平成28年平和記念式典の裏側でデモ隊が奇声を上げる

2016年8月6日は、原爆投下から71年目となった。今年5月にはオバマ大統領が平和記念公園を訪れ、被爆者と面会した。今日の平和記念式典には安倍総理大臣や海外から91カ国の代表が参列した。原爆が投下された午前6時15分に、参列者全員で黙とうをささげた。

広島市の松井一実市長は「平和宣言」の中で、オバマ大統領が被爆者を前にして述べた、「核兵器のない世界を追求する勇気を持たなければならない」ということばを引用し、「絶対悪」である核兵器の廃絶に向けて各国が連帯して行動を起こすべきだと呼びかけた。


しかし、これらの報道は、平和記念式典を正面からしかとらえていない。毎年の事だが、平和記念公園の北側にある原爆ドームに回ってみると、早朝からいつもの集団が集結している。そして、その集団を警護するかのように県警機動隊がガードする。もう見慣れた光景がそこにある。

さらに 式典の最中、安倍総理の挨拶中に左翼デモ隊が 「原発反対!」「アベは帰れ!」 などと奇声を発していたようだ。



出陣前!

2016年8月6日原爆ドーム前


出陣!

広島デモ01

広島デモ02

広島デモ03

Twitterより

広島平和公園内の木に「M」の文字が切り刻まれる

7月25日、広島市の平和公園にある木に、アルファベットのM」のような傷がつけられているのが見つかった。25日午前8時半ごろ、広島市中区の平和公園にある木に「傷がつけられている」と市に通報があった。市によると、原爆供養塔の近くにある高さおよそ10メートルのヤマモモの木の幹に、アルファベットの「M」のような傷が見つかったという。

傷は、地面から1メートルぐらいのところに、20センチ四方ほどの大きさでつけられ、深さがおよそ1センチに達しているという。市は木に殺菌剤を塗るなど、応急措置を取った。連絡を受けた警察は、何者かが刃物などで傷つけたと見て器物損壊の疑いで調べている。大阪から修学旅行の下見に来ていた小学校の教諭の男性は「平和について考えるこうした場所で、いたずらをするのはいかがなものかと思う」と話していたという。(NHK広島)



広島平和公園 Mの文字


平和公園「M」字1

広島平和記念公園で男女が3人組に襲われる

10月11日夜、平和公園で若い男女が3人組の男に襲われ、現金などを奪われる強盗致傷事件があった。11日午後10時20分ごろ、広島市中区の平和公園のベンチで休憩中の20代の男女が、3人組の男らに「金出せや」と脅された。女性はその場から逃げたが、男性は3人に囲まれ顔を殴られた。男性はズボンのポケットに入れていた現金およそ1万円などが入った財布を奪われ、額を擦るなどの軽傷。男らは数分間暴行した後、逃走した。逃げた3人は全員20代前半とみられ、1人は黒縁メガネで黒いセーターとズボン姿、残り2人は黒い短髪で白いシャツとオレンジのズボン姿、青いセーターと白いズボン姿だったという。(HOME)

広島原爆の日に非核三原則に触れなかった安倍首相

安倍首相は8月10日の参院予算委員会集中審議で、広島の「原爆の日」の式典あいさつで、非核三原則に触れなかったことについて「最終的には私が判断をした」と述べ、自らの判断だったと明らかにした。長崎では三原則に言及したが、「毎年ずっと入っていたので、これが落ちたことで我々が主張を変えたのではないかとの批判があったので言及した」と説明した。首相は「非核三原則件は当然のことであり、その考え方に全く揺るぎはない。広島ではこれを当然の前提として、核兵器のない世界の実現に向け国際社会の取り組みを主導する決意を表明した」と強調した。

長崎市の田上富久市長が原爆の日の式典あいさつで、政府が今国会中の成立を目指す安全保障関連法案について「平和の理念が揺らいでいるとの不安が広がっている」と指摘したことには、「万が一の備えをするものであり、憲法の基本的な考え方は変えていない。国民の命と平和な暮らしを守るために必要不可欠だ」と反論した。(毎日)

