巨人ファンが広島に行くとボコボコにされる?「とくダネ!」

旧広島市民球場が老朽化を理由に8月31日で閉鎖された。テレビでもこの件を取り上げており、朝の番組「とくダネ!」で「旧広島市民球場に幕」と題して放送していた。

最後のあたりで司会者の小倉氏が、面白いことを言っていた。

「広島の人は応援がものすごく激しいじゃないですか・・・。以前、大橋巨泉さんがね、11PMで野球は巨人、司会は巨泉って自分で言ってた。大橋巨泉事務所が車のワゴンに大橋巨泉事務所と書いていた。その車で広島に行ったことがあって・・・。そしたら車がボコボコにされた! という話を聞いたことがある。」

笠井アナが「また・・誤解を受けかねない発言をテレビでしますね・・(笑)」と、フォローを入れる。


こんな事は今なら問題であるが、当時の広島での話としては、妙に現実味があって失笑してしまった。


トクダネ2
旧広島市民球場に幕・・

トクダネ
車のワゴンに・・・


 

海上保安庁のヘリ墜落で5人死亡事故、組織内の隠蔽行為か

香川県多度津町・佐柳島(さなぎじま)沖の瀬戸内海で、第6管区海上保安本部広島航空基地(広島県)のヘリコプター「あきづる」が墜落し、5人が死亡した事故で、林敏博・6管本部長は21日記者会見し、デモンストレーション飛行の合間の事故だったと公表しなかったことについて、自身の判断だったと認めた。

「組織的隠ぺいとの疑義を持たれるのはやむを得ない。申し訳ない」と謝罪したが、自身の進退については、辞意を否定した。

林本部長によると、同本部は18日夜、事故状況の公表について幹部会議を開き、デモ飛行については、「事故現場と離れており、触れる必要はない」との意見で一致。幹部から改めて確認を受けたが、「それで結構です」と答えたという。翌19日午前、林本部長は記者会見をしたが、デモ飛行に触れず、同日夜になって総務課長が初めて公表した。

林本部長は21日、組織的隠ぺいの意図については一貫して否定したようだが、前原誠司国土交通相から広報態勢を批判され、「責任を痛感している。今後、事故の解明を進めていく」と話した。「職を辞す考えがないのか」という質問には、しばらく間をおいて「はい」と答えた。

また、あきづるの最後の交信時間を訂正するなど説明が二転三転したことについて、「情報公開の姿勢に問題があった。(広報について)部内の常識と世間の常識で違うものがあったのかもしれない。反省している」と述べた。

一方、国交省の航空事故調査官は21日、飛行計画や事前準備には問題はないとの見解を示した。ただ、送電線の両端の鉄塔の障害灯について、「フラッシュ光が見えたかどうかを検証する必要がある」と指摘した。事故原因解明には約1年かかるという。
 
第6管区海上保安本部は墜落事故とデモ飛行の因果関係を否定するが、民間会社のパイロットからは疑問視する声も出ているという。パトロール中のヘリは通常高度300~600メートルで飛行するが、「あきづる」は海面から50~105メートルの高さに張られた送電線に前脚部を引っかけ、海に落ちた。

国土交通省運輸安全委員会の航空事故調査官によると、通常速度のまま減速せずに送電線に接触したとみられる。送電線に気付かないまま接触した可能性がある。 墜落したのは2回目のデモ飛行の海域まで約17キロの地点だったことや廃船調査の場合は目視で確認できるまで降下することもあり、海保関係者は「デモ飛行に備えて低空飛行していたとは考えられない。廃船調査などのため高度を下げていたと見るのが自然」と話す。

こうした見方に対し、飛行経歴25年で瀬戸内海の飛行経験も豊富な民間会社のパイロットは「送電線の存在を失念していたとしか思えない」と指摘する。「墜落現場では、送電線の両端の鉄塔が島の木立に隠れて見えにくいが、島と島の間に送電線があるのはパイロットにとって常識。飛行ルートの最後にデモ飛行が入り、気が緩んだのでは」と話す。また、「本来業務ではない2回のデモ飛行の間の事実上の時間調整中とも言え、海保が公表を伏せたのは後ろめたさがあったからではないか」と推測する。(毎日新聞)


