのは10人ほど。平和教育の活性化や若い教師への原爆教育の継承といった懸案が山積みで、「日の丸・君が代を第一に取り上げて活動するゆとりがないのが実情」と平野さんが打ち明ける。

県教委によると、県内では卒業式の「君が代」斉唱と「日の丸」掲揚は、1980年代前半にほとんどの学校で実施され、89年には100%に達した。この問題で処分を受けた教師はいない。「若い人が特に関心がない」と、平野さんはぼやく。「日の丸・君が代なんて、学校の中でも、社会人の友達と話していても話題になりません」。

長崎市内の中学校で働く20代後半の女性教諭は、そう話す。中、高校生のころは「なんとなく調子の悪い歌」と思っていたが、簡単な旋律なのでオルガンで弾いたこともある。

初任校で、原爆や日本の加害責任のことを先輩教師から学び、「こんな問題があったんだ」と知った。それから、卒業式で起立しても、こっそりと口をつぐむようになった。同じ年ごろでも、堂々と歌い上げる人は少ないが、議論にはならない。「直接、痛みがないから無関心でいられるんだと思う」と感じている。

元小学校教諭で県被爆教職員の会の山川剛副会長(62)は、「法制化されれば、いろんな場面で強制される。そのことにもっと危機感をもってほしい」。2年前に定年退職するまで、教壇で自身の被爆体験を語り継ぐ一方、「日の丸・君が代」にもこだわり続けた。校長の職務命令で斉唱を求められても、拒否した。「この問題に口をつぐんでは、これまでの原爆教育も否定することになる」と山川さんは、講演や執筆依頼を積極的に引き受けている。


1999年8月8日
平和運動覆う危機感、被爆者「国旗・国歌法案強行、異常な事態」
被爆54年の原水禁・原水協「核軍縮に逆風」懸念
今夏も広島と長崎に、国内外から、核兵器の廃絶を願う人々が集まった。7日には、原水爆禁止日本協議会(原水協、共産党系)と原水爆禁止日本国民会議(原水禁、旧社会党・総評系)の世界大会・長崎大会が開幕。9日まで核禁会議(旧同盟系)や連合、日本生協連など市民団体の催しも相次ぐ。各団体は核拡散に危機感を募らせ、「核兵器のない21世紀」を模索して政府との対話を進める一方、他団体との新たな連帯を探る動きも目立ち始めた。

「核軍縮に逆風」懸念
長崎市で7日に始まった原水協系の世界大会の開会総会。日本原水爆被害者団体協議会代表委員の山口仙二さんは語気を強めた。「ガイドライン(新しい日米防衛協力のための指針)関連法、盗聴法案、日の丸・君が代法案、などの強行という異常な事態が進行している。日本が米国とともに核兵器加害国にされかねない」

今夏の大会は主催団体を問わず、いずれも「平和への脅威」に対する大きな危機感に覆われている。国内では自自公路線が、国外では北大西洋条約機構(NATO)によるユーゴスラビア空爆が、非難の的だ。

2日に開かれた原水禁系の国際会議で、黒沢満・大阪大学学院教授は「核軍縮に逆風が吹いている」と警鐘を鳴らした。


1999年8月10日

札幌
「今は雇用と年金の安定が最優先だ」。札幌市中央区にあるハローワーク札幌の2階。パソコンが並ぶ求人情報検索コーナーで、順番を待っていた男性(44)が、そう話した。妻、高校一年生の娘と3人暮らし。運送会社の子会社の経理担当課長だったが、今春、子会社の再編で「自主退職」させられた。失業手当は9月で切れる。男性は「国旗・国歌なんて50年前に白黒つけておくべき問題。こっちはすぐに何とかしなきゃ、生きていけないんだよ」と言った。

東京
東京・新宿の歌舞伎町でゲームセンターやカラオケ店に遊びに来た東京都立高校三年生の女子生徒2人は、日の丸と君が代が国旗・国歌として法制化されることについて「実感がわかない」と話す。学校では君が代を歌う機会がほとんどない。「一、二年生は卒業式に出ないから、入学式で君が代の曲を聞いて以来、聞いてないし歌っていない。日の丸も飾ってあっただけ」と記憶もかすか。「日の丸は日本の旗かなって感じがするけど、君が代はどーでもいいって感じ。曲はいいけど歌詞はダサい」

名古屋
名古屋市港区のプールを訪れたOL3人組。3年前に市内の県立高校を卒業した同級生だ。「入学式でも卒業式でも当たり前のように君が代歌ってたよね」とうなずきあった。「なんで急に法律になんてするんだろう。いままでのままでいいじゃない」

