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広島刑務所で受刑者が机を窓ガラスに投げつける

11月10日、広島刑務所は40代の男性受刑者を器物損壊の疑いで書類送検した。調べでは5月30日午後5時30分ごろ、同刑務所内の単独室で備え付けの机(縦約45センチ 横約60センチ 高さ約30センチ)を投げつけ、約50センチ四方の窓ガラス2枚(計約7千円相当)を割った疑い。男性は「いらだった気持ちを抑えきれなかった)と供述しているという。(中国)

広島刑務所で受刑者が首つり自殺

11月11日、広島市中区の広島刑務所で、40代の男性受刑者が首をつっているのが見つかり、その後、死亡が確認された。広島刑務所によると、11日午前6時半ごろ、40代の男性受刑者が、6人が共同で生活していた部屋のトイレの配管にタオルを巻きつけて首をつっているのを、トイレに入ろうとした別の受刑者が見つけた。受刑者は病院に搬送されたが、およそ1時間後に死亡が確認された。広島刑務所では30分以内に1回のペースで刑務官が巡回していて、この日、午前6時ごろに巡回した際には、布団で寝ていて特に変わった様子はなかったという。トイレはカギがかけられない仕組みで、発見した受刑者が扉を開けたところ、死亡した受刑者が支給されたタオルを使って首をつっていたということで、刑務所は自殺とみて、詳しいいきさつを調べている。広島刑務所では、平成11年と平成20年に、受刑者が自殺したケースがあったという。(NHK広島)

広島刑務所・首吊り自殺

広島刑務所の実態

広島刑務所は広島市のほぼ中心部に位置しており、刑務所が市街地にあることについて近隣の住民の思いは様々だという。広島刑務所に隣接する町内会の会長は、市街地にある刑務所そのものの存在に疑問を投げかけている。「刑務所は市街地の中になければならないのか。山間部でもいいのではないかという声が出ていた」(町内会会長)一方、正門前に住む町内会の区長は、刑務所は明治時代からあり、自分たちは後から住み着いたので仕方ないという。収容人員で見ると広島刑務所は東京・府中、大阪、名古屋、福岡に次いで国内第5の規模。福岡刑務所は郊外にあるが、残りの4つの刑務所はいずれも市街地にある。刑務所の移転について法務省では受け入れ先の住民の反対などもあり、容易でないという。

今回の脱走事件を受けて去年まで広島刑務所で服役していた2人の元受刑者によると、元受刑者たちは「刑務所内部の管理の実態が甘い」と証言している。「広刑は甘いんですよ。わたしらバカにしとった。なめとったもん」(去年5月に出所した元受刑者)。グラウンドでの運動時間の様子を「オヤジらは何を見よるかいうたらケンカを見よるんですよ。ケンカばっかりやから」と語る。「脱走とか夢にも思うてなかったんやないですか」(去年5月に出所した元受刑者)男性が「オヤジ」と呼ぶのは担当刑務官。再犯の受刑者ばかりの広島刑務所では刑務官と受刑者の間に信頼関係があるという。「オヤジ(刑務官)なんかはあれよ。慣れとるけえ、そんなにビシッと見てないでしょうね。もう信用しとるね。自分らも塀のところまで走って、本当は行っちゃいけんのですよ。塀1メートル以内は近づいちゃいけん。それでもダッシュして走って塀に両手ついたりしよったですよ。それでも大丈夫ですよ」(去年5月に出所した元受刑者)「ここなら逃げられるな思うたね」(去年9月に出所した元受刑者)この男性が広島刑務所を出所したのは去年9月。李受刑者が乗り越えた運動場横の塀のことを鮮明に覚えていた。「ここへ低いところがあろう。2.6メートル?ここなら越えられる。わしでも超えたろう思うたこと何べんでもある」(去年9月に出所した元受刑者)運動時間に監視役の刑務官が受刑者の身の上相談にのることも多かったという。「誰かがオヤジ(刑務官)に向けて相談しよるときには、こっちは見れんわな」(去年9月に出所した元受刑者)李受刑者はこうした刑務官の監視のすきをみて逃走したとみられている。広島刑務所では受刑者の監視体制に問題があったとみて、法務省の担当者による検証チームを設置して調査していく方針。(RCC)


