森友問題で順正学園の加計美也子理事長が講談社を提訴

大阪市の学校法人「森友学園」の問題に絡め、大学の学部新設に関して事実と異なる記事を「週刊現代」に掲載し、名誉を傷つけたとして、岡山市の学校法人・順正学園(加計美也子理事長)が3月24日、発行元の講談社に2000万円の損害賠償と謝罪広告の掲載を求める訴訟を東京地裁に起こした。

訴状によると、週刊現代は、3月25日・4月1日合併号に「森友学園スキャンダルはもっと広がる」と題し、学園が2013年4月、運営する吉備国際大(岡山県高梁市)の地域創成農学部を兵庫県南あわじ市に開設したことについて、「『タダ』で建物ごと手に入れた」などと記載した。しかし、建物の改修費の一部を学園が負担しているうえ土地は使用貸借で、記事は虚偽であり学園にも一切取材していないと主張しているという。週刊現代編集部は「訴状が届いておらずコメントできない」としている。(毎日)


加計美也子氏とは

加計グループ創立者である加計勉氏の長女。加計勉氏は、広島県安芸津町(現在の東広島市安芸津町)出身、広島文理科大学を卒業後、学校経営の夢を実現すべく、昭和30年に広島英数学館 を設立、昭和36年に加計学園を設立、以後、保育園・幼稚園から大学院まで各地に次々と関連校を設立。西日本最大クラスのスケールを誇る学園づくり を展開中。


離婚?

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加計美也子 離婚





加計勉

加計美也子

石原氏証人喚問で野党が「イエスかノーでお答えください」クイズか?

豊洲市場の移転問題をめぐって、都議会百条委員会で、石原慎太郎・元東京都知事(84)が証人喚問に応じた。石原氏はのっけから、脳梗塞の後遺症に悩まされているとか字を忘れたとか、でもワープロは打てるなどと、痴呆モード全開でボケ老人を演じた。さすがに作家だけあって、自分を有利に進めるための演出と想像力はすばらしい。

証人喚問では、副知事だった浜渦氏に一任していた、報告は受けていない、私がいろいろ立ち入って詮索できる立場でもないし、見識もない、などと、特に目新しい発言は無かった。

問題は、野党の質問の詰めの甘さだ。特に醜いのは、公明党の女性都議や、どこかの野党の男性都議が質問したとき、「イエスかノーでお答えください」と、まるでクイズでもしているようなシラケさを感じた。本来は、石原氏から少しでも新しい言葉を引き出さなければならない場だったはずだが、自民・野党は自己の立場ばかり話していて、「茶番」のようだった。

前日の浜渦氏の証人喚問では、一貫して自己の正当性を述べていたが、最後に「水面下なら話してやるよ・・・」とボヤいた映像がテレビで流れていた。結論は、現在の東京都議連中のレベルの低さが原因なのは間違いないと言える。

加計学園が第二の森友学園になるのか?加計一族とは?

今治市の土地16.8ヘクタール(36億円相当)を無償で買い取ることが出来た「加計学園」(岡山市)が、第二の森友学園問題ではないかと言われている。理由は、「加計学園」の加計孝太郎理事長・総長(広島出身)が、安倍首相の米国留学時代からの親友で、頻繁に食事やゴルフを楽しむ仲。そのため、土地取得に政治的な力が働いたのではないかという。

2011年11月19日には、加計学園創立50周年記念式典では理事長の友人である安倍晋三首相(当時は民主党政権)が元首相の名前で来賓のあいさつを行っている。2014年には、加計学園が運営する千葉科学大の10周年式典に安倍首相が来賓として出席。「どんな時も心の奥でつながっている友人、私と加計さんもまさに腹心の友だ」と祝辞を送った。これは森友学園とは比較にならないほどの親密さだ。そこで、加計学園と加計一族について少し書いてみたい。


今治市新都市(いこいの丘) 岡山理科大今治キャンパス建設予定地

今治市 加計学園2

今治市 加計学園 岡山理科大学




広島の加計一族とは

中国地方で“加計”という名前を聞けば、広島県の安芸太田町の“加計”を連想するが、一族の出自が広島県の加計町であることから「加計」の苗字を持つという。確かに加計家の祖先は、江戸時代に加計町で「加計隅屋鉄山」を経営していたと言われている。

