庄原市が誘致した「ジュオン」が国からの補助金を不正流用した疑いで市民団体に告訴される

庄原市が誘致した木材のリサイクル事業が破たんした問題で、事業を進めていた広島市安佐南区の環境機器会社「ジュオン」と、その子会社が国からの補助金を不正に受け取ったとして市民団体に告発された。「ジュオン」は今年4月、経営破たんしており事業は頓挫したままだという。告発したのは、庄原市が誘致したリサイクル事業者の真相を明らかにしようと結成された市民団体。事業には農水省から約4億6000万円の補助金が交付されていたが、告発文によると「ジュオン」とその経営者は、補助金を不正な方法で受け取ったうえ、相続税の支払いに流用するなど不正使用の疑いがもたれている。市民団体の名越代表は、「単に会社だけでなく、市が杜撰な計画で税金を無駄にするという形は許せない」としている。(広テレ)


ジュオン3

ジュオン

やっと議場に国旗と広島市旗を掲揚する決議案が可決される

広島市議会は6月30日の本会議で、議場に国旗と市旗を掲揚する議員提出の決議案を、保守系会派や公明党などの賛成多数で可決した。議会事務局によると、戦後、議場に国旗を掲げた記録はないという。議案を提出した保守系会派の山田春男市議は「国際社会で友好・平和を築くために、国家や国民が国旗と国歌に敬意を表することは当然だ」と説明した。別の保守系会派は「議論が不十分」、共産党は「侵略戦争の旗印として使われた」などとして反対した。掲揚の具体的な時期や場所について、議会事務局は「各会派の代表者間で話し合って決めてもらいたい」としている。(産経)


~日の丸で厄除け~
国旗

広島市旗

いじめの極致 広島少年院暴行「これを吸ったら死ねるぞ」2審も有罪

広島少年院(広島県東広島市)で収容中の少年に暴行を加えたとして、特別公務員暴行陵虐罪に問われた元首席専門官、向井義被告(49)の控訴審判決公判が6月30日、広島高裁で開かれ、竹田隆裁判長は懲役10月、執行猶予3年(求刑懲役1年6月)とした1審広島地裁判決を支持、弁護側の控訴を棄却した。地裁判決は一連の行為が指導目的だったと認める一方、「少年に強い精神的苦痛を与えた度を越した内容」と指摘。控訴審で弁護側は「少年に死の意味を理解させるための指導で、恐怖を与えることが目的ではなかった」などとして無罪を主張、検察側は控訴棄却を求めていた。1審判決によると、向井被告は平成17年9月、少年の首にシーツを巻き付け、自分で首を絞めるように言ったうえ、遺書を書くよう迫ったほか、ポリ袋の中で洗剤を混ぜ、少年の顔に近づけて「これを吸ったら死ねるぞ」と言うなどした。事件では、向井被告のほか元法務教官4人が同罪で起訴され、いずれも有罪判決が確定している。(産経)


【元首席専門官の有罪確定】
最高裁第3小法廷(大谷剛彦裁判長)は平成25年2月21日までに、広島少年院で平成17年、収容中の少年に暴行したとして特別公務員暴行陵虐罪に問われた元首席専門官向井義被告(51)=起訴休職中=の上告を棄却する決定をした。懲役10月、執行猶予3年の一、二審判決が確定する。2月19日付。被告側は無罪を主張したが、一審広島地裁は「矯正教育として許される範囲を逸脱している」と指摘。一方で「指導の行き過ぎと評価するのが妥当」との見方を示し、被告が矯正教育に長年携わり、実績を積んできた点を考慮して、刑の執行を猶予した。二審広島高裁も支持した。(産経)

車社会広島でアストラムライン延長計画見直し

広島市は6月28日、利用者の伸び悩みで厳しい経営が続いているアストラムラインの延伸計画について、見直す考えを明らかにしたとう。「アストラムライン延伸計画のあり方も含め、会社経営全般について検討を行う」(広島市道路交通局 高井局長)これは市議会建設委員会で広島市が明らかにしたもの。1999年に広島市が発表したアストラムラインの延伸計画では、第一期として2015年頃までに広域公園駅〜JR西広島駅までの6.2キロを延伸するというもの。しかし、利用客が目標の6万9千人を下回る5万人と低迷。さらに、借入金も昨年度末現在347億円に上り、今後、車両の更新などにおよそ200億円が必要。広島市ではアストラムラインの経営が市の財政に与える影響が大きくなると判断し、延伸計画を見直すことにした。(RCC)