デモ飛行は事故の原因調査のため現地に出向いた国交省運輸安全委員会の調査官にも伏せられており、さらに第6管区海上保安本部長ら幹部が集まって、デモ飛行は公表しないと組織ぐるみで決めていたというから呆れたものだ。



佐柳島

佐柳島2
佐柳島付近

広島 海上保安

 

【広島県】増え続ける校内暴力と教師の指導力資質

広島県教委は8月12日、公立学校の児童、生徒が昨年度に起こした問題行動の調査結果(速報)を公表した。暴力行為は1402件に上り、前年度に比べ142件(11・3%)増え、3年連続の増加となった。特に小学校での発生件数が1・6倍となり、暴力行為の低年齢化が目立つ。

内訳は、小学校が61・6%増の244件、中学校は6・0%増の947件。これに対し、高校は211件と2・3%減少した。小学校では、児童同士の暴力が151件と最多。器物破損49件、教員への暴力36件、学校外の人への暴力8件と続く。病院での治療が必要となるけがを負わせたケースが64件もあった。

県教委指導3課は「特定の学校で、特定の子どもが暴力行為を繰り返すケースが見られた。担任の教諭だけに指導を任せるのではなく、学校内の教員で情報を共有し、組織的な対応が必要だ」としている。

一方、いじめの認知件数は446件(22・8%減)。3年連続減少し、現在の集計方法を採用した2006年度以降で最少となった。国・公・私立の小中学校の不登校児童・生徒数も3・7%減の2998人。最も多かった02年度(3803人)以降で最少を更新した。

 校内暴力件数
                     

                                             (中国新聞)

また、広島市立小中高校の2008年度の児童、生徒による暴力行為は計468件に上り、07年度比58・6%増だった。児童、生徒間の暴力が244件(83件増)で最も多く、次いで器物損壊111件(65件増)▽対教師暴力94件(23件増)▽そのほかの人への暴力19件(2件増)。

学年別では中学2年の168件が最多で、中学生が全体の約8割を占めた。器物損壊では、教室やトイレのドアを壊したり、窓を割ったりするケースが目立った。

市教委は昨年3月、国の指針に沿って「カーテンを破る」「掃除道具を壊す」を器物損壊事例に追加。同5月に開いた各校担当者の研修で報告の徹底を促しており、生徒指導課は「暴力行為件数の増加は報告を徹底させた影響もある」とみる。

一方で、同じ子どもが暴力行為を繰り返すケースも増えており、同課は「各学校に配置しているスクールカウンセラーを中心に、指導強化を図りたい」としている。
 また市教委は23日、昨年度の不登校児童生徒数は1221人(47人増)、いじめ認知件数は227件(46件減)との速報値も公表した。



校内暴力2

                                        (2009.7.24中国新聞)


古い記事であるが、文部科学省の2004年度の調査によると、子どもと人間関係を築けず授業が成り立たないなど、「指導力不足」と認定された公立の小中高校教員の総数は、568人となり、2003年度より85人増えたという。

文科省は「04年度以前に指導力不足とされ、研修を続けている教員が相当数いる上、教育委員会の認定が厳しくなったのが増えた原因としている。先生の話を聞く意識が薄れるなどの子どもの変化に、指導方法が追いつかない教員もいる」としている。

指導力不足の認定があったのは、人事権を持つ都道府県と政令指定都市の計60教委のうち長野県とさいたま市を除く58教委。指導力不足から、190人が教員を辞めたり、職員に転任。このうち、最終的な認定前に退職した教員が78人。認定後に依願退職した教員が99人、分限免職11人、懲戒免職1人、転任1人だった。

