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アストラムラインの車両に落書き

車庫に止めてあったアストラムラインの車両が被害を受けたという。3月23日午前5時ごろ、アストラムラインの車庫に止めてあった2つの車両にスプレーとみられるもので落書きがされているのを職員が発見した。前日の運行を終えた午前1時前には異状はなかったという。アストラムラインは2008年にも落書き被害にあっており、その後、フェンスに忍び返しを取り付けるなどの対策をとっていた。広島高速交通は、夜間の警備体制の強化や防犯カメラの増設を行うとしていて警察では器物損壊の疑いで調べている。
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アストラムライン落書き1

車社会広島でアストラムライン延長計画見直し

広島市は6月28日、利用者の伸び悩みで厳しい経営が続いているアストラムラインの延伸計画について、見直す考えを明らかにしたとう。「アストラムライン延伸計画のあり方も含め、会社経営全般について検討を行う」(広島市道路交通局 高井局長)これは市議会建設委員会で広島市が明らかにしたもの。1999年に広島市が発表したアストラムラインの延伸計画では、第一期として2015年頃までに広域公園駅〜JR西広島駅までの6.2キロを延伸するというもの。しかし、利用客が目標の6万9千人を下回る5万人と低迷。さらに、借入金も昨年度末現在347億円に上り、今後、車両の更新などにおよそ200億円が必要。広島市ではアストラムラインの経営が市の財政に与える影響が大きくなると判断し、延伸計画を見直すことにした。(RCC)

アストラム

広島「アストラムライン」橋げた落下事故から20年

平成3年(1991年)に広島市の新交通システム「アストラムライン」の工事現場で、橋げたが落下した事故は3月14日、20年を迎えた。広島労働局はこの日、建設現場での死亡・重大事故防止を呼びかけようと、建設業者らを集めた大会を開き、職員らが広島市内などの建設現場でパトロールや注意喚起を行う予定だったが、東日本大震災のため中止となった。事故は広島市安佐南区上安で、平成3年3月14日午後に発生。高架橋建設現場で長さ約65メートル、重さ約60トンの鉄製の橋げたが約10メートル下の県道に落下。車11台が下敷きになり、ドライバーと作業員ら15人が死亡した。広島労働局によると、昨年は労災事故で31人が死亡。このうち7人が建設業の現場作業中だったという。(産経ニュース)


アストラムライン(新交通システム)は、渋滞の緩和と1994年のアジア大会の輸送手段として、建設が始められた。事故が起こった所は「夜の工事は安眠妨害」という住民の声があったため、昼間に突貫工事が、行われていた。


【当時の現場の状況】
現場を通りがかったフリーアルバイターのOさん(20)は、運転席から頭上に見えた橋げたが、グラッと動くのを見て、とっさにブレーキを踏んだ。近くにある自宅から母親のRさん(49)と、二人で銀行に向かう途中だった。その直後、大音響とともに落ちてきた橋げたの鉄筋が車を直撃。屋根がめり込み、運転席と助手席の間に覆いかぶさってきた。車内に閉じ込められた二人は約20分後に救出され病院へ搬送された。二人とも頭に軽い怪我をしただけで助かったという。Oさんは、屋根がめり込んできたとき、母の姿が見えなかったという。

現場近くの自宅にいたNさん(46)は、ガラガラという音に続いて起きた大きな地響きに驚いて、外に飛び出した。道路を一面に覆った巨大な橋げた。下敷きになった車は80センチほどに押しつぶされ、あちこちから白い煙が出ていた。ひしゃげた車の上に仰向けで倒れた男の人が、口からあわを出していた。

近くのコンビニエンスストア店長のNさんは、あと5秒早く、道路に出ていたら危ないところだったという。店の駐車場から配送に出ようとしていた。「橋げたは、ゆっくり裏返しになった後、一気にドンと落ちた」

現場近くで歯科医院を経営するHさんは、鋼材が、パラパラと崩れるのを見た。その直後、橋げた全体が大きく揺れ、ゆっくりと前の方からねじれるように落ちたという。

午後3時30分頃、大型クレーン車4台が現場に着いた。橋げたにワイヤロープをかけ、ゆっくりと持ち上げた。約30分程かかって、あずき色の乗用車が橋げたの下から引きずり出された。車体の屋根などは無残につぶれ、オイルやガソリンで車体は真っ黒。エンジンや、曲がったハンドルが突出していた。詰めかけた周りの人から「あーあ、あれじゃあ、生きとれんわい」と、ため息がもれた。(朝日)

アストラム落下2

アストラム落下

アストラムライン事故犠牲者

アストラムライン橋げた落下

アストラムライン事故 橋げた撤去