国旗・国歌法案も通信傍受法案も、もう、とっくに成立したと思っていた。「知らないうちにいろいろ決まる。小渕さんて人は良さそうだけど、それでいいんか、って感じ」「周りの人に流されているみたい」。簡単に法案は通るなら「税金を安くする法を通してほしい」が一致した意見だ。

長崎
長崎市松山町の平和公園。被爆者女性(72)は「日の丸はやむを得ない。でも、君が代には抵抗を感じる」。極東の小国・日本の存在を、旗だけでも知ってもらって主張したいという気持ちからだ。国際スポーツの舞台などでも国旗は必要、と理解を示す。被爆で全身に浴びたガラスの破片が今も体内に残る。天皇の名の下に行われた戦争に、今なお苦しめられ続けているだけに、「君が代、と聞くと頭に来る。だが、被爆当時ほどではない。歳月は世の中を変え、怒りを風化させる。法制化されたら従うつもり」。

沖縄
沖縄県読谷村の米軍基地「トリイステーション」の近くで水道工事業を営む佐久川政一さん(64)。基地のフェンス越しに星条旗と日の丸が並んでたなびいているのが見える。法制化については「ちょっと決め方が早すぎるんじゃないかな」ともらした。同村は沖縄戦で米軍の上陸地点にもなった。佐久川さんも幼少のころ、戦争を体験した世代だ。「沖縄のことを十分考えてくれたのだろうか。国会で決まると、仕方がないという気もしてくる。ほかの法案でも、沖縄の特殊な事情に配慮してほしいというのが率直な気持ちだ」


1999年11月13日
日の丸・君が代「強制」反対の市民らが集会
国立劇場と皇居のすぐ近くにある社会文化会館では、12日午後2時から「日の丸・君が代の強制に反対する市民集会」が開かれた。石田英敬東大教授らが講演し、式典について「国歌の枠組みを強化し、人々に現実を忘れさせるために作り出された祝祭で、非常に危険だ」と批判した。午後6時半から東京・水道橋で開かれた集会では、姜尚中東大教授が日の丸や君が代の押しつけなどについて「各地で何が起きているのか知り合える横断的なネットワークを作ることが大切だ」と述べた。都内では銀座や市ヶ谷などでも式典に反対する100人規模の集会が開かれた。JR横浜駅近くでの集会では、天皇制問題に詳しいジャーナリスト田中伸尚氏が「(祭典に若手歌手らを参加させたのは)そこまでやっても国民とのつながりを求めようとしている」と語った。


1999年8月10日
「黙っていられない」国旗・国歌法案きょう成立、私と日の丸・君が代~投書から
日の丸・君が代を国旗・国歌とする法案は9日の参院特別委員会で可決し、同本会議で成立する見通しだが、この問題で読者から投書が絶えない。大半が反対の立場で、「教員は法律に忠実であるべきだ」と政府が説明したことに、学校での掲揚や斉唱の強制を危ぶむ声が多い。新しい日米防衛協力のための指針、通信傍受法案などと続く政治の流れに、戦前を思い出し、「いてもたってもいられない」と訴える手紙も。72歳の男性の投書はこう結んでいた。「私たち老人はあと何年かで静かになります。法制化は急がず、ゆっくり勉強してからにして下さい」

<娘の入学式で君が代が流れた時、私は下を向き、歌いませんでした。でも、皆と一緒に立っていたのです。「人間は一人ひとり違う。だからこそいいんだよ」と、いつも娘たちに言いながら、大勢の中で違う行動をとることは大人でも勇気がいるのです>

東京都世田谷区の主婦(36)は、今年4月の入学式の様子を書いた。駆け足で審議を終えようとしている国会議員に、こう質問を投げかける。

<あなたが6歳の子供だったとします。友達が皆立ち上がって歌っている中、一人座り、口を開かず、大好きな先生たちに「立って歌いなさい」と声をかけられ、皆に目を向けられ、それでも心穏やかにいられますか。人間は皆平等なはずです。一人の人間を神様として歌っていた歌を、見解をかえて、小さな娘に歌わせてほしくありません>

政府は、法制化すれば、掲揚や斉唱をめぐる学校の混乱が治まると説明する。だが、横浜市に住む公立校の男性教師(37)は、政府答弁の矛盾を指摘する。

<「生徒の内面に立ち入って強制はしない」と政府は答弁しましたが、それをだれが教えるのでしょう。学校では斉唱に際して、「これは強制ではないんだよ」「歌わなくても内申には影響しないよ」と教員が言ってあげなければ、生徒に思想信条の自由を保障したことにはなりません。ただ、この行為は「指導する」教員の立場と矛盾します。法案が思想信条の自由を侵していることの表われです>