教委別で認定者が最も多かったのは、横浜市の27人、次いで千葉県と三重県25人、熊本県23人、広島県20人の順。

研修担当者側の見解は、「授業の腕を上げるのは比較的容易。それより、子どもとのコミュニケーション能力が欠けている教員が多く、対処が難しい」としているが、指導力不足とされた教員側は、「判定方法が不透明だ」、「不適切な言動が多く、学校運営に影響を与えた」、「虚偽の事実を並べられ、自分の意見は聞いてもらえなかった」等。


昔から悪さをするヤツはそれなりにいる。家庭内での教育も大事だが、教師は託されたからには卒業式の日には、しっかりとした人間として送り出せるようにすべきだろう。教師に言いたいのは、生徒たちを公平な目で見ているのだろうか?公平に対話しているのだろうか?見かけだけで、変な差別をしていないだろうか?ちょっとした差別的な言動でも、人間はよく覚えているものだし、それが本人の心に傷を付けた場合、反発するのだ。
そういえば、広島県内のある高校女教師は、生徒どころか父兄等に対しても陰湿であり、コミュニケーション能力をまったく持ち合わせておらず、いったい何様か?と思うほどであった。


【関連記事】
・全国の犯罪データ(H21強制わいせつ・強姦)と広島県の刑法犯犯罪状況(H22上半期)

全国の犯罪データ(H21強制わいせつ・強姦)と広島県の刑法犯犯罪状況(H22上半期)

広島県警によると、広島県内で今年上半期(1~6月)に起きた刑法犯罪の認知件数は1万3766件で、前年同期に比べ2・1%減と8年連続でマイナスと発表。

ピークだった2002年同期(2万8449件)から半減。県警は、03年にスタートした「減らそう犯罪」県民総ぐるみ運動が着実に浸透してきたとみているようだ。

刑法犯罪の内訳では、最も減少幅が大きかったのは「知能犯」で、前年同期比29・5%減の399件。放火などの「凶悪犯」(74件)が19・6%減と続いた。刑法犯の7割を占める「窃盗犯」(9718件)も0・9%減となった。
県警が防犯対策に力を入れる「身近な犯罪」では、ひったくり(60件)が64・7%減と大幅に減少した。一方で、自転車盗(3362件)が3・8%増え、増加傾向に歯止めがかからなかったとしている。
                                           
広島 刑法犯罪減少
                                             (中国新聞)




【全国の犯罪データ】
このデータは独自調査により、全国の犯罪状況をまとめたもので、数字の根拠は都道府県の警察署が公開している統計を元にしている。
この表では、人口の多い都市部ほど犯罪件数が多いことはすでに認識されているため、人口1万人あたりの犯罪率を算出して順位をつけた。
同時に「強制わいせつ・強姦」認知件数について調査し、刑法犯認知件数に対する強制わいせつ・強姦認知率の順位を付けてみた。

「推計」とした県については、対象とする項目がなく、風俗犯(賭博も含まれる)として公表していたため。
埼玉県の推計については、H22年上半期の数字から算出した。「-」とした県については、未公表だったため。

【平成21年 人口1万人に対する犯罪率ベスト5】

1位 大阪府
2位 愛知県
3位 福岡県
4位 京都府
5位 兵庫県

【平成21年 犯罪者1万人に対する強制わいせつ・強姦率ベスト5】

1位 長崎県
2位 山梨県
3位 宮崎県
4位 沖縄県
5位 広島県(鹿児島県)

広島県の数値は199件であるが、「公然わいせつ」件数を含めると305件になり、犯罪者1万人に対する強制わいせつ・強姦率で全国1位になるのだが、公然わいせつの数字について、各自治体警察がどの様に発表しているのか不明なので、参考程度にしてもらいたい。


広島県の犯罪データH21年

広島市消防局の消防士がプールで女子高生の胸を触る

広島市消防局の消防士がプールで女子高生の胸を触った疑いで任意で事情聴取を受けていることがわかった。消防士長は容疑を認めているという。県の迷惑防止条例違反の疑いで事情聴取を受けているのは、広島市消防局・中消防署の26歳の消防士長。