アストラム

広島県内の中学生による教論への暴力が増加

校内暴力により逮捕や補導される中学生が広島県内で急増しているという。2011年は5月末現在で74人。昨年同期比の2.3倍に上り、前年比1.6倍に増えた昨年を大幅に上回るペースだ。原因では「教諭に対する暴力」が3倍近くになった。広島県警によると、5月末現在、校内暴力で逮捕、補導、任意送致の摘発をした中学生は74人。昨年同期は32人だった。内訳は教諭への暴力が最多で47人。広島市安佐北区の中学校では3月末、当時中学3年男子(15)が、男性教諭(31)に態度を注意されたことに立腹し、椅子を投げつけたり腹を蹴ったりして4日間のけがをさせ、傷害の疑いで逮捕されている。この傾向を受けて県警は、小中高校に派遣するスクールサポーターを4人から6人に増員する。主に県警OBが担当。学校から要請があると、週1回のペースで1年間、校内を巡回して生徒を指導したり、教諭に子どもの問題行動への対応策を助言したりする。本年度は既に過去最高の16校に派遣している。(中国新聞)

広島県内の中学生による校内暴力の摘発数(広島県警)
2007年:108人
2008年:104人
2009年:98人
2010年:160人
2011年:74人(5月末現在)

広島市民性と広島県民性の歴史探究(見てはいけない広島のタブー)

記事を集め始めて1年が経過した。動機は広島県内でも人権に熱心と言われる地域住民による嫌味と侮辱を見たからである。人権と言いながら男女を問わず、なぜ悪口が好きなのか、嫌味が好きなのか、意地が悪いのか、この陰湿な広島県民性はどこから来るのか。その傾向は広島市以外の地域で多いことも判明した。広島という地域性を考えたとき、その歴史を探求せずにはいられなくなった。

広島に関連する犯罪や事件記事を収集し、個人的な経験も合わせて広島特有の問題点を下記に1から4まで項目別に列記し、県民性との関連度(%)を探るべく、簡単にまとめてみた。「引用文」はネットに投稿されていた参考になりそうな生の声を抜粋した。適当に投稿しているだけだと想像もできるが、火のない所に煙は立たないということがあるから、この手の投稿は信ぴょう性があると判断した。1から4の合計を100%としているが、実際はこれらの問題が複雑に入り混じっているのだ。ただ、ここに書いた広島県民性も長い時の経過と世代交代により、薄らいでいくのだろう。

~広島県民性と広島市民性の違い~
広島県民性と広島市民性は必ずしも同じではない。これを分けて考える理由は広島市内の人間と、それ以外の人間が一同に会したときに、その人間性が如実に表れたからである(冒頭文参照)。まず全国どこでも当てはまる傾向として、都市部と田舎の違いだ。市街地は多様な人の出入りも多く、人と接する機会も多いため、潜在的なコミュニケーション能力があると考える。もっと分かりやすく言うと、一般的にまだ分別があり、相手の気持ちを察することが出来る傾向にある(と言っても全国レベルでみた場合については、調査が必要だろう)。犯罪は広島市内に多いが、これは別問題として考える。しかし、自分が出来なかったことを人のせいにする無頓着な広島市民を何人も知っているから、後述の問題点にも関係してくると思われる。対して田舎では、いつも決まった人間関係の中でしかモノを考えないため、見知らぬ者が入ってくるとヒソヒソ話のオンパレードだ。体内に異物が入ると排除しようとする作用が働くが、田舎ではこれと同じ現象が起こる。また、田舎という土地柄、その地域で踏ん張って頑張っているのだというつまらない虚栄心も見え隠れする。そしてあたかも自分がこの町を仕切っており、自分の存在なしでは成り立たない等というような錯覚がもたらす傲慢な態度である。自分には出来ないくせに人の事は平気で批判したり、人に喋らせておいて短絡的な内容で批判し、揚げ足をとることしか考えない。集まろうと呼びかけておきながら、集まっても何も話そうとしないし、集まっておきながら、忙しいのに呼び出すなと身勝手な文句を言い出すのも田舎人である。(イ.安佐北区は広島市の行政区に入っているが、ここは「広島市とは言えん」と言う人は割と多い。 ロ.広島市郊外の人間は、広島市中心部を中央『チュウオウ』と呼ぶ)