愛知県の公立高の男性教師(37)もこう言う。<国民全体の利益への奉仕こそが公務員の責任である。日の丸・君が代は国民の間で賛否が二分される代物。それを掲げ、歌わせる指導が国民全体の奉仕者の務めだろうか>

法制化されれば、強制が学校以外に社会にも広がる可能性もある。長崎県大村市の主婦、平美智子さん(55)は、小学校入学前に昭和天皇の行幸を出迎えた思い出を書いた。
<子供たちは白い画用紙にクレヨンで赤い丸を描いて竹に張り付け、間近で天皇を見ました。旗を振りながら、私はなぜ大人たちはこのおじさんのためにこんなに大騒ぎをするのだろう、という思いがしました。同じ人間ではないか。もし法案が通ったら、注意されたり罰せられたりするのでしょうか。もしそうなら私はそんな場所に行けなくなります>

茨城県藤代町の元小学校教諭、京坂恒馬さん(72)は、「定着した」という日の丸を、自宅に持っている人がどれほどいるのかといぶかる。

<小学生の時、先生が日清戦争の話をされた。「敵の死体から首を切り取り、白い布にこすりつけて日の丸を作り、占領地に掲げた」。この話を聞いて私たちは、ただ呆然と腰掛けに座っていました。昭和20年、兄が戦死しました。歴史を好み、植物を愛した兄でした。私は日の丸を振り、万歳を唱えて送り出したことを後悔しています。戦いの旗、日の丸。暗い暗い、君が代。この二つをあがめることは兄や戦争で亡くなった方々に申し訳ないと思います>

こうした反対の立場が多い中で、明確に賛成する声もある。東京都北区の主婦(81)は、率直な思いを書いた。

<何の罪もない日の丸、君が代にどうして反対のか分かりません。嫌いな人は別の国に行けばよいと思います>

【日の丸・君が代の呪縛再考シリーズ10】広島県教委Vs部落解放同盟・日教組

当時の「ひろしま」の教育現場を知るには、広島県教育委員会のホームページを開くと、広島県教委と部落同和団体との関係が分かりやすく書いてある。特に「八者合意」文章は、他府県ではお目にかかれないものだろう。以下、一部引用。


「・・・校長権限が歪められた職員会議の運営、職員団体の学校分会による校内人事への介入、校長と職員団体の学校分会との間で交わされた不適正な勤務時間管理などに関する確認書などにより、多種多様な形で校長権限が制約され、法令等を逸脱する状況がつくりだされた。教育内容面においても、学習指導要領を逸脱し、教育の中立性が侵されるなど、多くの課題を生み出した。中でもその背景には同和教育がすべての教育活動の基底にあるとした、いわゆる「同和教育基底論」により、一部の地域や学校において同和教育にさえ取り組んでいればよいといった風潮や、『総括』などの名の下に同和教育の視点から、学校教育の全体を点検・評価するなどの状況があった。昭和60年9月17日(1985年)に当時の広島県知事、広島県議会議長、広島県教育委員会教育長、部落解放同盟広島県連合会、広島県教職員組合、広島県高等学校教職員組合、広島県同和教育研究協議会、広島県高等学校同和教育推進協議会によって作成された、いわゆる「八者合意」文書は、「連携」の名の下に職員団体、同和教育研究団体及び運動団体が学校内外で運動論に基づいた主張を展開することを正当化するような状況をつくった。これらのことが、学校における校長権限を著しく制約するとともに、法令等に逸脱した実態を生み出すこととなった。平成4年2月28日(1992年)、県教育委員会が職員団体及び運動団体に対して、国旗・国歌の実施を事実上制約する見解を示した、いわゆる「2・28文書」は、その後の本県における学習指導要領に基づいた『国旗・国歌』の適正な実施を阻害してきた」


また、広島県教委と部落解放同盟・日教組の対立には、どのようなものがあったのか見てみたい。以下、朝日新聞から引用。

「部落解放運動に責任転嫁の意図」解放同盟広島県連
宮沢喜一蔵相の発言に対し、時本悟・部落解放同盟広島県連書記長は「部落問題をめぐって幅広く多くの人々が解決に向け努力しているときに、具体的事実を示すことなく、なぜ部落解放運動を誹謗・中傷するのか理解に苦しむ。県教委が君が代を強制しようとして起きた今回の事件の責任を組合や運動側に転嫁する意図を強く感じる」とのコメントを発表した。

