放影研が70周年記念式典でABCC時代を被爆者に謝罪

原爆による放射線被爆の影響を追跡調査している日米共同研究機関「放射線影響研究所」(放影研、広島・長崎両市)の丹羽太貫理事長(73)が、6月19日に被爆者を招いて広島市で開く設立70周年の記念式典で、前身の米原爆傷害調査委員会(ABCC)が治療を原則行わず、研究対象として被爆者を扱ったことについて被爆者に謝罪するという。放影研トップが公の場で直接謝罪するのは初めてとみられる。

丹羽理事長は「人を対象に研究する場合は対象との関係を築くのが鉄則だが、20世紀にはその概念がなかった。我々も被爆者との関係を良くしていかなければいけない」としている。

ABCCでは被爆者への治療は原則行わず、多くの被爆者の検査データを収集していた。被爆者たちは「強制的に連れてこられ、裸にして写真を撮られた」などと証言。「モルモット扱いされ、人権を侵害された」と反発心を抱く人が少なくなく、「調査はするが治療はしない」と長く批判を浴びてきた。

丹羽理事長は「オフィシャルには治療せず、多くの人に検査だけやって帰らせていた。被爆者がネガティブな印象を持って当然で、さまざまな書物からもそれははっきりしている」とし、「おわびを申さなければならない」と語った。歴代の理事長らトップが被爆者に直接謝罪した記録はなく、放影研は今回が初めての可能性が高いとしている。

記念式典では、冒頭のあいさつで「原爆投下の当事者である米国が、被害者である被爆者を調べることに多くの批判や反発があった。不幸な時期があったことを申し訳なく思う」などと述べる方針。この内容は1995年に放影研作成の施設紹介の冊子で言及されているが、ほとんど知られていなかった。

一方、被爆者を裸にして検査をしたり遺体の献体を求めたりしたことについて、丹羽理事長は「米国側が日本の習慣などを十分理解しておらず、文化摩擦があった。だがサイエンスとしては必要だった」との見方も示した。

放影研歴史資料管理委員会委員の宇吹暁・元広島女学院大教授(被爆史)は謝罪について「放影研は被爆2世、3世の研究を今後も続けるには、組織として謝った方が協力を得られやすいと判断したのだろう」とみている。(毎日)


【合わせて読みたい記事】
「ヒロシマの記録」・被爆70年記念シリーズ第3弾

被爆再現人形は意味があったのか

広島市中区の平和記念資料館で1973年から展示されてきた3体の「被爆再現人形」が、4月25日の公開を最後に撤去される。被爆者からは「原爆の悲惨さを伝える素材として残してほしかった」と惜しむ声も上がっているという。

人形はプラスチック製で、大人の女性と女学生、男児の3体。原爆の熱線でぼろぼろになった衣服のすき間からただれた皮膚を露出し、焼き尽くされた市街地を逃げ惑う姿を等身大で表現されている。現在の人形は2代目で、91年から資料館本館に入ってすぐのスペースで展示されてきた。

しかし、資料館は耐震工事を機に展示を刷新し、遺品や写真など実物資料を中心とした内容に切り替える方針を決定。人形は収蔵庫に移し、18年7月リニューアルオープンの本館では常設展示しないことになった。

被爆者の間では撤去に賛否両論があった。広島県原爆被害者団体協議会の切明千枝子さん(87)=同市安佐南区=は「人間の生身の体に何が起きたのか、原爆の悲惨さを伝える手掛かりになっていた」と意義を訴える。

15歳で被爆した切明さんは、廃虚となった街で、やけどで皮膚を垂れ下げ、歩いてくる下級生の姿を見た。「皮膚は泥にまみれ、衣服は焼けて裸同然だった」と現実との違いを指摘しながらも、「人形には訴える力がある。悲惨さを頭の中で立体的に想像してもらえる良い資料で、撤去は残念」と惜しんだ。

一方で、「作り物にすぎない」「現実はこんなもんじゃない」との意見も強かった。また、市議会では「人形が怖い」との声も紹介された。資料館は「8月6日の悲惨さを伝えるため、より実態に即した資料を使う。来館者に恐怖を与えないようにする配慮で撤去を決めたのではない」と説明している。(時事)