最近では、その根拠として、加計高等学校のホームページで、加計学園と加計高等学校が包括連携協定を結んだと紹介されている。その中の紹介文では、「巨大な加計学園と小規模の加計高等学校が協定を結ぶ御縁」と題して、「岡山理科大学等を運営する『加計学園』創立者の祖先が旧加計町(現在の安芸太田町)の出身という縁で、町唯一の高等学校である『加計高等学校』と包括提携を結ぶことができました」としている。

さらに、「大きな魅力が2点ある」として、「加計高校からの入学者には、大変大きな『奨学金制度』があり、岡山理科大学の日本最先端の『好適環境水』を使った『トロサーモン』の養殖の事業化が安芸太田町で推進されている」としている。

余談だが、聞くところによると、加計一族は加計の大地主だという。その一族の名前は県内の他の市町村でも目にすることができる。例えば昭和33年前後に加計町長を務めた加計朋吉氏や、平成17年以降、北広島町議を務めた加計雅章氏がいるが、祖先との関係についてはっきりとしたことは分からない。

また、加計学園のホームページを見ると、加計孝太郎理事長・総長の他に、加計役副理事長、加計正弘理事がいる。血縁関係だろうか。疑問に思ったのだが、理事長・総長として「加計孝太郎」と「加計晃太郎」という2つの名前がある。この意味するところは何なんだろうか。



加計孝太郎理事長・総長

加計晃太郎理事長・総長



加計学園とは

加計孝太郎氏は広島県出身。現在は加計学園や広島英数学館、並木学院高校、岡山理科大学など、多くの学校法人を経営しているが、加計学園グループの創始者は父の加計勉氏となっている。

加計勉氏は大正12年3月27日(1923年)、広島県豊田郡三津町(現在の東広島市安芸津町)に生まれ、昭和30年4月13日に「広島英数学館」を設立したのが発祥だ。その後、昭和36年9月20日学校法人加計学園を設立、昭和39年4月 岡山理科大学開学、以降、学校経営規模を拡大している。

加計氏の開校の精神は、当時の広島は原爆の惨禍から立ち上がろうとした時代。廃墟と化した日本が、世界へ大きく羽ばたいていくためには若者の教育が何よりも急務であると広島個人立の大学予備校「広島英数学館」を設立、私学教育への第一歩を踏み出した。平成23年度の決算では、総資産825億円という規模だ。


広島県と今治市が国家戦略特区となった経緯

獣医師養成系大学については、現在、全国16大学930人の定員となっており、そのうち、西日本には国公立大学165人(17.7%)しか定員がない。さらに四国には1つも獣医学部がないという現状があった。また、四国各県において、食の安全確保や家畜伝染病の防疫対策を行う上で重要な役割を担うものとされ、立地的偏在や数量的格差が四国地域での獣医師不足の大きな要因となっている。そのような背景の中、2016年1月、安倍政権は広島県と一体で今治市を国家戦略特区に指定。さらに、同年11月の国家戦略特区諮問会議で、安倍首相が「広域的に獣医師を養成する大学の存在しない地域に限り、獣医学部の設置を可能とするための関係制度の改正を直ちに行う」とした。



広島県及び愛媛県今治市「国家戦略特区」目標
「しまなみ海道(西瀬戸自動車道)」で繋がる広島県と今治市において、多様な外国人材を積極的に受け入れるとともに、産・学・官の保有するビッグデータを最大限に活用し、観光・教育・創業などの多くの分野におけるイノベーションを創出する。




広島県 しまなみ 今治市



公募は適性だったのか

2017年1月、内閣府と文科省が獣医学部を新設する認可申請を受ける特例措置を告示、手を挙げたのは加計学園だけだったという。国は事業者を公募した、と説明しているが、すべての条件をクリアできる学校法人は事実上、以前から今治進出に積極姿勢だった「加計学園」しかなかったという。事業者の公募は、2017年1月4日に告示され、締め切りは2017年1月11日だった。他の学校法人が手を挙げられる余裕などないと言える。


