広島県東部(福山市)の3小学校の給食にたばこの吸い殻が混入

2月27日、広島県福山市教育委員会は、同市立の3小学校に納入された給食食材の中に、たばこの吸い殻計数本が混入していたと発表したという。いずれも調理前などに気づき、児童らが口にすることはなかった。市教委は同日、人為的に混入された可能性があるとみて、県警福山東署に被害届を提出した。3校は同一業者から食材を調達し自校で調理している。食材は同日朝に納入され、うち2校は調理前の点検で発見、1校は気づかずに調理したが、児童が給食の際に見つけたため食べずにすんだという。納入業者は登録制で、これまで異物が混入したことはないという。(毎日)

引野小学校では、コロッケを揚げて給食に出したところ、食べようとした男子児童がコロッケの中に入ったタバコの吸い殻に気付いたという。旭丘小と長浜小では調理前のコロッケの袋の中にタバコの吸い殻が数本入っているのを職員が見つけたという。(広テレ)

昔、会社でぜんざいを作る機会があった。部長の案だった。部長は入社間もない自分に、砂糖をまぜてうまく作れと指示した。忙しい仕事の合間だったため、電気を付けずに薄明かりのなかで、流し台で作業を始めた。煮えた小豆の入った鍋に、砂糖の入った缶らしきものを、逆さにして振った。缶から出てきたものは、タバコの吸い殻だった。あわてて吸い殻を取り払ったが、タバコの灰だけは取り除くのが困難だった。混ぜれば分からないだろうと思い、仕方なくそのまま部長と上司たちに出した。当然自分は口にしなかった。

光市母子殺人犯罪者の命は尊いと広島6区国民新党亀井静香代表

2月22日、国民新党の亀井静香代表は記者会見で、山口県光市で起きた母子殺害事件で元少年の死刑が確定することに関し、「どんな犯罪者の命であっても尊い命であることには変わりない。それを国家権力が奪うことは、私としては許し難い」と、反対する見解を示したという。亀井氏は「死刑廃止を推進する議員連盟」の会長である。(時事)

亀井氏が光市母子殺害事件の元少年大月(旧姓福田)孝行被告を擁護したということは、広島第6区の住民も元少年を擁護したことになる。この時点で広島第6区の住民は本村さんの敵である。そして本村さんを非難する住民となる。


【広島県第6区】
三原市(旧本郷町・大和町域を除く)、尾道市(5区に属さない区域)、府中市、三次市、庄原市、世羅郡、神石郡


永田町

光市母子殺害事件で死刑が確定した元少年を擁護した弁護団の罪

2月20日、山口県光市の母子殺害事件発生から13年経過し、5回の判決を経て、当時18歳1ヵ月だった大月(旧姓福田)孝行被告(30)の死刑が確定した。会見で印象的だったのは、「死刑について考え、悩んだ13年間だった」という言葉だった。事件直後は、家族を守れなかった自分を責め、自殺も考えたという。自殺をすることにより、世論を動かしたい気持ちの表れなのだろう。

本村さんは、広島大学工学部卒業後、新日本製鉄に入社。山口県光市の工場に勤務することになる。事件後、「全国犯罪被害者の会」の幹事として被害者の権利拡充に奔走した。犯罪被害者等基本法の制定、被害者参加制度の導入などを実現した。

この事件で問題視されなければならないのは、人権活動を盾にして、政治運動もどきとも取れる主張をして被害者遺族をもて遊んだ21人の弁護団と広島弁護士会の体たらくさである。

以前、大阪のテレビ番組で現在の橋下徹大阪市長が視聴者に対して「あの弁護団に対して許せないと思うなら一斉に弁護士会に対して懲戒請求をかけてもらいたい」と発言。その後、8000通もの懲戒請求が来た。これに対して4人の弁護団(全て広島の弁護士)は、業務妨害されたとして橋下氏を訴え、1審広島地裁は名誉毀損と不法行為の成立を認定し、橋下氏に対し、計800万円の賠償を命令。2審広島高裁は1審の判決を支持しながらも、不法行為だけを認定し、賠償額800万円を変更し360万円に減らして請求。後に(2011年7月15日)最高裁で賠償を命じた2審・広島高裁判決を破棄し、原告の請求を棄却、橋下氏の逆転勝訴が確定している。