昔から広島市街地に長く生活している高齢者との会話から感じたことがあった。広島県内全体の話をしたときに、「あっちの方の人はのぅ」「それは、県北の話じゃろ?」「それは東部の話じゃろうが、福山市はどっちかと言うたら岡山じゃ」という言い方をして、それ以上話がはずむ事が少ない。明らかに自分たち(広島市民)とは全く関係のない地域のことの様に話す。つまり広島市民(特に市内4区)は、県北や県東部の人間と一緒にするな、という事なのだろう。

1.原爆投下(関連度15%)
全国的な視点からは、「広島はピカでやられたからだ」と吹聴する人も少なくないが、県北・県東部は原爆の影響はほとんどない。放射能を浴びて疎開していった人々の悲惨な光景を目にした影響もあったにせよ、直接的に県民性に影響しているとは思わない。原爆ビジネスが出来る土地は世界に2ヵ所しかないからこれを生かそうとする「プロ市民」と呼ばれるエセ平和活動利権団体が、広島市内の一部で特異な性格をもって周辺に影響を与えていることも考えられるが、これはむしろ平和行政の問題点として別に考える必要がある。だが、身近な例として、家の近くで何らかの団体を作って異様な行動を起こしていたとすると、たまったものではない。やがてその異様な空気に精神的に参ってしまい、正常で健全な精神が蝕まれていくだろう。そして、性格や感性までもが曲がってしまう可能性については否定できない。

2.教育問題(関連度15%)
日の丸・君が代国旗掲揚・国家斉唱に反対する教育者も多数いて問題視されていた。学校側が国旗を掲揚しようとすると、それを阻止する教員がいたのだ。また、運動会の競走も順位をつけることは差別だと騒ぎ、反対して阻止していた。韓国謝罪旅行というものが問題視されたことがあったが、教師によって実際に謝罪が強制されたのかはっきりしない。広島県内でも韓国旅行を実施した学校もあった。代表的な高校として県東部のS高校と県北のS高校である。韓国人を学校に受け入れていたこともあり、修学旅行に韓国へ行くというのが共通の発端だという。この問題は1980年代以降に顕著に表れており、県内でもこの反対運動に疑問視する人間も多かったが、これは県民性とは関連性は薄く、むしろ思想の問題だろう。

学校では普通に国旗掲揚・国家斉唱をやってきたのだが、この連中なら腹を割って話ができると思い、昔起こった国旗掲揚反対に関する事件のその後の経過を聞いてみたことがある。時がかなり経っているから気さくに答えてくれるだろうと思ったのだが、予想に反して誰もしゃべらない。皆沈黙し、周囲をうかがう様子が手に取るように分かる。なるほど、まだまだ根が深い問題として残っていると確信した時だった。もし誰かがしゃべると、後で「あいつがしゃべった」と告げ口され、その人間が連鎖的に非難されることを恐れているようだった。やや重苦しい空気が漂い、今まさに広島特有の陰湿タイムだと思った。誰がどんなアクションをしてくるか興味津々だった。そして、しばらく沈黙の後、やっと返ってきた言葉は「それ、誰がしゃべりよるんや?○○がしゃべりよるんじゃろ?」と嫌味っぽく女教師が言った。

注)広島では、予期せず自分のことを言われたときに、よく「○○が言いよるんじゃあ・・」と言う。自分のことを言われて罰が悪いときに、それをしゃべったであろう人間の責任になすりつけるやり方である。このように、会話を楽しむことをせず、まったく関係のない人間を引き合いに出して、その場の罰の悪さから逃れる手法をとるのだ。また、この女教師の言動から、学校内における教師や生徒に対しても、陰湿な態度をとっていると確信した。