今治市議会で土地無償譲渡可決

2017年3月3日、今治市議会は、用地(16.8ヘクタール)を学園に無償譲渡する議案と、校舎建設費192億円の半額にあたる96億円(県との合計限度額、うち市の上限64億円)の債務負担行為をする議案を賛成多数で可決した。今治新都市(いこいの丘)にある用地は今治市が約36億7400万円で市土地開発公社などから買い戻し、3月3日付で加計学園に無償譲渡した。市と学園が結んだ基本協定では、獣医学部が開設されないなどの不測の事態が起きれば土地所有権が市に戻ることが盛り込まれた。96億円の建設費補助については、「市の補助上限は64億円。残りは県の補助を得る」と説明している。

この日の議会で菅良二市長は「今治市にとって学園都市構想は40年来の宿願。にぎわいを創出し、若者の地元定着につながると確信している」と説明。胡井裕志・企画財政部長は大学の事業継続が不可能になった場合は譲渡を解除する条件であることを示し、「(医学部新設の)千葉県成田市の国際医療福祉大も事業費の半分を市が支援している」と理解を求めた。

委員会では議案が話し合われ、議員から「生活に苦しむ市民の理解が得られていない」など、無償譲渡に対する反対意見が出た。菅良二市長は「貸与なら、自然災害で補修が必要になれば市が負担しなくてはならない。覚悟を決めて譲渡した」と述べた。

これらの議案を審議した国家戦略特区特別委では松田澄子氏(共産)が「早急すぎる。市民が納得するか疑問がある」と異論を示したが賛成多数で可決。続く本会議で質疑、討論はなく、賛成多数で可決した。

ちなみに自治体が大学用地を無償貸与・譲渡した例では、国際医療福祉大や、立命館アジア太平洋大(大分県別府市)などがある。

森友学園との歴史背景の違い「当時から無償譲渡が条件だった」

学校法人森友学園(大阪市)への国有地払い下げ問題を受け、大学獣医学部を開設予定の学校法人加計学園(岡山市)に愛媛県今治市内の用地を無償譲渡する市計画が一部で疑問視されていることに対し、市は3月3日、市議会国家戦略特区特別委員会で「1975年の総合計画に学園都市構想を記した当時、自治体の大学誘致は無償譲渡が基本で、検討を長期間重ねて今に至る」と説明。歴史背景などの違いに触れた。

なぜ?何が?何のために?塩村都議が衆院選で民進党広島3区から出馬

つ、ついに塩村文夏都議(38)が、民進党の公認を得て広島3区から出馬するのだという。これは吉なのか凶なのか、善なのか悪なのか、前進なのか後退なのか。塩村都議は都議会を1期で離れ国政進出について「女性活躍や動物愛護について都政でやれることはやった。後は国での法改正が必要と思った」と述べたという。

また、広島県福山市出身の被爆2世という観点から「自民1強時代で全てが議論され尽くすことなく決まっている。広島県から平和施策について取り組みたい」と語った。小池知事の改革路線のさなかでの鞍替えについて「女性リーダーとして感銘を受けている。都において議会、行政改革が進んでいると実感したため国政に行ける」と述べたという。



民進党のホームページ 本当に公認されていた

塩村文夏 民進党広島3区



まさかの逆転はあるのか

塩村都議が国政に出ることへの賛否は別として、ここでは“まさかの逆転劇”について考えてみたい。大方の予想は惨敗だと思うが、しかし思い出すのは、現在の塩村都議と、やや境遇が似ている東国原氏(そのまんま東)が、2007年の第17回宮崎県知事選でトップ当選を果たしてしまったのだ。絶対に当選などあり得ないと言われていたのにだ。こーいう現象を一般的に何と言うのだろうか。

マスコミで目立っていた人が広島県内で立候補した例は、2005年の衆院選で広島6区の亀井静香氏に堀江貴文氏(ホリエモン)が挑んだ事がある。開票速報を見ていたが、途中まで接戦を演じていた。当時の報道では、堀江氏は尾道などの市街地で善戦し、無党派層などの票を獲得していったが、亀井氏は終盤でおひざ元である庄原で票を伸ばした。


2005年の衆院選 広島6区
亀井静香 110,979票(41.53%)国民 元建設相
堀江貴文 84,433票(31.60%)無所属 IT社長
佐藤公治 68,365票(25.58%)民主 党県代表


民進党(旧民主党)広島3区には、橋本博明元衆院議員がいたが、飲酒運転で辞職に追い込まれた。橋本元議員についての評判は分からないが、第47回衆院選では、第46回に比べて得票数を伸ばしている。塩村都議がこの橋本元議員を超える人気を持つ人物ならば当選の可能性があると思う。

