河井克行衆院議員が内閣総理大臣補佐官を退任 パワハラやめて謙虚に丁寧に

自民党広島3区の河井克行衆院議員が、第三次安倍内閣改造に伴い、内閣総理大臣補佐官を退任したという。2015年10月の就任から667日目だったという。河井氏は、改造の前日に安倍晋三内閣総理大臣から呼ばれ、「今後は立場を変え、私の特命に基づいて議員外交を行うように」との指示を受けたという。

河井氏は、総理大臣補佐官に任じられた際、安倍総理大臣から、「外交」と「ふるさとづくりの推進」の二つを担務するようにと指示されたという。

「外交」については、30回の海外出張で延べ44ヶ国を訪れたという。

「ふるさとづくりの推進」については、新しい発想から地域づくり・まちづくりの専門家を全国から選りすぐり、実践活動チームの委員に委嘱したという。

河井氏は、「国民の厳しい視線が集まる中、改造内閣が始動します。身を引き締めて、謙虚に丁寧に、しかし進めるべきことは断固進める。これからも安倍総理大臣・菅義偉内閣官房長官を全力で支えていきます」とブログで締めくくった。

河井克行総理補佐官(広島3区)いつまで持つのか

衆議院広島3区選出の河井克行総理補佐官は、トランプ氏が次のアメリカ大統領に決まり、TPPも日米同盟も先行き不透明になる中、 安倍総理からトランプ氏の関係者と接触するよう特命を受け、11月14日午前、米国を訪問するため全日空機で成田空港を出発した。

14日のアメリカ訪問の直前、河井補佐官は週末、安芸高田市で開かれたJA広島北部のまつりに参加し、人脈づくりに励んでいたという・・・。



河井克行議員



河井克行議員の秘書へのパワハラ

16年3月、週刊文春が河井議員の秘書への壮絶なパワハラがあったと報じた。結果として傷害事件が明るみになり、河井議員に対するイメージもひっくり返ってしまった。河井議員は広島のミッション系の高校(広島学院)を卒業していたことから、そんなに悪いイメージは無かった。この高校の卒業生に意地悪な人はいないだろうと思っていた。そして、その出来事は本当だろうかと疑問に思い、河井議員の人間性を知るために広島市内の知人や行きつけの店やお客さんに聞いてみた。すると、とんでもない実態を知ることになったのだ。


地元を裏切った?

5人から6人の人に聞いてみたので、それらを簡単にまとめると、つまり河井克行議員は地元のために頑張ると言いながら国政に出た、地元を裏切った、と聞いた。確かに平成3年に広島県議に当選したが、平成8年にはもう衆院議員(広島3区)に初当選している。

天狗か?

河井議員は天狗でのぼせているんじゃ、あいつだけはダメじゃ・・・と、元秘書と思われる人が、お店で不満をぶちまけていたという。もしかしたら本人かも知れない。聞くところによると周りから先生先生と呼ばれるからだとか。

妻の河井あんりのエピソード

河井案里議員は広島県議だが、平成26年8月の広島土砂災害の時に、河井あんり議員も駆け付けたというが、それが何と赤いハイヒールで来たという。地元住民の間では有名な話らしい。そう言えば、確か民進党の女性代表も、いつもの白地で身をかためたファッションショーで現場視察を行っていた。


今のところ、秘書との和解が成立したのか分からない。河井議員のFacebookも16年2月中旬までは熱心に書かれているが、週刊文春の報道があった16年2月下旬から3月末までの間はなぜか書き込みが行われていない。いよいよ注目度が増した河井議員だが、何か悪い予感がしてならない。


広島3区河井克行議員が秘書への暴行で刑事告発され、地元での評判も散々?


河井克行議員 週刊文春

広島3区河井克行議員が秘書への暴行で刑事告発され、地元での評判も散々?