橋下氏は、「弁護士ってこんなもんなのかな?」「21人の弁護団の中で、あの安田という弁護士は弁護士バッジを取らないといけないはず。光市の最高裁の弁論記述を日弁連の模擬裁判のリハーサルに出席しなかった。FAX1枚を最高裁に流して欠席した。それに関して広島担当の弁護士(広島弁護士会)は懲戒事由に当たらないと、棄却している」。さらに橋下氏は、「死体をよみがえらせるために姦淫したとか、子供に対してあやすために首にちょうちょ結びをやったとかを、堂々と21人の資格を持った大人が主張する、これは弁護士として許されるのか」と言及。

【被告】:大阪弁護士会に所属する弁護士でありタレントとしても活動(現大阪市長)

【原告】:いずれも広島弁護士会に所属する弁護士であり、いわゆる「光市母子殺害事件」の弁護人

本件刑事事件が係争中である平成19年5月27日に放送された「たかじんのそこまで言って委員会」と題する娯楽性の高いテレビトーク番組での発言が発端だった。

本番組が放送された日から平成20年1月21日までの間(約8ヵ月弱)に、広島弁護士会(弁護人4人分)に2501件の懲戒請求がされた。

広島弁護士会は懲戒請求があったことから、綱紀委員会に事案の調査をさせたが、懲戒委員会に事案の審査を求めないとする決議をし、原告である4人の弁護士を懲戒しない決定をした。

橋下氏の発言:「明らかに今回は、あの21人というか、あの安田っていう弁護士が中心となってそういう主張を組み立てたとしか考えられない」

判決文:本件発言は真実と認めることができる。

橋下氏の発言:「死体をよみがえらせるためにその姦淫したとかね、それから赤ちゃん、子ともに対してはあやすために首にちょうちょ結びをやったということを堂々と21人のその資格を持った大人が主張すること、これはねぇ、弁護士として許していいのか?」「ぜひね、全国の人ね、あの弁護団に対してもし許せないって思うんだったら、一斉に弁護士会に対して懲戒請求をかけてもらいたいんですよ」「懲戒請求を1万2万とか10万とか、この番組見てる人が、一斉に弁護士会に行って懲戒請求かけてくださったらですね、弁護士会のほうとしても処分ださないわけにはいかないですよ」

判決文:意見論評の域を逸脱するものではなく、原告ら(弁護団)に対する名誉毀損を構成するものではないが、本件呼びかけ行為は、弁護士懲戒制度の趣旨目的を逸脱し、多数の者による理由のない懲戒請求を集中させることにより、弁護団の弁護方針対する批判的風潮を助長するもので、原告らに不当な心身の負担を伴う反論準備等の対応を余儀なくさせたため、名誉毀損とは別個の不法行為を構成すると判断したが、本件刑事事件の経過や本件否認の主張の内容を踏まえ、本件否認の主張をすることは、弁護士としての職責に反する旨を詳細に主張していることは記録上明らかである。本件発言が、この主張に沿ったものであることからすると、被告としては、原告らの本件弁護活動が本件被告人に不利益な弁護活動として懲戒事由に該当すると考えていたとみるのが相当であって、原告らに対する懲戒請求に理由がないことを知りながら本件呼び掛け行為をしたとの原審の事実認定は経験則に反する。