気になるのが福山での父親の評判だ。たぶん、県外の人からみると、地元広島という事で、広島7区(福山市)も広島3区(安佐南区、安佐北区、北広島町、安芸太田町、安芸高田市)も同じ地元だと思われるかもしれないが、実はこの2つの地域は商圏も地域柄も違うし距離も100キロほど離れていて隣接していないから以外と遠いのだ。当然、この2つの地域を頻繁に往来する人は少ない。つまり、広島3区では塩村都議の親の噂など、選挙戦が始まったらどうでもいい状況になるだろう。

もし塩村都議が橋本元議員の流れを受け継ぎ、さらにマスコミでの認知度が加わると、自民党の河井氏と民進党の塩村氏の一騎打ちとなる。河井克行議員は自民推薦ということから得票数は安定しているが、地元での評判が思わしくないと囁かれている。こんなとき有権者は、”たまには違う人にでも投票してみよう”という心理に陥ることがある。いずれにしても今回の選挙は「パワハラ現職自民総理補佐官Vsセクハラやじ被害都議」という奇妙な対決となり、非常に興味深い選挙になりそうだ。




2017年 衆院選

※河井議員は03年と09年は比例中国ブロックに回って当選したためデータなし



衆院選 広島3区 自民Vs民主
 河井克行(自民)橋本博明(民主)塩村文夏(民進)
96年(第41回)65,928当選  
00年(第42回)65,805当選  
03年(第43回)比例中国ブロックで当選  
05年(第44回)94,017当選59,576  
09年(第45回)比例中国ブロックで当選133,994当選 
12年(第46回)87,993当選51,666  
14年(第47回)85,311当選66,549  
17年(第48回) 


民進党広島3区に推薦されている塩村都議の父親は地元福山では悪名高い?

週刊新潮によれば、民進党は今でも塩村都議を広島3区の支部長に推薦しているという。しかし、一部の反対者によってなかなか支部長になれないという。民進党関係者が言うには、

「塩村さんは、福山市の出身です。福山は広島7区ですが、彼女には知名度も発信力もある。森本真治県連代表(参院議員)も彼女を3区の支部長に推している。

ただ、候補者として彼女の名前が報じられたのは16年4月。なのに、未だ支部長に任命されていません。実を言うと、地元や同僚都議の一部から、父親の過去のことで反対意見が出ているからなんです。党本部も彼女にそれを伝えています。

事情を語るのは、地元の政界関係者。「数年前に亡くなった彼女の父親は、福山で産廃処理会社を経営していて、随意契約で市の汚土収集運搬を請け負っていました。ところが30年程前、共産党が年々汚土の運搬量が増え、市が父親の会社とだけ随意契約していることを議会で問題視したのです」

実際は、父親の会社は市の職員を脅し、仕事を取っていた。しかも建設残土を汚土と偽って運搬し、不法に支払いを受けていたという。

「彼は市長室で当時の市長や助役を怒鳴りつけ、引き続き自分の会社に委託するという念書を書かせたのです。1999年、強要罪で有罪が確定しました。また、共産党の市議は、福山市に損害を与えたとして、元市長ら市の幹部5名と、父親及び会社を相手に行政訴訟を起こし、10年程前に原告勝利が確定しています。元市長や父親らは、遅延損害金を含め、約2億円の損害賠償金の支払いを命じられています」

問題はまだある。「元市長は、自己破産し免責が決定。元助役とその相続人からも1億円以上回収した。しかし、塩村の父親及び会社については、07年の時点で行政執行したものの、回収できていません」

ある福山市議によれば、「塩村さんの父親は、こっちでは悪名高いですよ。彼女がテレビでゲラゲラ笑っていると、『何だこの人は』という気持ちになります」

彼女は16年に出版した著書の中で、父母は離婚、父親が事件を起こした、彼とは中学を卒業後ほとんど会っていない、といった事情を明かしている。

広島市議が政務調査費をだまし取った疑い

広島市議会の議員が事務員に給料を支払ったように領収書を偽造し、政務調査費、現在の政務活動費をだまし取った疑いがあるとして刑事告発されたことを受け、警察は1月14日から議員に任意で事情を聞き、詳しい経緯について調べている。