安倍首相の補佐官を務める河井克行衆議院議員(52)が、秘書に暴行を働き、刑事告訴されていたという。

「河井氏は当選6回で広島県選出。昨年10月より首相補佐官として、日本政府の立場を諸外国に説明するスポークスマン的役割を果たしている。以下、週刊文春から引用。


今年1月には、安倍首相の特使として、慰安婦問題をめぐる日韓合意を米国政府関係者に説明するなど、『地球儀を俯瞰する外交』を掲げる安倍政権のキーマンの一人です」(政治部記者)

 

だがその河井氏には、“裏の顔”があった。

「秘書や役人に対するパワハラがヒドい。霞が関では、『河井=役人を怒鳴る政治家』という位置づけですが、秘書が次々と辞めることでも有名です」(同前)



「あの人(河井氏)だけはどうしても許せない」という男性に出会った。男性の名前は中村秀雄氏(74)。1999年の4月から7月にかけて河井氏の秘書を務めた人物だ。

「あの人は私が運転していると、運転の仕方や言葉づかいが気に入らないと、『このやろう』と罵声を浴びせて、ハンドルを握る私の左腕を蹴りまくるのです。毎日のように蹴られました」

 

中村氏が取り出した1枚の写真には、左上腕部を痛々しいアザに覆われた当時の姿が写っていた。診察の際、看護師に撮ってもらったものだという。さらに選挙における対立候補のポスターを剥がすことを河井氏に強要された中村氏は、秘書を辞めることを決意。先の暴行事件について告訴状を提出して、広島県警に受理された。



だが中村氏は退職後、河井氏のポスターをカッターナイフで切り裂いたとして、器物損壊で現行犯逮捕されてしまう。

「私にはどうしても我慢がならなかったんです。今となれば、自分がやった行為については深く反省していますし、私が逮捕されたことで、告訴した暴行の件も立ち消えになってしまいました」



河井氏は弁護士を通じて〈(河井氏が)事務所に勤務していた者らに対し、暴力を振るった事実はありません〉〈(河井氏の)暴力により中村氏が怪我を負った事実もありません〉と回答。だが、改めて河井氏に国会内で、「被害者がウソをついているのか」と尋ねても、目を合わせることなくこれを無視した。河井氏に日本政府の代表として外交を担う資格はあるのだろうか。


(週刊文春)



河井克行議員


さらに日刊ゲンダイが「地元での評判は散々」と報じる

「河井先生の傍若無人ぶりに事務所を辞めた秘書は数えきれません。少なくとも100人はいます。私も『国会議員の車の運転席の後ろが汚れてるのはなんでか知ってる?蹴るためさ』と言われ、途端に恐ろしくなりました。しかし、彼は有権者に“裏の顔”は決して見せません。二面性を持っているのです」

地元の「第一タクシー」の会長もうんざりとした様子でこう語る。

「うちは河井事務所から配車の要請があっても、一切お断りしています。河井先生が乗務員の運転席を蹴るわ、人を人とも思わないような暴言を吐くからです。『もっと速く走れ!』と法定速度以上を出すよう要求され、危うくスピード違反に加担させられそうになった乗務員もいました。もうコリゴリですわ」

傲岸不遜な態度は小学生の頃からだったようだ。

小学生時代のアダ名は「スネ夫」

河井氏の後輩が言う。

「河井先輩のアダ名は“スネ夫”。実家は薬局経営の裕福な家庭で、事あるごとに“僕と君らは育ちが違う”みたいなことを言う嫌みなヤツでした。当然、皆から嫌われていました」

これだけ地元で毛嫌いされているのに、6回も当選を重ねているのが不思議だ。

「河井補佐官が選出された広島3区は昔から自民党が強い地盤です。当然、有権者も悪評を耳にしたことはあるはずですが、他に選択肢がないので、渋々、一票を投じているのでしょう。小選挙区制の弊害です」(政治評論家の伊藤達美氏)(ゲンダイ)

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