捜査関係者などによると、この消防士長は、今月7日の午後1時前、廿日市市のプールで16歳の女子高生の胸を触った疑いがもたれている。

関係者から相談があり、警察が任意で事情を聴いたところ、消防士長は容疑を認めたという。広島市消防局によると、消防士長はプールには1人で行っていた。広島市消防局では、「事実関係を確認したうえで厳正に対処する」とコメント。

広島市消防局
広島市消防局
消防士 胸

消防士 胸2


【関連記事】
・館内の廊下で女性の胸触る、元公民館長を逮捕(2008年)

三原市教育委員会に勤務していた男性職員が懲戒処分

三原市の男性職員が教育委員会に勤務していた際、施設の使用料など50万円あまりを市に納めず、個人的に保管していたとして懲戒処分を受けた。懲戒処分(停職1か月)を受けたのは、三原市教育委員会に勤務していた42歳の男性職員。この職員は去年4月から1年間、中央公民館などの維持管理業務に携わっていたが、施設の使用料金やコピーの使用代金など合わせて50万円あまりを個人的に保管していたという。また、毎月の清掃委託料や空調設備委託料など、およそ965万円を管理業者に支払っていないことも判明。三原市の五藤康之市長は「改めて事務執行の再点検とダブルチェック体制の強化を図り、市民の信頼回復に努めたい」とコメント。


三原市教育委員会1

三原市教育委員会 2
三原市教育委員会

核廃絶問題と広島市秋葉市長の対応

核廃絶を唱えることは、日本では一般的に良い事と認識されており、平和主義者として賛同を得やすい。
被爆者とその遺族たちの被害者としての心情については、日本国民が誰しも持っていることも事実。
しかし、現実的に核のない世界(世の中)は、可能なのか。核が無くなるまで、訴え続けるというが・・・

最近の動きでは、オバマ政権は4月、攻撃用に配備する核弾頭を1550以下に減らす新戦略兵器削減条約(新START)でロシアと合意したが、保管中の核弾頭は削減対象になっていない。

ヒラリー・クリントン米国務長官は5月3日、国連本部で開幕した核不拡散条約(NPT)再検討会議で、米国が保有する核弾頭数についての機密指定を解除、公表する方針を表明した。これを受けて国防総省は同日、前会計年度が終わる昨年9月末時点で、攻撃に使用できる5113発の核を保有していると発表したが、今回の数には、すでに退役し廃棄処分を待つ状態の弾頭は含まれていないという。


◆米国の保有核の推移と2010年世界の核戦力の状況


核1


核2


核拡散という状況のなかで、核保有大国である米国とロシアが率先して核を減らすことは良いのだが、問題は中国である。中国には現在240発の核があるとされているが、中国という国は核を廃棄するだろうか?

5月15日に開かれた日中外相会談で、岡田克也外相は「核保有5カ国の中で、中国だけが核兵器を増やしている」と指摘し、中国側に核兵器を削減するか、少なくとも現在の保有水準を維持するよう求めた。中国の楊潔チー(ヤン・チエチー、チー)外相は「国家安全保障上、必要最低限のレベルの保有にとどまる」と主張した。

仮に、中国が核保有数を200発にした場合、米国の心情としては1000発位は確保したいのではないか。
各国の核保有数を、いったいどのラインで均衡をとるのか。

万が一、遠い将来のある日、米国が「○年○月○日をもって核をすべて破棄するから、すべての核保有国もその日にあわせて核をすべて破棄せよ」という協議・交渉が成り立つのか。


日本政府の見解は、核抑止力を持っている米国と同盟を結んでいる現実を踏まえるとしている。


広島市はどうか。

◆秋葉広島市長は、核廃絶と平和の理想論ばかり。

◆核兵器廃絶だけを言っていれば国際的に広島として通じるという状況ではない。核兵器廃絶を本気で世界に対して言うのであれば、核の傘に頼る日米安保体制に対しても異議を申し立てなければならない。広島は核は語るけれども日米安保のことは口を閉ざす。(広島私立大学広島平和研究所 浅井基文所長)

 