刑事告発されているのは広島市議会の自民党の会派に所属する熊本憲三議員(53)。熊本議員は事務員に給料を支払ったように領収書を偽造し、政務調査費、現在の政務活動費20万円をだまし取った疑いがあるとして、16年2月に告発された。

警察はこれまで関係者から話を聞くなどしてきたが、14日から熊本議員に任意で事情を聞き、詳しい経緯について調べている。熊本議員は「政務活動として依頼した仕事に対して支払ったもので不正は行っていない」と説明している。熊本議員は現在7期目で、平成25年6月からおよそ2年間、副議長を務めた。(NHK広島)



広島市議会 熊本議員

岸田外相が総理の座を狙う? Yahoo!の検索でとんでもない事に・・・

1月14日、岸田外相(広島1区)は、安倍首相の次の首相を目指すため、自民党の総裁選挙に出馬する意欲を示したという。岸田外相は「安倍総理の時代もいつか終わりが来るのは当然のことですが、安倍時代の後に何ができるのか、こういったことも考えてみたい」と述べた。また、岸田外相は「存在感、知名度をしっかり上げることを今年の目標に掲げている。その結果、より大きな仕事ができる政治家になりたい」と強調した。自民党内からは、来年9月の次の総裁選への出馬を求める声も出ているという。今回、将来的な出馬に意欲を示した岸田外相だが、「今後どんな政局が起こるか分からないので、申し上げるのは控えるべきだ」と述べ、次の総裁選に出馬するかどうかは明言を避けた。(NNN)



ネットユーザーは何も期待していない?

この報道を受けて、ネットユーザーは批判的で何も期待していないというコメントが多かった。「今までの仕事を見てきて期待はしない」「勝ち目も期待もない」「もう岸田や石破のようなリベラルの時代じゃない。時代がこれを許さなくなっている」「アナタはその器ではないと思うよ」「この方はそれなりに評価があるようなんだが、どうしても小物感があるんだよな」などと言ったコメントが寄せられていた。


なぜ岸田外相は評価されないのか。ロシアのラブロフ外相と北方領土返還についての交渉が弱かったのか。韓国に無駄な10億ドルを振り込ませてしまった一人だからか。被爆地広島を背負ったセンチメンタリズムでは、平和をアピールするだけで、国益のために鬼になれないからだろうか。


そんな広島1区の岸田外相だが、ここで非常に恐ろしいことが判明した。Yahoo!の検索で「岸田外相」と打ち込んでみたら、何とあの悪夢の民主党時代の管直人元総理と同じ内容のものが表示された。やめておけば良かった。






岸田外相 無能



管直人 無能


河井克行総理補佐官(広島3区)いつまで持つのか

衆議院広島3区選出の河井克行総理補佐官は、トランプ氏が次のアメリカ大統領に決まり、TPPも日米同盟も先行き不透明になる中、 安倍総理からトランプ氏の関係者と接触するよう特命を受け、11月14日午前、米国を訪問するため全日空機で成田空港を出発した。

14日のアメリカ訪問の直前、河井補佐官は週末、安芸高田市で開かれたJA広島北部のまつりに参加し、人脈づくりに励んでいたという・・・。



河井克行議員



河井克行議員の秘書へのパワハラ

16年3月、週刊文春が河井議員の秘書への壮絶なパワハラがあったと報じた。結果として傷害事件が明るみになり、河井議員に対するイメージもひっくり返ってしまった。河井議員は広島のミッション系の高校(広島学院)を卒業していたことから、そんなに悪いイメージは無かった。この高校の卒業生に意地悪な人はいないだろうと思っていた。そして、その出来事は本当だろうかと疑問に思い、河井議員の人間性を知るために広島市内の知人や行きつけの店やお客さんに聞いてみた。すると、とんでもない実態を知ることになったのだ。


地元を裏切った?

5人から6人の人に聞いてみたので、それらを簡単にまとめると、つまり河井克行議員は地元のために頑張ると言いながら国政に出た、地元を裏切った、と聞いた。確かに平成3年に広島県議に当選したが、平成8年にはもう衆院議員(広島3区)に初当選している。

天狗か?