(引用文①)
「ひな祭りの禁止=ひな壇が身分制度の表れ、女の子に過剰な日本的美意識を強制」
「節分豆まきの禁止=太平洋戦争、鬼畜米兵を思わせる。鬼にも人権がある」
「クリスマスの禁止=特定宗教を祝うのはおかしい」
「徒競走の禁止=1、2番は良いが後方の子供の心に痛み」
「リレーの禁止=選手になりたくてもなれない子供の痛みを考えて」
「すいか割りの禁止=「盲人差別に繋がる」
「ピノキオ=障害者への差別的イメージ」
「おおかみと七匹の子やぎ=オオカミのお腹に石を詰めるのはオオカミがかわいそう。みんな仲良くという教育目標に外れている」
「物持ちの子供=お前の親はブルジョアだ」・・と教師が批判

3.軍事都市広島と半島民が受けた強制労働(関連度30%)
半島民(韓国・北朝鮮、以下略して「半島民」という)の強制労働にも原因があると考える。終戦後、日本人とともに中国・半島民が広島に疎開してきた。その中には強制連行された者もいた。広島には在日が多いが、彼らは日本(広島)で強制連行による過酷な労働を強いられてきた。一般住民に比べ、低賃金で過酷な労働と見下されることで、人間の心は病み、荒んでいく。そして日本人(広島県人)に対して憎悪の目で見るようになり、その反動と影響で広島県人も「朱に交われば赤く染まる」の如く、心が荒んでいったと思われる。

昔、知人が言っていたが、半島人がケンカをして生かしたままトドメを刺すときどうするか。まず2人で抑えつけ、もう一人が割り箸を抑えつけられた人間の鼻の穴に突っ込み、下から手を思いっきり突き上げるのだそうだ。日本人にこんなことが出来るだろうか。しかし、このような事が繰り返されたため、怨念の如く凶暴化した人間が存在し、周囲に影響を与えていった可能性について否定はできない。

(引用文②)半島民は日本の植民地支配の中で、土地を奪われたために職を求め、多くの半島人が日本(広島)に来た。そして鉱山や軍事工場などで酷使された。

(引用文③)戦後日本に密入国し、強制連行されたと日本を非難、違法な賭博施設パチンコの営業で日ヤクザ家業、盗品販売などで暴れまわるのが、在日朝鮮人・在日韓国人の実態だ。彼らのどこが差別をされているのか。どこが貧しいのか。どこがかわいそうな人たちなのか。

(引用文④)日本中で朝鮮人や中国人が暴徒化して土地や建物を占拠した。自分の土地の焼け跡にバラックを建てて住んでいたら、棍棒や拳銃を持って大勢で押しかけて、「殺されたくなかったら他へ行け」と言った。特に原爆で地主や登記簿が無くなっていた広島は、その直後から県内や島根などからロープを持って押し寄せてきた。戦後になると、在日や復員兵がそれに加わった。

(引用文⑤)有史前は半島と列島は地繋がりの時期もあった。当然半島から列島への人類の移動もあっただろう。しかし、半島と列島の国民性は全く違うのは何故なのか?半島人は列島人に比し、性犯罪を好み、息を吐く様に嘘を垂れる。その理由は「嫌韓流4」に描かれている。半島は歴史上長い間、支那の華夷秩序、冊封体制に組み込まれ、支那に対し朝貢をしていた。そのため、ある年は3千人もの処女を差し出している。すると半島では女性が不足し、強姦、近親相姦が当たり前の様に行われて行く。当時は堕胎手術がなかったため、犯罪性を持った人のDNAが継承されて行く。その結果、今日の半島の国民性が出来たのではないかと推測されている。この仮説を見ると、古くは同じDNAだった人間が、片や宗主国の影響を受け、片や列島で鎖国の様な状態だった為に、大きく変化したと考えられる。