広島は反対堅持
高校長自殺事件が起きた広島県では、日教組加盟の高教組、県教組とともに、「日の丸・君が代反対」を堅持している。広島県教育長が卒業式で日の丸・君が代を完全実施するよう職務命令を出したため県と組合の対立が激しくなりそうになった2月末、日教組本部は加盟組織に「広島の組織への激拗」を指示した。反対運動を棚上げしたため組織を挙げての支援はできないが、広島の両組織の運動に理解を示した。

というのも、日教組は95年の棚上げの際、左派の反発をかわすため、「君が代の歌詞は憲法の主権在民を否定するものだ。日の丸・君が代の法制化や学習指導要領による学校教育への押しつけには反対する」などとする75年当時の統一見解は変えない、という姿勢をとった。左派系組織は、これを根拠に反対運動を続けている。


1999年3月12日
日教組委員長「日の丸・君が代問題」性急な法制化反対姿勢示す
日教組の川上祐司委員長は、12日の中央委員会であいさつし、日の丸・君が代を国旗・国歌とする法制化問題について「性急に法制化できる問題ではない」として、今国会での法制化に反対する姿勢を明らかにした。学習指導要領による卒業式・入学式の日の丸掲揚・君が代斉唱についても「強制は改めるべきだ」と、従来より反対姿勢を明確にした。


1999年3月13日
日教組が反対決議
日教組は12日の中央委員会で、「国民的合意なき国旗・国歌の法制化に反対する決議」を採択し、同じ趣旨を6月の定期大会までの運動方針に盛り込んだ。


1999年4月30日
広島・校長自殺、県教委調査「背景に組合の運動」~高教組は「責任回避だ」
今春の卒業式で「日の丸」「君が代」の完全実施を求めて職務命令を出した広島県教委は30日、式の前日に自殺した県立世羅高校長(58)が自殺に至るまでの経緯について「校長権限が大きく制約され、高教組(県高校教職員組合)を中心とする組織的な反対運動にあって深い孤立感と無力感に陥っていた」などとする調査結果を発表した。高教組などは「責任回避だ」と反発している。

報告書は、1998年4月1日、校長が同校に着任して以降、教職員団体や運動団体と校長の交渉などを時系列的に記述している。校長は着任早々、高教組分会から「着任交渉」を受け、「反省文書」を書かされた。問題になったひとつは「教員として最初に赴任した学校であるが、このたびは違う立場で来たので・・・」というあいさつだった。

教職員らが反発し、5月まで抗議を続けたという。

「日の丸・君が代」についてはその取り扱いをめぐって、校長と教職員の間で長い対立があったことを指摘。特に「君が代」実施率の低さが昨年5月の文部省の是正指導の中で問題となった。

県教委は今春の卒業式での「日の丸・君が代完全実施」を目指して2月23日、臨時県立学校長会議で「君が代不実施」の方針が決まったという。が、以降も校長は毎日、「審議継続」と県教委に報告していた。自殺の前夜、校長は教員に会い「もう一度実施させてほしい」と頼んだが断られた、という。

以上の経過から報告書は自殺の主な背景について
①世羅高では実質的に職員会議が最高議決機関として機能し、校長の権限が大きく制約されていた
②国旗・国歌の実施については最終的に校長一人が孤立していた
③高教組に加え、国旗、国歌の実施については、部落解放同盟県連の組織的な反対運動があり、厳しい状況になっていたなどを指摘。

こうした実態を県教委が十分に把握できなかったことなどを反省点にあげている。


1999年7月2日
職務命令が追いつめ、校長自殺で教組側見解
今春での卒業式での「日の丸・君が代」の扱いをめぐって広島県立世羅高校長が自殺した問題で、同県教職員組合協議会(安保英賢議長)は、1日、「日の丸・君が代実施を命じる職務命令の下、校長は追い詰められていった」との見解を発表した。同協議会は「校長と教職員の関係は良かった。県教委の主張する組合と対立していたというのは事実と異なる」「校長は教職員生活を通じて、君が代の歌詞には問題があると感じていた」としている。安保議長は「県教委は、責任を押し付けている」と批判した。


1999年8月10日
「国旗・国歌」列島に不信感、早すぎる、首相は周りに流された
日教組書記長「極めて遺憾」
国旗・国歌法案の成立を受け、日本教職員組合(日教組)の戸田恒美書記長は9日、「論議は不十分であり、多くの問題を残したまま法制化が強行されたのはきわめて遺憾」「職務命令・処分体制による画一的な行政指導で、学校現場での対立と混乱を増幅させないよう強く求める」などとする談話を発表した。