「使い捨てブラック企業」従業員からの電話相談内容

若者に過酷な労働を強いるなど「使い捨て」雇用が疑われる、いわゆる「ブラック企業」について、広島労働局が9月はじめ、無料の電話相談を実施したところ、中国地方各地から1日だけで85件の相談が寄せられたという。広島労働局によると、85件の相談のうち最も多かったのは「賃金不払い残業」で48件、次に「長時間労働」が37件、そのうち100時間以上の時間外労働を強いられているものが21件だった。例えば、製造業で毎日のように残業しても残業手当が支払われないといったものや、暗に退職を強要するようなパワーハラスメントなどが目立っていたという。業種別では、製造業が23件、商業が22件、接客・娯楽業が10件だった。広島労働局は、法令違反がある事業所に対しては、ただちに監督・指導するほか、悪質な違反は書類送検し、社名を公表するという。(TSS)

広島の公立学校で暴力が増加

広島県内の公立の小中学校や高校で、児童や生徒が同級生や教師に暴力を振るったり、ものを壊したりした、「暴力行為」の件数は、平成24年度の1年間に1478件で、前の年度より37件増加し、過去10年間では2番目に多くなったという。広島県教育委員会は、県内の公立の小中学校と高校で平成24年度1年間に校内や校外で起きた「暴力行為」の件数をとりまとめた。それによると、小学校が前の年度より24件多い269件、中学校が8件多い979件、高校が5件多い230件。全体では、前の年度より37件多い1478件で、過去10年間で2番目に多くなっている。「暴力行為」の内訳をみると、児童・生徒どうしで、暴力を振るったケースが全体の63%の926件ともっとも多く、次いで、壁や窓ガラスなどのものを壊したケースが18%の265件、教師に暴力を振るったケースが16%の239件等となっている。県教育委員会では「暴力行為は特定の学校で一部の生徒が繰り返す傾向がある。そうした学校には集中して教員などを配置するとともに、研修などを通じて効果のあった対策を広めていきたい」と話しているという。(NHK広島)

福山平成大学の学生がバカツイートで停学

不適切な行為を写真に撮り、インターネット上に掲載したとして、福山市の大学生6人が停学処分になった。停学処分になったのは、福山平成大学の福祉健康学部1年の男子学生6人。福山平成大学によると、学生らは今年6月から2ヶ月の間に、屋外で尻を出している写真や、コンビニエンスストアの商品棚でふざけている写真など、あわせて3枚の不適切な写真をツイッターに投稿したという。インターネット上で写真を見た人から2件の問い合わせがあり、判明したという。学生らは「軽い気持ちでやった」と反省しているが、大学は19日付で写真を投稿した学生を無期限停学、写真に写る学生5人を1ヶ月の停学とした。(RCC)

「加藤茶の妻、加藤綾菜のひどすぎる噂まとめ」が大人気

加藤茶の妻、加藤綾菜は広島県福山市駅家の出身だとか。その正体は?

http://matome.naver.jp/odai/2136719991210019201


【加藤茶の妻・綾菜さんプロデュース店が謝罪 オリジナルではなくセレクト商品販売】
お笑いタレント・加藤茶の妻・綾菜さんがプロデュースするアクセサリーショップ「P.E」の商品が、オリジナルではなく他ブランドの転売品であるという指摘を受け、公式サイトが謝罪コメントを発表した。当初、加藤綾菜さんプロデュ-スのアクセサリーショップとして開業したが、同サイトによると「当初はマフラー等、オリジナルを含めた商品を販売しておりましたがオリジナルの制作が難しく、セレクト商品の販売のみとなっております」と説明。

サイト上では最近まで「オリジナル」という表記が掲載されており、取引先から数ヶ月前に指摘を受けて「オリジナル」の文言を削除したと報告。消費者に対して誤解を招いた対応に「ご迷惑をおかけし誠に申し訳ございませんでした」と詫びているという。(オリコン)

【広島・昭和の少年犯罪史】

広島県内で起こった少年犯罪事件を「少年犯罪データベース」から引用し、昭和からまとめた。

http://kangaeru.s59.xrea.com/

昭和3年(1928年)7月5日【17歳(満15~16歳)がいじめ復讐のため毒殺を謀り無関係の老人殺害】
広島県広島市の菓子製造業宅で、見習い(17)が夕食にアヒ酸を入れ、食べた主人一家4人と見習い4人が重傷となり、7月16日に主人の父親(71)が死亡、食中毒として処理されていたが、8月31日に家出して実家に帰ったため疑われ、9月20日に自白した。2月に勤めはじめ、先輩(18)にいじめ続けられたため毒殺を謀ったもの。