4.部落差別問題(関連度40%)
広島県民性を考えるときに、タブーとされている部落問題を避けて通ることはできない。本来は知ることのできない事が、インターネットの普及で簡単に知ることができるようになった。そして見てはならない画像もあちこちに氾濫している。豊臣秀吉がつくった士・農・工・商・エタ・ヒニンという身分制度によって、人間以下扱いされてきた身分の人々は、劣悪な仕事を強いられ、悲惨な環境で生活することになり、一定の集落で生活を余儀なくされた。その境遇は親から子へと代々受け継がれていく。虐げられた人間の心は、本能の如く末長く憎悪と化し、陰湿化する。思い悩んで周辺の地域住民対して攻撃的になり、攻撃された住民もまた思い悩む。そのような歴史を繰り返してきた環境で育つと、何かにつけて攻撃的になると思われる。(1993年度の総務庁による広島県の同和地区実態把握等調査によると、地区数:約400、世帯数:約10000、人口:約30000人であるが、広島は個々の地区の規模が小さく、世代交代により、今ではかなり消滅していると思われる。)

古くからある町や村は、過去の歴史を引きずるが、新しい町(新興住宅地・大規模マンション)ができれば、いろいろな地域から若い世代が集まり、良好な人間関係を保とうとするから、その土地特有の問題を引きずることはない。この部落という問題を断ち切りたいなら、離れた新しい街へ行くことが手っ取り早い。古くからある町では、若い世代がこの問題を意識したくなくても、その地域の問題をしゃべる人間が必ずいる。今はほとんど聞かなくなったが、この部落問題を盾にして、弾圧、脅迫、暴力をおこなう団体もあった。

ある人間が部落民であることを知る(知らされる)方法は2つある。概ね学校を舞台に問題になることが多い。1つは自分から話す場合だ。昔、中学か高校の入試で落ちた生徒がいた。その生徒の親が「うちが部落じゃけぇ落としたんだろ?」と言ったそうだ。もう1つは、誰かがしゃべる場合だ。「あんなの住んどる所は部落だけぇ」と教師が言い、それから学校内が大騒ぎになる。

学校生活のなかで部落同和問題は耳に入ってこなかったが、時が経過し、実は存在していたことを知らされる。昔、ある生徒が部落出身者だと口の軽い教師から言われたという。人間というものは、隠し黙ることが出来ない動物なのだろう。教員の中には某団体から「余計なことを言うな、黙っとれ!」と家まで電話が来たという。小学生の頃、道徳かHRの時間に悲しいモノクロ映画を何度か見せられた。タイトルはもう忘れたが、映像には貧乏な家庭生活の様子や、雨の日に食うに困って泣き叫ぶ子供の映像が、薄っすらと記憶にある。音声から推測して半島映画だったのだろう。中学の頃だったか、道徳(HR)の時間で「人を差別することを思うだけなら差別にならないのか」答えを出せと言うのだが、明確な答えは出せなかった。

(引用文⑥)同和が幅を利かせている県は旧藩時代に部落民が藩の手先となって百姓を弾圧して、 明治政府になってその腹いせで今度は百姓が部落民をボコボコにしていたとこが多い 。つまりお互いの憎悪が根底にあるから容易に差別はなくならない。 日本でも最も同和が幅を利かせている広島県の県北地方では 部落民は「革田」と呼ばれ旧藩時代は警察権力の犬だった。

(引用文⑦)同和地区じゃない人も同和地区出身を名のった。それは自分を守るためでもあった。

(引用文⑧)原爆スラムの解消にも同和対策事業を援用したのはかなり有名である。原爆スラムを同和地区に指定することにより、スラムを解消していった 。

(引用文⑨)中国や韓国の反日教育を見ていると、何も知らない子供に「悪逆非道な日本人」「差別する日本人」というイメージを植え付ける同和教育と同様の構造が見えてくる。被侵略・被差別を錦の御旗に日本を攻撃しタカリ続ける。大阪の生活保護受給者の異常な多さが示すタカリの精神、道路で二重駐車は当たり前といった遵法精神の低さなど、日本各地で半島・大陸系・外国系の住民が増えた自治体の多くでも見られる現象。東京や東京近郊でも半島系・大陸系住民の多い地区では異常にクレーム(実は単なる言いがかり)が多かったり、駅のトイレをトイレットペーパーで詰まらせたりする悪質ないたずらが多かったりする。