判決文:被告が弁護士であることを考慮すると、その本質を十分に説明をしないまま、多数の視聴者が懲戒請求をすれば懲戒の目的が達せられる旨の発言をしたことは慎重な配慮を欠いた軽率な行為である。原告らにそれぞれ600件を超える多数の懲戒請求がされたことは、懲戒請求に対する反論準備等の負担を強いられるなどして精神的苦痛を受けたことは否定することはできない。しかしながら、本件呼びかけ行為は、懲戒請求そのものではなく、視聴者による懲戒請求を勧奨するものであって、娯楽性の高いテレビトーク番組における出演者同士のやり取りの中でされた表現行為の一環といえる。報道されている本件弁護活動の内容は問題であるという自己の考えや懲戒請求は広く何人にも認められる。本件番組の視聴者においても同様に本件弁護活動が許せないと思うのであれば、懲戒請求をしてもらいたいとして、視聴者自身の判断に元づく行動を促すものである。その態様も、視聴者の主体的な判断を妨げて懲戒請求をさせ、強引に懲戒処分を勝ち取るという運動を唱導するようなものとはいえない。原告らは本件刑事事件の弁護活動が、重要性を有することからすると、社会的な注目を浴び、その当否につき国民に様々な批判を受けることはやむを得ないものといえる。原告らについてそれぞれ600件を超える多数の懲戒請求がされたについては、多くの視聴者等が被告の発言に共感したといえる。

判決文:本件懲戒請求は、本件書式にあらかじめ記載されたほぼ同一の事実を懲戒事由とするもので、広島弁護士会綱紀委員会による事案の調査も一括して行われたというのであって、原告らも、これに一括して反論をすることが可能であったことや、本件懲戒請求については、広島弁護士会懲戒委員会における事案の審査は行われなかったことからすると、本件懲戒請求がされたことにより、原告らに反論準備等のために一定の負担が生じたことは否定することができないとしても、その弁護士業務に多大な支障が生じたとまでいうことはできない。

判決文:本件呼び掛け行為は、弁護士としての品位を失うべき非行に当たるとして、弁護士会における自律的処理の対象として検討されるのは格別、その態様、発言の趣旨、原告らの被った精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超えるとまではいい難く、これを不法行為法上、違法なものであるということはできない。

【本件判決の裁判官の補足意見ポイント】

・呼び掛け行為は表現の自由の範ちゅうであり、意見論評の自由の範囲内でもあり、懲戒請求そのものではない
・あくまで視聴者自身の判断に基づく行動を促すもの
・懲戒請求が広く何人にも認められるとされることを踏まえた発言
・多くの視聴者が被告の発言に共感した
・弁護士懲戒制度が地方自治制度として機能するためには、甘受することがやむを得ない
・個々の刑事事件についての弁護活動の当否に関しては、いかなる人がいかように批判しようとも自由である
・呼び掛けによって批判的風潮が助長されたとしても、弁護人としては耐えなければならない面もある
・弁護活動は本来批判にさらされることは避けられないもの
・本件は弁護士同士の論争としての性格も否めず、弁護士会の自治、自律の下での内部処理に委ねる側面もある
・本件呼び掛け行為の意味については、本件弁護活動について、被告人の母胎回帰等という弁解は、最高裁が退けたはずの殺意の否認に当たり、内容としても不自然なもので、情状に関する事実でもないのに、これをそのまま安易に弁解として採用して主張を組み立てるものであって、弁護士としての職責・使命に反する行為であり、懲戒事由に該当すると考える。


【元少年が知人に出した手紙の一部 】
無期はほぼキマリ、7年そこそこに地上に芽を出す。
犬がかわいい犬と出合った。そのまま「やっちゃった」罪でしょうか。
もう勝った。終始笑うは悪なのが今の世だ。私は環境のせいにして逃げるのだよ、アケチ君。
オレ自身、刑務所のげんじょーにきょうみあるし、速く出たくもない。キタナイ外へ出る時は、完全究極体で出たい。じゃないと二度目のぎせい者が出るかも。
(妻子を殺され陵辱され、死刑求める夫に対して)、ま、しゃーないですね今更。ありゃー調子付いてると僕もね、思うとりました。

【元少年の質問回答 】
赤ちゃんの遺体を押し入れの天袋に隠したのは、ドラえもんが何とかしてくれると思った。
赤ちゃんをあやそうと抱いたら、手が滑って頭から落ちた。
死んだあとで服を脱がしたのは、女性だったら恥ずかしくて反応するかと思って。
精子を女性の体内に入れたら、生き返ると本で読んだ。