昭和5年(1930年)2月17日【小6ら60人の万引き団】
広島県安佐郡で、小学校高等2年生(14)をリーダーとする6年生を含む60人の万引き団が捕まった。高等2年生(現在の中2に相当)40人のうち36人がグループに加わっており、付近の店で犯行を繰り返し、アジトには現金25円、鉛筆30ダース、ハーモニカ、運動靴などが隠されていた。


昭和5年(1930年)7月1日【小6(満11~12歳)が級友7人を毒殺未遂】
広島県賀茂郡の小学校で、6年生(13)が同級生7人を殺害するため弁当に劇薬を入れたが、異様な味ですぐに吐き出したため未遂に終わった。5月に隣家で1円20銭を盗んでから泥棒呼ばわりされ続けたことを恨んで、病院で働く父親から塩化水銀をもらって致死量以上混入したもの。昼休み前に家に帰ったため怪しまれてすぐに捕まった。


昭和6年(1931年)7月21日【40歳が迷信のために小1(満6~7歳)殺人】
広島県賀茂郡の山中で、開拓業(40)が下校中の小学1年生(8)を絞殺して鎌でバラバラにし、首や胴体は捨てて手足を黒焼きにして業病の義理の父に食べさせて逮捕された。義理の父が梅毒となったが、癩病だという噂が広まり、子供の肉が効くという迷信を信じて計画したもの。無期懲役確定。


昭和8年(1933年)2月22日【18歳(満16~17歳)が54歳にストーカー殺人未遂】
広島県比婆郡で、炭焼き手伝い(18)が近所の家に押し入って女性(54)の頭を日本刀で斬って10日間の傷害を負わせて殺人未遂で逮捕された。未亡人である女性が他の男性と交際しているのを知りながら言い寄り、拒否されてもしつこく迫って一回だけ関係を持ったが、その後は拒絶されていた。前日に男性の家から朝帰りしているのを見つけ、嫉妬に狂って盗んだ日本刀で殺そうとしたもの。


昭和10年(1935年)3月1日【18歳(満16~17歳)が幼女レイプ殺人】
広島県呉市で、左官手伝い(18)が自宅前で遊んでいた女の子(6)を誘拐、抱き抱えて場所を変えながら三回レイプ、泣き叫ぶので手で首を絞めて殺害、逃走した。これまでも幼女ばかり襲っていたので尾行が付いたが、3月31日に少女をレイプしようとしていたところを逮捕され、翌日自白した。精神薄弱であることを考慮され、地裁は4~7年の不定期刑判決。


昭和10年(1935年)5月2日【中4(満16歳前後)十数人が修学旅行で酒とタバコ】
広島県広島市の広島高等師範学校付属中学校で、4年生78人が5月2日~5月12日に九州一周修学旅行をしたが、飲食店で飲酒喫煙をしていた者がいたことが発覚し、5月22日に3人が諭旨転学、十数人が無期停学処分となった。風紀に厳しい模範校だが、引率教師は見て見ぬ振りをしていた。


昭和10年(1935年)5月11日【17歳(満15~16歳)が小学校校長の妻と心中】
広島県呉市で、少年(17)が小学校校長の妻(26)と心中した。兵庫県有馬郡の農家の長男で、両親は死んでいて少年が戸主、姉と弟がいる。この家に間借りしている小学校校長の後妻と15歳(満13~14歳)の時から不倫の関係となり、家出して「国防と産業博」を見物してから山林で死のうとしたが、少年だけが死に後れて近くの線路で鉄道自殺したもの。少年は「楽しく天国へ行きます」という遺書を残していた。