おもちゃのような被爆再現人形程度では伝わらない


被爆再現人形

北朝鮮が豊渓里核実験場付近の住民を避難させる

4月21日のKBS韓国放送公社によると、北朝鮮が最近、豊渓里核実験場付近の住民を避難させる状況が観測されたという。政府消息筋は「北が核実験場近隣に住む住民を避難所に移動させた。前例からみて核実験と関連している可能性が高い」とし「豊渓里核実験場付近の飛行場に科学者らを乗せたと推定される航空機の出現も最近増えている」と伝えた。

豊渓里核実験場は2006年以降5回にわたり核実験が実施されたところで、北朝鮮はいつでも追加の核実験をできる状況だと、韓米情報当局は警告してきた。

韓米情報当局は北朝鮮の追加の核実験が迫っている兆候とみて、北朝鮮軍創建日(25日)前後に6回目の核実験をする可能性があると予想している。中華圏メディアの博迅も、中国が25日に北朝鮮が核実験をする可能性が最も高いと判断し、軍に対応措置の準備を指示したと報じた。

米ジョンズ・ホプキンス大韓米研究所の北朝鮮専門ウェブサイト「38ノース」が20日に公開した衛星写真によると、すでに6回目の核実験の準備を終えたという豊渓里核実験場の坑道の入口では労働者がバレーボールをする姿が確認されたりもした。(中央日報)




北朝鮮豊渓里核実験場 

NSCが在韓米軍核再配備提案!北朝鮮のミサイルが飛び過ぎるととんでもない事に

4月7日、米NBCテレビは米国家安全保障会議(NSC)が核とミサイルの開発を進める北朝鮮に対抗するため、核兵器を在韓米軍に再配備することをトランプ大統領に提案したと報じた。トランプ政権が進める対北朝鮮政策の見直しの一環という。複数の情報機関や軍の高官の話として伝えた。ソウル近郊・平沢にある在韓米軍烏山空軍基地への配備が検討されているという。

実際に配備に踏み切れば、「朝鮮半島の非核化」を訴える中国が強く反発するのは必至で、トランプ氏が習近平・中国国家主席との初会談で、北朝鮮に影響力がある中国に対し、制裁強化や外交的手段によって圧力を強めるよう促すための牽制と見る向きもある。

在韓米軍は1950年代から対北朝鮮を想定して射程の短い戦術核を配備していた。冷戦終結などを受け、ジョージ・H・W・ブッシュ元大統領時代に完全に撤去されたとしている。北朝鮮による度重なる核実験を受け、韓国内では「核武装か米軍戦術核の再配備が必要だ」との意見もある。(朝日)




北朝鮮 ソウル 広島

「核兵器禁止条約」岸田外相、日本不参加を表明

ニューヨークの国連本部で核兵器禁止条約の制定交渉が始まり、日本の被爆者らが演説を行った。一方で、アメリカなどの核兵器保有国は参加せず、岸田外務大臣も「今後、この交渉へは参加しない」と明言した。核兵器を法的に禁止する初めての条約の制定交渉は、3月27日、115カ国が参加した。

交渉会議では、1歳の時、広島で被爆した藤森俊希さん(72)が演説し、条約の実現を訴えたが、アメリカなど核保有国は会議に参加しなかった。

「現実的にならなければなりません。北朝鮮が核兵器禁止条約に賛成するなんて、本気で思っているのですか」(アメリカ ヘイリー国連大使)



ヘイリー国連大使


一方、唯一の被爆国でありながらアメリカの「核の傘」のもとにある日本は、高見澤軍縮大使が初日の会議で演説したが、「現状では交渉に参加できない」と表明した。これに対して、被爆者の藤森さんは、核保有国が参加しなくても、「だからと言って放置しておくのはもっと悪い」と話した。

「核兵器国と非核兵器国の対立を一層深めるという意味で逆効果にもなりかねない。今後、この交渉へは参加しない」(岸田文雄 外相)