原爆ドーム前で「ダイイン」という迷惑行為

恐らく、この「ダイイン」というふざけた迷惑行為は、無知なサヨク教師によって子供たちに教え刷り込まれたものだろう。8月6日のこの時間帯は、人々でごった返すわけだから、こんな場所を占拠したら、これから原爆ドームを訪れる人々に対してほんとうに迷惑である。子供たちに罪はないと思うが、この迷惑行為を先導している大人に平和を語る資格はない。子供たちはまだ気が付かないだろうが、大人になったら目をさましてほしい。



8月6日原爆ドーム前ダイイン -



8月6日、広島市中区の原爆ドーム前で、原爆が投下された午前8時15分に合わせて人々が1分間、亡くなった人たちの追体験をするため、地面に横たわる「ダイイン」をしたり、黙とうしたりしたという。照りつける日差しの下、東京の「三多摩ヒロシマ子ども派遣団」の小4から中3の子どもたち16人もダイインに参加。東京都八王子市の生徒(中学3年)は「戦争はつらいはず。被爆70年に大事な体験ができて良かった」と話したという。(共同)


共犯者か?

8月6日原爆ドーム前

灯篭(とうろう)流し、流れず燃える

8月6日、平和記念式典が終わり、夕方6時から行われる恒例の灯篭(とうろう)流し。これがほとんど流れず、とうろうが川岸に寄り固まっていた。毎年、見に行くわけではないから分からないが、これは潮のせいなのか何なのか。あんまり固まるもんだから、実行委員の人だろうか、川に入ってとうろうを川岸から離して流そうとしていた。また、せっかく600円で買って流したとうろうが、やたらと燃え盛っていた。これも毎年のことなんだろうか。



とうろう流し02

とうろう流し03


とうろう流し01


とうろう流し04

第70回広島平和記念式典

8月6日、人類史上初めて核兵器の惨禍に見舞われた広島は、原爆投下から70年となる「原爆の日」を迎えた。平和記念式典で、広島市の松井一実市長は核兵器を「絶対悪」だとしたうえで「核兵器禁止条約」の交渉開始に向けた流れを加速させるため、全力で取り組む決意を表明した。

広島市の平和公園で午前8時から行われた式典には、海外から過去最多となる100カ国の代表を含む、およそ5万5000人
が参列した。そして、原爆が投下された午前8時15分に全員で黙とうし、原爆で亡くなった人たちを追悼した。

松井市長は「平和宣言」で、「私たちの故郷には温かい家族の暮らし、地域の絆、子どもたちが遊ぶ川辺などがありました。その全てが一発の原子爆弾で破壊されました」と述べた。そのうえで「『非人道の極み』、『絶対悪』である核兵器の廃絶を目指さなければなりません。核兵器廃絶と核兵器禁止条約の交渉開始に向けた世界的な流れを加速させるために、強い決意を持って全力で取り組みます」と誓いの言葉を述べた。

さらに「武力に依存しない幅広い安全保障の仕組みを創り出していかなければなりません。日本国憲法の平和主義が示す、真の平和への道筋を世界へ広めることが求められます」と呼びかけた。

このあと、安倍総理大臣が挨拶し、「我が国としては核兵器国と非核兵器国、双方の協力を引き続き求めつつ、『核兵器のない世界』の実現に向けて一層の努力を積み重ねていく決意です。この決意を表明するため、今年秋の国連総会では、新たな核兵器廃絶決議案を提出します」と述べた。

式典が行われた平和公園周辺の原爆ドームなどの前では、原爆が投下された午前8時15分にあわせて静かに手を合わせる人たちの姿が多く見られた。(NHK広島)

広島平和公園の花壇の葉ボタン65株が抜かれる

1月27日朝、平和公園の南側にある花壇の葉ボタン65株が抜かれているのが見つかった。27日午前6時ごろ、別の通報で平和公園周辺に駆けつけた警察官が、噴水近くの花壇が荒らされているのを発見した。広島市によると、抜かれていたのは去年11月に植えられていた花壇の葉ボタン65株で、数字の「15」と読み取れる形で散乱していたという。花壇を管理している業者は「なんで・・わからんこんなことをするんか。」と落胆していたという。警備員が27日午前4時ごろ巡回した時には異常がなかったという。警察は器物損壊の疑いで捜査している。(HOME)