昭和21年(1946年)9月16日【19歳ニートが母親と妹殺害して死刑】
広島県佐伯郡の自宅で、無職の邑神一行(満19歳)が母親(49)と妹(16)を殺害した。自動車会社の金を使い込んでクビとなって2月に実家に帰ったが、田舍の仕事を嫌って働かず、母と妹の内職でかろうじて食べていた家計を圧迫したため冷たくされ、妹に「仕事もせずに遊んでいる者は飯を食べなくてもよい」と云われたことから殺人を計画、深夜1時に就寝中の2人の顔をワラ打槌で殴って死体を井戸に捨てた。翌年1月17日、2人が行方不明になったことを不審に思った友人に死体を発見されて逮捕。父親は小4のときに死んでおり、貧しい家庭だった。1審無期だったが、2審で死刑判決が出て、死刑は残虐で憲法違反と上訴。最高裁は「一人の生命は、全地球よりも重い」としながらも、死刑は必ずしも残虐とは云えないと上告棄却して死刑が確定した。


昭和23年(1948年)6月11日【18歳小学校教師が叱られたため両親殺害して死刑】
広島県加茂郡の自宅で、小学校教師(満18歳)が入浴中の母親(53)を「よう虐めてくれたのう」と匕首で刺し、許しを乞うて逃げようとするのをさらに刺して殺害、父親(57)を玄関で待ち伏せして刺殺した。ひとり息子で、2年前に私立中学を卒業して小学校の助教員となった。元少尉で厳格な両親は細かいことでたびたび干渉して殴るため怨んで殺害計画を立てていたが、同僚女性教員(満21歳)と教室で関係して妊娠させ、墮胎させようとしたことでこの日に激しく叱られ殴られたため復讐したもの。昭和25年2月に最高裁で死刑確定。のちに恩赦で無期に減刑。


昭和23年(1948年)9月8日【19歳(満17~18歳)が強盗殺人で死刑判決を受けるが無罪放免計画】
広島県豊田郡の民家で夜11時、無職(19)と少年(18)3人の4人組が押し入り、主婦(26)を殺害、衣類85点(10万円相当)を強奪して逃走したが、翌日逮捕された。3月に病死した無職の姉がこの家の主人(29)の先妻だったため内情に詳しく主人がいないことを知っていて、遊興費欲しさに侵入したが覆面が取れて顔を見られたため紐で絞殺したもの。18歳1人は仲間が捕まったと聞いて「自決してお詫びします」という遺書を残し昇汞水を飲んで自殺した。無職は広島地裁で死刑判決が出たが、2審公判中の昭和25年7月19日に窃盗罪で懲役2年の台湾人(25)が自分が真犯人で無職は無罪だと獄中から名乗り出た。事件の詳細を語るので事実ではないかと当局も混乱したが、刑務所内で暗号通信により計画した嘘だったことが8月19日に判明した。もう1人の無期懲役犯と無職が無罪釈放となった場合の刑事補償金40万円はこの男がもらい、男も精神異常を理由に出獄、それがダメでも占領下の日本には台湾人に対する裁判権がないと主張する予定だった。


昭和25年(1950年)7月18日【19歳がカルピス毒殺】
広島県広島市の自宅で、少年(19)が闇ドルを売ると騙して衣料店主(27)、衣料店主(28)、ガラス商(30)の3人を誘き寄せ、青酸カリ入りのカルピスを自分も一口飲んでから勧めた。3人が苦しみ出すと、犯行を隠蔽するためにカルピスを購入したアイスケーキ屋に持ち込んで主人(31)にも飲ませた。衣料店主1人が死亡し、アイスケーキ屋は重体。死体から現金18万6千円を強奪して逃走したが、すぐに逮捕された。帝銀事件にヒントを得て、金欲しさに20日前から皆殺しを計画していた。この年の大卒銀行員初任給3,000円。


昭和25年(1950年)7月30日【17歳が主人一家皆殺しを謀り2人刺殺】
広島県呉市の運送業宅で深夜3時過ぎ、住み込み見習い工(17)が主人の甥(6)の首を出刃包丁で刺して殺害、主人の姉(38)も刺殺、主人の顔を刺したが目を覚ました主人に取り押さえられた。父親は9年前に病死、母親が5年前に空襲で死んでからこの家に引き取られていたが、孤児ということでいじめられ、前日も殴られたため一家皆殺しにしようと包丁を買って寝静まるのを待っていた。主人の姉はたまたま前日に4人の子供を連れて里帰りしており、主人と間違えて刺したもの。


昭和25年(1950年)8月19日【19歳死刑囚が無罪放免計画】
広島県で、死刑判決が出た19歳の強盗殺人と、無期懲役判決が出た20歳の強盗致死のふたつの事件は自分がやったと窃盗罪で懲役2年の男(25)が獄中から名乗り出たが、刑務所で知り合った3人が計画した嘘だったことが判明した。2人が無罪釈放となった場合の刑事補償金40万円はこの男がもらい、男も精神異常を理由に出獄する予定だった。