反核



反核


核を廃絶するということは、0にすることである。遠い将来のある日、各国が核保有数を0と発表したとしても、その数字の信ぴょう性と裏付けはあるのだろうか。核保有国にとって核爆弾は、手放したくないシロモノ。多額の費用をかけて作った最先端科学の結集であり、最後の砦だから。


【関連記事】
・日本の原爆開発と広島原爆投下を振り返る。

日本の原爆開発と広島原爆投下を振り返る。

日本は、太平洋戦争末期に「原爆製造計画」を強力に推し進めていた。アメリカは、このことを深刻に受け止めていたという。

原爆9


連合艦隊司令長官の山本五十六は、「もっと画期的な兵器が必要だ」と考えており、「科学の力によって国防力を増強し、日本国軍の進展を期さなければならない」と。




原爆13


仁科博士は、ウランを濃縮すれば原子爆弾の製造は可能であると示唆し、東條英機総理は、「原子爆弾によって今次戦争の死命が制される」としている。




原爆19



科学者たちも、画期的な兵器を作ることが命題であったし、陸軍からは、一日も早く原爆を作ってほしいと要請があった。なんとか日本が勝たなければならないからと。





しかし、日本とアメリカでは、この原爆開発に取り組む姿勢が、天と地ほどの差があった。
研究スタッフは日本の20数名に対して、アメリカのマンハッタン計画では、12万5千人。
開発費は日本の300万円弱に対してアメリカは20億ドル。
致命的なのは、日本は資源がなく、ウランを手に入れることが難しかった。

当時の日本の研究者たちは、アメリカが原爆を作れると思っていなかったし、日本もできるとは思っていなかったようだ。

もし、日本が先に原爆を完成させていたならば、今の世の中はどう塗り替えられたのだろうか。現実には日本はウランを調達することが難しかったし、ウラン濃縮技術も確立できず、核開発競争はアメリカに大きく先を越されることになったのだから、このタラレバ妄想は考えるだけ無駄なのかもしれない。

原爆投下候補地は、広島、京都、新潟、小倉があったが、原爆投下の威力を調査するにあたり、広島は軍港都市で
あり、まだ空襲を受けておらず、街の大きさや山に囲まれた地形が、原爆の破壊力を探るのに適していた。

日本は、この原子爆弾による核攻撃を回避するチャンスはあったのだが、当時の日本軍としては突き付けられた降伏条件の要求を呑める状況ではなかった。無条件降伏などあり得なかった。



【広島原爆投下までの原爆(核)開発の主な動き 】

1934年東北帝国大学の彦坂教授が「原子物理学理論」を発表。原子核には巨大なエネルギーが存在し、それが兵器として利用される危険性について指摘。
1938年ドイツ人オットー・ハーンらによる原子核分裂の発見、ナチス・ドイツで実験開始。
1939年 ドイツで核分裂現象が発表される。
1941年4月日本陸軍航空本部は、理化学研究所に原子爆弾の開発を委託。
1941年5月 日本海軍は、京都帝国大学に原子爆弾の開発を依頼。
1941年10月「マンハッタン計画」が始まる。
1941年11月26日  アメリカから「ハルノート」を突き付けられる。
1941年12月8日真珠湾攻撃。
1942年12月 シカゴ大学で世界初の核分裂連鎖反応の制御に成功。日本海軍は、「核物理応用研究委員会」を発足させる。
1943年1月 仁科博士は原爆製造は可能であり、ウラン235を熱拡散法で濃縮するのが最良と示唆。
1944年3月 理化学研究所構内に熱拡散塔が完成、濃縮実験開始。六フッ化ウラン製造成功。アメリカテネシー州では、濃縮ウランの製造、ワシントン州ではプルトニウム生産炉を建設し運転を開始する。
1944年7月 サイパン陥落。
1944年11月  B29爆撃機が日本全土に空襲開始。
1945年2月 ヤルタ会談開催。
1945年3月 東京大空襲。
1945年3月25日 硫黄島の日本軍全滅。
1945年4月1日 アメリカ軍沖縄本島に上陸。
1945年4月7日 戦艦大和撃沈。
1945年4月  第1回標的委員会開催。(ワシントン) 日本では熱拡散塔消失。原爆開発研究は続行不可能となる。
1945年5月8日 ヤルタ協定によってドイツが無条件降伏。
1945年5月 第2回、第3回標的委員会開催。ドイツ潜水艦に搭載していた日本に届くはずのウランが、米軍により拿捕。ドイツの敗戦で入手不可能となる。日本は、わずかに残った濃縮ウランのサンプルをサイクロトロンを使って分離実験を試みるも失敗に終わる。
1945年6月  日本陸軍が原爆開発研究打ち切り。
1945年7月 日本海軍が原爆開発研究打ち切り。
1945年7月16日 ニューメキシコ州で、人類初の核爆発(原爆)実験「トリニティー」が行われる。
1945年7月26日 ポツダム会談の合意に基づいて、ポツダム宣言発表。日本の無条件降伏を要求するが、鈴木貫太郎首相は「黙殺する」と記者会見で発表。新聞紙面でも「笑止、対日降伏条件」、「断固武争完遂に遭進する」と書きたてる。
1945年8月6日 広島原爆投下