平和公園花壇

平和公園街灯


平和公園荒らした中学生5人を逮捕 「15」は誕生祝い
3月4日、広島市の平和公園で、花壇に植えてあった葉ボタンが引き抜かれ、数字の「15」の形に並べられていた事件で、警察は中学生の少年らを逮捕した。少年らは「仲間の15歳の誕生日を祝って並べた」と話しているという。逮捕されたのは、広島市などに住む中学生で、14歳から15歳の男女5人。警察によると、少年らは1月27日・未明に、広島市中区にある原爆資料館・南側の花壇で、およそ65株の葉ボタンを引き抜き、数字の「15」の形に並べた。その後、少年らのうち2人が近くの歩道に設置されていた街灯3基にコンクリート片を投げて壊した疑い。警察は、周辺の防犯カメラ映像などから少年らを特定。調べに対し、少年らは容疑を認めていて、「仲間のひとりが、15歳の誕生日だったので祝って並べた」と話した。(TSS)

広島平和記念公園折り鶴14万羽焼失事件(2003年)

2003年8月1日午前8時頃(平成15年)、広島市中区の平和記念公園で、「原爆の子の像」の周りに設置された折り鶴の保管施設から火が出ているのを通行人が見つけ、119番通報した。約10分後に消し止められたが、約14万羽の折り鶴が燃え、保管施設が焦げてガラスが割れるなどした事件。

この近くの監視カメラに不審な3人組の若い男が映っていたため、犯人特定は早かった。

午前7時51分頃、現場南側のレストハウスに市が設置した監視カメラに、3人の若い男が保管施設を出入する姿が映っており、その直後に炎が上がったという。

※原爆の子の像は、千羽鶴を折りながら原爆症と闘った故・佐々木貞子さんをモデルに58年、全国の児童らの募金で建てられた。2002年2月、像に供えられた約5万羽の折り鶴が焼かれる事件があり、これを受けて市は監視カメラを設置した。同年4月、折り鶴を風雨から守る保管施設ができた。

広島県警は8月1日午後、大阪府東大阪市吉田3丁目、関西学院大4年山本淳哉容疑者(22)を器物損壊の疑いで逮捕した。山本容疑者は「留年が決まり、就職もできずにむしゃくしゃしていた」と供述した。

山本容疑者は1日午前7時55分頃、保管施設にあった折り鶴の束にライターで火をつけた。県警は、園内の監視カメラの映像などから、観光客の可能性もあるとみて手配。午前11時10分頃、宮島に向かう広島県大野町のフェリー乗り場近くで、服装がビデオの映像によく似ていた山本容疑者を発見。広島中央署に任意同行を求めて事情を聴いたところ、容疑を認めたという。

山本容疑者は、同じ大学の2人と同日午前2時半頃に車で兵庫県内を出発。午前6時頃、広島市に到着して公園で平和記念資料館(原爆資料館)が開くまで時間をつぶしていたが、山本容疑者が「火をつけたらどうなるか」と言い出し、突然、火をつけたという。(朝日)

平和記念公園 折り鶴

第68回平和記念式典と平和宣言(2013年)

8月6日、広島市の平和記念公園では平和記念式典(原爆死没者慰霊式・平和祈念式)が開かれ、被爆者や各都道府県の遺族代表、安倍首相、市民ら約5万人が犠牲者を悼み、平和への誓いを新たにした。午前8時からの式典には、海外から70か国と欧州連合(EU)代表部の代表も出席。核保有大国では米、英、仏、露が大使らを送り、米国のルース大使は2010年以来、3度目の参列となった。

また、映画「プラトーン」や「JFK」で知られるアメリカの映画監督、オリバー・ストーン氏(William Oliver Stone)が参列したという。

この1年の間に死亡が確認された被爆者5859人の名前を書き加えた死没者名簿が原爆死没者慰霊碑に納められ、名簿は計104冊、死没者数は28万6818人となった。3月末現在の被爆者は全国で20万1779人。前年同期から9051人減った。平均年齢は78.8歳となり、前年より0.7歳上がった。


【平和宣言】

あの日から、68年目の朝が巡ってきました。

1945年8月6日午前8時15分、一発の原子爆弾により、その全てを消し去られた家族がいます。

「無事、男の子を出産して、家族でみんなで祝っているちょうどその時、原爆が炸裂。無情にも喜びと希望が新しい命とともに一瞬にして消え去ってしまいました」

幼くして家族を奪われ、辛うじて生き延びた原爆孤児がいます。

苦難と孤独、病に耐えながら生き、生涯を通じ、家族を持てず、孤老となった被爆者。「生きていて良かったと思うことは一度もなかった」と、長年にわたる塗炭の苦しみを振り返り、深い傷跡は今も消え去ることはありません。