こうした中、岸田外務大臣は核兵器禁止条約交渉について「参加しない」と明言したうえで、核兵器国と非核兵器国が参加する枠組みで努力することが「現実的であり核兵器のない世界への最短の道と信じている」と強調した。また岸田氏は、アメリカのトランプ政権で核軍縮後退の懸念が強まる中、アメリカにも責任ある対応を求めたいという考えも示している。(JNN)



岸田外務大臣 核交渉

被爆2世が放射線被害援護法対象外は違憲だとして提訴

2月17日、広島の被爆者を父母に持つ「被爆2世」の男女22人が、「放射線被害の遺伝の危険性があるのに被爆者援護法の対象外にされているのは不当」として、国に1人10万円の慰謝料を求め、広島地裁に提訴した。原告団によると、被爆2世の集団訴訟は初めて。

長崎で被爆した親を持つ被爆2世25人も20日、同様の訴訟を長崎地裁に起こす予定。広島訴訟の原告占部正弘さん(58)は、被爆した父親が肝臓がんで死亡後、自費でがん検診を受けている。提訴後、「病気に加え、結婚差別も受けた。その気持ちも含めて責任を取ってほしい」と訴えた。広島・長崎訴訟の原告団長を務める崎山昇さん(58)は「全ての被爆2世への援護の契機としたい」と語った。

厚生労働省によると、被爆2世については都道府県などによる健康診断のほか、一部の自治体が特定の疾病発症時に医療費を助成しているが、被爆者健康手帳は交付されない。

訴状では、日本遺伝学会などが「放射線が生物に遺伝的変化をもたらす」との見解を示していると指摘。発がんなどのリスクを抱える被爆2世について、国が適切な立法措置を取らず医療・福祉的支援をしないのは、幸福追求権を定めた憲法13条に違反するなどと主張している。

放射線が人体に及ぼす影響を調査している放射線影響研究所の橋爪章業務執行理事は「2世への遺伝的影響は現時点では証明されていないが、現在も追跡調査を続けており、解明に努めたい」と話している。(時事)

櫻井よしこ氏、中国の「5千キロに及ぶ地下の万里の長城」は核兵器搭載ミサイルを隠す地下壕

1月17日、ジャーナリストの櫻井よしこ氏による新春特別講演会が、松山市の「ひめぎんホール」で開かれ、間もなく発足する米国のトランプ政権が世界に与える影響について、櫻井氏は「トランプ氏のいう『アメリカ第一』は文字通りだと肝に銘じなければいけない。軍事政策はしっかりしたものになるだろうが、日本にはしわ寄せが来る」と分析、軍事大国化を推進する中国から日本を守るため、「日本がいざとなったら立ち上がる国になる決意を示さなければならない」と述べた。

「凛たる国家へ 日本よ、決意せよ」のテーマで、櫻井氏はこれまでのトランプ氏の発言などを分析して「整合性がなく、矛盾に満ちている」と指摘。経済政策について「すでにかなりのお金がアメリカに環流しつつある。100兆円規模の公共投資をしようとしており、これをレーガン流というが、レーガン大統領が財政と貿易の『双子の赤字』を残し、1985年のプラザ合意により、一気に円高になったことを忘れてはいけない」として、同様の影響が再び起きないかと懸念を示した。

また、トランプ氏の「アメリカ第一」は文字通りだと指摘。軍事力は強めるが、それはアメリカのためで、政権は1番の脅威としてロシアを挙げ、2番目にテロ、3番目が中国で、日本が尖閣諸島で海洋進出の脅威に直面している中国の優先度は「低いと見ざるをえない」と述べた。

さらに、中国の脅威について、自国だけの宇宙ステーションを建設し、月にも基地を作る計画が現実化しているほか、「地下の万里の長城」として核兵器搭載ミサイルを隠す長さ5千キロに及ぶ地下壕を建設していると報告。「はびこるのは中国。日本を守るのは日本人、日本国でしかありえないが、自衛隊は専守防衛で、手も足も縛られた状況。隊員数も装備も本当に少ない」と述べ、海上保安庁と自衛隊の予算を倍増するとともに、「憲法9条第2項を改正して自衛隊の法律上、憲法上の縛りを解くことが必要だ」と力説した。