【安田弁護士(死刑廃止派)らの意見、弁護団は21人で構成 】
遺体を強姦したのは、生き返らせるための魔術的儀式 。
強姦目的じゃなく、優しくしてもらいたいという甘えの気持ちで抱きついた。
(夕夏ちゃんを殺そうとしたのではなく)泣き止ますために首に蝶々結びしただけ。

【21人の弁護団】
安田好弘:第二東京港合同法律事務所
足立修一:(広島) 足立修一法律事務所
今枝仁:(広島 今枝仁法律事務所
新川登茂宣:(広島)新川法律事務所
本田兆司:(広島)桂・本田法律事務所
山田延廣:(広島)法律事務所八丁堀法律センター
田上剛:(広島)たのうえ法律事務所
井上明彦:(広島 )広島法律事務所
河井匡秀:(東京)河井匡秀法律事務所
湯山孝弘:(第一東京) 湯山法律事務所
新谷桂:(第二東京)リベルテ法律事務所
松井武:(第二東京) 港合同法律事務所
岩井信:(第二東京) 優理総合法律事務所
村上満宏:(愛知県)名古屋法律事務所
大濠総合法律事務所天神オフィス
大河内秀明:(横浜)横浜シルク法律事務所
小林修:(愛知県)小林修法律事務所
北潟谷仁:(札幌) 北潟谷法律事務所(北潟谷綜の父親)
舟木友比古:(仙台) 舟木法律事務所
中道武美:(大阪) 中道法律事務所
岡田基志:(福岡県) 岡田基志法律事務所

安田弁護士

今枝弁護士

光市母子殺害事件犯人弁護団


被災地がれきは広島に持ってこい

東日本大震災の被災地で処理しきれない「がれき」を巡り、全国の自治体で、いったん受け入れを表明しながら、住民の反対で交渉が難航するケースが相次いでいるという。野田首相は「全国で分かち合う広域処理が不可欠」として、自治体へ協力を呼びかける方針だが、がれきの放射能を懸念する住民の説得が大きな課題。「安全と言われた原発がこうなった。国の安全基準など信用できない」「何かあったら責任を取れるのか」。神奈川県の黒岩祐治知事が1月から3回開催した住民説明会。横須賀市にある県の最終処分場の周辺住民らに理解を求める知事に、会場の反対派から怒号が飛んだ。2011年12月に受け入れを表明して以来、がれきの安全性を強調してきたが、話はかみ合わないままだという。静岡県島田市は2011年12月、岩手県の山田、大槌両町からの受け入れを明らかにした。しかし、健康不安や特産の茶への風評被害を懸念する声も大きく、正式表明を延期。桜井勝郎市長は「市の責任でやる」と、安全性を確認する試験溶融を2月16、17日に実施する。東京都は2011年5月、石原慎太郎知事が受け入れを表明し、民間業者などが計約2400トンを搬入し、13年度までに岩手、宮城両県の約50万トンを処理する計画。山形県は計4万8520トンを処理した。環境省は、がれき焼却灰を埋めた処分場の横で生活しても、住民が受ける放射線量は年0・01ミリ・シーベルト(一般公衆の年間線量限度の100分の1)以下と強調したパンフレットを作成。同省幹部は「客観的データを示して納得してもらうしかない」と話しているという。 (読売)

この被災地がれき処理について広島の態度ははっきりしていないが、広島は早急に被災地がれきを受け入れるべきだ。いつも人の批判ばかりする広島県民が全国から評価されるにはこれしかない。がれきを埋める場所は、まず旧市民球場跡地だ。あの3月11日の忌まわしい悲惨な遺物を広島市の中心地に、地中深く埋葬するのだ。これで平和大通りを挟んで北側に放射性物質を含んだ被災地がれき、南側には放射能に汚染されていた原爆ドーム、元安川の底には放射能汚染された瓦、最高のシチュエーションだ。これを広島が実行すれば永代に渡り、語り尽くされるだろう。旧市民球場跡地に何ができるか分からないが、地中にがれきが埋葬されていたとしても、放射能慣れしているから、嫌がる広島市民はいないはずだ。そして記念碑をつくろう。あとは山へ運ぶのだ。 広島には意外と土地が余っている。広島の観光名所は原爆ドームと宮島だが、いずれも広島市内にしかない。県東部や県北部には観光名所がない。温泉もほとんどない。何もないのだ。繰り返すが、広島県民は放射能に慣れており、違和感があまりない。これをビビッて拒否しているようでは、軟弱広島と烙印を押されてしまう。