8月6日、田母神氏が再び広島で講演、被爆者からの講演依頼

8月6日が近づくと、毎年平和と核について議論される。

広島市の秋葉市長は、8月6日の原爆の日に読み上げる平和宣言の骨子を発表した。日本政府に対し、アメリカの核の傘からの離脱など、核兵器廃絶に向けて先頭に立つことを訴えると。

秋葉市長は今年の平和宣言で日本政府に対し、アメリカの核の傘から離脱し、核兵器を持たず・作らず・持ち込ませずの非核三原則を法制化することを要求するという。

現在、アメリカの核保有数は10000発を超えており、その核の傘に守られている日本。近隣諸国の核の脅威や日米安全保障条約の問題等、どのように解決させていくのか。

その裏で、この「反核運動」に対して、異常なほどの熱意を持つ勘違い人間もいるのだ。


昨年、田母神氏が広島で「ヒロシマの平和を疑う!」と題して講演を行った。さまざまなところから反対された様だが、それにしても言論封鎖はよくないだろう。8月6日に講演して気を害す人間がいるかもしれないが、やればいいんじゃないか?と思う人間もいる。

核保有の議論さえするな、というのは開かれた民主主義ではないな。今のところ広島は中国・北朝鮮じゃあないけーのぉ。


ここに、被爆者の会から田母神氏へ送ったといわれる公演依頼文があったので、転載してみた。


株式会社田母神事務所
磯尾様
        田母神先生へ 平成22年8月6日御来広願い

前略 突然の手紙をお送りして、失礼いたします。私は池中美平と申します。
私たちは今、広島において新たな被爆者団体である「平和と安全を求める被爆者たちの会」(仮称)という名の会を設立準備中です。この会を設立する根拠となったのは、昨年の8月6日における、日本会議広島が主催した「広島の平和を疑う」というリードのついた田母神先生の講演会でした。
市長をはじめ、様々な妨害活動のあった中で、公演を支持した被爆者や二世三世たちが集まったものです。
広島の既存「反核団体」を唱える「核廃絶」一本槍の行動に少なからぬ違和感を私たちは持っていました。
しかしこのような意見はメディアなどに現れることはなく、いわば、封じこ込められてきたのです。
昨年の田母神先生の講演会は、このような被爆者や二世三世たちが多くいることを衆知する良い機会となりました。ありがとうございました。
今の「反核運動」が、必ずしも大方の被爆者たちの意思を反映したものとは言えない現実を、もっと広くつたえなければいけないと思い、このような集まりを作る機運が出てきました・・・

                                         平成22年5月7日



◆2009年8月6日広島平和記念式典での秋葉広島市長と田母神氏粉砕を掲げた広島大行動。


2009 広島平和記念式典 



2009平和記念式典



2009 広島平和記念式典


◆被爆者に対するぼうとくであり、ケンカを売りに来た(谷口恭子事務局長)
◆核武装すべきだという意見も冷静に普通に話が出来なければおかしい(田母神氏)