「トランプ政権によって、アメリカは何もしてくれないという状況が出てきた。間に合わないかもしれない。それでも、日本はいざとなったら立ち上がるということを見せつけなければいけない」と憲法改正に向けた国民意識の高揚を呼びかけた。同講演会は愛媛銀行の主催で、櫻井氏の講演は今回で10年連続。この日は約3千人が聴講した。(産経)




桜井よしこ

被爆地広島アピールでバカにされるのが現実社会

もう「被爆地広島」などと売り込むのは止めたほうがいい。広島しか知らない人には分からないと思うが、県外では被爆について話題になることはまずない。変に被爆地をアピールするとバカにされるだけだ。以前、東京の下町の人間から「お前、ヒバクシャかぁ?」、ケラケラと笑われたことがある。県外では、被爆者でなくてもヒバクシャとして同視されることがある。被爆地の事を言えば言うほどバカにされるのが現実の社会だ。


広島市が「ほかの誰にもこんな思いをさせてはならない」という核兵器廃絶への思いや、世界恒久平和を願う市民の心を基本に教育行政を進めるとしているという。

その上で、被爆地・広島の子どもとして平和を希求する心を育てるとともに、確かな学力や異文化への理解など生きるために必要な資質を身につけられる教育を目指すという。

具体的には、子どもの性格や環境に応じた教育を進められるよう、スクールカウンセラーなど専門スタッフの派遣態勢を充実させることや、子どもの経済状況に関わらず、学習機会を提供できる環境整備づくりを進めることなどが盛り込まれているという。

広島市教育委員会では、この「大綱」に沿って具体的な事業を進める方針で、来年度・平成29年度の予算編成に反映させることにしている。(NHK広島)

8.6広島平和ミーティングで櫻井よしこ氏が憲法改正を訴える

中国の軍事力膨張と米国の衰退、国際テロの多発、核兵器の拡散といった厳しい世界情勢を背景に、日本の平和について考える「8.6広島平和ミーティング」が8月6日夜、広島市中区のホテルで開かれ、ジャーナリストの櫻井よしこ氏、憲法学者の百地章・日本大学教授が講演、ともに憲法改正の必要性を訴えた。沖縄出身のジャーナリスト、兼次映利加氏は沖縄の反基地運動を批判した。ミーティングは日本会議の主催で毎年、「原爆の日」に開いている。


櫻井氏は「世界漂流、日本の針路は? ~反核平和の無力、広島は現実平和に舵を切れ!~」をテーマに話した。5月の米国オバマ大統領の広島訪問について、「プラハ演説で核なき世界を目指す信念を示し、ノーベル平和賞をもらったオバマ氏は、広島で自分の信念の仕上げをした。でも、問題は何も解決していない」と指摘。「一方でオバマ氏は核兵器の性能を高め、核の力を担保するため、30年間で1兆ドルを出す。達成するためには、達成する力を持たなければいけない。オバマ大統領は広島でそれを教えてくれているのだ」と述べた。


櫻井氏は中国の南シナ海や東シナ海への膨張、ロシアによるクリミア半島併合、中東のイスラム国伸張とテロ多発、北朝鮮の核開発、弾道ミサイル発射といった「国際社会に充満している不穏な空気」の原因として、世界の警察だった米国が各地から軍を引き揚げたことに起因するとの見方を示し、「国際法を守る陣営と、守らない国々との戦いになっている」と強調。国家が永続するためには、経済力と軍事力が車の両輪であることを指摘したうえで、日本は同じ価値観を持つ国々と連携する必要があると力説した。


「アジアで日本に対する期待と責任を求める声は大きい。米国を中心的役割を果たすよう励まし、ヨーロッパの国々も巻き込む。みんなで立ち向かう。価値観、経済力、軍事力の三層の国際的枠組みを日本がリードしなければいけないと思う」と述べた。「そのために、本当に憲法を改正しなければならない。アジアを守り世界に貢献するために力を合わせましょう」と会場に呼びかけた。(産経)



8.6広島平和ミーティング

NHKスペシャル「決断なき原爆投下」これも軍の暴走だった?