昭和28年(1953年)3月1日【高2ら15人が決闘して刺殺】
広島県呉市の連兵場で、市立高校2年生ら8人と県立高校2年生ら7人の15人が乱闘して、市立高校2年生(17)は胸を刺されて死亡、もうひとりが重傷となり、駆けつけた警官隊に全員逮捕された。日頃から仲が悪く、2月27日に約束を交わして決闘をしたもの。


昭和30年(1955年)1月31日【中1が叱られて兄を射殺未遂】
広島県高田郡で、中学1年生(13)が兄(20)の左手首と左足を猟銃で撃って1週間の傷害を負わせて殺人未遂で補導、児童相談所に送致された。1月29日に家の金千九百円を持ち出して広島市で遊んでいたので兄に叱られ、殺そうと計画して中学校校庭に呼び出して二発撃ったもの。この年の大卒銀行員初任給5,600円。


昭和30年(1955年)11月20日【小5が自殺】
広島県世羅郡で、小学5年生(10)が自宅前の松の木で首つり自殺した。兄弟ゲンカを叱られて家を飛び出したもの。翌日死体発見。両親も健在で経済的にも不自由はなかった。おとなしい性格。


昭和33年(1958年)5月12日【中2がカッとして幼児殺人】
広島県で、中学2年生(14)男の子(6)を殺害した。男の子が造っていた砂山を蹴飛ばしたため悪口を言われ、カッとして頭を竹で突いて転倒させて失神させた。処置に困って林に運んだが、まだ生きていると気づいてこれ以上苦しまないように殺そうと石で頭を殴ったもの。これまでも些細なことでカッとして幼児3人を殴ったりしていた。父親は戦死して、母親に育てられていた。


昭和33年(1958年)7月7日【中3ら3人が下級生をリンチ殺人】
広島県呉市の埋め立て地で、中学3年生(14)3人が2年生(13)に殴る蹴るの暴行を加えて殺害、傷害致死で逮捕された。生意気だとリンチしたもの。これまでもたびたび殴っていた。教師とPTA代表は「逮捕は行過ぎだ。事件処理は在宅捜査でできるはず」と警察署員に詰寄ったが、被害者の母親と地元の人たちが興奮しているので、いま帰宅させるとまずいから保護留置すると警察は説明、学校側も納得して引き上げた。


昭和33年(1958年)11月25日【中3が教師を殴る】
広島県府中市の中学校で、3年生5人が田んぼで実習中に職業科教師(48)にヘビを投げつけ、教師が説教するため職員室に連れて行こうとすると、そのひとり(15)が「この野郎」と叫びながら教師の顔を3回殴って眼鏡を壊してまぶたを3センチ切る10日間の傷害を負わせた。11月20日に朝礼で下級生や同級生を殴ろうとして教師に叱られたため復讐したもの。


昭和34年(1959年)10月23日【小5女子が給食費盗んだと疑われ自殺】
広島県佐伯郡の自宅で、小学校5年生女子(11)が首吊り自殺した。学校で同級生の給食費を盗んだと疑われ、祖母に叱れた直後だった。


昭和35年(1960年)1月19日【16歳が幼女をいたずらして絞殺】
広島県尾道市の神社で、店員(16)が幼女(4)の服を剥いで出刃包丁で6カ所切った上に髮の毛を焼いて首を絞めて殺害し、神殿の下に隠していた。知能が低く、いたずら目的。


昭和35年(1960年)1月26日【18歳ら4人組が強盗】
広島県加茂郡の農家に4人組強盗が入り、一家3人を監禁して現金などを奪ったが、翌日に小切手を換金に来た工事作業員(18)が捕まった。


昭和35年(1960年)2月15日【16歳が友人刺殺】
広島県呉市の路上で、無職(16)が無職(16)を刺身庖丁で刺殺した。2人は友人で、スマートボールで遊んでいたが、詰まらないことでケンカして「表で勝負しよう」と連れ出したもの。