(引用文⑩)広島県の学校教育では、特定の外部団体や教職員組合が、学校の運営権を握り、人事介入や学習指導要領を大きく逸脱した授業が行われ、教育委員会もこれを知りながら長きにわたり放置していた。そして、知事・県議会議長・県教育長・部落解放同盟県連・広教組・広高教組・広同教・広高同教の八者による「合意文書」(昭和60年9月17日)ができた。「部落解放同盟」が教育に介入することになり、教育界はその介入により蹂躙される状況となっている。正しい考え方の校長や一般教師を、「部落解放同盟」や「教職員組合」が、何かにつけ「差別」という言葉を武器にして糾弾を繰り返し、多くの人が不本意な人事処遇を受け、職を失った。広島県における教育が異常な状況に至ったのは、誤った「人権・平等主義」で教育が歪められていることが最大の原因。義務と責任の欠けた人権至上主義は子供の増長を招き、当たり前の違いや区別を「差別」とする悪しき平等主義は、学力その他の正当な評価をも差別とし、その向上意欲をそぐことになる。学校間などのレベル差も差別につながるということから低いレベルに合わせることになり、著しい学力の低下につながった。悪しき平等主義では、何か他人に勝るものを認めてもらいたいという人間の本能的な欲求も満たさないため、子供は他人の弱点や気に入らないことを見つけて優位に立とうとする。このことがいじめの一因だと言われている。人権・平等を標榜しながらいじめを助長し、しかもしばしばそれを見逃しているというのが学校の姿。また「部落解放同盟」や「教職員組合」の進める人権教育や平和教育は、過去の価値観を否定し、偏向した歴史教育を行うなど学習指導要領から逸脱したものであり、自分ら独自の思想を子供達に押し付けるもの。これでは学校・社会生活に必要なモラル、国や地域を大切にする心はいっこうに芽吹くことはなく、子供たちは歪んだ心のまま成長していく。

※当ブログに頂いたご意見
題して、「広島市民の本名と出身地を疑え?」
広島県には、本来の日本領土に数千年も住み続けている日本人が、少ないのではないでしょうか? ヤクザ・所謂、暴力団関係者は、出身成分構成が、朝鮮半島系5割、同和部落系3割、引き揚げ者と言われる他所出身者2割(地元出身では無い遠方、離島、過疎、炭鉱廃坑による離散集落出身の過度の被害者意識過剰の極左出身者)と言う確固たる証明はされています。

広島の陰湿な女教育者の暴言と嫌がらせで生徒が自主退学

校長からの嫌がらせで高校を退学せざるを得なくなったとして、広島音楽高校(広島市西区)の元生徒の女性(16)が6月16日、同校を運営する学校法人と校長を相手取り、約500万円の損害賠償を求める訴訟を広島地裁に起こした。訴状によると、女性は昨年6月、校長から「むかつく」などの暴言を受けたほか、生徒会への立候補を認められなかったといい、その後、抑鬱状態と診断され、今年4月に自主退学したという。 校長は「適切な指導を行ってきたと思っている。大変残念だ」としている。(産経)


広島音楽高校

広島人に感謝という心は存在しない。そして闇の原因が続く被爆者利権と松井市長の対応

6月16日、広島市の松井一実市長は、広島市役所で被爆者と面会した際、被爆者援護に関し「黒い雨とか何とかで、わしは被爆じゃけえ医療費まけてくれとか、悪いことではないんですよ。でも死んだ人のこと考えたら簡単に言える話かな」と述べた。被爆者団体からは批判の声が上がっているという。この日、松井市長は被爆体験記を出した被爆者と面会。代表者が「爆心地から4キロも離れたところで被爆者というのは後ろめたいものがあった」と心境を語った。これを受けて市長は「一番ひどいのは原爆で死んだ人。残った人は死んだ人に比べたら助かっとる、と言うことをまず言わんのんですね。悲劇だ、悲劇だと(話す)」と述べた。