広島刑務所
原爆で建物の大半が全焼した広島刑務所は戦後、建物のレイアウトも変わった

戦前の広島刑務所
戦前の広島刑務所


【広島刑務所 獄中被爆 強制連行中国人証言シリーズより】
トラックで加計署から10人以上の中国人を護送したという。行く先は三川町の裁判所。1945年(昭和20年)7月13日の殺人事件の直後、坪野収容所(山県郡加計町)の警備に派遣された元広島県警察警備隊員、中村誠(当時68)=安佐北区安佐町=の証言。中村らは中国人らの抵抗に備え、拳銃や日本刀で武装。収容所を包囲し始めて数日後、逮捕劇があった。加計署での調べが終わった7月下旬、10人以上の中国人を一件書類とともに広島市三川町の広島地裁検事局に送り届ける。中国人らは1台のトラックの荷台中央に座らされ、シートで覆われて厳重な警備を受けた。徐立伝(当時70)も「トラックの荷台で視界を遮断されて護送された」と記憶する。そして「間もない日、天井が高く、小さな窓のある独房で閃光をみた」と証言する。その日はまず警報が鳴って米の爆撃機が上空を旋回した。その後、別の爆撃機が急降下して何か落としたのを見た瞬間、せん光とごう音に失神した。気が付くと窓ガラスで顔をけが。監房の南側の防空ごうにいったん退避した。5、60人いたという。(1992/中国新聞)

広島刑務所から懲役23年の実刑判決を受けた中国人が脱走

1月11日午前、広島刑務所から殺人未遂などの罪で服役中の中国人の40歳の男が脱走し、警察は逮捕状を取って全国に指名手配し行方を捜査しているという。男は工事のため、刑務所の塀に組まれていた足場を使って脱走したと見られ、刑務所は、記者会見で管理態勢に問題があったことを認め、陳謝した。脱走したのは、殺人未遂などの罪で平成20年から広島刑務所に服役していた中国人の李国林容疑者(40)。刑務所によると、11日の午前11時頃、敷地内にある運動場で刑務官が点呼をしたところ、李容疑者の姿が見あたらなくなったという。その後、近くに住む人から、刑務所の塀の外に白い服を着た人が倒れていて、その後、東の方向に走っていったと連絡が寄せられた。また、刑務所の防犯カメラの映像にも、午前10時半頃に、塀を乗り越える男の姿が映っていたということで警察に通報した。警察は、李容疑者が運動場から足場に移動して逃走したと見て、逮捕状を取って、全国に指名手配し行方を捜査している。警察によると李容疑者は、身長1メートル73センチ、体重66キロくらいの中肉、頭は丸刈り、脱走した当時は、上下とも白っぽい下着のような姿だったという。刑務所による、李容疑者は、当時、約50人の受刑者と運動場で運動していて、複数の刑務官が監視していたが、点呼で確認するまで、いなくなったことには気づかなかったという。刑務所は、現在塀の工事中で高さ4メートル50センチの塀の内側と外側に、一部、工事用の足場が組まれている。また刑務所の塀の上には、触れると防犯ブザーが鳴る特殊な電線も張り巡らされていたが、工事のため、11日は作動しないようになっていたという。広島刑務所の近くの路上にいた工事現場の警備員は「上下とも白い服を着た男が、刑務所の塀の下に転がってきた後、すぐに立ち上がって、マンションとマンションの間に入って行くのが見えた。男が塀を越えて逃げ出した瞬間だったのではないか」と話していた。今回の脱走について広島刑務所の山崎秀幸総務部長は、午後4時半から記者会見し「誠に申し訳ありませんでした」と述べ、陳謝した。その上で、山崎総務部長は「結果として塀を乗り越えられてしまったことは問題があり、刑務所側に反省すべき点がある」と述べ、刑務所の管理態勢に問題があったことを認めた。

警察や刑務所によると、李容疑者は、11日の午前10時過ぎから刑務所の敷地内にある運動場で、亜Y区50人の受刑者といっしょに運動をしていたが、午前10時40分頃、職員が確認したところ、姿が見えなかったという。刑務所では当初、触れると防犯ブザーが鳴る特殊な電線が塀の上に張り巡らせてあったのにブザーが鳴らなかったため、李容疑者が敷地内に隠れている可能性が高いとみて、職員が刑務所の建物を捜索していたが、工事のために防犯ブザーは、作動しないようになっていた。その後、近くの住民から塀から男が逃げたという目撃情報が寄せられたため、行方がわからなくなってから、約45分後の午前11時25分になって、ようやく110番に通報したという。通報が遅れたことについて広島刑務所では「逃走したとは思わず、まず刑務所の中を捜索した。結果からすれば、もう少し早く警察に通報すれば、よかったと反省している」と話している。