広島では、人の嫌がることを引き受けたとき、周囲の人は「あの人が世話しちゃったんよ。ようやっちゃったねぇ(ようやりんさった)」と言う。広島はくだらない反核・反原発運動はもういいから、今、本物の世話をする時が来たと認識すべきだ。

旧広島市民球場

ホテル八丁堀シャンテ閉館とアーバンコーポレイション

2011年12月に閉館した広島市中区上八丁堀のホテル八丁堀シャンテの跡地で、三菱地所グループの三菱地所レジデンスが分譲マンションの開発を計画しているという。三菱地所によると、子会社の三菱地所レジデンスが1月末にシャンテの約2200平方メートルの土地と10階建ての建物を、管理会社から購入。建物は老朽化しているため取り壊すという。現在、分譲マンションの規模や完成時期、商業テナント導入の可能性を検討しているという。シャンテは1978年に広島県市町村職員共済組合が開業し、客室66室やレストランなどを備えていた。シャンテは経営破綻した旧アーバンコーポレイションが2007年に土地、建物を買い取り、09年に管理会社に引き継がれていた。土地、建物を借りていたホテルの運営会社が昨年12月、建物の老朽化などを理由にシャンテを閉館した。(中国新聞)


【アーバンコーポレイションとは】

2008年8月13日、アーバンコーポレイションは東京地裁に民事再生法の適用を申請した。負債総額は2558億円。債権者となる金融機関は地銀を中心に約100社あった。破綻の要因は、2007年後半から不動産市場に変調の兆しが現れ、2008年になって、市場が一段と低迷。3月以降、金融機関からの融資が困難になり急速に悪化した。開発した不動産の売却も困難になり、外資系ファンドによる資金調達も困難になっていた。決算書に関しても、監査法人から「意見不表明」の烙印を押された。アーバンコーポレイションは反社会的勢力との関係があったとまで言われた。

金融庁は暴力団との資金源を断つために、反社会的勢力との関係がある会社には融資をストップするよう指導した。房園元社長は反社会的勢力との関係を否定したが、銀行の姿勢は融資不可だった。証券市場は反社会的勢力の締め出しに業界全体で取り組んできた。東京証券取引所は警察とともに暴力団についての情報交換を活発に行い、連携を図ってきた。(2007年、山口組傘下の梁山泊グループによる金融証券取引法違反が有名である)

アーバンコーポレイションから最初に融資の引き上げを行ったのがみずほ銀行だ。倒産は融資資金の引き上げによる資金繰りで破綻したようなものだった。

アーバンコーポレイションの創業者である房薗博行は1962年10月、鹿児島県南さつま市で出生。2007年に中国新聞の「わが夢」で語った内容によると、大学は広島県呉市にある近畿大学。在学中に人材派遣の仕事を思いつき、大学生を派遣した。儲かった金で呉市と広島市でクラブと天ぷら屋、雑貨屋を開いたがすべて失敗。2000万円の借金を抱えたが、パン屋だけは残して最後の食い扶ちとした。窮地にたたされた房園をみかねて助け舟を出したのがクラブの常連だった大京(分譲マンション業者)の広島支店長だった。

アーバンコーポレイション広告
大学を卒業した房園は大京に入社し5年間在籍、5年目で大京で史上最年少の課長とった。房園はサラリーマンで人生を終えるつもりはなく、会社の同僚4人で独立し、1990年5月に広島市でアーバンコーポレイションを設立。社長に就任した。当初は自己資金がない会社であったため、マンションの販売代理から始めた。1996年9月、当時、史上2番目のスピードで株式店頭登録を果たす。これで資金調達が可能になり、不動産再生ビジネスに乗り出した。