昭和35年(1960年)8月18日【中1が置石で列車脱線させる】
広島県尾道市の山陽本線で46両編成の貨物列車が脱線し、15両が大破、2両が中破、37時間不通となり、こぶし大の3個の置き石をした中学1年生(13)が捕まった。岡山鉄道局は12月に飲食店勤務の母親(35)に6646万円の損害賠償請求を出した。この年の大卒初任給12,190円。支払い能力がないため、まったく払われなかった。


昭和36年(1961年)5月8日【高3が生徒の投票で犯人となり母親自殺】
広島県山県郡の私立高校で4月に本や万年筆などの盗難が相次ぎ、26日に盗った者の名前を無記名投票させて3人の生徒が判明、退学処分になった3年生(17)の母親(57)が5月8日に自殺した。この生徒は靴下など2点の万引きをしていた。


昭和38年(1963年)5月17日【17歳が近所の小3を殺して隠す】
広島県因島市の自宅で、長男(17)が小学3年生(8)を殺害、死体をコウリの中に入れ、40歳ぐらいの見知らぬ男が預ってくれと言ってコウリを置いて行ったと母親(41)に話した。母親は5月20日に死体が入っているのに気づき床下に隠したが、5月28日に警察に通報、長男は逮捕された。普段からよく遊んでいたが、些細なことからカッとしてタオルで首を絞めたもの。


昭和38年(1963年)5月28日【高校野球部で集団リンチ】
広島県府中市の県立高校野球部で、退部しようとした1年生(15)に対して部員18人がリンチを加え、2週間の怪我を負わせていた。四つん這いにし、バットで殴打したもの。


昭和38年(1963年)12月14日【小6兄弟が父親返せとホステスの部屋に放火】
広島県広島市でホステス(30)の部屋が放火され、翌年1月24日に小学6年生(10)と小学4年生の兄弟が捕まった。父親がホステスのところから帰ってこないので、返して欲しいと頼んだが追い返されたため火を付けたもの。


昭和38年(1963年)12月16日【15歳が強盗殺人】
広島県大竹市の土建会社社長宅に、梅川昭美(15)が押し入り、社長の義妹(21)をナイフで殺害し現金や通帳37万円相当を奪って逃走、23日に捕まった。高校を1学期で中退、この土建会社で作業員となったが、バイクを盗んで退職していた。甘やかされて育ち、親は借金してまで高額な小遣いを与えていた。中等少年院に入れられた。昭和54年1月26日、30歳になった梅川は猟銃を持って大阪府の三菱銀行北畠支店に押し入り、4人を殺害して人質を取って立て籠もったが警官隊に射殺された。警察から猟銃所持許可証が出ており、問題化した。


昭和42年(1967年)8月18日【35歳主婦が隣家の幼女殺害】
広島県広島市の自宅で、主婦(35)が隣家の二女(2)を金属製湯たんぽで殴ったあとに紐で絞殺、帰宅して死体を見つけた夫に連れられて自首した。廃品回収業の妻で、三人の子どもがいる。自分の子たちが隣家の三人の子どもにいじめられており、また隣家の主人がダンプカー運転で儲けているのを羨んでもいた。近所の住民30人が家を取り囲んで投石するので警官10人が警戒して家族を保護した。


昭和45年(1970年)5月12日【シージャック事件】
小学校時代から窃盗、家出を繰り返し、中等少年院に収容され(収容中逃走したこともあって2年間収容)たことがあり、44年4月に仮退院後すぐに空巣10件を敢行して不処分にされたことのある川藤展久(20歳)と、同じく小学校時代から窃盗を繰り返し(児童通告2回、検察官送致6回)、審判不開始2回保護観察1回、少年院送致1回に処され、44年3月、少年院を仮退院して保護観察に付されているA少年(19歳)および窃盗2回、道路交通法違反1回でいすれも不処分になったB少年(18歳)の3人が共謀して、45年5月10日午前2時ころ、福岡市内で普通乗用車1台を窃取し、川藤およびA少年は盗難車で走行中山口県下で警察官に発見されたことから、猟銃を突きつけたうえA少年がナイフで警察官を刺して重傷を負わせ、川藤は、山口県下で軽四輪自動車を盗み、それに乗り換えて逃走し、広島県で通行人を人質として警察官からけん銃、1丁実砲4発、広島市内の銃砲店からライフル銃など3丁、実砲380発をそれぞれ強奪し、5月12日午後4時58分ころ、広島港に停泊中の定期客船プリンス丸に侵入し、船員、乗客を脅迫、監禁して、これを乗っ取るなどの犯行を敢行した。