8月6日のNHKスペシャルは、「決断なき原爆投下」と題して放送された。アメリカによる原爆投下は「戦争を早く終わらせ、数百万の米兵の命を救うため、トルーマンが決断した」と考えられているが、その定説が歴史家たちによって見直されようとしているという。その真実は世論を操作するための演出だったという。


アメリカではこれまで軍の責任を問うような研究は、退役軍人らの反発を受けるため、歴史家たちが避けてきた。しかし多くが世を去る中、検証が不十分だった軍内部の資料や、政権との親書が解析され、意思決定をめぐる新事実が次々と明らかになっているという。


最新の研究では、原爆投下を巡る決断は、終始、軍の主導で進められ、トルーマン大統領は、それに追随していく他なかったとされる。さらに、広島・長崎の「市街地」への投下には気付いていなかった可能性が浮かび上がっている。


番組では、投下作戦に加わった10人を超える元軍人の証言や、原爆開発の指揮官・陸軍グローブズ将軍らの肉声を録音したテープ(1970年4月3日)を相次いで発見。そして、証言を裏付けるため、軍の内部資料や、各地に散逸していた政権中枢の極秘文書を読み解いている。




グローブス トルーマン



トルーマン大統領は、実は何も知らなかった?

グローブス准将の肉声テープでは、「トルーマン大統領は原爆計画について何も知らず大統領になった。そんな人が原爆投下を判断するという恐ろしい立場に立たされた。トルーマン大統領は市民の上に原爆を落とすという軍の作戦を止められなかった。いったん始めた計画を止められるわけがない。原爆開発が成功すれば戦争に勝利する決定的な兵器になる。1945年の暮れまでにさらに17発つくる」などと記録されていた。


さらに「原爆が完成しているのに使わなければ議会で厳しい追及を受けることになる」と危惧していたグローブス准将は、原爆を投下する都市について、「最初の原爆は破壊効果が隅々まで行き渡る都市に落としたかった」としている。


いくつかの候補地の中でグローブス准将は京都に原爆を投下したかった。その許可を得るためにグローブス准将は、京都にある紡績工場を、軍事施設と報告。6回以上訪問して説得したが、スティムソンは却下し続けた。 文民統制の下、文民の立場だったスティムソン陸軍長官は2度京都を訪れていたため、京都は投下目標からはずされた。


そこでグローブス准将は広島に目をつけた。

広島は当時、ごく普通の商業都市であったが、「日本有数の港と軍事物資の供給基地など軍の大規模施設が『陸軍都市』である」と報告していた。

報告書には広島が「軍事都市」だと伝わるように巧みに書かれていた。(カリフォルニア大学ショーン・マローイ准教授)

「軍は原爆によって一般市民を攻撃することはないと見せかけた。トルーマンは広島に原爆を落としても、一般市民の犠牲はほとんどないと思い込んだ」(スティーブンス工科大学アレックス・ウェラースタイン准教授)


しかし、原爆投下について反対意見もあった。「この戦争を遂行するにあたって気がかりなことがある。アメリカがヒトラーをしのぐ残虐行為をしたという汚名を着せられはしないかということだ。戦後、和解の芽をつみ、日本が反米国家になってしまうこと。」(スティムソンの日記)


「原爆の投下はあくまでも軍事施設に限るということでスティムソンと話した。決して女性や子どもをターゲットにすることがないようにと言った。」(トルーマン)


8月6日の原爆投下後の8月8日午前10時15分、スティムソンは大統領を訪れた。そして広島の被害をとらえた写真を見せた。それを見たトルーマン大統領は「こんな破壊行為をした責任は大統領の私にある。日本の女性や子どもたちへの慈悲の思いは私にもある。人々を皆殺しにしてしまったことを後悔している」と記されていた。



原爆投下後 広島市


トルーマンの日記には「女性や子どもをターゲットにしない」と書かれていたが、軍主導の原爆投下にトルーマンは無力だったのだろうか。原爆の威力を見て、軍事施設だけピンポイントで破壊できない事は分かっていたはずだ。トルーマンの行動は”見て見ぬふり”だったとしか言いようがない。この日記も、トルーマンだけが悪者にならないための単なる”まやかし”でしかない。


スポンサーリンク

広告