広島刑務所から脱走した李国林容疑者は、中国人窃盗グループのリーダー格だった7年前の平成17年5月に、岡山市内で職務質問を受けた際に、警察官に向けてけん銃を発砲したなどとして、殺人未遂などの疑いで逮捕された。李容疑者は、この3日後にけがを治療するため警察の車で病院に行ったが、勾留先の警察署に戻ってきた際、車から降りるため手錠を外されたすきに警察の車を奪い逃走した。そしてパトカーや乗用車と衝突や接触事故を起こしながら、倉敷市まで約4キロほど逃げたが、警察に追い詰められ逃走の疑いで逮捕された。李容疑者は、殺人未遂や窃盗、逃走などあわせて10の罪に問われて、平成18年9月に懲役23年の実刑判決を受け、平成20年6月から広島刑務所で服役していた。(NHK広島)


李国林02
2008年撮影


李国林03




李国林01



李国林 似顔絵
 

【李容疑者は中国残留孤児不良グループ「怒羅権」のメンバー】
広島市中区の広島刑務所で、殺人未遂などの罪で服役中の李国林受刑者(40)=中国籍=が脱走し、警察庁が逃走容疑で特別手配した事件で、李容疑者が中国残留孤児2、3世を中心とした不良グループ「怒羅権(ドラゴン)」のメンバーだという。李容疑者をめぐっては、2年間で十数人の中国人が面会に訪れていたことも判明。広島県警は、逃走中の李容疑者が何らかの支援を受けている可能性も視野に入れて行方を追っている。広島刑務所によると、李容疑者は昼は印刷作業に従事し、夜は単独室で就寝。作業拒否などの軽い規律違反が数回あったという。捜査関係者によると、李容疑者は怒羅権のメンバーとみられ、16~17年に9都府県の郵便局やパチンコ店で現金計約6800万円を盗んだとされる日中混成の窃盗団のリーダー的な存在だったという。李容疑者は脱走時に所持金はなかったとみられるが、県警は広範な人脈があると考えられることから、支援者らと接触している可能性も視野に捜索を進めている。(産経)

広島刑務所でキレた受刑者が看守の首絞める

看守の首を絞め殺害しようとしたとして、広島刑務所は4月3日、殺人未遂と公務執行妨害の疑いで、受刑者の山崎明容疑者(22)を逮捕した。逮捕容疑は、昨年8月30日午前9時頃、入浴を終えて収容されていた単独室に戻る際、部屋の鍵を開けようとした男性看守の首を、背後からひも状の布で絞めて殺害しようとし、看守は首に軽傷を負った。 同刑務所によると、山崎容疑者はズボンに縫い付けられていたベルト代わりの布をはがし、数本を結んでひも状にしたものを凶器にしたという。(産経ニュース)

広島刑務所

広島刑務所2


【被告に懲役9年】
2012年6月15日、広島刑務所に服役中、刑務官の首を絞めて殺害しようとしたとして、殺人未遂などの罪に問われた男の裁判員裁判で、広島地方裁判所は懲役9年を言い渡した。判決によると、殺人などの罪で広島刑務所で服役していた山崎明被告は2010年8月、収容されている部屋の前で、男性刑務官の首を隠し持っていたひもで絞め、殺害しようとした。弁護側は犯行当時、山崎被告は何らかの理由で精神障害があり、心神喪失状態だったとして、無罪を主張していた。広島地裁の芦高源裁判長は「人格障害が犯行を促進する要因になったものの、幻覚や妄想などの精神病の症状が影響したものとはいえず完全責任能力があった」と認定。「刑務所内の処遇や長期間、服役することへの一方的な不満をはらすために犯行に及んでいて強く非難されるべき」と述べ、懲役9年を言い渡した。殺人などの罪で確定していた懲役16年の刑に加えられる。(RCC)