さらに松井市長は被爆者への援護施策に言及。「何か権利要求みたいに『くれ、くれ、くれ』じゃなくて『ありがとうございます』との気持ちを忘れんようにしてほしいが、忘れる人がちょっとおる」と続けた。その後、市長発言を聞いた広島県被団協の坪井直理事長は「被爆地の市長の言葉の重みを自覚できていない。もっと被爆体験を直接聞き、大いに反省と勉強をするべきだ」。もう一つの県被団協の金子一士理事長は「被爆者は国家補償を求めているのであり援護は施しではない。感謝の気持ちについて、市長から言われる筋合いではない」と憤る。
 
黒い雨1

黒い雨2


黒い雨3



広島爆心地1広島県「黒い雨」原爆被害者の会連絡協議会の牧野一見事務局長は「被爆者に感謝を強いるのは、原爆を落とした米国と戦争を起こした日本政府を免罪している。被爆地の市長として失格」と訴えた。中国新聞の取材に対し、松井市長は被爆者援護に関し「財源の話でいえば国民から税金をもらってやっている。国民の分かち合いの心でやっている。ありがたいと思うべきでしょ」と話した。一方、援護施策の拡大は従来通り国に求める考えを示した。


~松井市長発言内容~
被爆2世といわれても、親子関係でそんなに原爆の話をしとる人は多くないと思う。親は何も言わんですもんね。人生の終わりごろになって、これはちょっと言うとかないといかんかな、とぽろっと言う。原点は嫌だということ。その中で運動が起こったけど、本当に嫌な人は黙っとった。一番ひどいのは原爆で死んだ人。何も言えんのじゃけえ。残った人は死んだ人に比べたら助かっとる、と言うことをまず言わんのんですね。悲劇だ、悲劇だと。それはねえだろうと。黒い雨とか何とかでね、わしは被爆じゃけえ医療費まけてくれとかね、広げてとかね。悪いことじゃないんですよ。でも死んだ人のこと考えたら、そんなに簡単に言える話かなと思いますけどね。全体として許される中で、ちょっとずつ助けてもらうということはええことだと思うんです。みんなが納得しながら「やってやりましょう」というのをいただく、という感じじゃないと。なんか権利要求みたいに「くれ、くれ、くれ」じゃなくて「ありがとうございます」という気持ちを忘れんようにしてほしいが、忘れる人がちょっとおるんじゃないかと思う。そこが悔しいんですよね。感謝しないと。(中国新聞)

醜い「8・6 ヒロシマ大行動」反原発チンドン屋デモ行進

2011年6月5日、東京都内の内幸町交差点で行われた左翼による反原発デモへの直接抗議活動というのだが、その中に「8・6ヒロシマ大行動」の旗があった。しかし、なんと醜いデモ行進だ。まるで悪ふざけをしているチンドン屋のようだ。ここに参加している人間の資質を疑う。こんなものを許しておく限り、広島人も疑いの目で見られてしまう。

東京の街を汚すカスどもである。
本当に頭の悪そうなバカがそろったもんだ。

内幸町 反原発

ヒロシマ大行動05

ヒロシマ大行動04

ヒロヒマ大行動03

ヒロシマ大行動02

ヒロシマ大行動01



こいつらか?
http://dugong2008.dotera.net/08_8_3.html

広島市で児童虐待相談・通告件数が前年比1.5倍の過去最多

昨年度、広島市の児童相談所が受けた児童虐待の相談と通告の件数が過去、最も多かったという。広島市によると、2010年度にあった児童虐待の相談や通告は724件で、前の年に比べおよそ1.5倍に増加し、過去最多。内訳を見ると、相談や通告をした人は近隣の人や知人が最も多く、件数も前の年の倍近くになっている。虐待した人は実の母親が最も多く、父親がこれに続く。また、虐待を受けた子どもは小学生が最も多く、3歳から入学前の子どもと続いている。虐待の種類では身体的虐待が半数以上で、育児を放棄するネグレクト、心理的虐待、性的虐待の順となっている。相談や通告が過去最多になったことについて広島市の児童相談所では、「県内で児童虐待の事件が相次ぎ、広島市内でも虐待への関心が高まっているのが原因ではないか」と分析してる。(RCC)