「なぜ売れたか。それはまず、働く時間です。朝七時から深夜二時まで、年に十日も休まなかった。苦労して頑張ったというより、仕事が面白かった。支店長の期待にも応えたかった。営業手法では、買う動機付け、いかにネックを見つけて解消するか、です。例えば収入が足りない夫婦の場合、専業主婦の奥さんに一日三時間、楽に働ける割の良いアルバイトを紹介する。これでネックを一つ解消できる。この積み重ねです。課長になってからは団結を心掛けました。五人のスタッフと三度の食事を共にし、退社後も誰かの家で仕事を続け、しばしば泊まり込みました。チームで仕事をするうちに独立への思いが強まった。限られた自社物件では顧客の要望に応えきれない、との思いも強まりました。同僚ら四人で会社を辞め、九〇年五月に設立したのが今の会社です。資産はないが負債もない、と前向きに考えた。ただ、当時は二十七歳と若く、会社を設立したばかり。実績も信用もない。頭を下げて回っても、販売を任せてもらえない。経営を安定させようと、パン店を運営した時期もあります。朝から晩まで不動産の仕事をして、夜からパンを作って朝、店に並べる、といった毎日でした。」(房園元社長)

房園元社長が社員時代に上司と団地を飛込み訪問中、「房園、疲れただろうから休憩だ。ちょっと1時間ほど休んどれ」と言って、上司が一人で団地訪問を続けた。上司が1時間ほど経って車に戻ると房園が見当たらない。しばらくすると房園が歩いて車に戻ってきた。上司は「どこへ行ってたんだ?房園!」と怒るが房園は「1本上げて(分譲マンションの申し込みを1件取って)きました」と報告したそうだ。

1997年、広島グランドホテルの跡地を取得し、2004年3月に「アーバンビューグランドタワー」を完成させる。(地上43階、高さ166メートル、中四国で最高層の複合マンション総事業費200億円)

房園元社長が大きな仕事ができたのは、広島銀行の橋口会長に認められたからだと言われている。ホテル跡地を取得した当時のアーバンコーポレイションの売上高は年間60億円程度だったが、広島銀行は57億円融資した。(当初、100億円の融資を希望したと言われている)

1998年、東京支店を開設。2000年12月、東証二部上場、2002年3月、東証一部に指定替え。東京圏では中古ビルを買収・改装して売却する不動産流動化事業を主軸とした。波に乗るアーバンであったが、落とし穴が待ち受けていた。

紀尾井町TBRビル
「アーバンビューグランドタワー」の共同事業体が共同都心住宅(東京・千代田区、2007年12月解散)であり、2008年3月にスルガコーポレーションが取得したビル(秀和紀尾井町TBRビル=解体された後、アーバンの特定目的会社に売却された)を巡って地上げを行った暴力団関係者や地上げ業者(光誉実業・大阪市東住吉区、朝治浩社長=宅見勝山口組若頭・当時と昵懇の関係)らが逮捕(非弁活動)されたが、このとき逮捕された人物に共同都心住宅の社長(風間勇二)がいた。


企業の信用情報を扱う関係者の間にアーバンの悪名が知れ渡ったのは東京中央区京橋の約1000坪の土地をめぐる地上げだった。この取引でアーバンは130億円もの利益を吸い上げ、2007年に東京建物に転売。2003年に200億円程度とみられていたこの土地は最終的には733億円になったという。


アーバンは東京進出のときに金融機関から橘田幸俊を紹介され相談役となったが、これが反社会的勢力と関係が深いものとみなされた。

資金繰りに窮したアーバンは、2008年7月、BNPを割当先として300億円のCBを発行。しかしこれには裏取引があり、BNPは関連会社を通じてアーバンの株を大量に空売りをかけられ(300億円はBNPに全額返還されていた)、アーバンは8月に民事再生法の適用を申請。BNPと「スワップ」と呼ばれるデリバティブ取引を結んでいたことを初めて開示した。アーバンは外資にしてやられ、終焉を迎えたのだった。