2009 広島平和記念式典



2009 広島平和記念式典



2009 広島平和記念式典


◆被爆を二度と受けないような平和を構築することが大切ではないかという講演会をこの日にやることに意義がある(日本会議広島:中尾建三理事長)


2009 広島平和記念式典



2009 広島平和記念式典



原爆ドーム


◆8月6日は被爆者とその遺族にとっては特別な一日であり、本来は慰霊と鎮魂に尽すべき日。
◆徒党を組んで、もはや個人である田母神氏を糾弾しまくる人々。
◆個人の意思で冷静に田母神氏の講演に耳を傾ける人々。


広島反核運動6



広島反核運動13



広島反核運動14


◆黙祷の最中であってもシュプレヒコールが繰り広げられている。
◆原爆で両親を失ったという男性が黙祷を妨害したデモ隊に抗議!
◆大事な黙祷を邪魔するデモ隊。


広島反核運動11



広島反核運動10



広島反核運動9





広島反核運動15



広島反核運動12





広島県ロリコン教職員の懲戒処分発生率は全国平均の2倍

教え子の心に深い傷を残すわいせつ・セクハラ行為や体罰。勤務中の飲酒なども含めた懲戒処分の発生率は、都道府県平均の2倍を超える。学校の信頼を揺るがす事態といえよう。

広島県教育委員会は不祥事根絶のため外部委員による専門家会議を設け、昨年末に提言がまとまった。
主に3点を学校に求めている。規範意識を高めるための研修の改善と、教職員の変化に気付いて周囲が対応し、相談できる体制の拡充である。不祥事防止委員会の校内設置も盛りこんだ。

教師に高いモラルを求めるのは当然である。周囲が適切な対応をすれば防げたケースもあり、提言の指摘はうなずける。ただ、不祥事防止に絞った対策がどこまで効果を挙げるだろうか。「下ばかり向く研修になりはしないか」と危惧する校長もいるという。

子ども一人一人を大切にし、教職員間の意思疎通もうまくいっていれば不祥事は起きにくい。そんな原点に立ち返るにはどうすればいいかを、むしろ教育界全体で探るべきではなかろうか。
抜本的な対策を立てるには、不祥事が多発する背景に目を向ける必要があるだろう。そのためには、ここ10年余りで激変した広島の公教育の検証が欠かせない。

広島県教育委員会は1998年、学習指導要領や法令から外れた教育実態があるとして文部省(現文部科学省)から是正指導を受けた。それ以降、国とのつながりを深め、「是正から改革へ」をスローガンに改革路線をひた走ってきた。

学力面で成果を出し、保護者らの評価を高めた面はある。だが、教員たちからは気になる声も聞こえてくる。「忙しくて同僚とゆっくり話もできない」「上意下達でがんじがらめ」。人を育てる教職の世界から伸びやかさが失われているのではないか。

是正指導の大きな柱は校長権限の強化だった。職員会議はめっきり減り、あっても連絡の場になった。横並び傾向が強かった教員集団は、縦系列に組み替えられた。

教委による管理も強まった。現場は報告書類の作成に追われ、近年は保護者からのクレーム対応なども加わる。精神疾患などで休職する教員も増えた。多忙化と横のつながりの希薄化。その結果、同僚と心を通い合わすことが難しくなれば、不祥事の防止にも影響が出てこよう。

以前に比べ、研究授業などは格段に増えた。積極的な取り組みに見えるが、上から指示が下りて来ることが多い、との不満も耳にする。トップダウンそのものだった是正指導のやり方が、まだ教育現場に尾を引いているのだろうか。

改革には光と影がある。不祥事の多発を、一種のサインとして受け止めることもできよう。子どもを中心に据え、教職員が生き生きと動けるような学校をどう築いていくか。しばし足を止め、急ピッチで進めてきた改革路線の影に向き合う時だろう。

広島県教員懲戒処分

                                       2010年1月18日 中国新聞