生後8ヵ月で被爆し、差別や偏見に苦しめられた女性もいます。

その女性は、結婚はしたものの1ヵ月後、被爆者健康手帳を持っていることを知った途端、優しかった義母に、「あんたー、被爆しとるんねー、被爆した嫁はいらん、すぐ出ていけー!」と、離婚させられました。

放射線の恐怖は時に人間の醜さや残忍さを引き出し、いわれのない風評によって結婚や就職、出産という人生の節目節目で多くの被爆者を苦しめてきました。

無差別に罪もない多くの市民の命を奪い、人々の人生をも一変させ、また、終生にわたり心身を苛み続ける原爆は、非人道兵器の極みであり、「絶対悪」です。

原爆の地獄を知る被爆者は、その「絶対悪」に挑んできています。

辛く厳しい環境の中で被爆者は怒りや憎しみ、悲しみなど様々な感情と葛藤し続けてきました。

後障害に苦しみ、「健康が欲しい」、「人並みの健康をください」と、何度も涙する中で、自らが悲惨な体験をしたからこそ、「他の誰も私のような残酷な目にあわせてはらない」と、考えるようになってきました。

被爆当時14歳の男性は訴えます。

「地球を愛し、人々を愛する気持ちを世界の人々が共有するならば、戦争を避けることは決して夢ではない」

被爆者は、平均年齢が78歳を超えた今も平和への思いを訴え続け、世界の人々がその思いを共有し、進むべき道を正しく選択するよう願っています。

私たちは苦しみや悲しみを乗り越えてきた多くの被爆者の願いに答え、核兵器廃絶に取り組むための原動力とならねばなりません。

そのために広島市は、平和市長会議を構成する5700を超える加盟都市とともに、国連や志を同じくするNGOなどと連携して2020年までの核兵廃絶を目指し、核兵器禁止条約の早期実現に全力を尽くします。

世界の為政者の皆さん、いつまで疑心暗鬼に陥っているのですか。

威嚇によって国の安全を守り続けることが出来ると思っているのですか。広島を訪れ、被爆者の思いに接し、過去にとらわれず、人類の未来を見据えて信頼と対話に基づく安全保障体制への転換を決断すべきではないですか。

広島は、日本国憲法が掲げる崇高な平和主義を体現する地であると同時に、人類の進むべき道を示す地でもあります。

また、北東アジアの平和と安定を考えるとき、北朝鮮の非核化と北東アジアにおける非核兵器地帯の創設に向けた関係国の更なる努力が不可欠です。

今、核兵器の非人道性を踏まえ、その廃絶を訴える国が着実に増加してきています。また、米国のオバマ大統領は、核兵器の追加削減交渉をロシアに呼びかけ、核軍縮の決意を表明しました。そうした中、日本政府が進めているインドとの原子力協定交渉は、良好な経済関係の構築に役立つとしても、核兵器を廃絶する上では障害となりかねません。

広島は、日本政府が核兵器廃絶を目指す国々との連携を強化することを求めます。

そして、来年春に広島で開催される軍縮不拡散イニシアチブ外相会合においてはNPT体制の堅持・強化を先導する役割を果たしていただきたい。

また、国内外の被爆者の高齢化は着実に進んでいます。被爆者や黒い雨体験者の実態に応じた支援策の充実や、黒い雨降雨地域の拡大を引き続き要請します。

この夏も東日本では、大震災や原発事故の影響に苦しみながら故郷の再生に向けた懸命な努力が続いています。

復興の困難を知る広島市民は、被災者の皆さんの思いに寄り添い、応援し続けます。

そして日本政府が国民の暮らしと安全を最優先にした責任あるエネルギー政策を早期に構築し、実行することを強く求めます。

私たちは改めてここに68年間の先人の努力に思いを致し、「絶対悪」である核兵器の廃絶と平和な世界の実現に向けて、力を尽くすことを誓い、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げます。

平成25年8月6日 広島市長 松井一實