河井議員は天狗でのぼせているんじゃ、あいつだけはダメじゃ・・・と、元秘書と思われる人が、お店で不満をぶちまけていたという。もしかしたら本人かも知れない。聞くところによると周りから先生先生と呼ばれるからだとか。

妻の河井あんりのエピソード

河井案里議員は広島県議だが、平成26年8月の広島土砂災害の時に、河井あんり議員も駆け付けたというが、それが何と赤いハイヒールで来たという。地元住民の間では有名な話らしい。そう言えば、確か民進党の女性代表も、いつもの白地で身をかためたファッションショーで現場視察を行っていた。


今のところ、秘書との和解が成立したのか分からない。河井議員のFacebookも16年2月中旬までは熱心に書かれているが、週刊文春の報道があった16年2月下旬から3月末までの間はなぜか書き込みが行われていない。いよいよ注目度が増した河井議員だが、何か悪い予感がしてならない。


広島3区河井克行議員が秘書への暴行で刑事告発され、地元での評判も散々?


河井克行議員 週刊文春

亀井議員のトランプ会談はアメリカ旅行の口実か?

トランプ氏との会談を予定してニューヨークを訪れていた亀井静香元金融担当大臣がトランプ陣営の幹部と面会し、「日本にとって対応しやすい」などと印象を語ったという。亀井静香元金融担当大臣:「トランプさんと花札勝負しようと思ってきたんだけど、残念ながら難しい状況だったので12日、帰ることにした。商売人だから現実対応、日本にとってはクリントンよりも彼の方が対応しやすい」

亀井氏はトランプ政権の閣僚候補らと面会したと話したほか、トランプ陣営の幹部に日本の駐留アメリカ軍の経費負担について説明するなどしたという。亀井氏は「帰国後、安倍総理大臣にもアドバイスしたい」と話しているという。(ANN)



亀井静香 トランプ

秋の叙勲 反日政治家が続々と受賞

【旭日大綬章】 移民1000万人受け入れ推進論者 中川秀直氏(72)


中川秀直氏 移民1000万人受け入れ


新聞記者を経て、昭和51年の衆議院選挙で旧広島2区に当時の新自由クラブから立候補して初当選し、その後自民党に入り、通算で10回当選。この間、第2次森内閣で、内閣の要となる官房長官を務めたほか、自民党の幹事長や政務調査会長などを歴任。中川氏は「身に余る栄誉で、光栄だ。およそ40年にわたり、私の政治活動を支えてくれた、ふるさと広島の皆さんや全国の友人、支援者の皆さん、家族やスタッフも含めた全員に対する受章だ」と話した。


【桐花大綬章】  国旗国歌法反対 江田五月氏(75)


江田五月


昭和52年の参議院選挙で初当選し、衆議院議員もあわせると37年間にわたって国会議員を務めた。この間、当時の社民連・社会民主連合の代表を務めたほか、平成5年に発足した細川内閣では科学技術庁長官として初入閣した。そして民主党時代には平成19年から3年間参議院議長を務め、菅第2次改造内閣では法務大臣と環境大臣を務めた。江田氏は「大変な栄誉を頂くことになり、ただただ身に余る光栄と恐縮している」と話した。また、江田氏は最も思い出に残っていることについて「参議院議長として民主党政権の成立を宣言したこと」を挙げたうえで「議長なので『ニコッ』とするわけにはいかないので、グッと顔を引き締めた。長く求めた政権交代が実現するということがうれしかったが、心の中を顔に出さないように一生懸命努力した」と当時を振り返った。


【旭日大綬章】 日教組のドン 輿石東氏(80)


輿石東 日教組


輿石氏は小学校の教員を経て、平成2年の衆議院選挙で初当選して以降、衆議院議員を2期、参議院議員を3期務めた。この間、旧・民主党の幹事長や参議院議員会長などを歴任したほか、平成25年8月から3年間、参議院副議長を務めた。輿石氏は「2009年に本格的な政権交代を実現した歴史の大きな転換点の真ん中にいたので、大きな深い思い出がたくさんある。しかし、3年3カ月で、せっかく頂いた政権を失い、国民の信頼を失う結果を招いたのは非常に残念だし、自分自身大きな責任はある」と振り返った。また輿石氏は、「『人作りなくして国造りなし』、『教育は未来への先行投資』というのが私の信念であり、ようやく各党とも人材育成や教育は大事だということに気がついてくれた」と述べ、各党が教育の振興に取り組むことに期待する考えを示した。(NHK)