昭和46年(1971年)4月【保護観察中の少年による人質強盗事件】
窃盗事件で保護観察に付された少年(19歳)は、世の中がいやになり山ごもりをしようと考え、必要な資材を得る目的で美容院に強盗に入り、居合せた客を人質に肉切り庖丁をつきつけて、救護にきた警察官にライフル銃等を強要した。


昭和47年(1972年)2月【中学生の軍事基地に対する火炎びん投入】
中学校2年生(14歳)Fは、過激派による一連の火炎びん斗争に刺激され、日本の軍国化を阻止するためには何か事件を起こして世間の関心を高めなければならないと考え、自宅の石油ストーブから石油をぬきとり飲料水のビンにつめて呉潜水艦基地へ行き、火をつけて金網越しに投げ込んだ。


昭和47年(1972年)3月【小学3年生、赤軍派遊びの投石による傷害致死】
小学生6人位が、テレビにヒントを得て、「赤軍派遊び」と称し、2組にわかれて、灯油缶を並べこれをざんごう楯と見なして、石を投げ合っていたところ小学3年生(9歳)の右側頭部に石があたり、翌日学校で授業中急に状態が悪化し死亡した。


昭和54年(1979年)1月20日【友達との約束を反対され小学生自殺】
小学校3年生の男子児童(9歳)は、友達と釣りに行く約束をしていたが、母親から、子供たちだけで行くのは危険だから、家族と一緒に行くようたしなめられ、その直後子供部屋で首つり自殺した。


昭和54年(1979年)6月4日【高校生ら5人が交番襲撃】
広島県尾道市の交番で深夜3時過ぎ、私立高校生や無職など少年5人(16,17))が、飲酒してオートバイで襲撃した。棒を振り回して窓ガラスを割り、机をひっくり返すなど大騒ぎし、仮眠から起きてきた警官2人と格闘となって2週間の傷害を負わせた。警官隊百人が駆けつけて取り押さえられた。シンナー乱用、窃盗、無免許運転などで逮捕歴があり、「ポリ公になめられるな」と叫びながら襲ったもの。


昭和55年(1980年)1月30日【小6が父親を刺殺】
広島県広島市の自宅前の路上で、小学6年生(12)が父親(54)を刺殺した。酔って母親に乱暴し、外に連れだして髪をひっぱるなどの暴行を加えたため、みかねて台所から包丁を持ちだし胸部を一突きしたもの。日頃から酒癖が悪く母親に暴力をふるっていたことに反感を抱いていた。


昭和59年(1984年)12月10日【高3女子が受験ノイローゼで友人殺す】
広島県三原市で、高校3年生女子(18)が大学受験に悩んでノイローゼとなり、仲良しだった隣家の成績もスポーツもトップの中学生2年生女子(13)のピアノ練習が勉強の邪魔になったと恨みを持ち、裏山に誘い出し電気コードで絞殺した。


昭和63年(1988年)11月21日【いじめ苦に中学生、鉄塔から飛び降り自殺】
広島県でいじめ苦に中学生、鉄塔から飛び降り自殺。


平成3年(1991年)10月28日【18歳ら2人がいじめるカップルを復讐殺人】
広島県佐伯郡大野町の渡ノ瀬ダム近くで、自動車運転手(18)と大工(20)が、会社員(18)と恋人の少女(18)の2人を殺害した。このカップルに日頃から馬鹿にされ暴力を振るわれていたため、復讐を計画して誘い出し、模造刀や棒で殴ったり刺したりして男性を殺害、少女を絞殺して両手を縛ってコンクリートブロックをくくりつけ、ダムに投棄したもの。


平成6年(1994年)3月【高校生と担任教師との窃盗事件】
高校1年生(16歳)は、パチンコに負けた腹いせに、抵任教師と共謀のうえ、同店の出入口ガラス戸に煉瓦ブロックを投げつけて、ガラス戸1枚を損壊し、店内に侵入して設置されていたビデオカメラ1台(時価3万円相当)を窃取した。


平成6年(1994年)7月【暴走族グループ員らによる傷害致死事件】
有職少年5名(15歳、16歳2名、17歳、19歳)と定時制高校生(15歳)の6名は、バイクで走行中に邪魔をされたことに腹を立て、飲食店にいた被害者を探しだして店外に連れ出し、鉄パイプや木刀で頭等を殴り、外因性くも膜下出血で死亡させた。


平成7年(1995年)1月【高校生等12人によるひったくり等の窃盗事件】
高校1年生(16歳)等3人は、出勤途中の女性から税金75万円在中のバッグをひったくって窃取したほか、12人のグループでひったくり、出店荒し、自動車盗等41件、被害総額4,400万円相当の窃盗を敢行した。


平成7年(1995年)7月17日【高2が友人を殺人未遂】
広島広島市東区の路上で、高校2年生(17)が友人の高校一年生(16)をナイフで刺し重傷を負わせ殺人未遂で捕まった。ケンカとなって、背中などを刺したもの。


平成8年(1996年)5月【高校生等による殺人事件】
高校2年生(17歳)、有職少年(16歳、18歳)、成人(26歳)の4人は、知り合いの有職少年(17歳)の態度に立腹し共謀の上、同人を殺害することを企て、殴る、蹴るの暴行を加え、殺害した。


平成10年(1998年)6月【中学生の集団による暴力事件】
中学3年生(14歳、15歳)4人、中学2年生(13歳)3人の7人は、中学3年生(14歳)に、平素の態度が気にいらないなどと因縁をつけ、殴る、蹴るの暴行を加え、鼻骨骨折等の傷害を負わせた。


平成10年(1998年)10月【高校生による校内での傷害事件】
高校1年生(16歳)は、日頃から仲の悪い同級生(16歳)と些細なことで喧嘩になり、胸ぐらを掴まれたことに立腹し、所携の力ミソリで顔面を切りつけ、左下顎部切創の傷害を負わせた。


平成12年(2000年)4月28日【〔高2が「人肉を食べたくて」教師を殺人未遂】
広島県広島市の県立高校で、定時制2年生(16歳)が、教師(30歳)から授業態度を注意されたことに逆上して、殺害しようと出刃包丁で腕を突き刺し、他の教諭に取り押さえられた。「人の肉を食べたくて、機会をうかがっていた」と自供。精神鑑定にかけられたが責任能力ありとなり、少年院に収容された。

性根の入っとらん広島市職員の飲酒運転に松井市長が衝撃を受ける

広島市水道局の50代の男性職員が、9月18日に広島市南区の市道で酒を飲んで車を運転した疑いで警察に検挙され、松井市長は9月20日の議会で陳謝したという。広島市・松井市長は市議会で「全市をあげて飲酒運転の根絶に取り組んでいる中で、このような事件を起こしたことについて私自身大きな衝撃を受けています。市民の皆様・議員各位に深くお詫び申し上げます」と陳謝した。酒気帯び運転の疑いで検挙されたのは、広島市水道局に勤める50代の男性職員。警察によると、この男性職員は、9月18日午前0時半ごろ、広島市南区段原山崎の市道を酒を飲んだ状態で車を運転した疑いが持たれている。パトロール中の警察官に止められ、呼気検査で基準値を超えるアルコールが検出された。広島市では、全職員を対象に飲酒習慣などに関する個別面談を行ったばかりで、この男性職員も面談を受けていたという。(TSS)

雇用した外国人実習生を殴る蹴るを繰り返す広島県民

広島県内で外国人技能実習生に対する低賃金雇用や暴力行為などの不正が後を絶たないという。実習生の支援団体は「行政は企業により強い態度で指導をしてほしい」と求めている。三原市の船舶部品製造会社で働く20歳代のベトナム人男性は8月中旬、取締役男性の暴力に耐え切れず、福山市の労働組合ユニオンたんぽぽに相談した。

男性は昨年1月に来日。理解のままならない日本語で指導を受けながら溶接を担当していたが、昨夏から「仕事が遅い」などと殴られたり蹴られたりするようになったという。「ベトナム人だけ殴られてつらかった」。足や腕にできたあざの写真も持参していた。

このケースはたんぽぽの指摘で、男性と会社経営者、企業への実習生紹介や指導を担う協同組合(福山市)が協議。会社側が「今後一切体罰を加えない」と誓約書を書き、男性は職場に戻った。

たんぽぽによると、今年に入り、約30人の実習生から相談が寄せられたという。複数の縫製会社で働く実習生7人は6月、残業代すら広島県の最低賃金(719円)を下回る時給350~400円しかないと訴えた。ほかに「毎日怒鳴られる」「外出が制限される」などの相談も目立つという。

スクラムユニオン・ひろしま(広島市)にも廿日市や海田町、呉市などから絶えずSOSが届いているという。

広島県内では、福山市の縫製、尾道市や三原市の造船関連の会社が多くの実習生を受け入れている。広島労働局が昨年実施した県内の実習生受け入れ事業所の抽出調査では、84.5%で労務管理上の法令違反があった。(中国)

江田島のカキ養殖加工会社で中国人が2人を殺害

スーパーマルショク五日市店従業員殺害事件(2000年)

2000年に広島市佐伯区のスーパーで、従業員の男性が殺害される事件があった。事件は、2000年9月3日の夜(日曜日)、広島市佐伯区五日市中央4丁目のスーパー「マルショク五日市店」で、従業員の新谷進さん(当時36)が胸や腹などをナイフで刺されて殺害され、店の手提げ金庫が奪われた。凶器のナイフは、およそ5キロ離れた太田川放水路の河口付近で見つかった。9月3日で事件発生から13年が経過したが、県警は、新たに業務をはじめた佐伯署に捜査本部を移し、引き続き35人体制で捜査にあたっているという。県警にはこれまでに160件あまりの情報が寄せられたが、容疑者の特定には至っていないという。(RCC)


従業員の新谷進さんが、スーパーの北側商品搬入口で血を流して仰向けに倒れて死んでいるのを店の警備員が発見したのが午後11時40分頃(午後9時過ぎに発見されたとも言われている)。店は午後9時に閉店し、新谷さんが1人で残っていた。午後10時に店がセットする警報装置がセットされていなかったことから、午後9時から午後10時までの間に襲われた可能性が高い。

新谷さんが倒れていた場所から店の北側にある駐車場まで、約50メートルに渡って血痕が残されていた。捜査本部の調べでは、犯人は犯行後、店の北側にあった商品搬入通路から民家の塀を乗り越え逃走したという。

司法解剖の結果、首や顔など7ヶ所を刃物のようなもので切られていたという。新谷さんの左手には抵抗した際について傷もあった。遺体のそばには犯人のものと見られるサングラスが落ちていた。サングラスはべっ甲模様のふちでフランス製。新谷さんの眼鏡が無くなっていたことから、犯人が間違って持ち去った可能性もあるという。

新谷さんの免許証や携帯電話、乗用車の鍵、1階店舗内にあった数千万円と預金通帳の入った手提げ金庫が無くなっていたが、金庫のある1階事務所は鍵が掛かったままで、荒らされた形跡はなかったという。2階には飲食店もあったが、事件当日は休みだった。  

その後の調べで、奪われた手提げ金庫、新谷さんの眼鏡、免許証は現場から約5キロ離れた広島市西区の太田川放水路河口付近で見つかった。手提げ金庫は鍵が開けられており、中身は空だった。免許証は細かく切り刻まれていた。金庫の付近からは凶器と見られる血の付いたナイフが見つかった。ナイフは刃渡り10センチのがまかつ社製の釣り用ナイフ。

犯人らしい人物が現場で目撃されており、年齢30歳から50歳の男とみられる。小太りでほほがふっくらしていたという。身長が150センチから160センチと小柄で、広島県府中市で製造されている「ベトナムズボン」という紺色のズボンをはいていたと見られている。現場に残された足跡は25センチから25.5センチ。

マルショク五日市店 殺人事件

マルショク五日市店 殺人事件01

マルショク五日市店 殺人犯

廿日市市が固定資産税など課税ミス

9月4日、廿日市市が、共同住宅など37棟の土地の固定資産税と都市計画税に課税ミスがあり、最長40年にわたって過徴収していたという。記録の残る20年分について、利息を含む約3400万円を返還するという。市課税課によると、返還対象は途中で所有者が変わったため、個人39人と会社11社に上る。減額特例がある住宅用地の課税額を算定する際、計算方法を誤るなどした。1973年に住宅用地の減額特例が適用された際に算定ミスをしたという。課税台帳の残る94年度から昨年度までの過徴収額は計2462万5千円。個別では293万1800円が最大だった。利息を含む返還額は計3449万9700円。本年度分も支払い済みの場合は返金する。固定資産税額は国民健康保険税額の算定基準になっているため、国保税にも取りすぎが判明し、14世帯に35万6300円を返す。(中国)